Foreigners night × Forbidden heresy

北海道旅行記 エピソード5
 場面は時計台へと戻る。
 二階ホールを占拠した朝那を前に、一行はまだ呆然と立ち尽くしていた。

「で、朝那。目的はなんだ? まさかこんなドッキリだけで済ませるあんたじゃないだろ」
「あ、やっと天夜が口利いてくれた。最初っから素直にして欲しいわねー」
「素直になったんじゃない、色々と諦めたんだよ」

 ちなみに本音十割の言葉だったりする。
 照れ隠しなどによる状態変化は一切ございません。

「ま、いいわ。っと……失礼失礼。挨拶がまだだったわね。私は緋河朝那。よろしくね」

 お嬢様らしく、優雅に名乗り上げる朝那。
 だが次の瞬間には、また元の雰囲気に戻ってしまっていた。

「貴方たちのことは志乃ちゃんから聞いてるわ。天夜が一時期お世話になったみたいね」
「志乃の知り合いなんですか?」
「ポニーテールだから涼子ちゃんね。ええ、あの子とは随分前にパーティで会って以来ペン・フレンドなのよ」
「へぇ……そうなんだ」

 笹川志乃、その環境故に意外と知り合いは多い。

「でまぁ折角弟の友達兼友達の友達が来たんだから、ちょっとしたイベントをやろうと思ったのよ」
「イベント?」

 ぴくりと耳を動かす美緒。
 既に目つきは獲物を見つけた肉食獣のものだった。

「なんだ、また妙なことを仕出かす気じゃないだろうな……」

 不安顔の天夜に対し、朝那は爽やかスマイルで応えた。

「妙なことじゃないわよ。親睦会を兼ねた、ちょっとしたお祭りなんだから」
「お前の祭りが信用出来るかっ! 今度は何をやらかす気だ!?」
「ふふん、それはねー♪」

 ——————。





 北海道の札幌。
 そこには一つのドームがあった。
 時計台から車で移動することしばし。

 いつもならプロの選手や、大勢の観客がいるであろうドーム内は……無人だった。

 朝那を除く誰もが呆然としている。
 と、そこでグラウンドを黙々と整備する二人の人物がいた。

 一人は笹川家執事、小摩木源五郎。
 そしてもう一人は朝那の護衛、紅雅夕騎。

「……何してんだあの二人」

 誰かがそう呟くと同時に、夕騎が整備を終えてこちらを見た。

「朝那様、準備終わりました」
「ありがと、夕騎。それから源五郎さん?」
「はっ。なんでしょう、緋河朝那様」
「審判をお願い出来るかしら。野球のことあまり詳しくないから」
「ふむ。……志乃お嬢様、如何致しましょう」

 源五郎は朝那たちと反対の方を向いた。
 そこには、どういった手段で集められたのか————藤田一行と、志乃一行の姿があった。

「私はいいと思います。源五郎さん、お願いしますね」
「はっ、かしこまりました」

 優雅にお辞儀をすると、蜃気楼のように姿を消す。

 やがて一同はホームベース付近に集められた。

「……一応聞いておくのがお約束だから聞いてやるが、朝那さん何をする気ですかあんたは」
「天夜、ここが何をする場所かも分からないの?」
「お約束として聞いてやってるんだよ! 分かってるよどうせこのドームちょっと貸しきって野球でもやろうってんだろ!?」
「そうそう。お姉ちゃん凄いでしょ?」
「どんだけ家の財産無駄遣いしてんだ!?」
「大丈夫、志乃のお父さんに手伝ってもらったから。『ハニーにバレるとぶっ殺されそうだけどまぁ任せたまえ』って。相変わらずあの人気前いいわよねー」
「さっきお父様が日本から慌てて出て行ったって聞いたんですけど……それが原因なのでしょうか」

 志乃は深い溜息をついた。
 笹川家内も色々複雑で、彼女も苦労しているのである。

「というわけで、チーム分けから行くわよっ! ちなみに反対の人いる?」

 一応確認した朝那だったが、反対の声は上がらない。
 天夜は色々と諦めて、さっさと試合を終わらせようと考えているようだった。





 まずチーム分けである。
 男女の数、個々の身体能力などを考慮した結果、以下のようになった。

 まず紅チーム。
 一番セカンド、三嶋詩巳。
 二番ショート、笹川睦美。
 三番キャッチャー、風宮勇人。
 四番ピッチャー、緋河天夜。
 五番センター、倉凪美緒。
 六番ファースト、撒村響志郎。
 七番ライト、緋河眞昼。
 八番レフト、水島沙耶。
 九番サード、冬塚涼子。

 そして白チーム。
 一番ショート、月花楓。
 二番ライト、紅雅夕騎。
 三番センター、緋河朝那。
 四番キャッチャー、藤田四郎。
 五番セカンド、倉凪遥。
 六番ファースト、風宮玲。
 七番レフト、笹川志乃。
 八番サード、笹川五樹。
 九番ピッチャー、高坂雅。

「あの、僕の名前が入ってないんですけど……」

 二つに分かれた陣営。
 そのど真ん中で、どちらにも行けずに彷徨う子羊約一名。

 途方に暮れる子羊————もとい亨に、悪魔の尻尾を生やした美緒がそっと耳打ちした。

「だってさー、ヤザキン異法人じゃん。出たらゲームになんないよ」
「上手く手加減するよ、それぐらい」
「駄目駄目。それよりはさ、ヤザキンの力をもっと有効活用する方法があるんだよ?」
「な、なんだよ」
「——————球拾い」

 矢崎亨、ボール回収係決定。
 断わる暇も全くなかった。

「はい、それじゃ後三十分で試合始めるわよ! チームプレイ、打撃、投球、ちゃんと練習しとくようにっ!」

 朝那の声と共に、十八人はそれぞれのベンチへと走り出すのであった。





 紅チームはベンチに集合し、軽い自己紹介を済ませた。

「……でも緋河君、ピッチャー大丈夫なの?」
「放浪中に草野球をさせてもらったことがある。一応フォークとカーブは投げれるぞ」

 涼子の問いかけに答えながら、天夜はキャッチャーミットを構える勇人目掛けて剛速球を放った。
 正確な計測器があるわけではないが、一四〇キロは出ているように見えた。

「まずは相手の戦力を計るべきじゃねぇか? 敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うだろ」
「そうね。白チーム札幌の人たちはどうなの?」

 涼子はノートを取り出しながら天夜たちに尋ねた。
 まず天夜が楓を見て、

「楓の運動神経は洒落にならんぞ。野球は多分未経験だろうけど」
「玲は可もなく不可もなく、といったところか」

 天夜と勇人の言葉を、涼子は手早くノートに書き記していく。
 凄まじいまでの速筆なのだが、字面はやたらと綺麗だった。
 それを後ろから眞昼が感心したように見ている。

「で、眞昼ちゃん。朝那さんたちはどんな感じかしら?」
「あ、はい。……朝那姉様も夕騎さんも、運動神経は凄くいいと思います。多分姉様のことだから、この企画を考案してから今日まで……猛特訓してるかもしれません」
「なんか似たようなのが近くにいるから容易に想像つくわね……」

 眞昼の話を聞いて、涼子は詩巳とキャッチボールをしている美緒を見た。
 今回はホームグラウンドではないため、妙な真似はしていないのが救いと言えば救いである。
 もっとも、いつまた妙なことを仕出かすか分かったものではないのだが。

「そっちの方はどうなんだ、冬ちゃん」
「いや、いきなり変な愛称……まぁいいや、同じように呼ぶ人いるし」

 響志郎にツッコミを入れかけて止める涼子。
 彼女は反対側のベンチにいる同郷の人々を観察した。

「油断してると恐いのが姉さんね。一見天然でぽややんしてるし日常じゃドジも多いけど、切り替えがいいのかしら。スポーツとかだと結構成績いいわよ」

 ちなみに涼子はその反対。
 はきはきした言動やその行動力から誤解されがちだが、彼女はあまり運動が得意ではない。

「笹川姉弟はまぁいいとして。……問題は藤田さんと雅さんね」
「そんなに強いんですか?」

 眞昼がじっと二人を観察する。
 藤田たちも天夜たち同様、軽く投球練習をしている。
 雅の球は天夜に比べるとあまり速くはないように見えた。

「油断してると痛い目見るわよ。雅さんは制球力良し、変化球も三つ……フォーク、スライダー、シュートを持ってるから」

 そして、一番問題なのは藤田四郎。

「……そう言えば、新聞で以前見た気がするな」

 天夜の球を受けながら、勇人がぽつりと呟いた。
 眞昼は勇人の方を見て首を傾げた。

 天夜へ球を返さず、勇人はマスクを外して藤田を見た。
 あちらもキャッチャーマスクをしているため顔はよく見えない。
 だが、藤田四郎という名に聞き覚えはあった。

「昨年と今年、大学野球の全国大会で優勝したチーム。……そこのエースじゃなかったか?」
「え、えぇ!?」

 いきなり飛び出た驚愕の事実に、響志郎と眞昼は驚きの声を上げた。
 天夜は知っていたのか、特に反応はしない。

「ついでに言うと昨年の秋季リーグ以降はキャプテンもやってるわね。プロの方からもお声がかかってるとか噂があるけど……本人適当にはぐらかして教えてくれないのよね」

 涼子がそう付け加えると、響志郎はがっくりと肩を落とした。

「む、無理だろそれっ! そんなんにどうやって勝てと!?」
「頑張れば多分勝てるとは思うわよ?」

 涼子はあっけらかんとした様子で言う。

「野球は九人でするものだし。一人ぐらい凄いのがいてもなんとかなるわよ」
「ああ。それに……俺も打たせるつもりはない」

 天夜がグローブに球をポスポスと放りながら言う。
 やると決まったことに、手を抜くつもりはないようだった。





 そして————三十分後。
 基本的な練習を終えた両チームは中央に集まった。

 審判である源五郎が間に立ち、試合開始を宣言する。
 試合は七回、同点の場合延長はなしで引き分けになる。

 先攻は天夜や涼子の紅チーム。
 後攻は遥や楓の白チームとなった。

 紅チーム、最初のバッターは三嶋詩巳。
 小柄な体躯に秘められた運動能力は結構高い。

「おっしゃあ! きやがれ雅の姐御っ!」
「ハッ、気合は充分みたいだねぇ……行くよっ!」

 雅は大きく振りかぶって、第一球を投げた。
 まずは勢いのいいストレートが、外角低めのコースに突き刺さる。
 それは先ほどまでブルペンで投げていた速度とは比べ物にならない。
 天夜には及ばないが、一三〇キロ代は越えているだろう。

「……なるほど、試合が始まってから本気を出すことでこっちを驚かせようというつもりか」

 ベンチで勇人が相手の狙いを推測する。
 現に、想像を遥かに上回る速球を見せ付けられた詩巳は、成す術もなく三振となってしまった。

「くっそー、当てられたらささっと行ってたのによぉ」
「当たらなければ意味ないだろ、馬鹿」
「なにおぅ!?」

 と、喧嘩腰になる天夜と詩巳。
 それを涼子が適当になだめている間に、二番手の睦美も打ち取られてしまった。

「どうにかバットには当てられたけど、痛い〜!」

 球威が割と強いので、非力な睦美ではパワーが足りない。
 まさか雅がこれだけの球を投げてくるとは、紅チーム参謀の涼子にも予想外だった。

 攻撃がさっさと終わってしまうのは、ベンチの空気にかなり悪影響を及ぼす。
 そんな空気を打ち破るべく、三番打者の勇人がバッターボックスへと向かう。

「勇人。……俺に繋げられるか?」
「分からん。ただ善処しようと思う」

 短い言葉を残し、打席に入る。
 ベンチからは眞昼が応援する声が聞こえてきた。

 ……さて、どんなものか。

 雅の第一球、内角高めのストレート。
 打席に立って見ると、やはりベンチや観客席から見るのとは段違いの迫力があった。

 勇人が纏う雰囲気に警戒したのか、雅の顔つきがやや厳しいものとなる。
 詩巳や睦美と違い、勇人は冷静なまま雅の投球をじっと見ていた。

 カウントは二—二となり、勇人は追い詰められた。

 だがそれでも、勇人はじっと放たれる球を見続けている。

「勇人君だっけ。……何かやってくれそうね?」
「……はい!」

 涼子の言葉に眞昼が応じた瞬間、快音が響き渡った。
 勇人が雅のストレートを見切り、左中間へ打球が飛んでいく。

 センターの朝那が追いかけるが、ボールはバウンド。
 紅チームの初ヒットとなった。

「ひゅー、やるねぇ。楽しくなりそうだよ」

 打たれたことはあまり気にしてないのか、雅の表情は明るいままだった。
 ランナー一塁、そして次のバッターは緋河天夜。

「悪いが打たせてもらう。負けるのは性に合わないんでね」
「言うね緋河。だけど、あたしだってまだまだ本気じゃないさ————これからはちゃんと変化球も投げよう」

 雅の言葉に涼子は苦い顔をした。
 確かに雅は先ほどからストレートしか投げていない。
 勇人が打ち破ったことで、本気を出すことにしたというのだ。

 それはハッタリではない。
 第一球を、内角から切り裂くようなスライダー。
 第二球は外角低めのカーブで、早くもカウントは二—〇。
 二球目はよくよく見切ればボール球だったのだが、つい手が出てしまった。

 そして続く第三球目。
 一気に打ち取るつもりなのだろう。
 雅が投げたのはど真ん中コース。

 ……ストレートか、フォークか!?

 速度から考えるにカーブはない。
 スライダーの可能性も一瞬頭に浮かんだが、三択にすると気持ちに迷いが出るため即削除した。

 天夜のバットは軌道を描き、ボールへ吸い込まれるように迫っていく。

 ————そこでボールは、急激に落ちた!

「くっ……!」

 それでも天夜はバットを握る手に力を加え、軌道を無理矢理変えた。
 左手を下げ、ボールにバットを合わせる。

「行けっ!」

 感触はあった。
 だが、それは鈍い。

「サード!」

 天夜の背後から藤田の声が聞こえる。
 構わず天夜は走り出したが、捕球した五樹が流れるような動きでファーストへと送球する。

 ズバン、という気持ちの良い音。
 天夜の直前で、玲がボールをしっかりと受け取ったのだった。

「アウトッ!」
「ごめんね、天ちゃん〜」

 玲の笑顔と共に、攻守交替である。





 続いて白チームの攻撃。
 最初のバッターは月花楓。
 いきなりのカップル対決となってしまった。

「天夜、やるからには私も負けるつもりはない」

 バットの先を天夜へ向け、楓は宣言した。
 天夜はそれに対し、無言で頷く。

 ……頑張れ、楓。

 ちなみに両チームはそれぞれ、朝那が調達したユニフォームを身に着けている。
 楓にはよく似合っていて、それがまた可愛いとか思ったりする天夜なのだったが……。

「天夜。……ちゃんとやれよ?」
「あ、ああ。当たり前だ」

 相棒であるキャッチャーに釘を刺され、天夜は少し冷やりとした。
 なんとなくここで自分が勝つと、割と楓はしょんぼりしそうな気がする。
 さて、どうしたものか……などと考えていた矢先だったのだ。

「手を抜かれるのは困る。天夜、真面目に頼む」

 楓にまで言われてしまった。

 あちらが真剣に勝負を望むなら、それに答えるのが漢というもの。
 天夜は気持ちを切り替え、投球動作に入った。
 まずは初球、低めを狙ったストレート。
 初球ということもあり、天夜は全力で投げた。

 が。

「はぁっ!」

 気合の入った楓の声と共に、ボールは天夜の顔面を掠ってセンターへと突き抜けていった。
 手加減無用のライナーヒット。
 さらに驚くべきは、楓の瞬発力だった。

 センターをも突き抜けたことを確認すると、楓はそのまま一塁を蹴って二塁へ回る。
 セカンドの詩巳もベースに駆け出し、そこでセンター美緒から鋭い送球。

 迫る楓と守る詩巳の視線が交錯する。
 楓がベースへと手を伸ばし、美緒からボールを受け取った詩巳が彼女をタッチする。

 ————巻き上がる土煙。

 楓の手はベースを掴み、詩巳は楓に触れていた。
 背後に立つ小摩木源五郎に、皆の視線が集中した。

「……セーフ!」

 宣告と共に、白チームからは歓声が沸き起こる。
 対する紅チームは初球ヒットを出されたことで、空気がどよんと重くなった。
 しかも二塁打。

「さすが楓……未経験というハンデなどものともしないか」

 汗を拭いながら、天夜は戦慄の声を漏らす。

 だがこれで動揺し、駄目になる天夜でもない。
 そのまま二番夕騎、三番朝那を順当に抑えることに成功した。

「む。お姉ちゃん折角猛特訓したのに」
「朝那様、お気を落とさず。まだ次があります」

 などという、天夜にとっては見慣れた光景。
 そのすぐ後に、"そいつ"は現れた。

 かつて天夜も何度か顔を合わせたことはある。
 普段はそこら辺にいる、ただの大学生にしか見えなかった男。
 その男が、今は巨大な壁となって天夜の前に立ちはだかっているのだった……!

「……藤田さん、手加減よろしく」
「悪いね、さっきまでなら手加減しまくりだったんだろうが……こんな舞台用意されたら、燃えない訳にはいかんだろ」

 とてもビッ○カメラの前で沈んでいた男とは思えない。
 それぐらい、今の藤田四郎は燃え上がっていた。
 例えるなら某チームの星を目指した投手や、マウンド上で死んだ投手みたいな燃えっぷりだった。

 天夜は変化球を織り交ぜつつ投球を続ける。
 藤田は何のつもりか、全く動かない。
 バッターボックスに立ったときの燃えっぷりが嘘のような静かさだった。

 カウントは二—三。
 見えないプレッシャーが藤田から発せられているからか、何度か意図せぬボール球を放ってしまった。

 藤田は相変わらずじっと天夜を見ている。
 天夜は息を呑みながら、外角低めのフォークを放る。

 そのとき藤田の眼光がぎらりと輝いたことに、誰が気づいただろう。
 彼は微かに口元を緩め、

「月花ッ!」

 二塁ランナーである楓へGOサインを出した。
 と同時、天夜のフォークを完璧に見破ったのか……藤田は自然な動作で、思い切りバットをボールへと叩きつける。
 そのときには既に楓が走り出している。
 どのみち二アウトなので、ヒットの正否を気にする必要などない。

 打球はグングンと伸びていく。
 内野を越え、外野陣の頭上を越え————危うくホームランになりかけたところで、フェンスにぶつかった。

「っ……勇人さん!」

 ライトの眞昼がボールを手に取り、全力でホームベースへと投げた。
 だが力みすぎたからか、やや送球がそれる。

「ファースト、カバー!」
「あいあいさっ!」

 涼子の指示に従い、ライトからの送球を響志郎がキャッチ。
 そのとき既に楓は三塁ベースを回っており、ホームベースへ到達寸前だった。

「おらっ、勇人受け取れぇっ!」

 球を受け取り、構えなおすことなくそのままホームへと投げる。
 響志郎の送球は速く、そして正確だった。

 だが楓も速い……!

 勇人は響志郎からのボールを受け取ると、足でホームベースを守りながら楓にタッチしようとする。
 しかし楓はそれをすり抜けて、一瞬早くホームベースへと手をつけた。

 ————白チーム、俊足ランナーの活躍で一点先取である。

「やったー、さすが楓ちゃんね!」
「やるな月花さんよ、あんた大したもんだ!」

 生還した楓を温かく迎え入れる白チームの面々。
 親睦を深めるという目的は、とりあえずあちらのチームでは達成されつつあるらしい。
 楓は相変わらず無愛想な表情を浮かべていたが、天夜はその裏にある感情に気づいた。

 ……うむ、嬉しそうだ。

「満足そうな顔をしてる場合じゃないぞ、天夜」
「勇人、まだ一回で一点取られたぐらいだ。あまり気にしても仕方ないだろ」
「だが……次の打者。彼女はどうなんだ?」

 白チームの声援を浴びながらバッターボックスに立つのは倉凪遥。
 傍から見てもおっとりぼややんとした雰囲気を感じさせる彼女は、色んな意味で未知数だった。
 普通に考えれば、あまり運動は得意ではないように見えるのだが……。

「まぁ特別凄いってわけじゃないぞ、彼女は。ただ堅実だから、油断してると痛い目にあうかもな」

 天夜はそう言って遥の方をちらりと見た。
 見られていることに気づいたのか、彼女は天夜たちに向かってひらひらと手を振っている。

「……まぁ、油断せず行こう」

 微妙な表情を浮かべたまま勇人は戻っていく。

 三塁にいる藤田が気になるところだが、遥を打ち取ってしまえば問題はない。
 全力で投げれば、彼女を打ち取ることは充分可能だろう。

 天夜は深呼吸をして、アウトコースに緩やかなカーブを投げた。
 すんなりと、ストライク。
 遥は普通に振って、普通に空振りした。

「……」

 試しにもう一回、似たようなコースを投げてみる。
 まだもや空振り。

 そんな彼女に対して、白チームベンチからは温かい応援の声が届けられた。

「遥ちゃん、リラックスよー!」
「そうだよ遥、よく見てよく見てー!」

 余裕の表れだった。

 何か釈然としないものを感じつつ、天夜は三球目……剛速球をど真ん中へ投げた。
 それも、空振り。

「はう……やっぱり天夜君は凄いねぇ」
「にこにこと言われても、あんまり嬉しくないんだけど……」

 かくして一回は終わり、再び攻守逆転となった。





「うにゃー、当たらないのは何故に!? あんた女伊良部かっ!」
「なんでそこで伊良部なんだよっ!?」

「ふふん、見てろよ玲ちゃん。今俺の格好いいところを……!」
「バッターアウト!」

「ちっ、姉さんじゃやっぱ駄目か。ならこの五樹様が……ぐふぉっ!?」
「あ、悪い」
「デッドボール!」

「見て見て、ゴジラ」
「朝那様、一般の方もおられますので無意味に力で遊ばないでください」

 他、色々なことがありました(文章量の都合でカットさせていただきます。ご了承ください)。

 ——————そんなこんなで、早くも七回。

 あの後も何度か点数の取り合いが行われ、現在紅チーム四点、白チームは五点だった。
 先攻の紅チームとしては、ここで点を取らねば勝ち目がない。

 ところが打順は七番の眞昼から。
 思いっきり下位打線なのだった。
 七番眞昼、八番沙耶、九番涼子。
 彼女たちは今日の試合、まだろくな成績を出していなかった。

「眞昼、頑張れ」
「そうだ。朝那に負けてたまるか」

 恋人と兄から声援(とプレッシャー)を貰いながら、眞昼はバッターボックスに立つ。
 彼女も運動神経は悪くないのだが、どうも控え目な性格のせいか、積極的に打って出ることが出来ない。
 これで相手が憎むべき敵なら手段を選ばずにどうとでもするのだが、相手は兄の友人である。
 さすがに物騒な真似は出来ないので、素直にゲームに参加しているのである。

「よ、よろしくお願いします」
「あいよ。悔いを残さないようにやんなー!」

 気さくに手を振る高坂雅、先ほどぬいぐるみを購入して超ご機嫌。
 対する眞昼は萎縮しているようだった。

「まずいわね……あの調子じゃ」

 ベンチから眞昼の様子を見ていた涼子は、苦しい顔つきで呻いた。
 横にいる勇人に視線を向けて、

「何か効果的にまっぴーのやる気を上げる方法ってないの? 恋人の立場からは」
「まず一言。なぜ貴方までまっぴーと……」
「玲ちゃんに教えてもらったんだけど。一応本人の了承も得てるわよ」

 恐るべきは玲のつける愛称。
 自然と皆使い始める辺り、風宮玲はある意味言霊使い。

「……勇人。何か応援の言葉を送ってやれ」
「何を送ればいいんだ……?」
「そうだな……例えばこんなのはどうだ?」

 天夜が勇人に何か耳打ちする。
 すると、勇人はあからさまに戸惑った様子を見せた。

「そ、それを俺が言うのか……?」
「大声で言わなくてもいい。近くで言って来い」

 そう言って天夜はタイムをかけ、眞昼の元へ勇人を押し出した。
 それを涼子は半眼で見ながら、

「彼に何言ったの?」
「自分自身で『これは恥ずかしいよなぁ』と思うことだが」
「……」

 涼子はとりあえず何も言わなかった。

 ちなみに、その打席で眞昼はいきなり二塁打を出した。
 その後沙耶もまぐれ当たりを出し、涼子と詩巳は三振。

 二アウト、一三塁。
 最後のチャンスに回ってきたのは、笹川睦美。

「……駄目かなぁ」

 涼子の呟きは、チーム全体の不安を表している。

「な、なんでさ涼子さん! やっぱあれ、双子キャラが一人になったら無価値とかいうつもりなの!? 自分だってノーヒットのくせにー!」
「私は一応監督兼コーチとして指示とか作戦立案してるもの」

 運動神経は悪くても、頭の回転は常人の数倍。
 野球のルールは元々把握していたので、こういった場で涼子の頭は役に立つ。

「うぅ、どうせ私は姉さんや五樹がいないとキャラ立たないんだ……私なんか、私なんか」

 ところが、意外にも睦美はフォアボールで進塁したのである。
 これで二アウト満塁。
 ここに来て、白チームは初めてタイムを取った。

「雅、大丈夫か?」

 マスクを取った藤田が心配そうな顔を見せる。
 七回を一人で投げるというのは、これで結構疲れるものだ。
 藤田に付き合う形で野球の練習をしたりしている雅だったが、基礎体力を引き伸ばす走りこみなどはしていないのだった。
 態度には出していないが、そろそろ体力が限界に近い。

「……ちょいと疲れたかね。でも後一人抑えればいいんだ。頑張るよ」
「ま、無理すんなよ。これは負けを許されない大会じゃないんだ」
「本職のあんたがそんなんでどうすんのさ。……勝ちにいくよ」

 にやりと笑って、雅はマウンドに戻った。

 そして、勇人の打席。
 彼はこれまで毎回ヒットを放っているため、白チームにとってはかなり嫌な相手だった。
 満塁の状態では敬遠も出来そうにない。

「ふっ……あたしのこの手が光って唸る! あんたを倒せと輝き叫ぶっ!」

 満塁状態にしてはゆっくりとした動作で、雅は球を投げた。
 球速は大したことはない。
 いかに体力が残り少ないとは言え、これは明らかに————

 ……カーブだ!

 勇人はそう判断し、それに合わせてバットを振る。
 ところが、ボールは曲がらなかった。

「ちっ!?」

 ……ただのスローボールか!?

 それに気づき、勇人は軌道を無理矢理修正させる。
 下手をすれば一気にアウト、ゲームセットとなりかねない行為。
 思考ではそれを理解しながらも、身体が勝手に動いてしまった。

「くそっ!」

 手首を利かせて、少しでも自然な形でボールを打とうとする。
 が、いまいち弱い。

 もはや二アウトなので、全員が走り出した。

「っ……まずい!」

 駆け出した勇人の後方で、藤田の叫びが聞こえた。
 勇人は何のことか分からないが、走り続ける。

「————風宮君、一塁で止まりなさい!」

 ベンチから涼子の声が聞こえてくる。
 勇人はその足で一塁ベースを踏み、顔を上げてグラウンドを見渡した。

 見ると、眞昼が無事ホームインしたのか……ベンチのメンバーが彼女を取り囲み、歓喜の声を上げた。

「テキサスヒットね」

 状況を掴めていない双子の兄に対し、ファーストを守っていた玲が解説してくれた。
 テキサスヒットとは、ポテンヒットとも言われるものである。
 簡単に言うと、内野と外野の間辺りにポテンと落ちるようなヒットのこと。
 どうやら勇人の足掻きが、どうにか功をなしたようである。

「これで次は天ちゃんかぁ……ヤバイわねこれは」
「同点に追いつき、なおかつまだ満塁だ。これを逃す手はないな」

 ————。

「とにかくヒットを打て、としか言えないわね」
「任せろ、五点取られた分きっちり清算してやる」
「兄様、頑張ってください!」

 ベンチからの声援を一身に受けて、天夜がバッターボックスに立つ。

 雅は額に汗を滲ませながらも、相変わらず笑みを浮かべている。
 それは勝てるとたかをくくっている訳ではない。
 純粋に、この状況が楽しいのだろう。

 それはキャッチャーの藤田も同じようだった。

「おい緋河、お前今からでも大学入って野球しねぇか?」
「生憎俺は今の生活で満足してるんで。……それに、来年から入ったとしてもあんたとは戦えないだろ」

 軽口を叩きあいながら、天夜はバットを構える。

 やがて、雅が第一球を投げ——————。





 気づけば夕暮れ。
 たっぷりと汗をかいた一行はドームを後にし、大通公園をまったりと歩いていた。

「いや〜、いい汗かいたわねぇ」
「ありがとうございます朝那さん、おかげで楽しい一時を過ごせました」
「気にしない気にしない、私も好きでやってんだし、志乃のお父さんにも迷惑かけちゃったみたいだしね」
「お父様は多分なんとも思ってませんけどね……」

 苦笑する志乃の後ろから、遥が缶コーヒーを二つ差し出した。

「はい、志乃ちゃん。それから朝那さんもどうぞ」
「あらどうも、遥ちゃんも大したもんだったわね、最後のアレ」
「あはは……まさかああなるとは思いませんでした」

 試合最後のプレーを思い出しながら、遥は照れ笑いを浮かべた。

「でもこれだけの人数が集まるなんて滅多にないし、今日のは良い機会だったわ。天夜ったら家の方に来てくれないから、こうでもしないと姉兄妹揃って何かする、なんてことないのよね」
「あ、ひょっとしてその為に……?」
「優先順位で言えば四番目くらいね」
「一番目は?」
「私自身が楽しみたいから」

 ここら辺は素直な朝那だった。

「あの、ところで……」

 遥と朝那に、志乃が少し困った顔で言った。

「————亨さんのこと、皆忘れてません?」





「なんで僕は片づけをしてるんだろう……」
「矢崎亨、もうすぐプロの方々の試合が始まる。さっさと片付けるのだ」
「いやなんであんたにそんな命令されなきゃいけないんですかっ!?」

 亨の叫びばかりが、虚しくドームに響き渡るのだった……。