Forbidden heresy × 異法人の夜

炎の申し子と紅葉の巨人
山が紅に染まっている。
色鮮やかな山々の風景を窓から見下ろしながら、緋河天夜は感嘆の息を漏らした。
多少旅の資金に余裕が出来たので、温泉宿に泊まることにした。
今の季節は客もそれほど多くなく、紅葉散るこの山は意外と空いている。

「いい時期に、いい宿を取れたな」

天夜は今、宿近くの食堂で昼食を取っている。
窓からは美しい秋の山々を見下ろすことが出来た。
窓ガラスには、黒髪の青年が映し出されている。
リラックスしているのか、いい表情をしていた。
昼食に出された天丼の味もなかなか良好。
旅をしていて良かった、などと思う至福の一時。

実家から飛び出す形で旅を始めた彼を追う実家の追っ手も、最近は姿を見せない。
何もかもが順調になってきている。

そのとき、背中に衝撃が走った。

天夜が座っている席の真後ろに誰かが座り、そのせいで揺れたらしい。
解放感に浸っていたところを阻害されて、天夜は何事かと背後を見やる。

————そこに、巨人がいた。

立てば2メートルは軽く越えているであろう長身。
加えて筋骨隆々とした、非情にたくましい体躯の持ち主だった。
格闘技の選手にだってこれほどの男はそうそういまい。
座っている椅子が異様に小さく見える。

大男は天夜の視線に気づいたのだろう。
軽く頭を下げて、

「失敬」
「……ああ、いや。気になさらず」

条件反射で振り返ったようなものだから、特に天夜は気にしていない。
ただ、背中の男の大きさに驚いただけだった。

(追っ手とも思えないし……ただの一般人だろう)

少なくとも、相手の方に敵意やこちらを探る気配は見受けられない。

「キムチ蕎麦とデラックスジャンボパフェを一つ」

頼んでいるメニューには色々とツッコミどころがあったが、それだけのことだ。
天夜には関わりのないことだし、特に興味があるわけではない。

脳裏から背後の大男のことを消し去り、天夜は食事を再開した。





食事も終わり、一息入れる。
実家からの追っ手がいなければ、急ぐ旅でもない。
一日という時間を自由に使えるので、このままここでのんびり過ごすというのも手の一つだった。

再び窓の外に広がる風景に視線を向ける。

————不意に、奇妙なものが見えた。

なんだ、と思う間さえない。

次の瞬間、窓ガラスを“何か”が貫いた。

「っ……!?」

突如砕ける窓ガラスに、客たちの視線が集中する。
そんな人々の反応を無視して、正体不明の“何か”は次々と放たれる。

「銃弾かっ!?」

素早く席から飛び退き、天夜は窓の外を睨みつける。
それは確かに銃弾のようだったが、僅かに違う。
緑色に輝く、人の爪ほどの大きさの球体。

それが次々と店内目掛けて放たれている。

人々の口から悲鳴が上がる。
だけでなく、実際に凶弾に倒れる人も出てきた。
このまま放置しておくと、被害は増大するばかりだろう。

その中で、ただ一人動かない男がいた。

(さっきの大男……)

あの男だけが、まるで凶弾をものともしていない。

何を考えているのかまるで分からない、茫洋たる表情だった。
この惨状の真っ只中に身を置いていながら、恐怖の色はまるで見られない。

(なんだ、こいつ)

天夜は訝しげに男を見る。
刹那、男の額に凶弾が激突した。
が、男はまるで無反応。
それどころか、

(血の一滴も出てない……!?)

確かに正体不明の凶弾は男を撃ち抜いた。
だというのに、男には蚊に刺された程度の跡も残っていない。

「————遠いな」

ようやく男は、その言葉を発した。
が、何をするわけでもなく、男はそのままの姿勢で微動だにしない。

やがて、銃撃が収まった。

店内は、怯える客や店員の沈黙に支配されている。
天夜も、再銃撃がないかどうか用心しながら窓の外を窺う。

その中で、男は何事もなかったように店の外へと出て行く。
人々の注意は窓の外に向けられていたため、誰もそれには気づかない。

……否。

ただ一人、緋河天夜だけが気づいている。

「あの男……なんなんだ?」

訳の分からない銃撃についても、あの男は何かを知っているような気がした。
実際に巻き込まれた身としては、もはや関係ないとは言えない。
あるいは、このまま他の客と同じような行動を取っていれば、嫌な思い出というだけで済んでいたかもしれない。

しかし。

「お母さん……お母さん!」
「う、うう……」
「だ、大丈夫ですかっ!? 皆さん、落ち着いて! 落ち着いて!」

こんな理不尽な暴力を眼前で見せ付けられては、胸糞悪くなる。
天夜の眼前にも、倒れている女性がいた。
胸を撃ち抜かれたのか、即死している。

「————」

そして、その女性の下にはまだ四歳か五歳くらいの少女がいた。
……その子もまた、脳天を撃ち抜かれて死亡している。

「……ちっ」

天夜は、自分の直感に従った。

「待て!」

呆然とする人々を通り抜き、天夜は男を追って店を出た。





それまでの鈍重な動きとは裏腹に、店を出てからの大男の動きは速かった。
いや、速いどころではない。
店を出た天夜と男の距離は百メートル程。
山中にあり、男は上り坂を駆けている。

「待てっ……!」

天夜は全速力で追いかけるが、まるで追いつけない。
むしろ距離はどんどん開いてしまい、男の姿は坂の向こうへと消えかかっていた。

「くそっ、待てって言ってるだろうが!」

たまたま道の脇にあった自転車を拝借。
坂道の自転車は結構しんどいが、徒歩よりはいくらかマシである。

天夜が坂の上まで来ると、男の姿は次の坂の中ほどに確認できた。
自転車で追いかけてなお、距離がまるで縮まりそうにない。

「待てと言われて待つ訳はないか」

だが、これではっきりした。
先ほどの銃撃も只事ではないが、あの大男も尋常の者ではない。
このまま関わり合いになるのは、普通に考えればマイナスにしかなるまい。
だが天夜はもはや、あの銃撃の件を突き止めるつもりでいる。
穏やかな旅の一時をぶち壊しにされた怒りがある。

自分だけでなく、無関係の人間まで無差別に狙った凶行。

「それを放っておいたら寝覚めが悪い……!」

天夜は自転車の速度をさらに速めた。
自転車は既にガタガタと音を立てている。
今にも壊れそうなくらい、頼りなかった。

それでもなお、距離は縮まらな————

「あ……?」

不意に。

大男が坂の頂上で立ち止まり、天夜の方を振り向いた。
その視線は天夜の後方にやって来ている、一台の車を捉えている。
天夜もそれに気づき、後ろに視線を向けた。

車のウインドウが開き、中から黒服の男が顔を出す。
サングラスによって眼は隠れていたが、男は間違いなく——笑っていた。
にやりと口元を吊り上げ、男は銃を取り出す。

「やっと見つけたぜぇ、矢崎刃。積年の恨み、晴らしてやらぁ!」

男は天夜のことなど眼中にないらしい。
坂の上に立つ大男——矢崎刃のみを見据えている。

その証拠に、男は天夜にはお構いなしに銃を撃ち放った。
それも一発や二発ではない。
無数の弾丸が路上に飛び交う。

「ちっ、無茶苦茶しやがるっ!?」

自転車を放り捨て、そのまま道路に身を投げ出す。
その天夜のすぐ側を、男が乗った車が駆け抜けた。
車は真っ直ぐ矢崎刃目掛けて突き進む。

「くたばりやがれやぁ!」

銃撃と車の突撃。

その攻撃を前にしてもなお————矢崎刃の表情は動かない。
天夜は即座に起き上がり、その瞬間を見た。

車が矢崎刃に激突する瞬間、刃の前に何か得体の知れない壁のようなものが現れた。
かと思うと、車は刃に激突することなく、その場で止まってしまったのである。

「……あ?」

乗っていた黒服も、いきなりのことに間抜けな声をあげている。
その男の頭を、刃が鷲掴みにした。

「いきなり襲撃とは物騒だな」
「あっ、がかっ!?」

片腕で男を車から強引に引きずり出す。
どうやら相当強い力で締め付けられているらしく、男の顔は苦痛に歪んでいた。

「誰の差し金で動いているかは、後ほど聞かせてもらう」
「がっ、あっ、っ……」

その言葉を最後まで聞き終えたのかどうか。
黒服の男は、刃に頭を鷲掴みにされたまま気絶した。

……そして、そこでようやく、矢崎刃は天夜の方を向いた。

「……」
「……」

お互い、無言のうちに視線を交し合う。
やがて矢崎刃が静かに口を開いた。

「……先程の客か」
「いや、まず最初にそれか?」

思わずツッコミを入れる。
だが刃はまるで意に介していないようだった。
黒服の男を車の後部座席に放り入れると、自分は運転席に乗り込む。

「乗るか?」
「……あ?」
「ここまで来たんだ、何か俺に用でもあるのだろう」
「あんたに用があるわけじゃない。ただ、あの銃撃した奴を」

そこで、言葉に詰まる。
あの理不尽な暴力の原因をどうしようとしたのか。
そこは、具体的に考えていなかった。
ただ、

「放っておくわけには、いかないだろ」
「それで俺を追ってきた、か。あの状況においては、良好な判断だ」

言って、刃は助手席のドアを開けた。

「……乗れ、ってことか?」

問いかけに、刃は頭を振る。

「————選ぶのは、そちらだ」





結局、天夜は車に乗った。
深い思案あってのことではなく、自然と身体がそう動いたのだ。

二人は互いに名を名乗り合った。

車は現在公道から外れ、林の中に停車している。
後部座席に倒れた男は目覚める気配はない。

「そもそも、何なんだ。いきなり銃撃なんて、普通じゃないぞ」
「同感だ。相手はどうも、常識を知らないらしい」
「……いや、そういうことじゃなくて。そもそも、この男はあんたを狙っていたようだが、心当たりはあるのか」
「ある」
「あるのかよ」

天夜も実家からの追っ手に襲われることはあった。
だが、他の人々を巻き添えにするような真似をした者はいない。
そもそも矢崎刃という男自体、異常である。
銃弾を喰らっても平然としているし、身体能力は人間のそれとも思えない。

「……あんたは、なんなんだ」

そう問いかける天夜を、刃はしばらくじっと見ていた。
話すか話すまいか、思案しているらしい。
やがて数分してから、刃は軽く息を吐いた。

「俺は、人間にして人間の領域外にいる存在だ」
「異端者、か?」
「……否。我らは異法を内包する故、異法人と呼ばれている」

刃はぎょろりと視線を天夜に向ける。

「先程から感じる溢れかえらんばかりの魔力。お前は異端者か」
「……色々と詳しいんだな。確かに俺は異端者だ。だが、異法人ってのは何だ、異端者とは別物なのか」
「別だ」

説明するのは面倒なのか、それ以上のことを刃は言わない。
異端者は異端の力を持つ存在であり、天夜は炎を駆使する力を持っている。
この矢崎刃という男も、自分の周囲の“衝撃”を増減させる力を持っているらしい。

(まぁ、似た者同士ではあるらしい)

この場はそれで納得する。

ややこしいので、これ以降はこれらを統一して能力者と呼ぶことにする。

「で、敵も同じ能力者なのか?」
「ああ。ただ能力者はその黒服じゃない」
「根拠は?」
「先程店内を襲った銃弾は、魔力を弾丸のように変形させたものだ。そこの男は、普通の銃弾しか使ってこなかった」

確かに、天夜も確認している。
あれは普通の銃弾ではなかった。

「相手に心当たりはあるのか?」
「おそらくサヴェルト=ホーガンだろう」

サヴェルト=ホーガンとは何者か。
かつて黒社会で名を馳せた凄腕のスナイパーである。
彼にかかれば、数キロ先の獲物でさえ寸分の狂いなく撃ち落される、などと言われていた。
異常な性癖を持ち合わせた危険人物でもあったという。

「かつて俺は、奴を再起不能にした」

二度とライフルが持てないよう、両腕の骨を粉々にし、標的を狙えなくするため、片目を潰したのだという。

「その恨みを晴らそうとしているのだろう」
「……あんた、なかなかエグイな」
「否定はしない」

当時刃の所属していた組織の命令だったから、実行した。
だが刃はそのことを言わない。
言っても無駄なこと、必要のないことは口にしないのである。

「だけどスナイパーか。反撃出来るのか、そんなのが相手で」
「可能だ。だからこそ、このような見渡しの悪い林に来た」
「なるほど、ここにいれば相手は狙いをつけにくい。どうしてもあんたを殺したいなら、距離を縮めて来るはず、か」
「ああ。そこから、更に相手を引きつけようと思っていたのだが……」

刃は天夜に、意味ありげな視線を送る。
天夜は即座に気づいた。

「あんたが囮になっているうちに、俺が奴を捕まえる……?」

刃は黙って頷いた。
ここまで話を聞いた以上、天夜の協力を得られると確信したのだろう。

「あのような真似をする男だ、確実に潰しておきたい」

もし取り逃すようなことがあれば、また被害は広がっていくだろう。
刃という復讐相手がいなくとも、あのような凶行に及ぶ奴は放置出来ない。

天夜は力強く頷いた。
ただ、と一つ確認する。

「————相手の生死は問わないか?」

刃はそこで、初めて薄く笑った。

「……やり方は人それぞれだ。好きにしてくれ」





サヴェルトは苛立っていた。
Tシャツにジーンズ、そして簡素なアクセサリ。
やや背丈があることを除けば、単なる旅行客にしか見えない。
肩から鞄を下げているが、その中にもライフルは入っていない。

「くそっ、なんだ志筑の野郎。役に立つとか言って借りた日本人、全然役に立たないじゃないか!」

頭を掻きむしろうとするも、両腕が思うように動かない。
過去、刃によって粉々に粉砕された両腕は、幾度かの手術によって動くようにはなった。
ただし、稚拙な動きしか出来ず、何でもないことにすら苦労する。

「スプーンやナイフを持つことが出来るまでにもえらく時間がかかった! ライフルなんてもう持てやしねぇ!」

動かない腕の代わりに、足を使って近くの小石を蹴飛ばす。

「この腕のせいで女もいたぶれねぇ。野郎にやられてからろくなことがねぇ!」

ぎりぎりと歯噛みする。
あまりに力を入れすぎたせいか、嫌な音が立っていた。
その表情は人間のそれとも思えない。

「絶対ぶち殺してやる……! ああ、腸引き裂いて目ん玉抉り出して歯全部引っこ抜いて舌引き抜いてやる!」

そのためには、少々の危険などを恐れていられない。
今、相手は林の中に身を隠している。
サヴェルトに残された左目だけでは、相手の現在位置がよく分からない。
もっと近づき、至近距離から破壊力の高い一撃をお見舞いしなければならない。

「さっきの生ぬるい弾じゃ駄目だってんなら、最高にデカイやつをお見舞いしてやる!」

ぎりぎりと、歯軋りの音だけが聞こえてくる。
紅葉のせいか、彼の見る世界は真紅に染まりつつあった。





風が強い。
木々を彩る紅葉の葉が、幻想的に舞い散りつつある。
その風景に溶け込むように、緋河天夜は疾走している。

視界の片隅には、矢崎刃が今も潜んでいる車が映っている。
車を常に監視することの出来る位置にいながら、天夜は周囲を警戒する。
ここは人通りもほとんどない、道なき場所。
今このとき、このような場所にやって来るのは、

(あの男の命を狙う奴くらいだ)

無論現れるとは限らない。
だが、その可能性はかなり高いだろう。
片目を潰され、両腕を粉砕された程だ。
かなり深く、濃い恨みが出来てもおかしくはない。

はたして、現れた。

金髪碧眼の男。
背丈は高く、目つきは悪い。
鋭利な瞳が今は大きく見開かれており、眼球は真っ赤に染まっていた。
きつく結ばれた口元からは、絶えず歯軋りの音が聞こえる。

どこからどう見ても、狂人としか思えない。

(だが、あれでどうやって銃を撃つ?)

両腕はだらりと垂らしており、あまり力が入りそうには見えない。
目にしても、右目は潰されており、視力の方にも難がありそうだった。
現に先程の銃撃は、スナイパーとしてはあまりに幼稚なものとしか言えない。

「……ん?」

相手は、刃の乗った車を見つけたらしい。
口元が引き裂けそうなほどの、凄絶な笑みを浮かべる。
その際いくらか歯が抜け落ちた。

「ヒ、ヒヒ、ヒャハハハハハハハ!」

それは歓喜の声。
刃が本当に乗っているかどうかすら確認せず、サヴェルトは攻撃を開始した。

「っ!?」

そう、攻撃は開始された。
サヴェルトはただ笑っているだけ。
だというのに、サヴェルトの周囲から無数の魔弾が放たれる。

次の瞬間。

刃の乗った車は、一斉射撃を受け————爆散した。





思考が次第にクリアになっていく。
その光景を見た瞬間、天夜は既にある決断を下していた。

爆発する車。
無差別に巻き起こる銃撃。

それは、彼の過去において、嫌な記憶として刻まれている。
無差別テロにより、彼は友人を失くしている。
思えば、それが今回の一件に首を突っ込む原動力となったのかもしれない。

天夜は駆ける。
サヴェルトとの距離はそう遠くない。

爆発炎上する車を満足そうに眺めるサヴェルトは、天夜に気づいていない。

しかし、天夜の行く手を阻む者がいた。
サヴェルトが予め知人に借りていた黒服たちである。
彼らは何も言わず、黙って天夜に銃口を向ける。

だが天夜はそんなものを相手にしない。
天夜の標的はただ一人。

(あそこで高笑いしている糞野郎だけだ……!)

右腕に抑えていた力を解放する。
手加減する気もなければ、必要性もない。

「————邪魔だ。焔に焼かれて影となれ」

天夜が口ずさむ。
刹那、木々を避けるようにして地を這う炎が現れた。
炎は的確に黒服たちの元へ突き進み、天夜の進行を妨げる者を焼き尽くす。
言葉通り燃えた際の影しか残らない。
黒服たちは次第に、天夜が何者かを思い知ったらしい。
表情に怯えの色が浮かんでいく。

が、天夜には関係ない。
彼は真っ直ぐサヴェルトを目指し、突き進む。
サヴェルトの方もようやく気づいたらしい。
天夜に視線を向け、先程と同じように嫌な笑みを向ける。

「撃ち抜け————“無差別なる魔弾”」

天夜目掛け、無数の魔弾が放たれる。
その威力は決して低くない。
普通のマシンガンよりもさらに凶悪な威力と弾数。
当たればただでは済まない。

しかし、その弾丸が天夜に当たることはなかった。

天夜の目の前に、突如巨大な影が現れたのである。
それは爆発した車の中にいたはずの、矢崎刃だった。

「ぬおおおぉぉぉっ!」

迫り来る魔弾の衝撃を相殺しながら、刃は銃撃を受けた。
サヴェスタは、殺したと思っていたはずの刃の登場に驚愕している。
が、再び憤怒の表情を浮かべた。

「消え去れデカブツ——“無慈悲なる凶撃”」

それまでの攻撃とは違う、魔力を一点に集中させた弾丸が作り上げられていく。
しかし刃は動じることなく、天夜を振り返る。

「跳べ」
「ああ……!」

刃の拳の上に足を乗せ、勢いをつけてサヴェルト目掛けて跳ぶ。
天夜の脚力に加えて、矢崎刃の力——衝撃操作による衝撃増加——が加わり、目にも映らぬ速さでサヴェルトに肉薄する。
サヴェルトは作り上げた弾丸を今まさに放とうとしていた。

天夜の右腕の包帯は、完全に解かれている。

————無差別に誰かを傷つける存在は害悪でしかない。

……故に、手加減は不要。

「——————その身、滅ぼさせてもらう」

サヴェルトの弾丸が放たれる寸前。
業火のものと化した天夜の右腕が、サヴェルトの顔を掴んだ。

「あ……?」

それが、サヴェルトの最期の言葉。

その瞬間、サヴェルトは何が起きたか理解する間もなく————蒸発して、果てた。





数日後、温泉宿にて。
天夜の泊まっている部屋で、天夜と刃はテレビを見ていた。

「例の事件は、結局まだ未解決、か」

悲痛な表情で惨状を説明するアナウンサー。
天夜はそれを、ぼーっとしながら見ている。
ふと、隣を見た。

ここ数日、行動を共にしている矢崎刃。
いろいろと彼の境遇なども説明してもらったのだが、とにかく口数が少ない。
用がなければ、このまま死ぬまで口を開かない気さえしてくる。

「しかし、刃さん。あんた、タフだな」
「……?」
「いや、あの爆発の中、ちょっと火傷した程度ってのは」

爆散した車の破片などは問題外だったらしい。
炎により軽傷を負ったが、それ以外は無事だった。

「そうだ、刃さん」
「なんだ」
「俺はもう少しここで骨休みするつもりなんだが、その後にどこ行くか迷ってるんだ。どこかいいところを知らないか?」
「ふむ」

二人はお互い旅人同士。
それも、特に決まった目的地のない者同士だ。
こうしたときに、良い土地を教えてもらうのは悪くない。

ややあって、刃はある地名を挙げた。

「秋風市だな」
「秋風市……以前、あんたがいたって町か」
「ああ。あそこは人が温かい、いい場所だ」
「ふーん、なるほど。それじゃ、今度機会があれば行ってみるのも悪くないかな」
「それならば、頼みがある」
「ん?」
「町には俺の弟、それに弟が厄介になっている人や、知人がいる。手紙を届けてもらいたい」
「別にいいけど……わざわざ俺に頼むのか?」
「場所は分かるが、住所は知らんのだ」

なるほど、と天夜は頷いた。

「分かった、引き受けよう」
「恩に着る」

刃は深く頭を下げた。
口数は少ないが、動作がはっきりしているため、何を考えているのか、などは分かりやすい。

「……お前の方は北海道の札幌だったな」

不意に、刃が呟いた。
天夜は「ああ」と気のない返事をする。
実家から逃げている身としては、あまり面白い場所ではない。

「ならば、次はそこへ向かうか」
「……間違っても緋河って家には近づかないでくれ」
「一応、気はつけよう」

と言いつつ、さほど気をつける意志はなさそうに見える。
天夜は繰り返し、緋河の家には近づかないよう念を押した。

……紅葉は散りつつある。
もうすぐ冬が近い。

二〇〇三年、晩秋のことだった。