長き時を経て

第1話
 後世に伝説の槍騎士として名を残す男がいる。
 彼はこの時はまだ、一介の騎士見習いに過ぎなかった。
 歴史が何事もなく過ぎ去っていれば、彼は優秀な騎士として人々に知られていただろう。
 が、動乱が起きた。
 動乱が実直な騎士見習いをある種、英雄的な存在へと変えた。
 ユグドラル大陸の南東に位置する半島を、トラキア半島という。
 北はレンスター王国を筆頭に、アルスター、コノート、マンスターなどの諸王国が連合を形成していた。
 この北トラキアは豊な大地に恵まれ、多くの農作物を収穫することができる。
 対する南トラキアは山岳地帯が多く、土地も痩せているために国全体が貧しい。
 そのため、南トラキアを支配するトラキア王国は豊富な資源を求め、常に北への侵略を目論んでいた。
 レンスター王国は、かつてロプト帝国に立ち向かった12の英雄の1人、ノヴァの子孫が治めている。
 この国が北の盟主という位置にあるのは、そうした理由がある。
 当時レンスターを治めていたのは、ノヴァの直系であるカルフ王。
 その息子、キュアン王子に早くから仕えていた騎士がいた。
 それが彼、後に伝説の槍騎士とうたわれることになる、フィンであった。

「フィン、少しいいか」
 馬上、キュアンは振り返り、後ろに控えていたフィンに声をかけた。
 馬術の鍛錬という名目でキュアンがフィンを誘ったのである。
 城の裏手に回り込んでいるため、人はいない。
 キュアンの共をしているのもフィンだけであった。
「はい、なんでしょうか」
「話したいことがある。そのままでいいから、聞いてくれ」
「分かりました」
 ここ数日、キュアンはしきりに西の空を眺めるようになった。
 レンスターの西方には、イード砂漠を越えた先に大国グランベルがある。
 そこにはキュアンの親友であるシグルド公子が治める、シアルフィ公国があった。
 先日、グランベルと、大陸北東に位置するイザーク王国との間にトラブルが発生した。
 いや、それはトラブルなどと呼べるような、生易しいものではなかった。
 イザーク王国内のリボーの部族が、グランベルの友好都市ダーナを攻撃、占領したのである。
 あまりに突然のことであり、イザーク王マナナンでさえ、なぜこのようなことが起きたのか掴みきれていなかった。
 当然グランベルはこのリボーの暴挙に激怒した。
 大軍を以ってイザーク王国へ侵攻することを決意。
 リボーの族長の首を持って釈明に出向いたマナナン王を処刑し、それを事実上の宣戦布告とした。
 それに対しイザークの諸侯は逆上する。
 マナナン王の息子、マリクル王子はグランベルとの決戦を決意した。
 それらの細かい情報はレンスターには流れてこない。
 ただ漠然と、グランベルとイザークの全面戦争、という噂が流れている程度だった。
 キュアンの話とはそのことではないだろうか、とフィンは思った。
 両国の全面戦争は、レンスターには直接的には関わりがない。
 しかしイザークのマナナン王とレンスターのカルフ王は面識を持ち、友好的な関係を結んでいる。
 さらに、グランベルとの関係も深い。
 グランベル国内にあるシアルフィ公国の公子であるシグルドはキュアンとは親友であり、また義兄弟でもあった。
 シグルドの妹エスリンとキュアンは夫婦なのである。
(心中複雑なのではないだろうか)
 と、フィンは考えていた。
 だがキュアンの話は、そのこととはやや違ったものだった。
「近頃ヴェルダンの動きが怪しい」
 ヴェルダンとはグランベルの南西に位置する国である。
 周辺の国からは蛮族の国と蔑まれていた。
 が、現国王であるバトゥは国内の改善を試み、これに成功。
 グランベルと同盟関係を結ぶことに成功した。
 そのヴェルダンの動きが、怪しい。
「グランベルとの国境にあるエバンス城まで進行しているらしい」
「国境を突破するつもりなのでしょうか」
「おそらくな。グランベルに攻め込む気かもしれない」
 フィンの知らない話だった。
 現在グランベルは大軍を率いてイザークへ遠征に出向いているため、国許にはあまり兵力が残されていない。
 国境を接する西のアグストリア、そして南西のヴェルダンとは同盟関係にあったために、兵力を残しておくということをしなかった。
 これには、生半可な兵力ではイザーク王国の討伐ができないだろう、という意見も関わっている。
 ともあれ、この絶好の機会にと、ヴェルダンがグランベル侵攻を目論む可能性は十分あった。こうなると同盟関係などはアテにならない。
「シアルフィはユングヴィ公国と並んで、ヴェルダンに近い。シグルドのことが気がかりだ」
「では、向かうのですね?」
 フィンは幼い頃からキュアンに仕えているためか、キュアンの言動から、相手が何を考えているのか咄嗟に察することがある。
 このときもそうだった。
「まだ私は行くとは言ってないはずだが?」
 キュアンは苦笑して答える。
 が、行かない、とは言わなかった。
 行くつもりなのだろう。
 政治的に考えても行くべきであった。
 エスリンを妻として迎え入れた今、レンスター王家はシアルフィ公家と姻戚関係にある。
 ここで出向かなければ、後々関係に支障をきたすであろう。
 もっともキュアンにしろフィンにしろ、そうした感覚はさほどない。
 キュアンに言わせれば、
「友であり義兄でもあるシグルドを助けに行くことなど当たり前だ」
 ということになる。
 そんな主君をフィンは好ましく思い、信頼していた。
「父の許可も得ている。出発は明朝、それまでに準備をしておけ」
「……え」
 フィンは驚きのあまり、言葉が繋げられなかった。
 まさか自分が同行できるとは、思っていなかった。
 てっきり、自分は留守役かなにかだと思っていたのだ。
「そろそろお前も実戦を経験してもいい頃だと思ってな。それに正規の騎士団は、万一トラキア王国が攻めてきた場合に備えて残しておかなければなるまい」
 言いながら、キュアンは馬を止めた。
 そして大声で、
「返事はどうした、フィン!」
 と言った。
 フィンは慌てて自らも馬を止め、下馬した後に畏まった。
「かしこまりました、ただちに準備して参ります!」
 そう言って顔を上げたとき、キュアンは笑っていた。
 フィンは今更ながら、からかわれたことに気づいた。

「フィン」
 私室で支度をしている最中、フィンに声をかける者がいた。
「グレイドか」
「お前はキュアン様と共にシアルフィ公国まで向かうそうだな」
「ああ。正直、緊張している」
 槍を持つ手が震えている。
 キュアンの言っていることが確かならば、ヴェルダンとの戦いになるだろう。
 この頃のフィンにとって、槍は空に放つものだった。
 それを人に向けることになり、また、相手からも同様のものを向けられることになる。
 そのことを意識するだけでも、全身が震えるようだった。
 そんなフィンを見て、グレイドは彼の肩を叩いた。
「しっかりやれよ」
「ああ、命に代えてもキュアン様、エスリン様をお守りするつもりだ」
「あら、随分と力んでいるのね」
 と、2人の会話に、可憐な声が入り込んできた。
 声のした方に振り向くと、そこにはキュアンの妻であるエスリンが立っていた。
 まだ若い。
 見た目はフィンたちとほとんど変わらないほどであった。
「フィン、頑張ろうとするのはいいけど、あまり無茶はしないようにね」
「はっ、しかし……」
「口答えしない! まず貴方は自分の身を守ることから始めなさい、自分の身も守ることができないようでは、私たちを守ることなど到底できないわよ」
 強く押し切られて、フィンは思わず頷いてしまった。
 エスリンには不思議と、相手に言うことを聞かせる才能のようなものがあった。
 おそらく母が亡くなってから、父と兄の面倒を見てきた影響なのだろう。
「よろしい」
 フィンの様子を見て、満足げに微笑む。
 そのまま微笑を残して、エスリンは何処へと去ってしまった。
「さすがはエスリン様、といったところか」
 隣のグレイドが苦笑して、エスリンの去った方向を見つめる。
 エスリンのこうした特長は城内でも知れ渡っていた。
「キュアン様も、エスリン様には頭が上がらないという噂もあるからな」
「まったく。俺からすれば、姉のような人だ」
 グレイドの言葉にフィンは黙って同意する。
 なるほど、確かにエスリンにはそう思わせるところがある。
「ま、気をつけて行ってこい。キュアン様やエスリン様だけでなく、お前も無事に帰ってくることを、俺は願っているぞ」
「ああ、ありがとうグレイド。お前の方も、気をつけて」
 2人の会話は打ち切られた。
 明朝、フィンはキュアン、エスリンと共にレンスターから出発した。
 2人が再会するのは、数年先のことになる。

 シアルフィ公国は、グランベル南方に位置している。
 聖戦士の1人、聖戦士バルド(光神バルドとも呼ばれる)が興した国である。
 グリューンリッターと呼ばれる軍団を有しており、グランベル内の他の王国と同様、軍事力は強力なものであった。
 しかし、そのグリューンリッターは大半がイザークへの遠征に向かってしまっている。
 残されたのはシグルド公子と、その配下数名の騎士たちのみ。
 その中に、1人の少年がいた。
 身分は他の騎士たちよりも上である。
 彼はシアルフィを興したバルドの血を引いていた。
 名軍師とうたわれたスサール卿を祖父に持ち、彼自身、軍略には明るかった。
 後にシアルフィ公となるオイフェ。
 このとき齢僅かに14であった。

 城内全体が、どこか閑散としていた。
 緊張感が騎士たちを覆いこんでいるせいであった。
 原因は西方にある、ユングヴィ公国だった。
 キュアンたちがレンスターを出立して間もなく、ヴェルダン軍はエバンス城を、国境を越えてグランベルへと侵入してきたのである。
 ヴェルダン軍は蛮族と蔑まれているとは言え、数は多い。
 質ならばシアルフィ公国のグリューンリッターの方が上回っていたが、その本隊は今いない。それはヴェルダンにもっとも近い、ユングヴィ公国でも同じことだった。
 ユングヴィ公国には弓兵部隊の精鋭、バイゲリッターが存在する。
 しかし、主力部隊は皆、当主であるリング卿に率いられてイザークへと向かってしまった。残されたのはリング卿の娘、公女エーディンと、城の守備を任された一部の兵のみ。
 突然押し寄せてきたヴェルダン軍に、彼らは善戦している。
 しかしこのままでは陥落するのは時間の問題であった。
「助けに行く」
 と息巻いたのは、なんと公子であるシグルドだった。
 彼はヴェルダン軍侵攻の報を聞いてから、どこか落ち着かない様子であった。
 そしてユングヴィ城がヴェルダン軍に包囲されたと聞き、ついに立ち上がったのである。
 臣下の中には、無謀だからお止めください、と諌める者もいた。
 が、シグルドは聞き入れる様子を見せない。
 それどころか、彼はなんと単騎、ユングヴィへと向かおうとしていたのである。
「ノイッシュ、私はユングヴィを、エーディンを放っておくことはできない。あとのことは頼む」
 と、側近であるノイッシュに言い放った。
 ノイッシュは驚いて、これは止めなければ、とシグルドに異議を申し立てた。
「お待ちください、ユングヴィへは御一人で?」
「そうだ。ヴェルダン軍は蛮族と言われてはいるが、大軍だ。正直勝てる見込みは薄い。そのような戦いにお前たちまで巻き込むことはできない」
 この人柄は、後に多くの人々を惹きつける要因となる。
 しかしこの場合、これは無謀と言うほかなかった。
「おそれながら」
 ノイッシュは続けた。
「私は騎士として、戦いで死ぬことは当たり前だと考えております。それよりも、主君を御一人死地へと向かわせることの方が私には苦痛なのです」
 ノイッシュは代々シアルフィ公家に仕える、騎士の家柄に生まれた。
 その家庭環境と、彼自身の生真面目さが重なり、誰よりもシグルドに忠実な騎士となっている。
 それだけにシグルドも彼を信頼していたため、彼の言葉を無視することはできなかった。
「では、私と共に来ると言うのか」
「はっ」
「……分かった。お前にはいつも助けられる」
「もったいなきお言葉」
 シグルドの前にひざまずき、ノイッシュは頭を下げた。
 と、その隣に膝を並べる者がいた。
「私もノイッシュと同じ考えです」
 頭に布を巻きつけた、緑の騎士。
 赤の騎士ノイッシュとは対照的な雰囲気を備えた男、アレクだった。
 彼もまたシグルドの側近である。
「ただ、ユングヴィ城へ向かうだけではいけません」
「と言うと?」
「敵は蛮族。行く先々の村を襲い、略奪の限りを尽くしているようです。予め各地の村へと使いを出し、守りを固めるよう警告しなければなりません」
 このアレクの意見にシグルドは頷き、
「なるほど、アレクの言う通りだ。民を守らずして、何のための騎士か。アレク、よく言ってくれた」
 と、賞賛した。
 するとアレクは静かに首を振り、この意見は自らのものではない、と言い出した。
「では誰の?」
「オイフェです」
 アレクの口からその名が出たとき、シグルドは目を丸くした。
 まさかその名がここで出てくるとは思っていなかった。
「オイフェが」
「はい、実はすぐそこに」
 アレクが後方へ視線をやる。
 すると、柱の陰に隠れていた少年が、静かに歩み出てきた。
 この少年が、オイフェである。
「シグルド様、申し訳ありません。ユングヴィのことを聞きつけて心配になって来てしまいました」
「いや、そのことは構わない。オイフェが来なければ、私は民のことを忘れてしまっていたかもしれない。礼を言う」
「ありがたきお言葉。……シグルド様、もしも出撃されると言うのであれば、僕も連れて行ってくれませんか」
 オイフェは畏まって、シグルドに頭を下げた。
 その様子は、どこか必死なものがあった。
 彼はまだ、立場としては騎士見習い。
 そのうえ、まだ14の子供である。
「オイフェ、戦場に出るにはお前はまだ早いのではないか」
「確かに、僕はまだ戦うことはできません。でも、城で留守番なんて嫌なんです」
 オイフェは危機感というものを覚えていた。
 グランベルは現在かつてないほど不安定になっている。
 イザーク遠征に次ぐヴェルダン侵攻。
 だけでなく、国内でも反王子派と王子派に分かれ、政権争いが起きていた。
 そのような状況で、いつまでも騎士見習いのままではいたくない、という思いがある。
 それを察したのか、ノイッシュとアレクもオイフェを弁護した。
「シグルド様、オイフェは軍略に明るく、物事に聡いところがあります。相談役としてお連れしてはいかがでしょう」
「そうですね、俺たちだけでは見落としがちなところも、オイフェならば気づくこともあるでしょう。俺も、オイフェを連れて行くことには賛成です」
「むぅ……」
 気乗りしない様子ではあったが、側近2人にそう言われてはシグルドも反論しづらい。
 やがて、ため息をつき、苦笑しながら言った。
「分かった、連れて行こう。ただし戦場では私の側を離れないようにな」
「はい、ありがとうございます」
 頭を垂れながら、オイフェは礼を述べた。
 このときもしも従軍せず、彼が残っていたならば、歴史はどうなっていただろうか。
 オイフェの苦難の人生は、このときから始まったと言ってもいいだろう。

 シアルフィ城の守備を重騎士アーダンに任せ、シグルドはオイフェたちを連れてヴェルダン軍へと立ち向かった。
 ヴェルダン軍は既にシアルフィ城の間近まで迫ってきており、戦闘はすぐに始まった。
 平野を駆け抜けるシグルドたちの視界に、数人の男たちの姿が映った。
 ヴェルダン軍の兵士たちである。
 彼らは斧を手にして一斉に突っ込んでくる。
 シグルドたちとの距離が間近に迫ったとき、彼らは斧を振り上げた。
「遅い!」
 シグルドはその隙を逃さず、馬の勢いを強めて斧が振り下ろされるよりも早く、敵を斬りつけていた。
 同じようにしてノイッシュとアレクも敵兵を倒していく。
 その様子を、シグルドの側で馬に乗りながらオイフェはしげしげと観察している。
(やはり兵の質ではシアルフィの方が、シグルド様の方が上だ)
 見たところ、敵兵は体力、腕力は申し分ない。
 だが戦い方と言うものを知らず、力任せに攻撃してくるだけの者たちばかりであった。
 これで数が同等ならばシアルフィの勝ちは確定だろう。
(しかし、数が違いすぎる)
 ユングヴィの方へと進めば進むほど、敵の数は増大していく。
 まるで数匹の魚が、滝へと向かっていくようであった。
(これではシグルド様たちの体力が持たない)
 改めて現実を直視すると、オイフェも焦らざるを得ない。
 出陣するまでは希望的観測が浮かんだりもしたのだが、今は逆だった。
(せめてもっとこちらに数がいれば……)
 と、思っていた矢先のことだった。
「オイフェ、危ない!」
 シグルドの叱咤する声が聞こえる。
 思考に耽っていたために、意識が外へと向いていなかった。
 そのため、眼前に迫り来る斧に対する反応が遅れた。
「っ!」
 馬の手綱を引き寄せて、回避しようとする。
 が、間に合わない。
「しまっ――――」
 死を覚悟した、そのときだった。
 突如目の前に1人の騎士が現れた。
 その騎士は、高々と槍を構え――なんと、その槍で斧を弾き落としたのだ。
「なっ……」
 驚きのあまり声も出ない。
 その騎士がしたことも信じられないものだったが、もっと信じられないのは騎士そのものだった。
 彼はここにいるはずのない人物だったのだ。
 慌ててオイフェの元へ駆け寄ろうとしたシグルドも、いきなり現れたその人物に驚きを隠せない。
「――キュアン」
「間に合ったようだな、シグルド」
 ふぅ、と一息ついて、彼は親友に会釈した。
 全力疾走で来たのだろう。
 息はわずかに乱れ、馬の方もやや疲れているようだった。
 そのキュアンに続いて走ってくる者が2人いた。
 エスリン、そしてフィンである。
「兄上、よくぞご無事で」
「エスリン、お前まで来たのか……」
 実の妹との予期せぬ再会。
 シグルドの驚きは増すばかりで、それはオイフェにとっても同じことであった。
 彼もエスリンのことはよく知っている。
 シグルドと同じく、エスリンもまたオイフェを実の弟のように見てくれた人なのである。
 そのエスリンは、東方にあるレンスター王国に嫁いだ。
 なぜ彼女や、その夫であるキュアンがここにいるのか。
「ヴェルダンの動きが怪しいと聞いて、急いできた。現在グランベルは手薄だからな」
「ああ、すまないキュアン、そしてエスリン。それからありがとう、君たちの救援ほど心強いものはない」
「兄上、お気になさらず。それよりも、オイフェも戦場に出てきていたのね」
 と、エスリンは視線をオイフェに向けた。
 それまで会話に水を差さぬよう控えていたが、オイフェはここでキュアンに頭を下げた。
「ありがとうございますキュアン様、おかげで助かりました」
「気にするな、オイフェ。それよりも大丈夫か?」
 戦場に出てきて――という意味である。
 これにオイフェは、困ったような調子で答えた。
「頑張ります」
 それだけを答えた。
 先ほどの失態がある以上、大丈夫とは言えない。
 しかし、ここで弱気を見せては城に帰されてしまうだろう。
 それはオイフェにとってなにより避けるべきことである。
 そのため、自分はここに残る、という意志をアピールしておかねばならなかった。
 シグルドやキュアンはそれに気づいたのだろう。
 仕方なし、といった風に笑って、その場を流した。
 ところで、オイフェは気になることがあった。
 キュアンの側に控えている、青き髪の少年。
 年齢的には自分とさほど変わらないようにも見えるその少年は、槍を携えていた。
「キュアン、その子は?」
 シグルドも疑問に思ったのだろう。
 キュアンに尋ねてみた。
「ああ、私の元で見習い騎士をしているフィンだ。まだ若いが、なかなかの才物だよ」
「――はじめましてシグルド様、フィンと申します。若輩の身ながら、なにかお力になれればと思っております。どうかよろしくお願いします」
 控えめに、だがしっかりと挨拶をするその姿に、シグルドは感嘆の声を漏らした。
 オイフェも同じであった。
 自分と大差ない年であろう少年が、こうも戦場で堂々とした態度を取っていられるとは。
 どこか羨ましくもあり、悔しくもある。
「ああ、こちらからもよろしく頼む、フィン」
 シグルドは笑顔で、少年兵と握手を交わした。
 さすがにフィンは戸惑っていたものの、キュアンの、
「シグルドはこういう奴だ、気にしなくていいぞ」
 という声に、はぁ……と、一応は納得した様子を見せた。
 フィンとシグルドが手を離すと、今度はオイフェがフィンの手を取った。
 当たり前のようにそうしたのは、考えあってのことではない。
 ただ、この少年兵とは長い付き合いになりそうな予感が、オイフェにはあったのだ。
「僕はオイフェと言います。フィン殿、よろしくお願いします」
「――はい、こちらこそよろしくお願いします」
 フィンの方も何かを感じたのだろう。
 しっかりと手を握り返してきた。
 これが、2人の忠臣、その最初の出会いであった。

 その後、シグルドたちはユングヴィ城に到達し、ヴェルダン軍を蹴散らした。
 キュアンたちの他に、同じグランベル内にあるドズル家次男レックス、ヴェルトマー家次男アゼルが救援に駆けつけたのである。
 数ではまだシグルドたちは不利であったが、個々の質は遥かに上。
 勢いを増したシグルドたちは、ヴェルダン軍を苦もなく撃退できたのである。
 しかし、ユングヴィ公女エーディンは既にヴェルダン国内へと連れ去られた後であった。
 エーディンの側近であったミデェールという騎士を介抱し、シグルドたちはエバンス城を越えてヴェルダンへと攻め入る決意をした。
 時にグラン暦757年、春。
 今、歴史は動き始めた。