長き時を経て

第5話
 シグルドがマーファ城下で出会い、一目惚れしたという女性の名はディアドラという。
 よほど鮮烈な印象をうけたのだろう。
 シグルドはこのディアドラという女性と、このヴェルダンとの戦争が終わってからすぐに結婚してしまう。
 政略結婚でもないというのに、この速さは異常と見るべきだろう。
 双方が出会った瞬間に相思相愛とも言うべき関係になったのも興味深い。
 結論から先に言うと、ヴェルダン城はシグルド軍によって陥落した。
 マーファ城にシグルド軍が駐留して2日も経たないうちに、なんとヴェルダン軍は進軍してきたのである。
 送った使者は戻ってこないばかりか、返事すらない。
 いや、ある意味では進軍するヴェルダン軍というものが既に答えだった。
 こうなれば止むを得ないと、シグルドは迎撃を決意。
 その際にエーディン公女は1つ提案をした。
「あの軍の中にはジャムカ王子もいると思うのです。彼は悪い人ではありません、説得してみたいのです」
 ジャムカ王子はエーディン公女を逃がしたことがある。
 その話を聞いていたため、シグルドもこれを承諾した。
 ただしエーディンの護衛にミデェールとデューをつけることは忘れない。
 マーファ城とヴェルダン城の間にあるのは、精霊の森と呼ばれる地である。
 この地は神聖な場所としてヴェルダン人に大切にされていたため、豊な自然が残っていた。戦いの舞台が森である以上、必然的にゲリラ戦になる。
 馬で突撃を仕掛けるには木が邪魔だし、敵味方共に隠れる場所には困らないからだ。
 そんな中でジャムカ王子を見つけだせたのはデューという盗賊の少年の功績と言える。
 こちらもエーディン公女がマーファ城から逃亡する際に一役買った人物である。
 見かけはまだ幼い少年のようだが、実年齢は分からない。
 ただ、イザーク地方に伝わる秘剣、太陽剣を扱えたというから出身はイザーク地方かもしれない。
 盗賊家業を営んでいただけあって人の気配を感知する能力に長けていたらしい。
 気配のクセなども読み取り、短時間でジャムカ王子を発見することができた。
 このジャムカ王子との接触が、戦局を大きく変える事になる。
 ジャムカはこの戦争には最初から反対していた。
「全てはサンディマとかいう魔道士が来てからのことだ」
 サンディマ。
 このヴェルダン戦争の黒幕とも言うべき男である。
 彼はヴェルダン王宮に取り入って、巧みに王族の心を惑わした。
 ヴェルダンには当時魔道士などがほとんどいなかったため、それなりの力を有する魔道士であるサンディマは重用された。
 そして十分王族の信頼を得てから、彼はヴェルダン王国の危機感を煽らせた。
「グランベルは強国だけに野心も強い。必ず他国へ乗り出してきます。今回のイザーク出兵がいい証拠。となれば、次に狙われるのは12聖戦士の加護、つまり神器を有さぬ我が国でしょう」
 もっともらしいこの理論に、温厚で知られたバトゥ王は心を動かされた。
 バトゥ王は温厚であると共に小心な人物だったのだろう。
 彼がヴェルダン王国とグランベル王国の同盟関係を築いたのも、もとはと言えばグランベルに対する恐怖心からだったのかもしれない。
 同盟関係になっておけば侵略される恐れはなくなる。
 そう考えていただけにサンディマの理論には、
「まさか。同盟関係の国を襲うなどとはありえないだろう」
 と思うと同時に、
「万が一ということも、ありえるかもしれない」
 という思いも出てきた。
 サンディマはさらに、
「今回グランベルに攻められているイザーク王国のことは我が国同様グランベルの者どもに蛮族と呼ばれ、蔑まれているそうですな。どうもグランベル王国の人間は、蛮族という偏見を持って他国にあたっているようですぞ」
 些細な類似性である。
 しかしこの言葉がバトゥ王の心に決定的な一撃を与えた。
 ここでもしもバトゥ王がグランベル王国に対し、なんらかの外交的態度を取っていれば歴史は変わったかもしれない。
 そもそも、イザークがグランベルに攻め立てられている理由すらもバトゥ王は知らなかったのではないだろうか。
 バトゥ王の代になるまで、ヴェルダンは他国との交流がほとんどなかった。
 そのため外交的手腕に長けた者がおらず、自然、他国の情勢に疎い。
 確認もせず、情報収集もせず、ただ勢いだけでグランベルを攻めてしまったのがヴェルダンの間違いだった。
 ジャムカ王子は裏切った。
 いや、彼に言わせればそれは裏切りではない。
「国を守るためにサンディマという魔道士を討たねばならない」
 彼からすれば十分な理由がそこにあり、このことがヴェルダン王国敗北の決定的要因となった。
 ジャムカ王子はバトゥ王の第3王子と言われているが、実際には違うらしい。
 バトゥ王の息子は3人おり、第1王子とされていたガンドルフは実際には次男であった。
 本来の第1王子は人望厚く、勇猛果敢な人物であったが急逝した。
 そのためまだ幼かった孫のジャムカは、国を継ぐまでバトゥ王の第3王子として扱われることになった。
 ジャムカは父に似て人望が厚い。
 彼がサンディマ討伐を唱えると、それまでシグルド軍と交戦していた彼の部下たちは揃って彼に従った。
 シグルド軍とヴェルダン軍の混成軍が、ヴェルダン城へ向かう。
 その途中で、シグルドはディアドラと2度目の出会いを果たした。
 彼女は精霊の森の中にある隠れ里で暮らしていたという。
 里の中でも、彼女は特別な存在であった。
 彼女に関する、当時からあった言い伝えが存在する。
「人と交わってはならない。もしその掟を破れば、世界に災いをもたらすであろう」
 これは彼女の血筋の問題である。
 彼女の中には、暗黒神の血が流れていた。
 かつてユグドラル大陸を支配したロプト帝国、その王族でありながら帝国に反乱した男がいる。
 聖者マイラである。
 彼の反乱は失敗したが、彼は王族であることを考慮してか殺されることはなかった。
 だがそのまま国内に置いておくこともできず、当時の皇帝――彼の兄は、弟をわずかな供と共に辺境の地へ追放した。そこがヴェルダンの精霊の森であり、彼の子孫が代々隠れ住むと伝えられた場所だった。
 その子孫がディアドラである。
 彼女が産む子には、暗黒神の力を宿した子が出てくるかもしれない。
 そう恐れて里の大人たちは彼女を里から出さないようにしてきた。
 が、それすらも打ち砕くほどにシグルドとディアドラの愛情は深いものだったらしい。
 進軍するシグルドの身を案じ、ディアドラは里から飛び出してしまった。
 また、シグルドも言い伝えは聞かされていたが、そんなものなど関係ないとばかりに彼女を受け入れた。
 この後ヴェルダン城は陥落し、サンディマは討伐される。
 既にバトゥ王もサンディマによって亡き者とされていたこともあり、ヴェルダンはグランベルの直轄国となった。
 そしてヴェルダン戦後、シグルドとディアドラの結婚式が行われた。
 場所はエバンス城。
 この日の結婚式はよほど盛大なものだったらしく、オイフェなどは晩年になっても、
「私は今になってもあれ以上の式を見たことがないですな」
 などと言っていた。
 シグルド軍のメンバーたちだけでなく、友人であるエルトシャンまで何人もの部下を引き連れて駆けつけたのだから豪華なものとなった。
「なんとも急な話だ」
 そう言ってエルトシャンやキュアンは苦笑していた。
 それまで全く女性に縁のなかった男が、出会って間もない女性と式を挙げる。
 彼を昔から知っている友人たちだけに、おかしさも人並以上に感じたのだろう。
 が、結婚式が済めばまた忙しい日々に逆戻りである。
 特にオイフェなどは、事後処理に追われきっていた。
「結局サンディマという魔道士の目的は分からなかったんだな……」
 フィンはオイフェがまとめたヴェルダン戦の記録を見て、頭を捻っていた。
 その横では彼の主君であるキュアンとエスリンが紅茶を飲んでいる。
 作業に追われているオイフェとフィンに対する差し入れであった。
 もっとも肝心の2人の方は作業に忙殺されていて、あまり飲んでいない。
「ヴェルダンのためでもなく、グランベルのためでもなく。ではどこが」
「この2国が争って得をする国などありませんからね。せいぜいイザーク王国がグランベル王国の力を分散させようとしたということくらいしか。でもサンディマは結構前からヴェルダンにいたらしいのでその可能性はちょっと薄いですよね」
「イザークのマナナン殿やマリクル殿がそうした手段を用いるとも思えないしな」
 キュアンは紅茶を飲み干しながら言った。
 彼の父がマナナン王と知り合いだったため、イザークに関する知識はシグルド軍の中でも割とある方である。
 アイラやシャナンともそれなりに打ち解けている様子であった。
「それよりもシグルドが言うには、バトゥ王は死に際に気になることを言い残したらしい」
「と言うと?」
「暗黒教団という組織が、暗黒神ロプトウスの復活を計っているというやつですね」
 フィンがキュアンへ発した問いかけに、オイフェが答えた。
 彼は既に本国への報告書用に、シグルドからその話を聞かされている。
「暗黒教団? 聞いたことがないな」
 フィンは首を捻った。
 記憶の中にはそのような名はない。
 一度聞いたら絶対に忘れそうにない名前だから、まず間違いない。
「もしかしたらロプト帝国と関係あるのかもしれないな」
「なるほど、確かにロプトウスの復活を狙っているならその可能性はあるわけですね」
 主君の推測にフィンは大袈裟に頷いた。
 そんな3人の姿をエスリンは暖かな視線で見守っていた。
 彼女からすればオイフェやフィンは弟のようなものだ。
 それが、今では自分の主人とこんなことを話すようになっている。
(ちょっとだけ頼もしくなった、ってとこかしら)
 微笑みながら見ているエスリンに気づかないまま、2人の話は続いていった。
 シグルドたちはグランベル王都バーハラからの命で、エバンス城に駐留している。
 彼としては早くシアルフィに帰りたかったのが本音であろう。
 結婚したとはいえ、エバンス城という国境の重要拠点にいたのでは精神的に休めない。
 せっかく妻に迎えたディアドラにも、十分に構ってやることが出来なかった。
 彼女は、先の戦争の際にシグルドが保護したイザーク王子シャナンなどと一緒に充実した日々を送っていた。
 ところで、この時期のシグルド軍は実に多忙であった。
 グランベル王国によって支配されることになったヴェルダンでは、治安が悪化し民衆が大きな被害を受けている。
 そのためヴェルダン王子ジャムカやドズル公家のレックス公子、ヴェルトマー公家のアゼル公子などはヴェルダン各地を飛び回って治安回復に努めた。
 この際にレックス公子が名斧と名高い勇者の斧を手に入れたというが、詳しいことはよく分からない。
 ともかくシグルド軍は兵力の半分近くをヴェルダンの治安回復に使っていた。
 もう半分はエバンス城に留めてある。
 アグストリアへの牽制であった。
 エバンスより北のアグストリアは多数の国家が集まって出来た連合国である。
 ヴェルダン攻略の際に、背後でハイライン軍が動いたという前例もあってシグルドたちは警戒していた。
 いつまた攻め込んでくるか。
 万一アグストリアが総出でエバンス城目掛けて進軍してきた場合数少ないシグルド軍ではとても太刀打ちできない。
 前回あったノディオンの協力も、さほど期待することは出来ない。
 この点、ノディオンの立場は危うかった。
 前回のハイライン戦について、イムカ王はノディオンの意志を尊重し、ハイラインに厳重な罰を与えた。
 だがこれに、次期国王となるべきシャガール王子が反対したのである。
 彼は徹底した反グランベル論を振りかざし、父王に対し猛烈な反発心をあらわにした。
 政治的対立であり、それぞれの派閥が出来上がったとでも言うべきだろう。
 こうなると、親グランベルとでも言うべきノディオンはイムカ派ということになる。
 そしてノディオン以外の全ての諸侯はシャガール派だった。
(王は孤立しつつある。まさかとは思うが、シャガールが馬鹿な真似をしないだろうか)
 そういった疑念が、ノディオンの外交官とでも言うべきヒミルの中にある。
 ヒミルは徹底した親グランベルとでも言うべき思考の持ち主で、戦争は百害あって一利なし、と唱えていた。
 アグストリアの内部は揺れている。
 ノディオンが、シグルドにとって親友にあたるエルトシャンが、彼の敵になる可能性は十分にあった。
「兵の募集?」
 ある日シグルドの元にそんな話が舞い込んできた。
 持ちかけたのはエルトシャンとヒミルである。
「このままではお前も苦しい立場にあるだろう。グランベル本国からの増援は期待できないし、手数は足りずお前自身が右往左往しなければならない状態だ。このままではいざというとき、辛いぞ」
「いざというときなんて、ないに越したことはないがな」
「俺もそう思う。だが現実問題として、今の兵力ではどうにもならんだろう」
「それはそうだが……しかしどうするんだ? この辺りの民衆は疲労している。兵の募集に応じるだろうか」
「その点はご心配なく」
 と、エルトシャンの脇に控えていたヒミルが一歩前に出た。
「私のかつての主に商業を営んでいる方がおりまして。傭兵たちとの縁もあるそうですから、即戦力の者たちをこちらに呼び寄せてもらうこともできます」
「なるほど」
「それともう1つ。すぐ側にも、即戦力となる輩は数百人程度ならおりますぞ」
「……すぐ側に?」
 シグルドは怪訝そうな顔をした。
 心当たりが全くないのである。
「ヒミル殿、それはどちらに?」
「闘技場です。あそこの剣闘士たちは戦いの中に生きる者たちです。中には剣奴として扱われている者もおるそうですから、解放を条件に雇用なさるとよろしいでしょう」
 言われて、シグルドはようやく思い出したかのような表情をした。
 王侯貴族と闘技場はさほど縁がない。
 娯楽として見る場合はあったが、シグルドはさほど興味がなかったので失念していた。
 と言うより、闘技場の戦士たちを兵として雇用しようというヒミルの考えの方がおかしい。
 確かに剣闘士たちは並の兵士よりも強く、勇猛である。
 しかし反面我が強く、軍の規律を乱すおそれがあった。
「私に彼らをまとめることができるだろうか」
「お前なら大丈夫だ」
 眉をひそめる親友の肩をエルトシャンは力強く叩いた。
「お前には不思議な人徳がある。お前という人間を知れば、きちんと言うことを聞くようになるだろう」
「……そうだな。まぁ、うちには頼れる軍師もいることだしどうにかなるだろう」
「おいおい、あまりオイフェをこき使うなよ。まだ若いんだから」
 冗談を言うシグルドを、エルトシャンは苦笑して止めた。
 もっともエルトシャン自身、若くして王となった人物なのだが。
「なにはともあれ助言を感謝するよ、エルトシャン。ヒミル殿」
「……これからお互い立場が難しくなるからな。今のうちにできるだけのことはしてやろうと思っただけだ」
「私はエルトシャン様の意に従ったまでですから」
「そうだったな。ありがとう。できるなら、アグストリアとは争わずに済ませたいものだ」
「同感だ。俺たちがどうにかアグストリアを落ち着かせなければならん」
「ではお互い頑張ろう。またワインを飲み交わせる日を願って」
 その日、シグルドたちは別れた。
 これが平和な時期に2人が出会えた最後の時になる。
 次に彼らが再会するとき、事態は深刻なものへとなっていた。
 そして、事件が起きる。
 アグストリア内で非戦論を唱えていたイムカ王が、何者かに暗殺されたのである。
「嘘だろう」
「事実です」
 呆然とするエルトシャンに対し、ヒミルはあくまで冷静に告げた。
 イムカ王の死。
 その裏で誰が動いているかは、国民誰もが知っている。
 公然の秘密である。
 ヒミルに聞かされる前にも、既にエルトシャンはこの話を聞かされていた。
 ただ容易に信じなかっただけである。
「エルトシャン様、いかがなされます」
「いかがとは、どういう意味だ」
「現在アグストリア国内は我がノディオンを除いて反グランベルで統一されています。我が国はどういった態度を示すべきでしょう」
「……」
 エルトシャンは黙っていた。
 イムカ王の死という事実は、彼にとって様々な意味での悲劇だった。
 父王が亡くなったときにも感じた深い悲しみがよみがえる。
「新しい王、シャガール陛下は?」
「グランベル王国への侵攻を既に計画しているそうです。挙兵も間近、手始めにヴェルダンへと進軍すると」
「くっ、なんということだ」
 怒りのやり場もなく、エルトシャンは歯噛みする思いで立ち上がった。
 彼の不思議なところは、シャガールに対する疑念や怒りが全くないということである。
 公然の秘密として流れている暗殺事件の黒幕。
 シャガールだろう。
 国民の誰もがそれを信じている。
 以前から政治的対立があったうえに、野心高いシャガールにとってイムカ王は、自分が早く即位するための障害でもあった。
 いつか殺すだろう、と以前から思っていた者も少なくない。
 が、エルトシャンの中にはそういった考えは微塵もない。
 アグストリア王家は自分にとって忠誠を捧げるべき相手なのである。
 疑うことは彼の自尊心が許さなかった。
 この性格は、彼が若くしてノディオン王に即位したことと関係があるのだろう。
 若くして王位を継いだ者にかかるプレッシャーは並々ならないものがあったに違いない。
 彼はやるべきことを忠実にやることで、自身を良き王として形成しようとしたのかもしれない。
 その中に、アグストリア王家への忠誠心というものがあった。
 それはあまりにも彼の中に深く刻み込まれ、それが結果的に彼を悲劇的な英雄とする一因となる。
 このときも、エルトシャンの頭の中には“王としてすべきこと”のみがあったのだろう。
「シャガール様を説得する」
「そんな!」
 声を上げて反対したのはエルトシャンの妹、ラケシス姫だった。
 彼女はエルトシャンと、とても仲の良い兄妹として知られていた。
 彼の身を案じるあまり、思わず声を上げてしまったのだろう。
「シャガール王が説得に応じるとは思えません。彼は自分の父さえ手にかけた男なのですよ!?」
「ラケシスッ!!」
 ラケシスの言葉に、エルトシャンは反射的に怒鳴り返した。
 彼にとっての禁句。
 それはラケシスも重々承知していたつもりだった。
 それでも、兄の考えの無謀さに対する憤りが彼女にその言葉を言わせてしまった。
 エルトシャンの方も、自らの怒声を恥じるように、落ち着きを取り戻してから静かな声で告げた。
「その噂なら俺も聞いた。だがそんなものはあくまで噂だ、証拠はない」
 それは彼にとって最後の希望だったのだろう。
 アグストリア王家への忠誠。
 それでは、アグストリア王家内で争いが起きた場合、どうすればいいのか。
 その答えを持たない彼にとって、シャガールは仕えるに足る存在であってほしかったに違いない。
「諦めずに説得すれば、きっと分かっていただけるだろう」
「でもっ」
「あまり俺を困らせるな、ラケシス。大丈夫だ、俺は必ず帰ってくる。お前をおいて、死ぬものか」
 そう言って、エルトシャンはラケシスの背後に控える3人の聖騎士たちを見た。
「イーヴ、エヴァ、アルヴァ。ラケシスのことを頼む」
「はっ、命に代えましても」
 慇懃に頭を下げる三つ子の聖騎士。
 彼らはエルトシャンがもっとも信頼する騎士たちであった。
 なおも何か言おうとするラケシスを遮って、エルトシャンは場外へと足を運ぶ。
 その後ろを、ヒミルがついていく。
「お前までくることはない。俺1人で十分だ」
「エルトシャン様の命令でも、それは聞けませぬな。それにアグストリアへ出向くなら本来それは私の役目のはずですぞ」
「……口が減らないな。そして、昔からお前には頭が上がらない」
「これはこれは」
 と、ヒミルは申し訳なさそうに笑った。
 結局、2人は揃ってノディオン城から出て行った。
 どちらも、2度とこの地を踏むことはなかった。