長き時を経て

第13話
 アグストリアはグランベルの傘下に入った。
 このことで、グランベルは大陸の半分近くを得たことになる。
 残りはシレジアと南北トラキアのみとなった。
 いずれも内部の結束力は弱いため、国としては脆さがある。また、外交的にもそれぞれ孤立している。
 シレジアとトラキアの間にはグランベルの領地や砂漠があり、連携を取るには不向きである。
 南北トラキアは昔から争いが耐えないため、手を組むことはまずありえない。
 グランベルが各国に攻め入れば、それらの国は屈せざるを得ないだろう。
 が、グランベルもすぐには動けない。
 まず最初に、攻め入るべき名目がなかった。
 また、急激に膨張した勢力が持つ欠点として、地盤の脆さがある。
 支配下に置かれたばかりのアグストリア、イザーク、ヴェルダンの民の中には不満分子が多い。
 名目のない侵略行為を行えば、彼らがどんな行動に出るか分かったものではない。
 そのため、グランベルとしても迂闊に動けない。
 シグルド軍への追跡が途絶えた原因はそこにあった。

 シレジアに落ち延びるにあたり、シグルド軍の規模は大分縮小された。
 まず傭兵の大部分が離脱した。"反逆者"に従っていても利はない。
 残ったのは、シグルドの人柄に惚れこんだ数十人程度である。
 その中にはホリンやベオウルフの姿もあった。
 次いで減ったのは、アグストリア、特にノディオンの人々である。
 ノディオンはこれまで、アグストリア内におけるシグルド軍の協力者という立場を取っていた。
 しかしそれは、シグルドの背後にグランベルがあったからである。
 少なくとも、個人的にシグルドと親交のあった者たち以外はそうだった。
 反逆者とされたシグルドに従い続ければ、ノディオンの立場は一転して最悪のものとなる。
 そのため、ノディオンの人々はシグルドの元を去り、本国へと戻った。
 ただし、ラケシスは残った。
 彼女が本国に戻ったところで、グランベルのアグストリア支配に利用されるだけである。
 そらならいっそ、適当な理由をつけて彼女の存在を消失させた方が手っ取り早い。
 そう考えたヒミルは、そのことをラケシスに進言した。彼女は断わらなかった。
 彼女は思考することを放棄していた。
 何かを考えようとすれば、エルトシャンの顔が脳裏に浮かび上がってしまう。
 結果的にだが――――彼を死地に追いやったのは自分だ、という思いがある。
 最後に見たエルトシャンの笑顔が、悲哀という感情に彩られて姿を現す。
 それから逃れるように、ラケシスは静かに闇を思い浮かべるようになった。
「このまま国許に戻るのはいささか不安だが……」
 アグストリア最北端の砂浜で、ヒミルはそう呟いた。
 彼の正面にいるのはオイフェである。
 シグルドは周囲からの強い勧めで、いち早くシレジアに向かった。
 オイフェは補佐官として、シグルド軍の縮小及びアグストリア脱出の手筈を整えている。
 この場にはもう一人、シレジアの天馬騎士であるマーニャがいた。
 オイフェとシグルド軍のシレジア入りについて話し合っていたところなのだろう。
「お気持ちはお察しします」
「すまない。貴殿らも大変だということは重々承知しているのだが」
「ラケシス様のことについてはお任せください。いつかきっと、ノディオンへ送り届けます」
 それが空約束でしかないことは、この場にいる誰もが承知している。
 しかしこうでも言わなければやっていけない。そういう現状である。
「ラケシス様のこと、よろしくお頼み申す」
 ヒミルは、去った。
 同時に、シグルド軍の運気もどこかへと去ってしまったようでもある。

 オイフェは多忙だった。
 国家という背景を失ったシグルド軍の統制は乱れに乱れている。
 シグルド自身をシレジアに押しやってしまったため、補佐官としてこの混乱を静めなければならない。
 シアルフィ時代から共に戦ってきたアレク、ノイッシュ、アーダンらも協力して収拾に努めた。
 なにしろ、南からはグランベルの"討伐軍"が迫ってくる。ゆっくりとはしていられない。
 討伐軍を率いる将はランゴバルトとレプトール。
 それぞれがドズル、フリージという聖戦士の血を受け継ぐ公爵家の当主である。
 当然、彼らは自家に伝わる聖戦士の武器――聖斧スワンチカ、神雷トールハンマーを手にしている。
 シグルド軍は既に、ミストルティンを持つエルトシャンによって伝説の武器がいかに恐ろしいかを知っている。
 ゆえに、一種の恐慌状態が一部で起こった。
「これをまとめるのは骨が折れるぜ」
 報告に来たアレクがそんな愚痴をこぼした。
 何事もさらりとこなす彼も、今はさすがに渋面を作り溜息をついている。
 元々生真面目なノイッシュはほとんど口を利かなくなってしまった。
 シグルド軍はペガサスに乗ってシレジアへ移動する。
 そのため一度に多くを運ぶことが出来なかった。
 兵たちはまずシグルド軍に残るかどうかで揉め、残ると決めた者は我先にとシレジア入りを希望する。
 その順番争いで喧嘩が多発し、この間怪我人が大勢出た。
「シグルド様を先にシレジアに入れたのは失敗じゃないか? 残ってもらえてれば、まだ少しは統率が取れてたかもしれないぞ」
「危険ですよ。ここに残られていては、とても安心できません。いつ、誰に寝首をかかれないとも限りませんから」
「あー……それもそうか」
 本国の反逆者となったシグルドの首には、大層な値打ちがつく。
 シグルドの命を手柄の種にしようとする輩が、内部から出てもおかしくはない。
 この点、シアルフィ直属の兵がほとんどいないことは、シグルドにとって不幸だった。
 シグルド軍の多くは各地から集まった者たちだから、命を懸けてシグルドを助けようという忠義者は少ない。
 勢いづいている間はそれでも良かったが、転落を始めると脆いものだった。
 オイフェの胸中、秘策がある。
 それを、この昔からの同志たちに話してみようと思った。
「いっそ、軍を解散させてしまいましょう」
 これを聞いて、アレクたちは怪訝そうな表情を浮かべた。
 軍を失えば、もはやシグルドには何の背景力もない。
 シアルフィ公子という肩書きは名実ともに無効化し、ただの人間にならざるをえないだろう。
「いいじゃないですか」
 オイフェはあくまでシグルドという男に仕えているつもりでいる。
 シアルフィ公子という役職に忠誠を誓った覚えはない。
 シグルドが反逆者だろうと公子だろうと、その忠誠心には関係がない。
 むしろ、そこで心が揺らぐような者はこれからのシグルドには不要だ、とも考えていた。
 その点を話すと、そこはアレクたちも力強く頷いた。シグルドには、こういう妙なカリスマ性がある。
 結局、即日シグルド軍は解散した。
 その際オイフェは全軍の兵に、報酬を予定の二割増与え、同時に様々な情報を与えておいた。
 シグルドの逃亡先を特定されないよう、撹乱のつもりだった。
 それでも残留を願う者が多数あり、オイフェたちがアグストリアを脱出したのは、シグルドに遅れること三日目のことだった。
 グランベル討伐軍はアグスティを進発して北上していたから、もう一日遅れていたら命がなかったかもしれない。

 近頃、フィンはほぼラケシスと行動を共にしている。
 主君であるキュアンから申し付けられていたから、というのもあるが、彼個人としてもこの少女を放っておけなくなりつつある。
(どうも、妙なことになった)
 時折、自分というものがよく分からなくなる。
 少し前までは、レンスター王子キュアンに仕える槍騎士、で済んだ。
 しかし、今はどうやらそれだけでもないらしい。
(私は、彼女を好いているのだろうか)
 少なくとも、絶対に死んで欲しくない、とは思っている。
 ラケシスは『エルトシャンの説得に失敗したら自害するつもりだ』と言っていた。
 あの説得は成功か失敗か。ともかく、フィンはそのことが気がかりだった。
 今、フィンはセイレーン城の中庭で槍を振るっていた。
 このシレジア南西にある城は、王妃ラーナがシグルド軍に貸し与えてくれたものである。
 王妃はグランベル本国に、シグルドの無実を訴え続けている。
 しかしそれも宰相レプトールが握りつぶしているらしく、効果はない。
 そのような現状では、フィンも鍛錬ぐらいしかすることがなかった。
 側の部屋にはラケシスがいる。
 窓から外をぼんやりと眺め続けていた。
 彼女の方に意識を向けたせいか、振るう槍の矛先がそちらへと向けられる。
 集中しようとしても上手くいかない。
(これでは駄目だ)
 フィンは鍛錬用の槍を近くの木に立てかけると、自身もすぐ横に腰を下ろした。
 地面に降り積もった雪が染み込んで、ひどく冷たい。
 身体はラケシスがいる部屋の方を向いている。自然、彼女と向き合う形になった。
(どうすればいい?)
 問いかけるような視線をラケシスに送る。
 しかし彼女は全く反応することなく、ぼんやりと何かを見ている。
 フィンのことが、見えているのかどうか。
(……む)
 妙な意地が出てきた。
 間違いなく見えているはずなのに、ラケシスは何の反応も示さない。
 そのことに、フィンは悔しさを抱いていた。
 彼自身、それが今までにないことだと気づかない。
 互いにじっと見詰め合う。
 雪の降る中、フィンは長い時間を耐え続けた。
 意地だけでなく、寂しさもある。
 もしフィンがここをどけば、ラケシスは誰もいない雪景色を延々と見続けることになるだろう。
 それは、想像するだけで心が冷える。
(だからせめて、ここにいよう)
 そうして、その日は日暮れまでそこで過ごした。
 数日、そうした。
 ラケシスは毎日その部屋から窓の外を見て、フィンはそこで稽古をしたり、座り込んだりしていた。
 それから一月ほど経ったある日、フィンはそこで座り込んだまま眠り込んでしまった。
 連日そうしていたことで疲れが溜まっていたのだろう。
 気づいたときには、ベッドの中にいた。
「……ん?」
 どういうことだ、という疑問が口から出る前に、側で寝息を立てている少女の姿に気がついた。
 既に外は暗く、部屋の中もベッド脇の灯りが照らすだけとなっていた。
 薄暗い中、少女の金髪はよく目立つ。
 素直に、綺麗だと思った。
「なんだ、やはり気づいてたんじゃないですか」
 反応こそなかったが、この一ヶ月間、ラケシスの視界の中にはフィンの姿がきちんと入っていた。
 そんな当り前のことに、フィンは心底安堵した。
 安堵しつつ、まずい、と思った。
 どうやら自分は、本格的にこの少女にまいっているらしい。
 フィンは自分が不器用だと知っている。
 一つのことに対する集中力こそあれど、二つのことを同時にこなす自信はない。
 自分の主はあくまでキュアンである。ラケシスに肩入れしすぎると、後々不都合になるだろう。
 それに、自分と彼女では身分が違いすぎる。
 彼女を想うなど、分不相応にも程があるだろう。
 どう考えると、このベッドで寝ていること自体がまずいことのように思えてきた。
 慌ててそこから這い出て、窓際に直立する。
 が、そこから先、どうしていいか分からない。
 何も言わずに去るというのも失礼だろう。
 だが、わざわざ起こすのも憚られる。
(そうだ、手紙)
 書置きを残しておけば問題はないだろう。
 しかし書くものがない。
 フィンは紙とペンを取るために、一旦自室に向かった。
 その後すぐさまラケシスの部屋に戻ったが、そのとき彼女は既に目を覚ましていた。
「フィン、どこか行っていたの?」
「いえ、それは」
 しどろもどろになりながら、フィンは仕方なく正直に話した。
 そんな自分をフィン自身は滑稽に思っていたが、ラケシスは違う印象を抱いたらしい。
「ほんと、誠実なのね」
 どこか呆れたような、感心したような、どちらとも取れる笑みだった。
 だが、それが意味するものはフィンにとって重要ではない。
 久々に、ラケシスが笑った。それだけで彼は嬉しかった。
「ねえ、せっかくだから、私に手紙を書いてくれない?」
 ラケシスは唐突にそんなことを言ってきた。
 無論、フィンに断わる理由はない。
「しかし、なぜ」
 問いかけに、ラケシスはしばし沈黙した。
 表情に陰りがある。
 フィンは、
「やはり、仰らなくても結構です」
 とは言わなかった。
 それより早く、ラケシスが口を開いたからである。
「貴方を見てたら、私もなんだか正直になった気分だわ。……だから、聞いて」
 その後、彼女の口から出てきたのは取りとめのない言葉だった。
 エルトシャンの死に責任を感じていること、彼の姿が今も脳裏に浮かび上がるということ、彼と共に過ごした思い出のこと、日々の生活の中で感じたこと、などなど。
 この取りとめのなさこそが、ラケシスが正直に本音を話していることの証拠かもしれない。
 そうした、何が主旨であるかも分からないような話を、フィンは真面目な顔で聴いていた。
 互いに、不器用同士なのかもしれなかった。
 この日以来、二人は前よりも親しげに話すことが多くなった。また、文通も始めた。
 このことから二人の仲が密かに城中の噂になったが、その真実を知るのは極一部――――フィンの主君であるキュアンたちぐらいのものだった。
 それ以外の人々が二人の仲を決定的に知ることになるのは、それより数ヶ月後、ラケシスの妊娠が発覚してからのことである。

 しかし、状況は二人の仲を許さなかった。
 シグルドがグランベルの反逆者となった今、レンスターの立場が危なくなっている。
 なにしろ王子率いる部隊が、反逆者の手助けをしているのである。
 これを口実に、グランベルがレンスターを攻めるかもしれない、という噂がシレジアにまで伝わってきた。
 レンスターはグランベル諸国やノディオンと同様、聖戦士の血筋を引く家系である。
 北トラキアの代表的な国家として名高いが、国力はさほどでもない。
 南トラキアと違い、北は複数の国家による連合体制となっている。
 レンスターはその代表に過ぎず、立場としてはノディオンにやや似ている。
 グランベルに攻め込まれた場合、仮に北トラキアが総出で立ち向かったとしても勝機は薄い。
 それに、北トラキアには建国間もない頃から戦い続けてきた南トラキアという大敵がいる。
 グランベルと南トラキアが盟約を結び北トラキアに攻め込んでくれば、どうにもならないであろう。
 そのため、今レンスターはグランベルに開戦の口実を作らせてはならない状況にある。
「国許の父上から戻るよう通達があった」
 その日、キュアンはシグルドの私室を訪れて、申し訳なさそうな表情で告げた。
 親友を失くし、妻を失くし、故郷から反逆者の烙印を押された親友を置き去りにせねばならないキュアンの心境はどうであろう。
「気にする必要はないさ、お前にはお前の責務がある。ここまで一緒に来てくれただけでも、本当に感謝している」
「……すまない」
「謝るなよ。これが今生の別れというわけではないだろう」
 シグルドは、表面上は大分持ち直してきている。
 多くの部下たちの支えがあったからだろう。
 それに、ディアドラとの間に生まれた子、セリスのこともある。
 父親としてしっかりしなければ、という意識もあった。
「その台詞、懐かしいな。昔、士官学校を出るときもそう言ってた」
「そうだったな。俺とお前とエルトで、こうして」
 と、シグルドは壁に立てかけてあった木剣を掲げた。
 キュアンもそれに倣い、木剣を掲げ、シグルドのものと打ち合わせる。
「――――こうして、騎士の誓いを立てた」
 二人はしばらく、その姿勢のまま静止していた。
 互いに掲げた剣をじっと見つめている。
 おそらく、その眼には三本目の剣も映っていることだろう。
 やがて、どちらともなく腕を降ろした。
「出立はいつだ?」
「明朝出発だ。今はエスリンが準備してくれている。後でこちらにも顔を出すよう言っておこう」
「そうか。……そういえば、フィンはどうするんだ?」
 フィンの立場は、あくまでレンスターの騎士である。
 主君はシグルドではなくキュアンだから、彼がレンスターに戻るならフィンも同行するのが筋だろう。
 シグルドが心配しているのは、それとは別のことだった。
「ラケシスは、どうする?」
 今ラケシスは身重であり、安静第一と医者に言われている。
 長期の旅行――例えばレンスター行きなど――はとてもできそうにない。
「……フィンをここに残すわけにはいかない。そして、ラケシスを連れて行くこともできないだろう」
 キュアンは心苦しそうに言った。
 フィンがただの雑兵なら、融通を利かせて残らせることも出来ただろう。
 しかしこの頃になると、フィンの知名度はやや上昇しつつあった。
 シグルド軍の中において有数の士であるだけでなく、レンスター王子たるキュアンの信頼も厚い。
 アグストリア脱出の際に解散したシグルド軍の雑兵・傭兵たちによって、フィンは良くも悪くも有名になった。
「あいつを残せば角が立つ。俺としても残せてやりたいところだが、それは不可能だ」
「そうか。本人たちには伝えたのか」
「ああ。両人とも分かってはくれたようだったが……それだけに、かえって辛いものだ。罵声の一つでも寄越してくれれば、こちらとしても罪悪感薄れるんだが」
「あの二人がそんなことをするはずはないさ。大丈夫だ、ラケシスのことは我々が責任を持って守ろう」
「そうしてやってくれ。それと、お腹の赤ん坊も」
 キュアンは心配そうに、念を押すように頼んだ。

 同時刻。
 中庭ではフィンとラケシスが、一緒になって座り込んでいた。
 フィンが意地になっていつも座っていた場所である。
「お腹、大分大きくなりましたね」
 恋仲になった今でも、フィンはラケシスに丁寧語を使う。
 彼女がその点を指摘すると、少しの間だけそれを止める。
 が、一日もすればまた元に戻ってしまうのだった。
「この子の顔を見ずに行くのが、残念です」
「そうね。あまり長い間離れ離れになっていたら、別の人を父親だと勘違いしてしまうかも」
「……それは困ります」
 ラケシスの軽口に、フィンはむっつりとした顔を振った。
 それがおかしくて、ラケシスはつい声を上げて笑ってしまう。
「笑うことはないでしょう、ラケシス様」
「もう、様はいらないって言ってるでしょう?」
「……笑うことはないだろう、ラケシス」
「うん、合格」
「私で遊ばないでください」
 表面上は不服そうなことを言いつつ、フィンはこうして彼女と過ごす時間をとても楽しいと思っている。
 ラケシスの方も同じだった。ここに来たばかりの頃と比べると、大分元気を取り戻した。
 そのすぐ側を、二人の若者が連れ立って歩いていた。
「オイフェ、ティール!」
 呼びかけると、彼らは顔を見合わせて、駆け足でやって来た。
 どうやらフィンのことを探していたらしい。
「フィン、君を捜していたところだったんだ」
 ティールは、ラケシスの護衛として残っている。
 ヒミルの指示によるものか、ティール自身の希望なのか、その点ははっきりしない。
 ただ、ラケシスを通じてフィンとは大分親交を深めている。
 近頃は三人一緒に行動することも多い。
 オイフェとティールの用件はシンプルなものだった。
「ここに残るわけにはいかないのか」
 ということらしい。
 二人はフィンやラケシスが引き裂かれるのが気の毒だという。
「あともう少しで子供も生まれるというのに……」
「オイフェ、そう思ってくれるだけでも嬉しく思うよ」
 肩を落とすオイフェに、フィンは微笑を向けて言った。
 無論、残れるものならば残りたい。
 しかしキュアンから説明を受けたことで、それが難しいということも充分分かっている。
「私はまずレンスターの騎士だ。ラケシスには申し訳なく思うが、これはもう身に染み付いてしまっていて離れそうにもない」
 それに、とフィンはいつか思ったことを話した。
 自分は不器用だから、二つのことを同時にはできない。
 レンスターの騎士であることと、ラケシスの恋人であること、二つを同時にはこなせない。
「ええ、そうね。私も、分かってる」
 ラケシスは頷いた。
 しかし、その表情はどこか寂しげだった。
 フィンはそんな彼女の肩を掴み、ただし、と付け加えた。
「貴方を好いている、この気持ちはずっとある。その気持ちを断ち切れるほどの器用さも、私はどうやら持ち合わせていないらしい」
「……私も、貴方が好きだという気持ちは変わらないわ」
「ありがとう。……だから、二人に頼みがある」
 と、フィンはここでオイフェたちの方を振り返った。
 彼らも、フィンが自分たちに何を頼もうとしているか、分かっている。
「私は、元々そのためにここまで来たようなものですから」
「言うまでもなく、最初から僕らはそのつもりです」
「……ありがとう」
 フィンは深々と、愛する人と友人たちに頭を下げた。
 翌朝、彼はその主君らと共に、シレジアを発った。