SURVIVAL GAME - TAKE REVENGE

ACT.2 『ダイアモンズ』
 眼が覚めた時、彼の側にはもう誰もいなかった。
 大好きだった人達は、誰も。
 そんな現実を受け入れる間もないまま、彼は母方の伯父に引き取られ、姓を変える。
 今にして思えば。
 その時、彼は家族と共に死んでいたのかもしれない。



 男の所へその少年がやってきたのはようやく北海道の雪が完全に溶け切った頃の事だった。
 男の眼の前に立つ少年は年の頃は高校生くらいか。
 しかし、その眼光は鋭く、年齢に似つかわしくない威圧感を漂わせていた。
「俺に用っていうのはなんだい、坊や?」
「人に会いたい。金は言い値で出す」
 そう言うと、少年は男の前に札束を放り投げる。
「…っと!一体何処でこんなに金を手に入れたんだ?」
「どーでもいいだろ?こっちの世界ではさ」
「…まぁ、いいがね。で、誰に会いたいって言うんだ?」
「ダイアモンズ社の社長。会えるんだろ?」
「……!何処でそんな事を聞いた?」
「さぁ?とにかく会いたいんだ。まだ金が必要かい?」
「…いいだろう。連絡は取っておこう。名前は?」
「少なくとも、今ここでは名乗りたくない」
「……フン、お前が近頃ここら辺で活動してるっていう始末屋かい。しかし、会ってどうしようって言うんだ?」
「定職に付こうと思っただけさ。仕事があるんだろ?」


 株式会社ダイアモンズ。
 世間では運輸業で知られているが、裏世界では武器の密輸を行っている事で知られている。
 また、何らかの揉め事が発生した時のためのエージェントを所有しており、戦闘能力の高さには裏世界では定評があるとされる。
 現在のところ、目立ったテロ活動を行っていないが、いくつかのテロ組織に武器を提供していると思われる。

 日本政府治安維持部の資料より抜粋。


「確かに、エージェントはいくらいても構わないがね。まさか直接私に交渉してくる人間がいるとは思わなかったよ」
 ダイアモンズ社社長である竹田 悠一郎は眼の前に立つ少年に向かって苦笑しながら言った。
 彼が座っている机の周りには何人もの黒服を着た男達がいる。
「で、君の目的は一体何かね?」
「…別に、明確な目的はありませんよ。ただ、俺は生きるか死ぬかというところで、自分が生きている事を実感していたいだけ。それなら、危険が付きまとう所にいるのが手っ取り早かっただけです」
「ふむ、中々面白い事を言うものだね」
 人を食った笑みのまま、そう答える。
 その眼は、眼の前の少年を完全に信用していない事を示していた。
「しかし、我々はまだ君の名前すら知らない。今まではそれで活動出来ていたようだが、まさか名前も教えずに就職が出来るとは思っていまい」
「ええ、もちろん。俺の名前は……暝嵜 航平」
「…は、ははははは!なるほど、君はあの若葉城聖学園の消滅を生き延び、1年前にヘリオスを叩き潰した者達の1人か!」
 少年——航平の言葉がよほど可笑しかったのか、竹田は大笑いを上げる。
 どうやら、航平の名は既にこちら側の世界の人間には知られていたようであった。
「なるほど、それでは今まで名前は出せなかったわけだな。仮に名前が知れ渡れば、日本政府に君の所在がたちまち知れ渡るからな!」
「……」
「しかしだね、それならば日本政府の連中と共にいた方が君の言っていた危険とやらにも立ち会えるのではないかね?」
「…冗談。若葉城聖学園があんな事になったのも、一つは日本政府のせいだ。1年前は仲間が仕事を引き受けたから、それに付き合ったけど、あいつらに義理立てする必要なんてない」
「ふ、よほど嫌われたものだな。しかし、君を匿えば我々にもその分の損害が来るかもしれない…その見返りは、当然してくれるのだろうね?」
「見返りは、日本政府の治安維持部の情報。これでどうでしょうか?」
「……いいだろう。だが、我々はまだ君を完全に信用するわけにはいかない。行動で示してもらわなければな」
「勿論、分かっています」
「何か問題が起こった時は、君には最優先でそれに対処してもらう。構わないね?」
「ええ」
 航平のその言葉に、竹田は満足そうに頷く。
「交渉成立だな。では、早速だが…」
 竹田は隣にいる黒服を着た男に目配せをし、男が頷く。
「今晩、敵対している組織を襲撃する。それに参加してもらおう」
「了解しました」
 男の言葉に、航平は無表情のまま即答した。


「竹田…あの小僧、本当に信用出来るのか?」
 航平が出て行った後、彼に敵対組織への襲撃を指示した男は、隣にいる竹田にそう問いかけた。
「君が心配するのもわかるが…ああいうのを飼って置くのも悪くあるまい?」
「相変わらず趣味が悪い男だ。言っておくが、あの小僧が渡すとぬかしている治安維持部の情報も…」
「ああ、分かっているとも。鵜呑みにはせんさ。それに、しばらくは監視を付けさせる。それならばいいのだろう?」
「うむ」
「実際の能力の見極めは君に任せる。頼むぞ、笹原」
「分かった」


 そして、夜。
 航平は銃声の響き渡る広い部屋の中を拳銃片手に駆け回っていた。
 眼の前に立つ、敵対者には躊躇なく発砲して銃弾を叩き込む。
(これからだ…これから、全てが始まる…)
 胸中でそう呟く。
(そして、もう引き返せはしない、か)
 理由はどうあれ、彼は日本政府と敵対する道を選んだ。
 おそらく、もう二度とあの温かな場所には戻れまい。
「……終わったか、な?」
 銃声が鳴り止んだ事に、航平はそう呟いた。
 気付けば、彼の身体は血の臭いが染み付いていた。
「ああ、これじゃ、もう戻れやしないな」
 誰に語るでもなく、そう独りごちる。
 ふと、懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。
 だが、それは、死線を共にした仲間達の顔でも、親友の顔でもなく、

 あの雪の日、最後に出会った少女の哀しげな顔であった。