SURVIVAL GAME - TAKE REVENGE

ACT.4 『皇 詩音』
 それは、ようやくニューヨークの季節が冬から春へ変わり始めた頃の事だった。
「…失礼します。特別部隊の部署ってここでいいですか?」
「ええ、そうよ。皆、今は任務で出払っているから私しかいないけど」
「そうですか…。やっぱり、配属前に無理に顔出さなくても良かったかしら…」
「もしかして、あなたが例の特殊訓練を1ヶ月で突破したって子?噂は聞いてるわよ。眼が悪いのに優秀な成績だったとか…」
「………」
「あ…ごめんなさい。余計な事言っちゃったわね。私はマニよ、よろしく」
「皇 詩音です。よろしくお願いします」
 そして数日後、彼女はニューヨーク市警の特殊部隊に配属された…


 外村 絵菜瑠が暝嵜 航平によってアパートの一室に監禁されてから、数日が経った。
「ふぅ…いい加減、英語の通販の番組見るのも飽きてきたかな」
 そう言って、絵菜瑠はテレビのチャンネルを変える。
 しかし、絵菜瑠も英語は日常会話くらいなら出来るが、TV番組ともなると時々聴き取れない部分が出てくる。
「今頃、日本じゃ大騒ぎになっているのかな…あまり想像したくないけど」
 幸い、自分がTVのニュースになっているのを確認した事はないが、日本で自分の失踪で父や嵩哉達が心配しているのを思うと、胸が痛む。
 連絡ぐらいはしたいのだが、この部屋には電話等の機器は何一つ置かれていない。
「全く…今回ほど自分の御節介に呆れた事はないわね…」
 そう思わず毒づきながらも、実は彼女はこの部屋を離れようという気にはなれないでいた。
 もちろん、部屋を出れば命はない——航平がいない時でも、部屋の前を監視している人間がいるらしい——のもあるが、それでも、彼女は航平をこのままにしておけないと思っていた。
「ほんっと、馬鹿ね、こんな目にあってもほっとけないなんて、私…」
 溜息を吐きながら、絵菜瑠は部屋の主が戻るのを待ち続けた。


 この日も、航平はいつものように命令でエージェントの仲間達と共にマフィアと交戦していた。
「全く、いくら上の命令とは言え、最近忙しいよな」
 仲間の1人がそうぼやく。
「なんだっけ、うちの社長が目にかけてる女の名前?」
「…確か、雪影とか言ってたと思うが」
 仲間の問いに、航平はそう答える。
「そうそう、雪影。人使いが荒いんだよなぁ」
「ぼやいている余裕はないと思うが…」
 と、銃を構えてこちらへ走ってくるマフィアの構成員に航平は銃を向ける。
 引き金を引こうとした瞬間、絵菜瑠の悲しむ顔が脳裏を掠める。
「ちっ…!」
 一瞬の迷いの後、航平はそれを振り払うかのように発砲する。
 そうこうしている間に、仲間達の応戦でマフィア側が全滅する。
「おい、暝嵜…お前、最近なんか調子がおかしくねぇか?」
「……そんな事はない」
 仲間の言葉に首を振って否定する。
 だが、実際には絵菜瑠と再会してから、先ほどのような事が多い。
「…先に帰る」
「あの子が恋しいのか?」
「………」
「あ〜、悪かったって、そう睨むなよ」
「ふん…」
 憮然とした様子で、航平は仲間達に背を向けた。


「…今戻った」
「…お帰りなさい」
 アパートの部屋の扉を開けた航平は、絵菜瑠とそんなぎこちないやり取りをする。
「また、危ない事をしていたの?」
「……先輩には、関係ない」
 咎めるような絵菜瑠の言葉に、航平はそうはぐらかす。
「…頼んでいたもの、買ってきた?」
「……ああ」
 そう頷いて、航平は絵菜瑠に頼まれた品々をテーブルの上に置く。
 絵菜瑠に必要なものは、航平が買ってきていた。
 そして、今日頼まれたのは肉・野菜・米などの食材、包丁等の調理道具、それに食器だった。
「…なんでこんなの買ってこなきゃいけなかったんだ?」
「いくらなんでも、毎日コンビニ弁当なんて、健康に悪いわ。それに、航平君もいつも缶詰とかカロリーメイトみたいなのしか食べてないじゃない」
「これで充分だ」
「駄目。とにかく、私が御飯作って上げるから、それ食べなさい!」
「……まるで、母親みたいだな」
 思わず、そう呟く。


 しかし、思えば、自分に母親のように接してくれた人は今までいなかった事に気付いた。


 しばらくして、航平の眼の前に夕食が並ばれた。
 ハンバーグと野菜炒め、コンソメスープに白御飯。
 見事と言うしかないほどの、普通の料理だった。
「はい、それじゃ召し上がれ」
「…いただきます」
 フォークとナイフでハンバーグを切り分けて、口に運ぶ。
「………」
「どう?」
「…美味しい」
 数ヶ月ぶりに食べたまともな食事に、思わず感嘆の声を上げる。
 あっという間に、眼の前の料理を平らげていく。
「…ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
 綺麗に料理を平らげた航平に、絵菜瑠は思わず微笑む。
「嫌いな食べ物とか、何も聞かずに作ったけど、何か嫌いなものあった?」
「いや、特に…。子供の頃から好き嫌いはやめろって口煩く言われてたから、嫌いな食べ物っていうのは思いつかないな」
「ふぅん…まぁ、好き嫌いがないのはいい事ね」
 ニコニコしたまま、絵菜瑠は航平を見つめる。
 彼女のその様子に、航平は自分の心が安らいでいっている事に気付く。
「…どうしたの?変な顔して」
「いや、なんでもない」
(…そうさ。なんでもない。気のせいに決まってる)
 そう、自分に言い聞かせる。
 …何故か、彼女を自分の都合で監禁している事に、改めて罪悪感を覚えた。


 それから、2週間。
 航平は相変わらずダイアモンズ社のエージェントとしての仕事をこなし、絵菜瑠は監禁生活を続けていた。
 そんな、ある日…
「クスリの取引の護衛?」
 航平たち、ダイアモンズ社のエージェントの面々は眼の前にいる女性に次なる仕事を言い渡されていた。
「そう、最近は売人の取り締まりが厳しくてね。特にニューヨーク市警の特殊部隊なんて張り切りすぎちゃって困ってるらしいのよ。それが私たちと協力関係のマフィアで、その取引の護衛をお願いしたいわけ」
 女性の説明をエージェントたちは黙って聞く。
 基本的に、彼らには彼女の命令に対する拒否権はない。
 どんな命令でも、とりあえずは聞かざるを得ない。
(しかし、クスリの取引の護衛とはな。雪影の命令にしては、楽な方だが)
 航平はそう思いながら、眼の前の女…雪影 千尋を見る。
 この女の利益のために手段を選ばない姿勢が、航平は嫌いだった。
(まぁ、人のことを言えた義理じゃないが)
 そんな事を考える。
 航平も、目的のために手段を選ぶつもりはなかった。
 だから、この嫌な女の命令も黙々と引き受ける。
「——時間は明日の12時から。以上で今日は解散していいわ」
 いつの間にか話が終わっていた。
 解散という言葉に航平は彼女に背を向けてその部屋から立ち去る。
 そうして、エージェントたちが全員立ち去った後、千尋は悪意たっぷりの笑みを浮かべていた。
「フフッ、懐かしい顔に殺されるなんて、あんたにはぴったりの無様な死に方よね」
 そんな言葉を、呟いていた。


 同じ頃、ニューヨーク市警の休憩室。
「聞いた、詩音?例のマフィアのドラッグの取引の件」
「ええ、どこからかタレコミがあったらしいわね」
 同僚の言葉に、皇 詩音は煙草を灰皿に押し付けながら、呆れたようにそう返答する。
 そんな事をするくらいなら、最初からその手の事に手を染めなければいいのに、と詩音は思っていた。
「マニ、部長はどうするつもりか聞いてる?」
「もちろん、張り込むつもりみたい。折角ニューヨークも治安が良くなってきてるのに、出回ったら困るものね」
「そうね…。明日は忙しくなるわね」
「まあ、仕方ないでしょう。これも世のため人のためってヤツよ」
 眼の前の同僚の言葉に、詩音は強く頷く。
 それが、仕組まれた罠だとは夢にも思わず。


 そして、次の日。
 眼を覚ました航平は寝袋から出て…ベッドは一つしかないので、絵菜瑠に使わせていた…朝食代わりのレーションを食べ、身支度を整える。
 身支度を整えた後は、古びた写真を懐にしまい、拳銃の手入れを始める。
「う…ん…?」
 それに気付いたのか、絵菜瑠も眼を覚まし、伸びをしながらベッドから身体を起こす。
 …身体を起こした絵菜瑠が最初に見たのは、拳銃の手入れをしている航平の姿だった。
「航平君…」
「…ああ、おはよう、先輩」
 拳銃をいじる手を見つめている絵菜瑠にぎこちなく声をかける。
「また…危ないことをするつもりなの?」
「…関係ないって、いつも言ってるだろ」
「そんな事ないわ。私は航平君が誰かを殺しているなんて思いたくないし、殺して欲しくもない」
「………」
 それでも、航平は拳銃の手入れをやめる事をしない。
「先輩…前から言おうと思っていたが、俺を買いかぶるのはやめてくれないか?結局、俺はあんたの言う人殺しに過ぎないよ」
「…そうかも知れないけれど、航平君は優しい人だから…そんな人だって、私は思いたくない」
「優しくなんてないよ、俺は…」
 溜息をつきながら、かぶりを振る。
「…妹さんが亡くなった事と、何か関係があるの?」
「……ッ!」
 ふとかけられたその言葉に、航平は顔色を変える。
「航平君、気付いてないかもしれないけど、時々うなされているのよ?「みなみ」って名前を言いながら。…それ、もしかして妹さんの事じゃ—」
「黙れ!あんたに俺の何が分かるって言うんだ!?」
 絵菜瑠の追求に、航平は思わず強い口調で怒鳴り散らした。
「航平君…」
「……ごめん、先輩。けど、これだけは言っとく。俺は、先輩だけは巻き込みたくはないんだ」
 そう言うと、航平は絵菜瑠に背を向け、部屋を出る。
 そんな彼の背中を見送りながら、絵菜瑠は呆れたように呟いた。
「…馬鹿。もう充分すぎるほど、巻き込まれてるわよ」


 ニューヨーク郊外の海岸近くの倉庫。
 時間は11時55分。
 既に倉庫には取引にやってきたマフィアも揃っており、取引の準備は出来ていた。
 それを遠目に見ながら、航平は今朝の絵菜瑠との言い争いの事を思い出していた。
 絵菜瑠を巻き込みたくない。それは嘘偽りのない本心からの言葉だった。
 何があっても、彼女だけは日常の象徴であって欲しい。
 そう、願っていた。
(…でも、巻き込んだのは俺だ。俺のせいで、先輩はこんな馬鹿げた事に巻き込まれている)
 そう思うと、思わず溜息が出た。
「どうしたよ、暝嵜?今回の仕事が気に入らないのか?」
「…別に。とっとと仕事を終わらせたいと思っただけさ」


 11時55分。
 既に、詩音たちは倉庫のすぐ近くで待機していた。
 後は、部長の命令と共に突入するだけ。
 …詩音は、サングラスに手をかざしながら、その時をじっと待っていた。
 ふと、今日本では彼女を姉と慕う家族がどうしているか、気になった。
「詩音?ぼ〜っとして、大丈夫?」
「ええ、大丈夫。ちょっと家族の事を思い出してただけよ」


 正午ちょうど。
 麻薬の取引が始まった。
 航平も気を引き締めて、周囲に異変がないか気を配る。
 そこで、外から発砲音が響いた。
「何だ!?」
「大変だ!ニューヨーク市警の特殊部隊が突入してきやがった!」
 外で待機していたエージェントの1人が慌てて中に入ってそう叫ぶ。
「何だって!?いくらなんでもバレるのが早すぎじゃないのか!?」
「数が違いすぎる。撤退だ!」
 そんな声が倉庫の中で響く。
「情報が漏れてたんじゃないのか…?」
 思わずそんな事を呟きながら、航平は銃を抜き、特殊部隊との戦闘に備える。
 ほどなく、倉庫の中にも特殊部隊が突入してくる。
「ったく、マジで数が多いな…」
 そう言いながら、航平も撤退のために駆け始める。
「動くな!」
 突入した特殊部隊の1人が、そう言いながら航平に向かって発砲してくる。
 航平はそれを倉庫の中に積まれていたコンテナの陰に隠れてやり過ごす。
 ふと、今の声に聞き覚えがあるような気がした。
 しかし、そんな疑問はすぐに消し飛び、すぐに応戦のために銃を構えながらコンテナの影から飛び出す。
 そこで、眼が合った。
「———航平!?」
 その声を、航平が忘れるはずがなかった。
 顔はサングラスで隠されているが、その顔を見間違えるはずがない。
 何故なら、彼女は航平が姉同然に慕っていた人なのだから。
「詩音———!?」
 航平の眼の前で銃を構えている女性の名を驚きと共に叫んでいた。


「航平、あなた——どうしてマフィアなんかに…!?」
「お前こそ…ニューヨーク市警ってどういう事だよ…!?」
 互いに拳銃を構えたまま、混乱する。
 その引き金を引くことはどちらも出来ない。
「空木さん?空木さんに何か言われてそっちにいるのね?」
「違うよ。日本政府は全く関係ない。俺は、俺の意志でここにいる…!」
「嘘よ!そうじゃなきゃ、航平がここにいる理由なんてないじゃない!」
「…その言葉、そっくり返してもいいか?なんでニューヨーク市警なんかに入ってるんだよ、お前は…!」
「それは…」
 この状況に、憤りすら感じる。
 こんな形で詩音と再会するとは夢にも思っていなかった。
 敵という形で再会するなんて。
(覚悟は出来ているはずだ、航平…後は引き金を引けば良い)
 そう言い聞かせるが、眼の前の相手を撃つ事は出来なかった。
「詩音!」
 そんな膠着状態の中、詩音の仲間の特殊部隊の人間が銃を構えたまま援護しようと駆け出す。
「ちっ!」
 航平は、咄嗟に詩音の背後から迫ってきていた特殊部隊の人間に向けて発砲する。
「マニ…ッ!!」
 それを見て、詩音も咄嗟にそれを庇うように横へ飛び出す。
「え……?」
 航平が撃った銃弾は、詩音の胸を貫通した。


「……冗談、だろ?」
 糸が切れた人形のように倒れ、ピクリとも動かなくなった彼女を見て、呆然と航平は呟く。
 自分が何をしたのか、理解出来ない。
 何故詩音は倒れている?こうなった原因は何だ?
 ああ、決まっている。俺が撃ったからだ、詩音を。
「俺…俺が詩音を?」
「よくも…よくも詩音を!」
 そんな航平の呟きを遮るように、マニは怒りに震えながら引き金に指を当てる。
 だが、その前に、
「う、うああああああああっ!!」
 航平は心の底から悲鳴を上げ、再び拳銃を発砲する。
 出鱈目に撃たれたその銃弾は、マニの右手に命中し、マニは思わず拳銃を落とす。
 そして、航平はわけも分からず、その場から逃げ出した……。


 絵菜瑠は、航平の帰りを待ちながら、ふと考えていた。
 もし、航平がいなくなってしまったら、自分はどうなってしまうのか、と。
 ある意味、今の状況は航平が絵菜瑠を守ってくれているから成立している。
 では、航平がいなくなれば?
 そうなれば、自分は邪魔者でしかない。
 おそらく、命はないだろう。あるいはもっと悲惨な目に遭うかもしれない。
 でも、それ以上に、航平がいなくなると思うと、とても不安を感じた。
「…って何考えてるのかしら。ちょっと弱気になりすぎね、私」
 そう言いながら、気持ちを切り替えるために夕飯はどうしようか、と考える。
「って、航平君に食材頼むの忘れてたわね…。まぁ、お昼の残り物で何とかなるかな?」
 とりあえず、準備をしようと椅子から立ち上がる。
 そこで、ゆっくりと扉が開く音が部屋に響いた。
「航平君?」
 思わず扉の方を振り向く。
 そこには、虚ろな眼をして、暗く沈み込んだ航平がいた。


「こ、航平君?」
「………」
 絵菜瑠の驚く声にも無反応に、航平は部屋に入り、椅子に座り込む。
 そんな航平の姿を、絵菜瑠は今まで見た事がなかった。
「一体、何があったの…?」
「………詩音に、会った」
「えっ……?」
 思わぬ名前に、絵菜瑠は驚く。
「こっちにいるのは知っていた。だけど、まさかニューヨーク市警にいるなんて、思わなかった。敵同士になるなんて…」
「航平君…」
「ああ…分かっていたさ、いつかは敵同士になるって事は。でも、俺は、こんな形であいつに出会うなんて、夢にも思っていなかったんだ…」
 呆然とした様子で、虚空を見上げながら、航平は話を続ける。
「…俺…俺は、詩音を…詩音を、殺した」
「………!」
 その言葉に、航平が混乱している理由が絵菜瑠にも理解出来た。
 航平は、詩音を姉の様に慕っていた。
 その詩音をおそらく、図らずも殺してしまった事で、今までずっと押し殺してきた彼の心が、壊れ始めている。
「そんな気はなかったんだ…俺は、詩音を撃つ気なんて。でも、あいつ…あいつは、仲間を庇って…」
 ガタガタと震えながら、誰かに言い訳をするかのように語り続ける。
「しっかり…しっかりして、航平君!」
 絵菜瑠はブツブツと喋り続ける航平を落ち着かせようと、両肩を掴む。
「先輩…俺、一体どうしたら…」
 初めて見る航平の弱々しい姿に、絵菜瑠は戸惑う。
 しかし、同時に自覚していた。
 誰かが、彼の心を守らなくてはならない、と。
 そう思った瞬間、絵菜瑠の唇は自然と航平の唇に触れていた。
「——っ!?外村、先輩?」
 そして、抱きしめながら、航平をベッドに押し倒す。
「先輩…?」
 呆然としている航平を抱きしめたまま、絵菜瑠は微笑む。
「私は、航平君の事が好き。たとえあなたがどんな事をやっていたとしても…私は構わない」
 自然に告白の言葉が出ていた。
 認めてしまえば、当たり前の事だった。
 外村 絵菜瑠はあの雪の日からこのどこか危うかった少年の影をずっと追いかけていたのだから。
「だから…気が済むまで好きにして」
「先輩……俺…」
「“先輩”じゃないでしょ?私のことは、絵菜瑠って呼んで」


「…落ち着いた?」
「ああ…。ゴメン、せんぱ—」
「先輩じゃなくて、絵菜瑠」
 微笑んだまま、注意する。
 2人は、同じシーツに一緒にくるまっていた。
「…絵菜瑠。ゴメン、俺のせいで、こんな…」
「好きだって、言ったでしょ?それとも、航平君は私の事、嫌いだった?」
「…そんな事はない。俺も、せん——絵菜瑠の事は、好きだ。だけど、嵩哉の事は…」
「あら?私なら、嵩哉君よりも良い男が寄ってくるって言ってたの、誰だったかしら?」
「………」
「それに、航平君のような、危なっかしい子、一緒にいないと心配だしね」
「俺、そんなに危なっかしいか?」
「うん、凄く」
 その言葉に、航平は心外そうに口を尖らせる。
「もう、そんな顔しないで。子供みたいなんだから」
「…ホント、絵菜瑠、母さんみたいだ…」
「それ、あまり褒め言葉になってないと思うんだけど」
「いや…そうじゃないんだ。俺の母さん、俺が子供の頃に死んでて、そういう風に言ってくれる人、いなかったんだ…」
 呆れたように溜息を吐く絵菜瑠に、航平は思わずそう弁明する。
「そうだったの…」
「………」
「航平君?」
「…え?」
「凄く…怖い顔してる」
 急に怒りに震えるような顔に変わった航平に、心配そうに絵菜瑠は指摘する。
「……妹が眼の前で死んだ事は、知ってるよな」
「…ええ」
「俺の母さんも、父さんも、一緒に死んでるんだ…」
「え…?」
「皆…俺の眼の前で、殺されたんだ」


 1991年、7月。
 北海道のある有名なホテルで、無差別テロが発生した。
 宿泊客の殆どがこのテロで死亡し、犯人は未だに捕まっていない。
 テロが発生した理由はこのホテルに要人が宿泊していたからとも言われているが、それも謎のままである。


「あの日…俺も、家族と一緒にあのホテルに宿泊していた…」
 在りし日の家族と一緒に写っている古ぼけた写真を見ながら、航平は静かに語り続けた。
「あの日までは、父さんがいて、母さんがいて、妹が…深撫美がいて、俺たち家族は間違いなく、幸せだった…。でも、あの日…」


「あなたっ!」
 頭を撃たれ、そのまま倒れた父を見て、母は悲鳴を上げる。
 何が起こったのか、全くわからなかった。
 出来た事は、妹と一緒に震えるだけ。
「お願い、この子たちは…この子たちだけは助けて…」
 庇うように、母が子供たちの前に立つ。
 だが、母の前で銃を構えた男は笑いながら言った。
 駄目だ、と。


「父さんも母さんも、深撫美も殺されて…そこから後はよく覚えていない…。気付いたら、病院のベッドの上だった」
 天井を仰ぎながら、溜息を吐く。
「…それから、俺は伯父さんに引き取られて、姓を変えて、若葉城聖学園に編入した。そこからは…絵菜瑠も知っての通りだ」
 周りの人々の殆どを奪われたあの事件の事を思い出しているのか、航平は苦そうな顔をしながら、話を終えた。
 そして、その話にずっと耳を傾けていた絵菜瑠の眼からは、涙があふれていた。
「泣いてくれるのか…?俺なんかのために…」
「当たり、前じゃないっ…どうして、航平君が、そんな、目に遭わなきゃ、いけないの…?」
 泣き啜る言葉に、航平は静かに首を振る。
「…わからないさ、そんな事…。でも、だからこそ、俺は、俺たち家族をそんな目に遭わせたヤツを許せない…!」
 拳を強く握り締める。その眼に、迷いはなかった。
「航平君…もしかして、そのために…」
「どんな事をしてでも、必ず俺の家族を殺したヤツに報復をする。そう決めて、俺はここまで来たんだ…」
「………」
「ごめん、絵菜瑠。これだけは譲れない。何があっても、俺はこれだけはやらなきゃいけないんだ」
 航平のその言葉に、絵菜瑠は涙を浮かべたまま、微笑んだ。
「私には、見守る事しか出来ないけど…でも、私は何があっても…航平君の味方だから」
「……ありがとう」
 そう言うと、航平はもう一度、彼女の唇に唇を重ねた。