SURVIVAL GAME - TAKE REVENGE

ACT.4.5 『That far day of summer -2002-』
 7月、北海道、札幌市のとあるアパートにて…
「やっぱり、こっちは向こうに比べると涼しいわね」
「…ああ」
 部屋の中を掃除しながらの絵菜瑠の言葉に、航平は競馬新聞を読みながらどうでもよさそうに頷く。
「1ヶ月離れてただけなのに、なんだか違う場所に来たみたい…気のせいかしら?」
「…ああ」
「……人の話、聞いてないでしょう、航平君?」
「…そうでもない」
 新聞から顔を上げ、そう答える。
「ならいいんだけど…。っていうか、馬券買えないのにそんなの読んで楽しい?」
「まぁ、早く2年くらい経たないかな、とは思う」
「ふぅん…」
 呆れたように溜息をつく。


 あれから少しして、日本から出向していた航平たちは帰国する事になり、札幌へと戻ってきていた。
 現在の航平が生活している部屋は航平がダイアモンズに入社した時に与えられた札幌市のとあるアパートの一室である。
 そして、絵菜瑠も当然のように航平に連れ添い、共にアパートで生活していた。
 相変わらず外へは出れないものの、絵菜瑠は特に不満は抱いていない。
 無事を父親や友人に伝えたい気持ちはあったが、伝えると航平に迷惑がかかるのでそれは我慢していた。


「…そういえば絵菜瑠、大分髪が伸びたよな」
「ん……最後に切ったのは、随分前だったしね」
 誤魔化すかのような唐突な航平の言葉に、絵菜瑠は苦笑しながら答える。
 ちなみに今は掃除しやすいように髪を一つに束ねている。
「航平君は、髪は短い方が好み?」
「いや別に。鬱陶しくないなら長い方がいいかな…」
「そうなの?じゃあ、今度髪を切りに行ってもそこまで短くしない方がいいわね。切りに行ければ、だけど」
「……すまない」
「気にしないで。好きでやってるんだから」
 そう言って、絵菜瑠は微笑みを浮かべる。
 それだけで、航平は彼女に対する罪悪感が和らいだような気がした。
「絵菜瑠」
「何?……あ…っ」
 名前を呼ばれて航平に顔を向けたところで、唇を重ねられる。
「んっ…もうっ、いきなりなんだから」
 しばらくそうした後、唇を離して絵菜瑠は咎めるように口を尖らせる。
 もっとも、あまり嫌そうな様子ではないのだが。
「絵菜瑠…明日、付き合って欲しいところがあるんだ」
「付き合って欲しいって…私、外に出ない方がいいんじゃないの?」
「…一緒に来て欲しいんだ」
「航平君がそういうなら、私は構わないけど…何処に行くの?」
「明日は、命日なんだ…」
「命日って、もしかして…」
 驚いたような絵菜瑠の言葉に、航平は頷いた。
「ああ。俺の家族が、殺された日だ…」


 そして、次の日。
 札幌市郊外の片田舎にある、とある墓地庭園。
 航平と絵菜瑠は、この墓地庭園に訪れていた。
「…ここが?」
「ああ…」
 眼の前には、「須凰家」の名が刻まれた墓。
 航平は、無言で墓に水をかけ、花を手向ける。
 その隣で、絵菜瑠は眼を閉じたまま、手を合わせていた。
「絵菜瑠…」
「あなたの御両親に、必ずあなたの心が救われる日が来る事を、約束したわ」
「……」
 その言葉に航平は、彼女に倣うように眼を閉じて手を合わせる。


 遠い日の記憶が蘇る。
 大好きだった家族。
 それらが何の前触れもなく奪われた日。
 子供達を守ろうとして、殺された両親。
 そして、
「いたい…いたいよ…たすけて、おにいちゃん…」
 最後に聞いた、眼の前で死に逝く妹の声。


「深撫美…ッ」
「航平君?」
 只ならぬ様子の航平に、絵菜瑠は思わず声をかける。
「あいつのせいで、お前は…!あいつの、あいつのせいでッ!!」
 合わせられていた手は既に離れ、震えながら強く握り締めている。
 その顔に浮かんでいるのは、忘れる事が出来ない悲しみと怒り、そして憎しみ。
 消える事のない、心に刻まれた傷痕。


「………妹さんって、どんな子だったの?」
 航平が落ち着いたのを見計らい、絵菜瑠はそんな質問を航平に投げかける。
「…深撫美は、俺より3つ年下で…あの時はまだ4歳にもなっていなかった…」
「………」
「とても素直で、誰とでも仲良くなれる子だったよ。おままごとが大好きで…あの日は、前の日に仲が良い子と喧嘩したって、泣いてたっけ…」
「そう……」
「俺は…あいつだけは、子供心に何があっても守りたいって、思ってたし…今でも、もし立場が入れ替われるなら、死んでもいいから入れ替わりたかったと思っている」
「本当に大好きだったのね、妹さんの事…」
「………ああ」
「ちょっと…妬けちゃうかな」
「え?」
「航平君に、そこまで想って貰える妹さんが…」
「そんな事は…ない。絵菜瑠が…絵菜瑠がいてくれるだけで、俺は…」
 寂しそうに微笑む絵菜瑠に、航平は思わず強い調子でそう答えていた。
「絵菜瑠がいないと、駄目なんだ。独りは、辛すぎるから…」
「…大丈夫よ。独りになんか、させないから」
 そう言って、後ろから抱きしめる。
「絵菜瑠…」
「その代わり、一つだけ約束して」
「約束…?」
「死なないで…あなたがどんなに傷付いても、どんな汚い事に手を染めてもいい…。でも、帰ってきて、私のところに。それだけで…それだけでいい。だから、死なないで——」
 そう言い終えて、絵菜瑠は顔を俯かせる。
「…怖いのよ。もし、航平君が自分の目的を達成したら、そのまま帰ってこないんじゃないかって」
「俺が、自分から死んでしまうかもしれないって?」
「………」
 言葉に出して肯定しなかったものの、その沈黙は絵菜瑠が本当に心配しているのだと、伝えるのには充分だった。
「…わかったよ、覚えておく」
「航平君…」
「……帰ろうか」
「ええ…」
 航平の言葉に頷き、指を絡ませる。
 そして彼の肩に頭を寄せて、絵菜瑠は歩き始めた。
 やがて来るであろう、この生活の終焉を思いながら……。




 2002年、7月……終焉の足音は一歩一歩、近づいてきていた。