Foreigners night × Forbidden heresy

北海道旅行記 エピソード1.0
 札幌は涼しかった。
 電車の中も涼しかったが、駅も涼しく、駅から出ても涼しかった。
 冷房が効いた部屋に比べるとさすがに暑いが、充分生活出来る温度である。

 そんな訳で叫んでみた。

「すぅずしィーーー!」

 藤田四郎、大学四年の夏だった。

「藤田、無理矢理ボケなくてもいいから」

 雅のツッコミはあっさり風味。
 もっと激しいツッコミを期待していた藤田は硬直していた。
 この場合生半可なツッコミをされると逆にきついものがある。

「倉凪も斎藤も久坂もいないんだから、あんたこれからはピンで頑張っていかなきゃ」
「……なくなって、初めて分かる、相方の、ありがたみなど、欲しくねぇやい」
「無理矢理短歌にしなくていいから。下手だし」
「愛が痛いっ!」

 そんな馬鹿ップルを微笑ましく見守る一同を、遠くから二つの人影がじっと見ていた。
 いきなり呼び出されて来たのはいいけど、どうにも近寄りがたいといった様子である。

「お、天夜じゃねーか! おーい、天夜ぁ!」

 その状況の中、大声で天夜を呼ぶ詩巳。
 天夜は何か言い返そうとして、その場で頭を抱えていた。
 やがて、隣にいる女性の手を引いてスタスタと遥たちのところへやって来る。

「よっす天夜、会うのは久しぶりだなっ!」
「呼ぶタイミングを考えろこのバイクマニア眼鏡娘!」

 出会い頭に、詩巳の脳天にチョップが振り下ろされる。
 まともに喰らった詩巳は頭を抑えながら呻いていた。





「……ったく。久々の電話でいきなり呼び出されたと思ったら」
「ごめんね、姉さんがすっかり忘れちゃっててさ」

 涼子が肩を竦めながら謝る。
 遥は明後日の方向を見ながら、わざとらしい笑みを浮かべていた。

 と、そこで天夜の隣にいた女性————楓が少し表情を曇らせる。

「天夜。……随分と女性の知り合いが多いな」
「は?」

 言われて、天夜は集まったメンバーを確認する。
 確かに女性のメンバーは多かった。

「一応言っとくが……変な誤解は止めろよ?」
「誤解などしてない」
「ならいいが」

 と、天夜は楓を前に出した。

「あー、紹介がまだだったな。こいつは月花楓。俺の……妻だ」
「え、ええええっ!?」

 突然の大胆発言に、話を聞いていた一同は驚きの声を上げた。
 が、当人であるはずの楓まで驚愕の色を浮かべている。

「……て、天夜。それは、その」
「冗談だ」
「……」

 楓の視線がナイフよりも鋭さを増す。
 薄っすらと冷気が漂い始めているのは、決して気のせいではないだろう。
 今なら奇妙な冒険の吸血鬼並のナイフ投げが出来そうだった。

 それを手で制しながら天夜は苦笑して、

「まぁ、彼女だ」

 少しだけ照れ臭そうに言った。

「そっか、よろしく頼むぜ、楓っ! 俺は三嶋詩巳ってんだ!」

 チョップのお返しのつもりなのか天夜に軽い蹴りを放ちながら、詩巳が勢いよく楓の手を掴む。
 楓はなんとも言い難い表情で握手を交わした。

「俺が免許取った教習所の娘さんだ。……んで、そっちが」

 天夜は遥と涼子の方を見る。

「秋風市にいた頃のお隣さんで、冬塚涼子。現在医者を目指して頑張ってるそうだ」
「どうも、よろしくね楓ちゃん」
「で、そっちのおっとりのんびりしてそうなのが……えーっと、今は倉凪でいいんだっけ?」
「うん。倉凪遥。よろしくね」
「……よろしく」

 遥と握手しながら、楓はなにやら妙な感覚に囚われていた。

(何か、不思議と……)

 目の前にいる女性が、他人のような気がしなかった。





「しかし随分と急だったな。それに、あの人たちがいないような気がするけど?」
「零次は明日合流予定よ。なんでもヨーロッパで吸血鬼騒動が起きて大変だったみたい」

 吸血鬼という単語に、天夜と楓は少し嫌な顔をした。
 数ヶ月前、彼らは吸血鬼に関する事件に巻き込まれていたからである。

「ま、物騒な話は置いといて。お昼までまだ少し時間あるし、どこか適当に見れる場所ない?」
「うーん……道庁付近でも散歩して回るか? 北大の方は、ゆっくり見て回るつもりなら午後の方がいいだろうし」

 天夜と涼子が地図を見ながら話し合っていると、涼子の鞄から一匹の猫が頭を出した。
 名前はネコ。
 涼子曰く寝る子と書いてネコらしいが、どうでもいいので誰もが脳内で片仮名変換をしている。

「みぃ。みぃー」
「……冬塚さん。何故にこいつがここに?」
「あぁ……また入ってたのかぁ」

 涼子は大きな溜息をついた。
 ネコは何か物の中に潜り込む癖がある。
 布団、こたつ、鞄……果てはスーパーのビニール袋。
 今回も涼子が気づかぬ間に入り込んでいたらしい。

 ちなみに天夜は秋風市にいた頃、涼子が留守の間よくネコの面倒を看ていた。
 ネコは天夜を覚えているのか、彼に向かって前足をふらふら振っている。
 すると横から見ていた楓が、

「なかなか良い猫だな」
「そう? ちょっと腕白過ぎて困ってるんだけど……」
「元気であるに越したことはない。うむ……ゾーリンゲンを連れてくれば良かったな。同じ猫の遊び相手も欲しいかもしれないし」
「ぞ、ゾーリンゲン? それって確か」
「その部分は既に俺がツッコミを入れてある」

 天夜が涼子を制した。
 全自動ツッコミマシーン(美緒談)の涼子はやや物足りなさそうな顔をしていたが、やがてニヤリと悪魔っ子のような顔を浮かべた。

「楓ちゃん、ゾーリンゲンって楓ちゃんの猫?」
「ああ、そうだ」
「なら、この子をそこまで連れて行きましょうか」
「何……!?」

 そこで露骨に嫌そうな顔をしたのは天夜だった。

「ちょ、ちょっと待て。札幌着いていきなりそれか?」
「いいじゃない、友達の家に行くだけなんだから。異議ある人いるー?」

 生徒会長時代に培ったリーダーシップを無駄にフル活用する涼子。
 そんな彼女に反対の声を上げる者は誰もいなかった。
 既に全員御宅訪問番組のような気分になりつつあるらしい。
 遥や詩巳に至っては最初からそのつもりだったのだ。

「それじゃ、行ってみよーっ!」
「ちょ、ちょっと待てーっ!?」

 天夜の絶叫が虚しく駅前に響き渡るのだった。