SURVIVAL GAME - TAKE REVENGE

ACT.1 『暝嵜 航平』
 その日、彼の眼の前には惨劇が広がっていた。
 眼の前でおびただしい血を流して倒れているのは父と母。
 2人はピクリとも動かない。
 当然だ。彼らは、子供達を庇って何発もの銃弾をその身に受けたのだから。
 彼の腕の中ではまだ幼い妹が泣きながら震えていた。
 否…泣きながら震えているのは彼も同じだ。
 ただ、妹を守らなくてはならないという一心でなんとか踏み止まっている。
 そして、彼らに男が銃を向けていた。
「恨むんなら…ま、運がなかった自分の人生を恨むんだぜ、ガキども」
 弱い者を甚振るのが楽しいと言わんばかりの笑みを浮かべ、男は引き金に指を当てる。



 そして、2発の銃声がその場に響いた。







「う゛ああああっ!!」
 酷い悪夢から逃げ出すかのように、暝嵜 航平はそんな叫び声を上げながら跳ね起きた。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…ゆ、夢……?」
 汗ばんだ自分の手を見下ろして、そう呟く。
 手の震えが収まらない。
「………くそっ!」
 右肩を抑えて思わずそんな悪態を誰にでもなく吐く。
「どうしたの、航平?なんか凄い叫び声だったけど」
 心配したのだろう、部屋の扉の向こうからそんな声が聞こえる。
「…いや、なんでもない。大丈夫だ、季伊奈」
「そう?なら、いいけど…」
 季伊奈と呼ばれた少女は心配しながらもそれ以上は追及せず、自分の部屋へ戻っていった。
 それを申し訳なく思いながらも、航平は再びベッドに倒れこんだ。
 時計の針は午前3時を指している。
 …もう、眠る事はできそうではなかった。


 2002年、春。北海道。
 3月も半ばを過ぎたこの時期、既に彼らの家の何人かは高校或いは中学を卒業して春休みを満喫している。
「それで、嵩哉の奴は寝てる、と」
「うん。全く、良い身分だよね」
「まぁ、学費自分で払うって言い張ってたからなぁ…」
「それに、私達だって明日で終業式だしね」
 そんな他愛のない会話を航平は毎朝、弟妹達とする。
 弟妹と言っても、彼らに血縁関係はない。
 しかし、彼らの絆は本当の家族同然と言って良かった。
 若葉城聖学園消滅事件。
 彼らは約2年程前に世間を騒がせた生存者がいないとされるその事件の数少ない生き残りだった。
 若葉城聖学園はこの時分珍しい、国立のエスカレーター式の名門校であった。
 だが、その実態は日本政府の防衛庁で仮に内乱が起こった際に、極秘裏に対処する人材を育てるための学園だった。
 それを危険視したテロリスト達の手によって、2年前に突如襲撃を受けてほぼ全ての学園関係者は死亡した。
 しかし、運良く生き残る事が出来た航平達はテロリスト達を倒し、最終的には学園を爆破した。
 それ以来、行き場所を失った彼らは家族として共に暮らしている。
「もう少ししたら、私達もまた受験生だよね。航平は進路をどうするか考えてるの?」
「いや…特に考えてないな。お前だって、蒼次郎の進路次第だろ?」
「……もう!」
 季伊奈の何気ない問いに、航平はからかいを込めて彼女の彼氏の事を引き合いに出す。
 平凡だが、穏やかなひと時だった。


 少なくとも、この時までは。


「しっかし、俺らあんなに頑張っても、物騒な事件ってのは簡単に起きちまうよな」
「どうしたの、あゆむ?」
「いや、なんか東京の方かな?あっちの方で発砲事件があったんだってさ。テレビで言ってる」
「ふ〜ん、確かに物騒ねぇ…」
 テレビを見ていたあゆむと呼ばれた少年の呆れた様な言葉に季伊奈もテレビを見つめて嫌そうに呟く。
『うちの会社が狙われる心当たりなどありません。警察には早く事件の解決を…』
 発砲された会社の社長らしき男がテレビの画面でそうインタビューに答えている。
「…どうだか。ろくでもない事をしている所なんていくらでも———?」
 インタビューの言葉に対して航平はそう呟きかけ、心に引っかかるものを覚えた。
(なんだ…こいつ、どこかで…?)
 テレビに映っている男の顔を見ながら航平は必死に思い出そうとする。
 そして、

(恨むんなら…ま、運がなかった自分の人生を恨むんだな、ガキども)

「………!」
 昨日の夜まで思い出す事がほとんどなかった、忘れがたい過去。
 古傷を踏み躙られるような錯覚を覚える。
「…平…航平?」
「……え?」
 季伊奈が自分に話し掛けている事に気づいて、航平は我に返った。
「どうしたの、航平?なんだか…凄く怖い顔してるよ?」
「……ああ、蒼次郎に借りてたCD、どこに置いたかと思ってさ」
 内心慌ててそう誤魔化す。

 
 その日、航平は学校でも教師の話や周りの会話も上の空で過ごした。


「……航平のヤツ、部屋に閉じこもっているんだって?」
 夜、アルバイトから戻ってきた未鷲見 嵩哉は季伊奈にそう尋ねた。
「うん…蒼ちゃんも様子が変だったって言うし、どうしたんだろ…?」
「そう言えば、あいつ、さっき詩音のパソコンをいじってたぜ」
「詩音のパソコンを…?」
 あゆむの言葉にますます渋い表情をする嵩哉。
「…一体何があったんだ、あいつ?」


 電気が消された真っ暗な部屋の中で、航平はパソコンのキーボードを叩きながら画面に映る資料を見ていた。
「……やっぱり、あいつが…」
 確信を得たようにそう呟くと、航平は机の上に飾られた写真を手に取る。
 写真には父親と母親、幼い兄妹……何も知らず、幸せだった在りし日の家族が写っていた。
「………」
 写真を見つめる瞳は深い悲しみと、憎悪に染まっていた…


 そして次の日…終業式が終わった聖ヶ丘学園の校舎屋上。
「………」
 雪が未だに積もっている屋上で航平は何をするでもなく、ただ空を見上げていた。
「航平」
「…蒼次郎か」
 唐突に声をかけられた事に驚く様子もなく、航平は声の主である親友の流 蒼次郎へ顔を向けた。
「お前、昨日から様子がおかしいぞ。一体何があったんだ?」
「…季伊奈から頼まれたのか?」
「まぁ…な。けど、お前の様子を気にしてたのは嘘じゃないぜ」
「そんな事、疑ってないさ…」
 ふぅ、と白い息を吐き、航平は再び空を見上げる。
「航平…」
「悪い。お前でも…言えない事なんだ」
「…そうじゃなきゃ、季伊奈に言ってるんだろうしな」
「そうだな。…蒼次郎」
「ん?」
「季伊奈の事、頼む。あいつを悲しませないでやってくれ」
「あ、ああ…」
 中学の頃から想いを寄せていた少女。
 親友が彼女と付き合い始めた時、航平は表面上は祝福しつつも、2人に複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
「航平…お前、もしかして季伊奈の事が…?」
「あいつにとって、俺は家族でしかなかった。それだけの事さ」
 立ち上がり、蒼次郎に背を向けながら航平はそう答える。
「じゃあ、俺は行くぜ」
「…帰ってくるんだよな?」
「………」
 蒼次郎のその言葉に答えることなく、航平は屋上から立ち去った。


 聖ヶ丘学園を出た航平は、特に行く当てもなく、雪の降る札幌の街を独り歩いていた。
「………」
 ふと立ち止まり、再び空を見上げる。
 やるべき事は決まっていた。
 それがどういう結果をもたらすのかも、わかっていた。
(それをやってしまえば、俺は……)
 空を見上げたまま、想いにふける。
「あれ…航平君?」
「……え?」
 ふと、声をかけられる。
「確か、航平君だったよね?どうしたの、こんなところで?」
「外村……先輩」
 我に返った航平の眼の前に立っていたのは、つい数週間前に聖ヶ丘学園を卒業した外村 絵菜瑠だった。


「とりあえず私はコーヒーに、レアチーズケーキを頼むけど…航平君は?」
「じゃあ…ココアとガトーショコラで」
 絵菜瑠に連れられるまま、喫茶店に入った航平は、メニューを注文する彼女に促されて、とりあえず適当なものを注文した。
「………」
「…航平君?」
 注文を頼んだっきり黙り込んだ航平を覗き込むように絵菜瑠は声をかける。
「あ?ああ…すみません、先輩。ちょっと考え事をしていて…」
「そう…。航平君、ちょっと私の話を聞いてもらってもいい?」
「別に構いませんが…」
 航平のその言葉に、絵菜瑠は一息吐いてから語り始めた。
「卒業式の時だから、もう結構前の事なんだけど…嵩哉君に告白したんだ」
「嵩哉に?」
 何度か未鷲見家にやってきた事がある絵菜瑠が、嵩哉の事が好きだと言う事は航平も薄々勘付いていた。
 だが、嵩哉は…
「それで、嵩哉は?」
「うん、ふふっ…フラれちゃった」
 少し、寂しそうに微笑みながらあっさりとそう答える。
「そうですか…」
 正直、この事で航平は別に驚きはしなかった。
 嵩哉が誰を想っているかは、航平も良く知っている。
「『俺には他に好きな人がいるから』って。やっぱり、詩音さんには敵わなかったな…」
 もう随分前に日本から旅立った航平や嵩哉達の姉的存在だった皇 詩音。
 そういえば、しばらくこの人の家に詩音は匿ってもらっていたんだっけ、と航平は何気なく思う。
「……外村先輩」
「あ、そんな気にしなくてもいいのよ?元々、駄目元で告白したんだから」
「まぁ、先輩なら嵩哉よりも良い男がいくらでも寄ってきそうですしね」
「それって、褒め言葉として受け取っていいの?」
「勿論。俺から見ても、先輩は嵩哉には勿体無い、魅力的な女性だと思いますよ」
「女の子の扱いが上手なのね」
「そんなつもりはないんですが…」
 案外、満更でもなさそうな様子の絵菜瑠の言葉に、航平は思わず苦笑する。
「でも、航平君って別に彼女がいたわけじゃないわよね?意外とモテそうだと思うんだけど。そういう子はいないの?」
「…まぁ、別に女に好かれたいと思ってるわけじゃないし」
「そうなの?」
 意外そうな顔でテーブルに運ばれたケーキをフォークとナイフで切り始める絵菜瑠。
「でも、良かったわ」
「え?」
「航平君、なんだか元気がなさそうだったから、嵩哉君達と喧嘩でもしたのかと思っちゃった」
 言われてみれば、先ほどよりも気分が晴れている気がする。
「外村先輩…」
「いいのよ、理由なんか話さなくても。聞かれたくない事なんでしょう?」
「……」
 そんな絵菜瑠の優しい笑みに、航平は何故か、彼女を騙しているかのような罪悪感を覚えた。


「わ、また雪が降ってきてる」
 喫茶店の外へ出た絵菜瑠は灰色の空を見上げてそう呟いた。
「…本当に良いんですか?別に奢ってもらわなくても金はあるんですけど」
「いいのいいの。私が誘ったんだから、お金は私が出すのが当然でしょ?」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらいますけど」
「うん、そうそう。素直が一番!さ、行きましょう」
 そう言って、絵菜瑠は微笑みながら航平に背を向けて歩き始める。
 その背中を見て、航平は自然に口が動いていた。
「妹が、いたんだ…」
「え?」
 唐突な言葉に、絵菜瑠を振り返りながら思わずぽかんと口を開けた。
「もう、随分前に死んでしまったけれど…俺にとっては妹が一番大切な存在だった」
「航平君…」
「今でも…今でも忘れられないよ、妹が死んだ時の事は。一生、忘れられないと思う。そのせいなのかな、女の子に優しくしてしまうのは」
 そう言いながら、自分の手を見る。
 この手で、守る事も出来なかった妹。
 傲慢だとは思う。たかが7歳の子供が、あの状況で妹を守れるはずがない。
 だが、それでも…
「…こんな事、嵩哉達にだって、言った事はなかった」
「………」
「ありがとう、外村先輩。最後に先輩に会えて、良かったよ」
 そう言い終えると、航平は呆然とする絵菜瑠を尻目に、独り歩き始めた。
 これが、自分が過ごす最後の平穏な日常だと思いながら…
「航平、君……」
 絵菜瑠は、そんな航平に手を伸ばす事も出来ず、その場に立ち尽くしていた。



 その日、暝嵜 航平は自分を取り巻く人々の前から、姿を消した……