Foreigners night × Forbidden heresy

北海道旅行記 エピソード2.0
 ピンチである。
 何故かはわからないが、緋河 天夜の現在の状況は絶体絶命であるのは間違いなかった。
 嗚呼、しかし今更、
「実は私たち、同棲してます」
 と説明するのもアレである。
 如何するべきか。
 家に着いた時点でアウトである。
 何せ、表札にはしっかりと、
「緋河 天夜」
 と書かれてある。
 ほぼ間違いなくツッコミを入れられるであろう。
 そうなれば人生の破滅だ……いや、これは冗談だが。
 しかし、若い男女が同棲している事を微笑ましい眼で見そうな面子ではあるま…いや、一部いるかも。
 まぁ、どこぞの年中妹と喧嘩してるという兄辺りがきっと五月蝿いだろう。
 ……五月蝿くしすぎると、逆に危険なのかもしれないけど。
 かと言って、楓に、
「行くのをやめよう」
 と言っても、理由に気付いてくれない事はほぼ100%間違いあるまい。
 ああ見えて、天然が入ってるし。いや、それもまたアイツの可愛い所なのだが。
 …って、惚気ている場合ではない。
 マジで如何しましょうか。
 嗚呼、もう誰でもいいから助けてヘルプミー。


「ところで、楓さんって綺麗ですよねぇ」
 唐突に亨がぽへ〜っと何も考えてなさそうな顔でそんな事を言い出す。
 年下なのに敬語なのは周りの女性にはないクールなところが大人の女性っぽく見える辺りが原因かもしれない。
 …天夜から見れば大いなる勘違いだろうが。
 無論、亨の恋人である志乃はあまりいい顔をしてないが、気付いていない。
「そうか?」
 あまり被害がないと判断したのか、楓は普通にそう受け答える。
 正直に言えば、楓は普段はそのポーカーフェイスで損してるとは言え、間違いなく美人の類に入る。
 が、困った事に本人はそれを1ミリも自覚していない。
「こんな綺麗な人と知り合えるなんて、僕しあわ——」

 チュィンッ!

 唐突に亨の頬を何かが掠める。
 後ろを見てみると、何故か歩道に小さな穴が開いていた。
「…いっ、いいい今、誰か僕を撃ってきましたよッ!?」
 この男は銃弾に当たった位では死にはしないが、さすがにいきなり撃たれたっぽいのには驚いたらしい。
「…航平さんかなぁ」
「…兄さんだろうな」
 ふっ、と青空を見上げて天夜と楓は撃った人間を確信する。
「さすがは航平さん。俺と楓の行動は把握済みで、ついでに妹にたかる悪い虫は徹底的に排除の方向か」
「ど、どどどっどこの世界にちょっと綺麗だと言っただけで撃ってくる兄がいるんですか!?」
「いや、見ず知らずの男が可愛い妹を見てぽへ〜っとしてたら、まぁ嫌かなと妹がいる立場としては思うけど」
 ふ〜っと煙草の煙を吐いて、うんうんと天夜は頷く。
「確かに、私も嫌かな」
 遥が同意。
 亨は助けを求めるかのように志乃の方を見るものの、
「私も嫌ですよ」
 あっさり玉砕。
 というか、この状況で志乃に助けを求める方がある意味間違っている。
「…っていうか、それってシスコ」
 次の瞬間、亨の首下には無骨なナイフが突き付けられていた。
「ひぃぃっ!?」
 無論、持ち主は楓である。
「確かにあの人は兄馬鹿だが…侮辱するのは許さんぞ」
 と、睨みつけながら、思わず惚れてしまいそうなくらい男前に言い放つ。
「……は、はいぃ!」
 逆らったら本気で首を持っていかれそうな雰囲気なので、亨は迷う事無く頷いていた。
 ヘタレの面目達成である。
「…天夜、なんでお前こんなのと付き合ってんの?」
 思わず詩巳がそうツッコミを入れる。
「可愛いから」
「……俺、時々お前の事がわからなくなるよ」
 即答(ただし棒読み)した天夜に詩巳はそう溜息を吐くのであった。


「そこのお嬢さん、俺とちょっとそこの喫茶店でお茶でもどう?」
 と、眼の前の光景に呆然としていた遥に横から金髪ロンゲのハンサムがいきなり口説いてくる。
「え?」
 その言葉の意味なんて分かっているはずもなく、ぽかんとする遥。
「…何やってんだよ響志郎」
 天夜は、口説いている青年——撒村 響志郎に呆れながら一応そうツッコミを入れた。
 他の面々もいきなり現われたこのナンパ男に呆然とするやら呆れるやらでもう無茶苦茶である。
「見りゃわかるだろ。口説いているんだよ。お前の知り合いだろ?なら、俺の彼女も同然!」
 と、意味不明な発言をかます。
「さて、綺麗なお嬢さん、これから優雅な午後の一時を過ごさないかい?」
「え、えと、あの…」
 こんな風に口説かれた事はなかったのでどう答えたらいいのか分からずどもる遥。
 このまま連れて行かれるのも誰かさんにちょっと申し訳ないので天夜は助け舟を出す事にした。
「響志郎、一応言っとくが遥さんは主婦だぞ」
「ガーンッ!」
 ムンクの叫び調にショックを受ける響志郎。
 別に両手を頬の所に持ってったりはしてないが。
 だが、すぐに立ち直ると再び遥を口説きに掛かる。
「い、いや!旦那の事なんてすぐに忘れさせてあげるからさ、これから俺といっ」

 バキィッ!!

「ぐはぁっ!?」
 さらに唐突に響志郎は背後から延髄蹴りをブチ込まれる。
「ったく、このナンパ野郎!ちょ〜っと眼ぇ離したと思ったら一体何やってんのよ!!」
 顔を真っ赤にしてそう怒ってるのは、一応響志郎の彼女である風宮 玲である。
 まだ怒りが収まらないらしく、倒れている響志郎を靴のカカトでグリグリグリグリと捻る。
「ぐえぇぇぇ…」
 断末魔の声を上げる響志郎。
「玲、その辺にしといてやれ。響志郎が死ぬぞ」
「…ま、天ちゃんがそう言うなら許してあげるわ。これに懲りたらもうナンパなんかしないのよ!?」
「……」
 返事がない。ただの屍のようだ。
 ちなみに涼子他秋風市からやって来た面々は未だこの状況に呆然としていた。
「え〜と、緋河くん?そっちの人は…」
「あ、こいつは風宮 玲。一緒にバンドやってる。玲、こっちは俺が以前世話になった人たち」
「よろしく。ちなみに“玲”と書いて『あきら』と読むのよ。『れい』なんて読んだら許さないから」
「誰に言ってるんだ?で、そこに転がってるボロ切れが」
「撒村 響志郎。一応うちのバンドのリーダーだけど、憎しみを込めて『ナンパ野郎』と呼ぶことを許すわ」
「ひ、酷ぇ…酷ぇよ玲ちゃん…」
 ボロボロになった状態でも思わずそう呟く響志郎。
 ふと、亨と眼が合う。
(…!こ、こいつは…)
(な、何故だかわからないけど…)
((他人のような気がしない…!!))
 凶暴な女性がすぐ側にいるだけである。
「で、何やってんだ、お前らは。デートか?」
「…そう見える?」
 まだ怒ってるらしく、その言葉にさらに響志郎にグリグリする。
「ぎゃあぁぁぁ…」
「ちょっと天ちゃんたちのとこに用があったんだけど…って、なんでそんな怖い顔してるの?」
 こーして偉くあっさりと同棲の事はバレてしまうのであった。
 めでたしめでたし。


「と、いうわけで2人の愛の巣にやって来ましたよ涼子ちゃん!」
「やって来ましたね美緒ちゃん!」
「やって来てしまいましたねこの野郎」
 もう投げやりに天夜は答える。
「はい涼子ちゃん、質問」
「なんでしょうか、姉さん!」
「この人数で天夜くんの部屋に入るの?」
「無理ですっ!」
 そう遥の質問に即答して、涼子は一緒にいる面々を見渡す。
 玲と響志郎も付いて来て、現在総勢15人という状態である。
 どう考えても眼の前のアパートの一室に入りそうな人数ではない。
「いや、だって家広いって聞いてたんだもの」
 皆の白い眼にそう答える涼子。
「それは実家の方だろ…」
「っていうか、実家に帰ったんじゃなかったの?」
「帰るわけあるかっ!」
 余程帰りたくないのか、天夜は拳を握り締めてそう叫ぶ。
「でも、この前すぐ近くまでなら行ったと思うが」
 ふと思い出したかのように楓はそうボソッと呟く。
「あれは非常事態だ!もうあそこにも行かない!!」
「…行かないのか?」
「う゛っ…」
「行かないのか?」
 ちょっと落ち込んだ様子で睨みつける楓に、思わず天夜は呻く。
 何せ、ここで楓が上げている「すぐ近く」とは、幼い頃に天夜と楓が一緒に遊んだ思い出の場所なのだ。
 過去に天夜と過ごしたたった一つの思い出の場所を行かないとか言い出せば、楓としてはちょっとヘコむ。
「俺が悪かった…好きにしてくれ」
 ふっ、と遠い眼をしながら、天夜はそう答える。
 というか、ここでそう答えないと狙撃されそうで怖い。
 その言葉に、楓は心なしか、表情を明るくさせる。
「聞きましたか涼子ちゃん!この男、大衆の面前でイチャ付きつつ実家に行く事を認めましたよ!」
「ええ、これは是非」
「はっはっは、絶対に実家には帰らないからなこん畜生」
「…まあ、アレと会う事を考えれば、実家は私もやめたいが」
 と、テンションが高い美緒と涼子に対して天夜と楓のツッコミが入る。
「ねぇ涼子ちゃん、質問」
「なんでしょうか、姉さん!」
「楓ちゃんの猫を見るんじゃなかったの?」
「そんなのすっかり忘れてました!」
 さらに即答する涼子。
「……ノリ良すぎですね、冬塚さん。楓、上行ってゾーリンゲン連れて来い」
「分かった」
 そう頷くと、楓はさっさと階段を上って自分たちの部屋の方へと向かって行った。
「むぅ、この後に及んで愛の巣を見せないつもりか、この裏切り者〜!」
「どうせ部屋入って見るべきものなんて、楓が趣味で集めてるナイフコレクションぐらいなんだけど」
「…そ、そうですか」
 さすがにその受け答えは予想外だったらしく、美緒も思わず引きながらそう答える。
「後は脱ぎ散らかされた楓ちゃんの下着とかよね〜」
「あいつ、そこら辺の常識直さないからな」
 心底困ったようにうんうんと頷く天夜。
「…天夜、なんでお前あんなのと付き合ってんの?」
「可愛いから」
「……俺、時々お前の事がわからなくなるよ」
 再び即答(もちろん棒読み)した天夜に詩巳もまた溜息を吐くのであった。