SURVIVAL GAME - TAKE REVENGE

ACT.3 『外村 絵菜瑠』
「最後に先輩に会えて、良かったよ」
 そう言って彼は姿を消した。
 彼が何を思い、皆の前から姿を消したのかは分からない。
 ただ、彼女は彼が最後に見せた哀しい顔を忘れる事が出来なかった。


「…菜瑠……絵菜瑠!」
「え…?」
 隣から呼ばれる自分の名に、外村 絵菜瑠はそんな間の抜けた声を上げながら、そこにいる友人の方へ顔を向けた。
「どーしたの、絵菜瑠?ぼ〜っとしちゃって」
「あ、うん、ゴメン、朝那。ちょっと考え事をしてた」
 そんな心ここにあらずと言った感じの絵菜瑠の様子に、朝那と呼ばれた少女は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「はは〜ん、さては絵菜瑠、彼氏の事を考えてたでしょ?」
「え?ちょっと、なんでそうなるのよ?」
「嗚呼、私は悲しいわよ、絵菜瑠。折角一緒にアメリカくんだりまで旅行に来たってのに、絵菜瑠はそっちの方に夢中だもの」
「…人をおちょくって楽しい?」
「ええ、特に他人の恋愛なんて見てて凄く楽しいと思うけど?」
 そう笑顔で返す友人の姿に、絵菜瑠は溜息を吐く。
 絵菜瑠は大学の同級生で友人の緋河 朝那と共にアメリカへ旅行に来ていた。
 朝那は北海道有数の名家の娘で、同じく御嬢様育ちである絵菜瑠と入学式で初めて出会ったのだが、お互い同じ合気道の先生を持っている事を知って…なんでも、朝那は自宅に道場があって、そこに先生を呼んでいるそうである…意気投合し、今回一緒に旅行に行く事になったのであった。
「っていうか、彼氏云々なら突っ込まれるべきは朝那の方じゃないの?いっつも一緒にいる子がいるじゃないの」
「う…そう切り替えしてきたか。うん、まぁ、まだ彼氏じゃないけどさ」
「せいぜい上手くいく事を祈っておくわよ」
「う〜、なんか絵菜瑠が冷たい」
「自業自得でしょう?」
 そう言って、少し勝ち誇ったように絵菜瑠は微笑んだ。


 アメリカ合衆国、ニューヨーク…
 暝嵜 航平はダイアモンズ社の兵器密輸取引の護衛のためにこの地に滞在していた。
「あ〜、全く、仕事とは言え、まさかアメリカなんぞに飛ばされるとはねぇ…面倒臭いったらありゃしねぇ。お前もそう思わないか、暝嵜」
「…別に。俺は、俺が満足出来るような環境ならそれでいい」
 隣にいるダイアモンズ社のエージェントの仲間の愚痴に、暝嵜 航平はどうでもよさそうに返答した。
「カッコつけちゃってまぁ…っつーか、お前ラスベガスでは人が変わったようにギャンブルに熱中してなかったか?」
「さぁな…まぁ、給料貰ったらまた行きたいとは思うが」
「…行く気満々じゃねーかよ」
 さも当然と言わんばかりに煙草を吸っている航平に、エージェント仲間は呆れたような顔をした。


「で、さっきは何考え込んでたのよ?難しそうな顔してたけど」
 ホテルの部屋の中で、朝那は今度は真面目に先ほどの絵菜瑠の様子について問いただした。
「…ああ、別に言いたくないっていうなら、構わないわよ。そういう事って、色々あるものね」
「ん…まぁ、隠すような事でもないかな…。3ヶ月くらい前の事なんだけど…」
 と、絵菜瑠は親友に対して、語り始めた。
 3ヶ月前、知人の弟が行方不明になった事。
 彼と最後に会ったのが自分だった事。
 その時の彼の様子がおかしかった事。
「ふ〜ん…確かにそれは気になるけど…にしても、お節介が過ぎるんじゃないの?」
「そう、かな?」
「ま、絵菜瑠のお節介焼きは今に始まった事じゃないけどね」
 そう言って朝那は苦笑する。
「褒められてるんだか、呆れてるんだか…」
「あら、褒めているつもりよ?」
「ま、そういう事にしておこうかな」
 朝那の悪びれない様子に絵菜瑠も思わず笑みがこぼれる。
「さ、そろそろ外に行きましょう?」
「そうね…」
 必要な荷物をまとめて、絵菜瑠は立ち上がりながら、ふと思った。
「それにしても航平君、今頃何処で何やってるのかな…」


 パンッ!という銃声音が鳴り響く。
 そして、それと同時に眼の前に立っている男が胸から血を流しながら、苦悶の表情で倒れる。
「…運が無かったな。お互いに」
 月が輝く夜空の下、やれやれと言わんばかりの様子で、航平はたった今自らの手で殺した相手を一瞥した。
「暝嵜、これで全部片付いたみたいだぜ」
「ああ…今日の仕事はこれで終わり…だといいな」
「全くだぜ。今日はこれからどうする?」
「ちょっと行って見たい所がある。そこに行って、部屋に戻って寝る」
「OK。なんかまた仕事着たら連絡する」
「わかった」


「ここか……」
 航平が訪れたのは、1年近く前に起こったある国際的な事件の舞台となった場所の跡地。
 そこは、今でも残骸の撤去作業が続き、廃墟に建てられた十字の鉄骨に大勢の人が祈りを捧げていた。
「………」
 航平も、それに倣うように祈りを捧げる。
(矛盾もいいところだな。たった今、人を殺してきたってのに、その足でここで祈りを捧げるなんて)
 そう思いつつも、航平は心から事件の犠牲者へ祈りを捧げていた。


「ここがそう…なのかな?」
「多分…ね」
 絵菜瑠と朝那が訪れたのは、1年近く前に起こったある国際的な事件の舞台となった場所の跡地。
 そこは、今でも残骸の撤去作業が続き、廃墟に建てられた十字の鉄骨に大勢の人が祈りを捧げていた。
「まだ、撤去作業とか終わってないんだ…」
 少し呆然とした様子で、朝那が呟く。
「朝那、私達も…」
「そうね…」
 2人とも意を決したように、十字の前で祈っている人々の中に入り、それぞれ祈りを捧げる。
「………」
 ふと、絵菜瑠は嵩哉達がかつて同じ学園の人間を理不尽な理由でほとんど全て皆殺しにされた事を思い出す。
「なんで…こんな事ができるんだろ」
「お互いの主義主張ってのは噛み合わないのが世の常なのよ。特に、力の弱い側のは。だから、こんな事をしてしまう。悲しい事だけどね」
 絵菜瑠の呟きに、朝那は十字を見つめたまま、そう答える。
「…行こうか?」
 悲しげな笑みを浮かべる朝那のその言葉に、絵菜瑠は頷こうとして、
「………え?」
 数ヶ月前に行方不明になった、見知った人の横顔を見つけた。


「航平君……っ!?」
「絵菜瑠?」
 只ならぬ様子の絵菜瑠に、朝那は思わず訝しげに声をかける。
 しかし、その朝那の声は絵菜瑠には届いていない。
 絵菜瑠の眼は、航平が街並みに消える姿だけを捉えていた。
「どうしたの、絵菜瑠?」
「…ゴメン、朝那。先にホテルに戻ってて!」
「ちょっと、絵菜瑠!?」
 朝那が止める間もなく、絵菜瑠はその場から人の波を掻き分けて走り去る。
「絵菜瑠、どうしたのよ…」
 呆然としながらも、朝那は冷静に状況を判断していた。
「…夕騎、いる?」
 絵菜瑠が去っていった方角を見据えたまま、そう呟く。
「———はい」
 朝那の問いかけに、背後から返事が聞こえた。
「絵菜瑠を追いかけて、夕騎。何があったのかわからないけど、ちょっと心配だわ」
「わかりました——」
 その言葉と共に、朝那の背後から気配が一つ消える。
「…絵菜瑠、何があったのか知らないけど、あまり無茶しないでよ」
 溜息を吐いて、朝那は十字を見上げた。


 誰かに尾行されている。
 その事に航平が気付いたのは、街道の人ごみの中に入って少ししてからだった。
 尾行されるような心当たりはいくらでもあった。
(どこぞのギャングか、それとも警察か、ダイアモンズの競合相手の手の者か、さてどれが来るんだか…)
 後ろを振り向こうともせず、そんな事を考える。
 幸い、相手はここで事を起こすつもりはないようだ。
 ならば、面倒が起こっても比較的に問題ない場所まで移動した方が良いと航平は思う。
(その方が、後始末に面倒がかからないからな…)
 懐に隠している拳銃を確認して、彼は夜のスラム街へ足を踏み入れた。


 彼の足は速く、必死に追いかけないとすぐに見失いそうになる。
 しかし、それでも絵菜瑠は何とか航平を追いかけていた。
 そうして、しばらく追いかけ続けてから、絵菜瑠は自分がスラム街に迷い込んでいる事にようやく気付いた。
「…ニューヨークのスラム街もだいぶ平和にはなったって聞いたけど…」
 それでも、自然に身が強張る。
「…朝那の言うとおりね。我ながら、人が良すぎるみたい」
 溜息を吐きながらも、絵菜瑠は足を止めようとはしなかった。
 果たして、それは単純に彼女のお節介焼きだけが理由なのか。
 彼女はまだその事に疑問を感じてはいなかった。


 航平は困惑していた。
 彼としては、スラム街に入ったらすぐに相手は何らかのアクションに入ると思っていたが、特にそんな様子はない。
 そもそも、殺気めいたものすら感じない。
 自分を襲う気がないようにすら感じた。
「まるで素人…いや、まさかな」
 それならば、自分が尾行される理由がわからない。
 ——航平は、まさか絵菜瑠がニューヨークに来ていて、しかも自分を見つけたなどとは夢にも思っていなかった。
「……仕方ない、こっちから仕掛けてみるか」
 そう思った刹那、彼が今しがた通って来た方角から、悲鳴が響いた。


「な、何するんですか!?」
 なんとか英語でそう言葉を繋ぐ。
 絵菜瑠の周りにはチンピラのような男達が数人たむろしていた。
「珍しいなぁ?こんな時間に観光客がこんなところにいるなんて」
「こいつ、結構良い女じゃねぇか?」
「ああ、全くだ。ヤるか?」
 よく英語は聞き取れなかったが、自分が危険な状況に置かれている事だけは理解できた。
「よし、やっちまおうぜ!」
 男達の1人が、絵菜瑠の肩を掴む。
 危険を感じた絵菜瑠は瞬時に掴んできた相手の腕を捻って、投げ飛ばした。
「がっ!」
「何しやがる!」
「このアマッ!」
 仲間が投げ飛ばされたのを見て、他の男達は怒りながら絵菜瑠を殴る。
「あうっ!」
 顔を殴られた勢いで背中が壁にぶつかり、絵菜瑠は思わずよろめく。
「面倒かけさせやがって、ヒイヒイ言わせてやるぜ!」
「黙れ」
 次の瞬間、絵菜瑠を殴った男は顔面を蹴り飛ばされ、道端に置かれていたゴミ箱に激突する。
「な、何だてめぇ!?」
「うるさい」
 懐からナイフを出した仲間の男に、彼は問答無用に腕に向けて拳銃を発砲する。
 銃弾は、取り出されたナイフの刃に命中し、ボキリと折れた。
「こ、コイツ…!?」
「そこのボロクズを連れて、今すぐ失せろ。次は殺すぞ?」
 拳銃を構えたまま、彼は淡々と英語でそう喋った。
「ひ、ひぃっ!」
 彼のその脅迫に男達は倒れている仲間を抱えて一目散に逃げ去った。
「やれやれ、大丈…」
 面倒臭そうに絵菜瑠の方を向いて無事か聞こうとしたところで、彼の言葉が止まった。
「航平君…」
「外村……先輩?」
 ここにいるはずのない少女の姿に、呆然としながら暝嵜 航平はその名を呼んだ。


 航平としては、ただ自然に身体が動いただけだった。
 彼は自分の目前で女性が理不尽な目に遭うのが嫌だっただけ。
 自分を尾行する者がいる事もその瞬間、頭から離れて乱入していた。
「先輩…どうして、ここに?」
 動揺しながらも、やっとの思いでそう訊ねる。
「それは私の台詞。航平君、こんなところで何をやっているの…?」
 殴られた顔を蒼白とさせながらも、絵菜瑠は航平が握っている拳銃を見ながら逆に問いただした。
「俺は…」
 そう言いかけたところで、こちらに走ってくる足音が聞こえてきた。
「…っ!こっちが本命か…?」
「航平君…?」
 不安そうに自分を見上げる絵菜瑠に、一瞬、彼女をどうすべきか迷う。
 だが、結局、
「ゴメン、先輩」
「えっ…!?」
 絵菜瑠の鳩尾に拳を入れ、彼女を気絶させる。
 そして、死角となる物陰に彼女を抱えて隠れた。
「…一体、何処に行ったんだ、外村さんは…?」
 右眼を前髪で隠した少年は周りを確認するが、死角にいた航平に気付く事無く、その場から立ち去る。
「行ったか…」
 そう呟きながらも、航平は混乱していた。
 自分の腕の中で倒れている少女をどうするべきなのか。
「…見られた、のか……」
 経緯はどうあれ、自分の事を知る人間に、自分の所在を知られてしまった。
 彼女を日本に帰せば、嵩哉達にそれが伝わってしまうだろう。
 そうすれば、嵩哉達は今の航平が何をしているか、何がなんでも調べ上げようとするだろう。
「まだあいつらに知られるには、早過ぎる…」
 そして、もう一つ懸念すべき事があった。
「………」
 それを考えた時、航平の心は既に決まっていた。


「う……」
 閉じていた瞼が開く。
 最初に視界に映ったのは、見知らぬ天井であった。
「私……」
「気付いたかい、先輩?」
 かけられた言葉に、絵菜瑠はがばっと寝かせられていたベッドから飛び起きる。
 ベッドの隣では、航平が椅子に座っていた。
「航平君、ここは…?」
「俺の部屋。こっちに来てからは、ここで生活してる」
「そう…」
 と、言いかけたところで、先ほど航平に鳩尾を殴られて気絶した事を思い出す。
 しかし、その事を追求する前に、航平の方が先に口を開いた。
「…今日から、先輩もここにいてもらう事になる」
「え……?」
 航平の言葉に、絵菜瑠は思わず間の抜けた声を上げる。
「まだ、あいつらに俺の所在を知られるわけにはいかないんだ…」
 そう言いながら、寂しそうに笑みを浮かべる。
「航平君…嵩哉君も、季伊奈ちゃんも、流君達も、皆あなたの事を心配していたのよ?」
「……わかっている。でも、まだ駄目だ。それに…」
「それに…?」
「もし、先輩がここから出ようとするなら、俺は今ここで、先輩を殺さなきゃいけなくなる」
 寂しそうな笑みから一転し、無表情になる。
 それは、彼の言っている事が本当だと絵菜瑠に知らせるには充分であった。
「航平、君…」
「俺の知り合いであるあんたが、俺に出会ってしまった。そんなあんたが無事に日本に帰る事を、絶対に上の連中は承諾しない。きっと俺が殺さなくても、他の人間があんたの命を狙う。たとえあんたが、何も知らないとしても、な」
 何がなんだか、絵菜瑠にはわけがわからなかった。
 ただ、航平が何か危険な事に手を染めている事、そして自分がそれに片足を突っ込んでしまった事は理解出来た。
「…私に、選択肢はないのね」
 それが、彼女の答えだった。
「すまない、先輩。必ず、いつかは日本に帰すよ」
「……それより、答えて。あなたは、一体何をしようとしているの……?」
 絵菜瑠の問いに、航平は左右に振った。


「よぉ、暝嵜。どんな具合だった?」
 自室から出た航平に、エージェント仲間が下品な笑みを浮かべてそう声をかけてきた。
「………」
 そんな問いを、航平は無視する。
「ちっ、悪かったよ。それよりよ、何で監禁なんて半端な真似するんだよ?殺した方が手っ取り早いだろ?」
「あの女は日本政府と繋がっている。もし彼女が不審な死を遂げれば、日本政府は全力を上げて調べてくるだろう」
「あんな小娘1人にか?」
「ああ、必ず」
 正確には、政府ではなく嵩哉達だが。
 そう心の中で呟く。
「…ってかさ、もし彼女、監禁するんなら俺に任せてくれね?好みのタイプなんだよね、アレ」
 次の瞬間、下品な笑みを浮かべるエージェント仲間の口に、航平は拳銃を向けていた。
「もう一度同じ事を言って見ろ。鉛弾を叩き込むぞ」
「わ、わかった!わかったよ!!くそっ、冗談の通じねぇ野郎だな!!」
 慌ててそう弁解する仲間の言葉に航平は思う。
(冗談、か。これが冗談だったら、どれだけ良かった事か…)
 ふぅ、と航平は考えるのが嫌になって溜息を吐いた。