Foreigners night × Forbidden heresy

北海道旅行記 エピソード9
 味わい深いラーメンやチャーハン、そしてそれらを彩るイカやホタテ。
 なかなか豪華な昼食を取った一行は、五稜郭タワーの展望台から景色を眺めていた。

「札幌に比べると緑が多い感じがするね」
「あ、本当ですか?」
「うん。眞昼ちゃんも見る?」
「はいっ」

 遥が望遠鏡を眞昼に譲る。
 望遠鏡から見える風景に、眞昼が感嘆の声を上げる。

「眞昼ちゃん、緑とか好きなのかな?」
「はい。私、自宅に植物庭園持ってるんですよ」

 少しだけ誇らしげに胸を張る。
 榊原家にもたくさん木は植えられているが、庭園と呼べるほどのものはない。
 遥は素直に感心した。

「すごいなぁ……眞昼ちゃん、本当に植物が好きなんだね」
「……ちょっと変わってますよね?」
「ううん、私も緑が多いところは安心するし好きだよ」

 和やかに会話を弾ませる二人。
 そんな心温まるような光景に、ひょっこりと美緒が入ってきた。

「お義姉ちゃんが好きなのは、緑が多いとこじゃなくてお兄ちゃんなんじゃないの〜?」
「お兄さん、ですか?」
「そ。私もまっぴーと同じで実は妹だったのだよ」

 うんうん、と一人で頷く美緒。
 遥がフォローするように、

「美緒ちゃんには一人お兄さんがいるの。眞昼ちゃんが植物好きなら、きっと気が合うんじゃないかな」
「そうなんですか……えと、こちらには来てないんですよね?」
「そうなんだよー。お義姉ちゃんてば新婚さんで甘えたくてたまらないのに、お兄ちゃんの為を思って無理矢理送り出しちゃってさ。今頃、世界中飛び回ってるんだよあの馬鹿兄貴。もう一年以上経つのにねー」

 ぶうぶうと文句を垂れる美緒。
 どうやら、新婚なのに奥さんを一年以上も放っているのが気に入らないらしい。
 眞昼は気遣うように遥を見たが、彼女は至って落ち着いていた。

「とにかくさー。まっぴーもアレだよ、結婚するなら相手を一生逃さないってぐらいのつもりでやんないと」
「はい。私、結婚するのでしたら————ずっと離しません」

 ちらりと、壁に寄りかかっていた勇人を見る。
 あまりこういうところは趣味ではないのか、少し退屈そうにぼーっとしていた。

「にゃ、にゃにー! もしやまっぴーも既に予約済み!? く、北海道勢はいいなぁ!」

 美緒は悔しいのか羨ましいのか。
 きっと両方なのだろう。
 なにやらぴーぴーと喚きながら去っていく。

「ほ、放っておいていいんでしょうか?」
「下手すると追い討ちになりかねないし、そっとしておくのが吉かな」

 あはは、と遥は困ったような笑みを浮かべるのだった。





 五稜郭を後にした一行は、外人墓地やペリー像、旧イギリス領事館を経て元町公園へとやって来ていた。
 時刻はちょうど三時過ぎ。
 六時にここに集合と言うことで、自由行動時間となった。
 ある者は公園で休憩し、ある者は近場にある観光施設を回りに行く。

「————確保」

 で。

 そのうちの何人かは海へとやって来ていた。
 笹川が予め用意しておいたクルーザーを使って、今は釣り合戦が繰り広げられている。
 勝負内容は単純、最終的に釣った魚の総重量で勝敗を決める。

「ふむ、これでイカ四サヨリ二カレイ一、ついでにサバ山だな」

 傍らのバケツを見て確認し、満足げに頷く男。
 これまでの生涯、その多くを戦いに費やしてきた戦士。
 そんな彼————久坂零次は、現在快進撃の真っ最中だった。

「……ヒット。こっちはイカ五、カレイ二、ついでにサバ山だ」

 なぜかその隣にいるのは風宮さん家の勇人君だった。
 静かな盛り上がりとでも言おうか、二人は物静かな釣りを楽しんでいるようだ。
 何気にばしばし釣っている辺り、周囲の人間は意外そうな視線を向けている。

「なかなか上手いな風宮」
「勇人でいい。玲と区別がつかなくなるからな」
「心得た。しかしこの辺りは良く釣れるな——確保」

 釣竿を引っ張り上げて獲物を確認する。サバだった。
 サバは既に何度も釣り上げているので、海へと戻してやる。

 一方、反対側では激しい戦いが繰り広げられている。

「くっ……逃がしたわ!」
「ああ、玲ちゃん力みすぎだって。そこはもうちょいと……」

 獲物が食いつくところまではいいのだが、なぜか逃げられてしまう玲。
 響志郎は横からそんな彼女のサポートをしているのだが……。

「おっと? よ、よ、よ……ゲット!」

 響志郎の方は、先ほどから絶好調だったりする。
 イヤッホー、という歓声が船上に響き渡る。

「————なんで響ちゃんはそんなに釣れるのよ」

 恨めしげな視線を響志郎に向け、玲は頬を膨らませている。
 そのとき、玲の近くから歓声が沸き起こった。

「よっし! 美緒ちゃん、ゲットよゲット! 大物だわ!」
「おおぉぉ……で、デカッ! 何これ何これ」

 両者の声につられて、他のメンバーが釣りを中断してやって来る。
 涼子と美緒が二人がかりで竿を持っているが、獲物も頑張っているようだった。

「よし、俺が手を貸そう」
「頼むわ零次!」

 零次が前へ足を踏み出し、竿を両手で掴む。
 竿が壊れないように力を加減しつつリールを巻き上げると、一回り以上大きな魚が飛び出してきた。

「うわっ!?」

 驚いて一同は魚から離れる。
 ただ一人、零次がビチビチと動く魚の元へ向かった。

「……ほう、これは鮭だな」
「へぇ……結構良いの釣れたんだ」

 釣った本人である涼子が一番驚いていた。
 玲も幾分か機嫌を直して、鮭をじっと見ている。

「鮭って言えばイクラ……筋子も美味しいのよね」
「……」

 眉を八の字にしながら響志郎が財布の中身を覗く。
 更に垂れ下がる眉。
 申し訳なさそうな顔で勇人の方を見る。
 勇人は軽く溜息をついて、自分の財布からお札を手渡した。
 これで買ってやれ、ということなのだろう。
 響志郎は両手を合わせ、神妙に頭を下げる。

 その光景を船内から見ていた五樹は、重苦しく息を吐く。

「男って大変だよなぁ……」

 隣でぐーすか寝ている睦美を見ながら呟く。

「……確保!」
「——ヒット!」
「ゲットォォォ!」

 釣り合戦は、まだしばらく終わりそうにもなかった。





 一方その頃、車で移動するグループがいた。
 笹川が手配した車だが、運転しているのは遥である。
 三嶋教習所仕込みだけあって、なかなか見事な運転だった。

 トラピスチヌ修道院。
 フランスから派遣された八人の修道女が設立した日本初の女子修道院。
 そこの駐車場に車を止めて、一同は伝統ある修道院を眺めた。

「修道院かぁ……初めて見るなぁ」
「うーん、俺はこういうトコはちょっと苦手だなぁ」
「ふふ、こういうところで生活してみるのも面白いんじゃない?」
「げっ……それはちょっと嫌だな。楓はどうよ?」
「私も、こういうところは少々苦手だが……」

 のんびりとした調子で語り合うのは遥と詩巳、それに楓。
 それを後ろから眺めながら、天夜はふと想像してみた。

 ……あの三人がシスターになったら。



 ——————————遥の場合

 神々しい光に包まれた礼拝堂。
 聞こえてくるのは荘厳なるオルガンの音色。
 訪れたのは一人の罪人。
 彼の犯した罪は重く、自分一人で抱え込むには大きすぎるものだった。

 ……罰せられたい。

 誰かに罰せられることが、今や唯一の救い。
 救いを求め、彼は幾日も休まずに歩き続けてきた。
 そしてようやく辿り着いたのは、荒野の中に建つ教会堂。

 疲れきった身体には重過ぎる扉をどうにか開けて、彼はようやく救いの地へと辿り着いた。

 神聖なる光に満ち溢れた場所。
 そこには一人の修道女がいた。

 古びた扉が開いた音に気づき、そのシスターが振り返る——。

「……はへ、ほふはひまひはか」

 シスターは、なんか、食ってた。

「ほふはひまひはか?」

 繰り返し尋ねてくる。
 言わんとすることはなんとなく分かるのだが、聞き取りにくいことこのうえない。

「……とりあえずその握り飯をさっさと食ってくれ」

 言われて、ようやく気づいたらしい。
 コクコクと頷いて、凄まじい勢いで口の中に入れていく。
 すぐに聖職者らしくキリッとした表情になったが、口の周りについていたご飯粒と膨らんでいる頬がなんとなく間抜けだった。
 ごくんとおにぎりを飲み込んで、改めて彼に向き合う。

「どうかしましたか?」
「……いや、その」

 思わぬ先制攻撃を受けて、彼は一瞬何をしに来たのか忘れてしまう。
 ぽかんとした彼を見てシスターは何を勘違いしたのか、ポンと手を打った。

「ひょっとして、お悩み相談ですか?」
「……ああ、いや。その、間違っちゃいないような、なんか違うような」

 お悩み相談て。

 ニコニコ微笑む様は聖母の如く。
 しかしてその実態は、なんかとんでもなく天然さんな気がしてきてしまう。

「……やっぱ、俺帰ります」
「えー、折角ここまで来たんだし相談した方がいいと思うよ?」
「いや、なんかこうアンタに頼るとホエホエファンタジー空間に巻き込まれそうなっ……」

 言いかけた彼の腕を掴み、シスターは奥の方へとずるずる引っ張っていく。

「まぁまぁ、そう言わずに遥さんにお任せお任せ」
「ちょ、待て、俺は、あぁぁーー!」

 間抜けな悲鳴を上げながら、彼の姿は礼拝堂の奥へと消えていくのであった、マル。



 ——————————詩巳の場合

 (前略)

 神聖なる光に満ち溢れた場所。
 そこには一人の修道女がいた。

 古びた扉が開いた音に気づき、そのシスターが振り返る——。

「あん、客人か?」

 シスターは、とんでもなくガラが悪そうだった。

 そもそも神聖なる礼拝堂でヘッドホンを堂々とかけている時点で場違い。
 さらに、すぐ側には整備中のバイクがあった。

「……なんで礼拝堂なのにバイクなんだよ」

 しかもヘッドホンはよほど大音量なのか、やや音が漏れている。
 五月蝿いというほどではないが、微妙に鬱陶しい。

「へっ、バイクは俺の誇りだからな」
「その音漏れホンはどうにかならんのか」
「いーじゃねぇか、どうせ誰もいないんだし」

 罰当たりな発言だった。

「それよりなんだよオメー、俺の至福の時間を邪魔しやがって。それ相応の理由がなきゃ納得しねーぞ」
「えらく喧嘩腰なシスターだなオイ」
「はん、なんとでも言え。で、なんか用か?」
「……」

 このシスターに懺悔していいものだろうか。
 まともな返事が得られるとは思えない。

 ————結論。

「なんでもない。帰る」
「おい、ちょっと待て」

 ドスの利いた声で肩を掴まれた。

「なんで引きつった表情で回れ右してんだ? まさか俺みたいなシスターじゃ駄目だってのか?」
「い、いや。そういうわけじゃないが」
「おう、そうだろそうだろ。俺はとっても頼れるシスターとして近所でも評判なんだぜ!」

 頼れるの意味が絶対違う。

「よし、それじゃ外に出るか」
「は?」
「こういうところ、俺苦手なんだよ。バイクにでも乗りながら話そうぜ」

 ……なんでシスターやってんだコイツ。

「ってちょっと待て、そのバイク速度計のところおかしいぞ、最高1000キロってどういうことだ!」
「あっはっは、魂飛び出るぐらいスカッとするぜ?」
「ま、待て! やっぱり帰……ぎゃあああぁぁぁぁ!」



 ——————————楓の場合

 (前略)

 神聖なる光に満ち溢れた場所。
 そこには一人の修道女がいた。

 古びた扉が開いた音に気づき、そのシスターが振り返る——。

「……」

 シスターは静かに彼を見つめてきた。
 神々しきこの場所において、沈黙とはかくも美しくなるものなのか。
 彼はそんなことを思う自分を嘲笑いながら、シスターの元へと向かっていった。

「懺悔を、聞いて欲しい」
「……」

 シスターはコクンと頷いた。
 少々無口なのが気になったが、余計な口を挟まれないことに、彼はむしろ気をよくした。

「俺は、罪を犯した。口にするのも嫌になるぐらい、最低の罪だ」
「……」
「欲しかったものがあった。そのために友人を裏切り、親を殺し、主を陥れた。しかし俺は、結局欲しいものを手に入れることが出来ずに……ただ後悔だけを得た」
「……」
「俺は許されてはいけない。だが、この思いを誰に伝えることもなく死ぬのは嫌だった。だから、こうしてここまで来た」
「……ご苦労なことだ」

 初めて聞くシスターの声。
 それはなんだか、刺々しかった。
 まるでナイフを喉元に突きつけられているような——。

「……って、なんか本当にひんやりとした感触があるんですが……?」
「ああ、ナイフを突きつけているからな」
「……シスター?」
「生憎私はシスターではない」

 勢いよく法衣を脱ぎ捨てた彼女の姿は、どこからどう見ても、シスターではなくアサシンっぽかった。

「ようやく見つけたぞ、指名手配犯○×△。依頼により、お前の身柄を拘束する」
「な、何ィッ! なぜここが!?」
「貴様の進行ルートから、目的地がここだというのは容易に想像がついた。後は先回りして、この教会のシスターとして潜入するだけだ」
「ぐ、なんか無駄が多そうだけどツッコミにくそうなやり方ッ!」

 彼は咄嗟にシスターから離れ、出入り口である扉へ向かって走る。
 だがそこには、なぜかバズーカを肩に担いだ男が待ち伏せていた。

「暝嵜……!」
「任せろ楓、そしてお前はとっとと死ね」
「ま、待てぇぇぇっ!?」

 神聖なる教会にて、派手な爆音が響き渡る。
 少しずつ亀裂が走り、教会は次第に倒壊。

 ————数分後、瓦礫の下から出てきたのは楓と暝嵜、そして半死半生の彼だった。

「暝嵜、殺してはいないだろうな。生け捕りが依頼人の指定だったはずだが?」
「さてな。それは運次第……これで死ねば、こいつの運もそれまでだってことだろ」
「まぁ良い。周囲が騒がしくなってきたし、そろそろ撤退だ」
「ま、待てお前ら……うう、ガクッ」

 こうして、彼は罪を償うことになったのだった、マル。



「……………………」
「どうした、天夜?」
「変な奴だなー、ぼーっとして」
「熱射病かな? 大丈夫?」

 不思議そうな表情を浮かべる女性三人に向けて、天夜は引きつった顔で、

「いや……三人とも、慣れないことはしないようにな」
「……何を言っているんだ?」
「分かんないならいい。それよりさっさと次行こう、次」

 自らが生み出した恐ろしい妄想を振り払いながら、天夜は足早に車へ戻る。
 三人はそんな彼を、じっと訝しげに見ているのだった。