荒波の将軍

-足利尊氏-
高氏
 客人の公家が去ってから、又太郎は焦燥感に駆られていた。急に時代の流れが見えてきて、それが想像以上に大きいものであるように思えたのである。
 それに追い討ちをかけるような凶事が足利の荘に飛び込んできた。
 兄、高義が死去したのである。
 ……なんということだ。
 高義の母、釈迦堂殿に他の子はない。ということは、これまで次男坊に過ぎなかった又太郎が足利家を継がなければならない。
 まず、以前のように自由に出歩くことが出来なかった。さらに元服後、すぐにでも鎌倉へ出仕せよとの命令が下った。他にも礼儀作法を改めて叩き込まれたり、要人たちへの挨拶を行ったりと、やるべきことが急に増えた。
「当主というものはきついものだな、次郎」
 鎌倉への出立を前に、又太郎は弟に愚痴をこぼしていた。
 年は又太郎より一つ下で、同母弟である。後に 直義(ただよし) と名乗ることになる次郎は、切れ長の双眸で真っ直ぐに又太郎を見据え、
「兄上、そのようなことでは困ります」
 と、まるで高義のように言った。
「足利は源氏の名門であり、鎌倉では北条に次ぐ名門。その当主は、もっと凛然としていなければなりませぬ」
「だからこそ、気が重いのだ」
 北条に次ぐということは、それだけ相手に警戒されているということでもある。
 鎌倉の心は必ずしも一つになっているわけではない。同じ幕府の人間でも、味方とは言い難いのが現状である。北条からは警戒され、北条に反感を抱く者からは注目される。それだけに足利氏の立場は難しい。
 又太郎はにわかにそれを背負うはめになった。
「元服の儀では、足利にその人あり、と思われるよう振舞ってくださりませ」
 頼りない兄を励まそうとしているのか、次郎は何度もそのように言った。

 鎌倉では、まず要人たちへの挨拶を済ませた。
 その後、北条高時を 烏帽子親(えぼしおや) とし、元服の儀を行うことになった。
 他にも鎌倉の有力者たちが何人か立ち会うことになっている。その中には、内管領長崎高資や父の貞氏もいた。
「わしの名から一字与えよう。これからは高氏と名乗るがよい」
 儀式の最中、高時は湿った声でそう言った。
 高時の高と貞氏の氏を合わせた名であり、武家の男児がこのように名を与えられることは珍しいことではない。大抵は親類縁者や縁のある有力者から一字を頂戴する。
 ……俺は高氏か。
 名を与えられた又太郎は、無味乾燥なものとしてそれを記憶した。こうした実名は忌み名と言って、生前これで呼ばれることはほとんどないからである。それに、高時から一字を拝領するというのは、足利に生まれた者としてはさほど嬉しいことでもない。
 また、合わせて従五位下の 治部大輔(じぶのだゆう) に任じられたが、これも驚くことではない。足利の家格を考えれば妥当なところであろう。父の貞氏も、従五位下の 讃岐守(さぬきのかみ) に任じられている。公式の場では官職で呼ばれることが多いので、治部大輔という響きは意識して覚えた。
 ともあれ、これで足利又太郎だった男が、足利治部大輔高氏となった。
 以後は彼のことを高氏と表記していきたいと思う。
 元服の儀を終えてからは、鎌倉で政務を行うのが高氏の役目となった。幸い高氏には貞氏という後見人がいたので、諸事上手くいっていたと思われる。
「人を見よ」
 と貞氏はよく言った。
 彼は既に出家して浄妙寺殿と呼ばれていたが、その後も長く鎌倉の政局に触れてきている。
「政治というものは、人を見、人を知り、人を動かすことじゃ」
 武士の政治はそういうものであった。
 自身の所領内の人々を使って農業を行い年貢を取り立てる。配下の者たちを率いて、自領を脅かす外敵を討つ。あるいは鎌倉で自家の地位を安定させるため、派閥を組んだり対立相手を蹴落としたりする。
 いずれにしても、人を見なければどうしようもない。
 鎌倉に出仕して一月ほど経つ頃には、面白い人物というものも見えてきた。
 ある日、高氏が鎌倉の自邸に戻ろうとしたときのことである。
 前方から丁度入れ違いになる形で、何十人もの供を連れた武士が向かってくる。高氏とその武士、互いに馬上であった。
「おお、これは」
 先に声をかけてきたのは相手の方だった。
 多少痩せてはいるが、全身から底知れぬ何かを感じさせる男だった。それを決して表に出すまいともしているようで、そこが不気味でもある。
「ただいまお戻りか、足利殿」
「はい。佐々木殿はこれから御用ですか?」
「そうですな……いや、これから貴殿の屋敷に向かおうかと思っておりまして」
 その言葉に、男の供の者たちが顔を見合わせた。どうも困っているように見えたので、高氏は頭を振る。
「佐々木殿。執権殿に呼ばれておるのでしょう。行かねば叱責を受けるのでは」
「いやはや、分かりますか。では貴殿の屋敷には後日改めて行かせていただきますかな」
 含みのある笑みを残して、男は去って行った。残された自分と郎党を見てみるが、あの男と比べると随分控え目なものであった。
「帰る途中、佐々木の京極殿と会った」
 自邸で出迎えた次郎に、高氏は男のことを話した。
「ああ、左衛門尉殿ですか」
 次郎も男のことは聞き及んでいるようだった。
 この当時の名はは佐々木左衛門尉高氏。
 その名は、鎌倉で過ごす御家人たちの間で知られている。
 京に程近い近江の地を領する佐々木氏の一族、京極の家に生まれた有力な御家人である。現在は執権である北条高時の側近として、鎌倉の政治でそれなりの力を発揮していた。ただ、人々は佐々木の力量はさほどに見ておらず、あくまで高時の側近として記憶しているようだった。
「あの男、気をつけねばなるまい」
 他の御家人たちとは目が違う。見るべきものを見逃すまいと、時折相手の隙を突いてぎらぎらとした視線を送っている。先ほども、表面上はあっけらかんとしていたが、一瞬だけ目つきが鋭くなった。
 油断出来ない男である。
「私は、それほどの人物とは思いませんが」
「巧みに自分の力量を隠しているのではないか、とわしは思っている。本当のところは、まだよく分からぬな」
 ただ、面白そうな人物ではある。
 高時の側近ということもあり、親しくして損はなさそうだった。

 それから六日ほど過ぎた後、佐々木高氏が屋敷を訪ねてきた。佐々木の供回りはいつものように豪勢なもので、屋敷の者たちは戸惑いを隠せずにいる。
 ただ、高氏はさしてそれを気にしなかった。 
「このような形で申し訳ない、足利殿」
 悪びれた様子もなく、佐々木はそう言ってのけた。
 この男は高時の側近になる前からこうだった、と貞氏から聞かされている。つまり、権勢家というわけではないらしい。生来の派手好みなのか、それとも別に思惑があるのかはわからない。
 二人は屋敷の一室で向き合った。所領の上では足利の方が遥かに上だが、鎌倉においては佐々木の方が中央に近い。しかし両者は御家人という意味ではあくまで同僚である。
 上下関係は互いに意識していなかった。
 最初は他愛ない世間話から始まった。鎌倉には慣れたか、ご領地での生活はいかがであったか、などというものである。しかしその中でも、時折佐々木の双眸が鋭く光るのを、高氏は見逃さなかった。
 佐々木の方もそれに気づいたのだろう。
「足利殿はよく人を見ておいでだ」
「なんの。まだ田舎から出てきたばかりの若輩者に過ぎませぬ。佐々木殿には敵いませぬよ」
「まあ、今はそうでしょうな」
 佐々木は意味ありげに頷き、視線を庭の方へと向けた。
「ここの庭園は京の香りがする。足利殿は京に行かれたことは?」
「京に入ったことはありません。佐々木殿は?」
「何度か。あそこは美しく華やかでした。人がいなければ、より映える」
 佐々木の言う人とは、おそらく公家たちのことだろう。
 高氏もそうだが、関東近辺の武士は、京の公家に対してあまり良い印象を持っていない。そもそも鎌倉幕府の誕生は、公家の統治に不満を抱いた武士たちの抵抗運動がきっかけとも言える。過去、実際に争ったこともある。反目しあって当然の仲と言えるだろう。もっとも、敵愾心だけでなく苦手意識もあるためか、これまで武士は公家を完全に潰そうとはしていない。
「執権殿も、その人どものことは疎ましく思っておられる様子」
「左様ですか」
「されど、どうする力もあの御方にはない」
 かすかに苦笑を浮かべ、佐々木は頭を振った。
「側で仕えているとよく分かる。今、鎌倉を支配しているのは内管領だ。執権や得宗は飾りに過ぎぬよ」
 際どいことを言う、と高氏は内心冷や汗をかく思いだった。その執権、得宗の側近をやっているのは佐々木ではないか。
「足利殿は気づかれなかったのかな」
「何にでしょうか」
「貴殿は元服の際に執権殿から一字を拝領された。そのときわしも同席していたが、あの御方はすがるような顔をしておったぞ」
 言われてみれば、そのような気もした。あのときは、情けない声だ、という程度にしか思わなかったのである。
「わしも頂戴した。父からは氏の一字を、殿からは高の一字を。貴殿と同じ、ということになる」
「ははあ」
 己の名をそれほど意識していなかったからか、高氏はそんな声をあげてしまった。
「わしは、わし個人が気に入られたから頂戴されただけで、気楽なものよ。だが足利殿の場合はちと違う、とわしは見ている」
「と、申されますと?」
「殿は、次郎殿にも高の一字をお与えになる、と」
「それはめでたきこと」
 口ではそう言いながら、高氏にはかすかに引っかかるものがあった。
 貴人の名から一字拝領するのはそう珍しいことではない。しかし、兄弟揃って同じ人物から名を貰い受けるのは、やや珍しいような気がする。
「そうやって縁を作っておきたいのだ、あの御方は。それぐらいしか、やれることがない」
「はて。しかし、それは」
「名だけでは不足、ということは承知しておられるであろう。他にも何かなされるかもしれぬ」
 つまり、高時は足利一族を味方に引き入れようとしている、ということらしい。
 これまでも北条氏は足利氏の離反を防ぐため、婚姻を重ねてきた。それは双方にとって利になることだったと言える。
 だが、今回のものは少し違うように思われた。
「内管領の権威が増したことで北条氏の中でも問題が増えてきている。ゆえにあの御方は、足利殿を北条氏や鎌倉の御味方ではなく、自身の御味方にしたいと考えておられるのだ」
「……それは」
 佐々木は世間話のように話しているが、これは取りようによっては大変なことだった。
 ただでさえ幕府は北条一派と御家人とで対立の風が出来つつある。その中で、さらに北条内部でも対立が起きつつあると言う。
 ここまで分裂してしまっては、もはや鎌倉は組織とは言えないのではないか。
「何のために、そのようなことを私に?」
 高氏は警戒するような面持ちで訪ねた。
 しかし、佐々木はそこで面白がるような笑みを浮かべる。
「鎌倉において、わしと同程度に人を見ている人物を初めて見た。ゆえに足利殿に興味がわいた。今回はそれだけ、それだけ」
 それから程なく、佐々木は帰って行った。
 ……狸め。
 苛立ちと好意を織り交ぜながら、高氏はその後姿を見送った。
 本心がまるで見えない、そのくせ時折共感出来るという妙な男であった。
 長い付き合いになるかもしれない、という予感がした。
 佐々木左衛門尉高氏。
 これより七年後、北条高時の出家に合わせて自らも出家し、 道誉(どうよ) と号する。