異法人の夜-Foreigners night-

-第二部-
第五話「どちらの生か」
 それは、目の前の男が名乗り、なんだか兄の名前と似ていると美緒が思った瞬間のことである。気づいたときには、亨が銀の槍を男に突きつけていた。
「……え、ヤザキン?」
「下がれ、倉凪」
 美緒の前に立ち、亨が横目で告げる。いきなりのことに頭が混乱した。
 草薙樵と名乗った男は、突如槍を突きつけられたにも関わらず落ち着いている。
「こいつ、異法人だ。僕らと同じ気配がした」
 固い口調で亨が説明する。そこでようやく事態を把握できた。
 樵は、梢を殺しに来た者たちの一人かもしれない。亨はそれを疑っているのだろう。
「なんだよ、随分物騒なもん向けてくるな」
「すいませんね。僕たち、これでも厳戒態勢中なんですよ」
「ふうん……ふああぁ」
 まだ眠いのか、樵は大きく欠伸をした。状況が分かってないんじゃないのかと思うくらい、緩い態度だ。亨に対して余裕を見せ付けている、というようにも見えない。まるで気力を感じないのだ。
「……あの。貴方は、異邦隊の人間ですか?」
 樵の態度のせいだろう。問いかける亨の声にも、戸惑いの色が表れている。
 樵は目をぱちくりさせながら、頭を振った。
「聞いたことはあるけど、俺はそいつの一員じゃねぇな」
「では、魔術同盟か何かの一員とか、あるいはどこかの組織に雇われてここに来た、とかですか?」
「いんや。俺は俺が来たいと思ったからここまで来ただけだぜ」
「……」
「まあ、信用しないってならそれでもいいけどな」
 と、肩を竦める。それと同時に、豪快な腹の音が鳴った。
 美緒のものではない。視線を向けると、亨も頭を振った。
 樵の方を見る。
「うおおぉぉ、腹減った……」
 槍のことなど眼中にないのか、お腹を抱えてぐったりしていた。
 続けて二度、三度と豪快な音が鳴る。
「凄い音だね」
「ああ。着の身着のままで出てきたから、もう金もねぇんだよ」
 そう言って樵は顔を上げた。先程までとは違う、真剣な表情だ。
「なぁお前ら。昼飯代くれ」
「えぇっ?」
 亨が嫌そうな声を上げる。なぜ槍を突きつけている相手からそんな要求をされねばならないのか、と思っているようだった。
「頼む。くれなかったらお前らのこと呪いながら餓死するぞ?」
「無茶苦茶言いますね、あんた」
「うるせぇさっさとよこしやがれ玉ナシヘナチン野郎」
「本当無茶苦茶言いますねあんた!?」
 この調子だと二人の会話は終わりそうにもなかった。美緒は溜息をつき、五百円玉を樵に放る。
「おおおおぉっ! さんきゅー! これでマック行けるぜっ!」
 やっほう、と子どものようにはしゃぎ回る。
「ヤザキン」
「……何だよ」
「その槍、引っ込めてもいいんじゃないかな。とりあえず私らをどうこうするつもりはなさそうだし」
「……ああ。そうだな」
 気勢を削がれたからか、亨は渋々槍を引っ込めた。
「いや、本当にありがとよ。これでまた命が繋がったって感じだぜ」
「ああ、うん。そこまで喜んでもらえるとは思ってなかったよ」
 ここ数年で一番感謝されたかもしれない。
 樵は本当に嬉しそうに財布にそれを入れ――美緒の襟首を掴んで跳躍した。

 共に強烈な破壊力を持つ魔弾と男。それらのコンビネーションは、確実に零次たちを追い詰めていた。
「セァッ!」
 短く鋭い声と共に、コンクリートをも穿つ拳が繰り出される。
 短髪の男は非常にすばしっこく、先ほどからラッシュが絶え間なく放たれてくる。
 ……こいつは厄介な!
 動きに無駄がなく、おまけに細かい。全部避けることなど到底出来なかった。
 しかし、防御をすると大きな痛みが走る。細めの体格からは想像出来ない攻撃力と言っていい。
 男の拳は陽光に似た輝きをまとっていた。おそらくこれが男の魔力なのだろう。この攻撃力は、その魔力に秘められた何かしらの仕掛けと見て間違いない。
 ……しかし、それが分かったところで、対策を立てられなければ意味がない!
 この男相手に近距離戦は危険過ぎた。ならば翼を解放し、そこから生じる風で攻撃すればいい。
 夕観がいなければ、そうしていただろう。彼女が放つ魔弾が、その余裕を与えない。
 零次をカバーしようと遥も懸命に動いているが、隙を突かれて攻撃を受けてばかりいる。昨晩のような戦いならともかく、こうした直接戦闘になると、彼女は決定的に経験不足だった。
 否、仮に遥の経験が充分だったとしても、この二人を相手にするのは難しい。
「実戦経験、コンビネーション共に上出来というわけか……!」
「あら、異邦隊のエースにそう言ってもらえると――――自信つくわね!」
 夕観の魔弾が激しさを増す。まるで散弾銃のようだった。そのくせ威力は砲撃並である。
「遥、魔弾の防御に専念しろ! 俺はこいつを……」
「そちらのコンビネーションは、大したことないようだな」
 遥に意識を向けた一瞬の隙に、男が零次の懐へ飛び込んできた。フットワークが軽すぎる。
 みぞおちに鋭い痛みが走る。まるで槍で貫かれたような気がした。
「ああぁっ!」
 近くで轟音と悲鳴が聞こえてくる。遥の方も、魔弾の直撃を食らってしまったらしい。
「刹那の戦いで作戦をわざわざ口にするコンビは、二流と言わざるを得ない。こちらに筒抜けなうえに、隙が出来る」
 男の言う通りだった。その点は遥だけでなく零次にも責任はある。これまでまともにコンビを組んだ経験などなかった。
 逆に相手の二人は意思疎通を完璧にこなしている。亨とその兄、刃のコンビも息が合っていたが、夕観たちはそれ以上かもしれない。
 夕観を攻めようとすれば男が妨害し、男との戦いに集中しようとすれば夕観が砲撃を放ってくる。単純な構図だが、無駄がない分強力だった。
「フィスト、相手に助言するような余裕はないでしょ。さっさとやるわよ」
 夕観が遥の方に、フィストと呼ばれた男が零次の方に迫ってくる。
「安心しなさいな。あたしたちの狙いはあくまで倉凪梢。あんたたちの命までは奪ったりしない。……ただ、お嬢ちゃんの方は倉凪を誘き寄せる餌になってもらうけど」
「――待ちな」
 不意に、別の声が割り込んできた。
 四人の視線がそちらへ向けられる。そこには、いつ屋上に入って来たのか、二十一人の人影があった。
 中心にいるのは、零次や遥にとっても見覚えのある少年。
「緋河……!」
 半ば驚愕、半ば怒りが込められた零次の呼びかけを、緋河天夜は無視した。
 背後に控えているのは、梢の話していた者たちだろう。昨日遭遇した飛鳥井冷夏の仲間だ。
 しかし、なぜ彼らが今ここに来たのか。零次たちを助けに来たわけではないだろう。
 天夜はまっすぐに夕観の方を見ている。
「あんたが古賀里夕観だな?」
「ええ、そうだけど。そういうあんたは……今回の件の担当ってとこ?」
「雇われ者だがな。……そちらの事情は分かってる。今すぐここから失せろ」
 天夜の言葉に、夕観の表情が険しくなる。先ほど彼女自身も言っていたことだが、どうも天夜たちの協力者というわけではないらしい。むしろ、険悪に見える。
「冗談。坊やこそ引っ込んでてくれない?」
「そうもいかねえんだよ。あんたらみたいな不穏分子にうろつかれると、何が起きるか分からないからな」
 両者の雰囲気が次第に剣呑なものになっていく。
 零次たちにとっても嬉しい事態ではない。下手をすれば夕観たちだけでなく天夜の相手までしなければならなくなる。遥は幸い軽傷のようだったが、彼女と二人では勝ち目がない。逃げ出すのが最善なのだろうが、その隙もなかった。
 ……どう動くか。
 そんな零次の不安を打ち払うように動いたのは、夕観とフィストだった。
「ちっ、フィスト!」
「はっ!」
 交わす言葉はそれだけ。二人はそのまま、躊躇いもせずに屋上から飛び降りた。
 夕観たちが動いた理由は零次にも分かった。すぐ近くで魔力反応があったのだ。そう大きくはないが、穏やかな雰囲気のものでもない。
 零次たちと美緒たちが待ち合わせをしていた場所に近い。
「久坂君!」
「ああ」
 零次たちも言葉少ないまま飛び降りた。空中で遥の身体を担ぐ。天夜が何か叫ぶ声が聞こえたが、今は相手をする余裕がない。
 衝撃を和らげるように着地する。幸い目撃者は出ていないようだった。先行した夕観たちの姿は見えない。
「美緒ちゃんたち、無事かな」
「亨がついてる。滅多なことはないと思いたいが……」

「え?」
 それは美緒の声か亨の声か。
 二人が状況を把握するよりも先に、亨の眼前に氷の刃が降り注いだ。樵が今の今まで立っていたところに、である。
「へっ、来たか。しつこい女だぜ」
 樵が言うのとほぼ同時、美緒の視界に着物姿の女性が飛び込んできた。駆け足で亨の横を通り抜け、そのままこちらめがけて突っ込んでくる。
 否、女そのものよりも先に、見えない何かが飛んできた。
「っと!」
 樵は美緒を抱えたままそれを避け、少しずつ後退していく。
「お、おい待て!」
 亨が我に返ったのか、こちらに向かってくる。
「待つのはお前らだ、今すぐ止まりやがれ!」
 言いながら、樵は美緒の首に腕をまわした。異法人の力なら、簡単にへし折ることが出来るだろう。
 このときになってようやく、美緒は自分が人質にされたことに気付いた。
 亨と女の動きが止まる。その隙を突くようにして、樵は一目散に駈け出した。無論、美緒を脇に抱えたままである。
「ね、ねえっ、どういうことよ!?」
 大きな揺れに酔いそうになりながら、美緒は非難するように言った。樵はばつの悪そうな顔をしている。
「いや、悪い悪い。適当なとこで降ろしてやるから勘弁してくれ」
「そうじゃなくて、あの人は!?」
「んー……そうだなぁ。五百円もらった恩だ、一応教えてやるよ」
 樵は後方を確認しながら言った。
「さっきのは飛鳥井冷夏っつー女で、俺の命を狙ってる。それから逃げるために、お前を人質にさせてもらったってわけだ」
 飛鳥井冷夏。その名は昨晩聞いたばかりだ。梢の命を狙っている魔術師。
 しかし、冷夏が狙っているのは梢ではなかったのか。なぜ樵が彼女に追われているのか。
 ……まさか。
 美緒の脳裏に、ある可能性が浮かび上がった。
「土門荒野……」
 ぽつりとこぼれたその単語を聞いて、樵はかすかに表情を硬くした。
「なんだ、知ってるのか。まあそうだな、お前にとっても他人事じゃあねぇもんな」
「それじゃ、あんたは……」
「ああ」
 樵は唇を吊り上げて、皮肉げな笑みを浮かべる。
「俺もお前の兄貴と同じ。――土門荒野の片割れってわけだ」

 零次たちが待ち合わせ場所に着いたとき、そこには誰もいなかった。ただ、何者かの気配は残っている。
「どう思う」
 気配を追いながら、零次は遥に尋ねた。人通りの少ない方に向かっているので、彼女はまだ担がれたままである。
「何が?」
「古賀里夕観という女だ。『あたしたちのショウを助ける』とは、どういうことだ」
 そのことが脳裏から離れない。それは遥も同じだったらしい。
「それは、何とも言えない。でも、あの人たちが天夜君たちの仲間じゃないって言うのは確かみたいだけど」
「そうだな。飛鳥井冷夏と緋河が組んでいるとなると、古賀里たちは第三勢力というところか」
 話しているうちに、前方の人影を捉えた。夕観たちかと思ったが、違った。見慣れた背中である。
「亨!」
 零次が呼びかけると、亨はこちらを振り返り、若干速度を落とした。どうにかそれに合流する。
「遅いですよ二人とも! 何やってたんですか!?」
「こっちはこっちで大変だったんだ! それよりどういう状況か説明しろ!」
「倉凪が変な男の人質にされたんですよ!」
 遥が息を呑んだ。
「どういうこと?」
「僕だって分かりませんよ! なんか草薙とかいう変な異法人がいて、そいつが着物の女性に襲われて、逃げるために倉凪が連れて行かれたんです!」
 亨も混乱しているようだった。突然の出来事だったのだろう。分かることと言えば、着物の女性が飛鳥井冷夏であろうということぐらいだ。もっとも、彼女の姿は見当たらない。
「その女は多分飛鳥井冷夏だ。どこに行った?」
「分かりません。途中で追い越した気配もありませんし」
「妙な二人組は見なかったか?」
「見てませんってば。まだいるんですか、変なのが」
 亨の声は悲鳴に近い。零次や遥とて似たような気持ちだ。
「とりあえず美緒ちゃんが最優先だよ!」
 遥の叱咤で目的を思い出す。
 そのとき、近くで大きな魔力の波動が起きた。今度は先ほどのものよりも大きい。
「近いな。行ってみるか」
「うん」
 草薙という男と冷夏が戦っているのかもしれない。とすれば、そこから美緒を助け出すのがまず第一だった。

 零次たちが駆けつけた先では、冷夏と夕観たちの戦いが行われていた。周囲を見ても他の姿はない。
「美緒たちはどこだ……!?」
 零次の目の前で何かが弾けた。
 夕観の砲撃と冷夏の魔力が激突し、火花があちこちで飛び散っている。弾けたのは両者の魔力だろう。
 その間を縦横無尽に動き回っているのはフィストである。しかし彼は冷夏に近づけずにいるようだった。よく見ると、フィストには薄い霧のようなものがまとわりついている。冷夏が幻覚攻撃を仕掛けているのかもしれない。
 双方とも、零次たちの接近を知ると動きを止めた。
「こんなところまで追いかけてくるなんて、しつこいわね。さっきやられたくせに」
「諦めが悪いのが自慢なんでな。貴様らこそ、いったい何がしたいんだ? 倉凪を狙うのは分かる。しかし、飛鳥井冷夏と敵対しているのは解せんな」
「当然です。我々と彼女たちとでは目的が違いますから」
 答えたのは冷夏だった。鉄扇を手にしたまま、厳しい表情で夕観たちを見据えている。
「我々の目的は土門荒野の復活阻止。そのためには、倉凪梢、それにもう一人、草薙樵という男を倒さねばなりません」
「で、私たちは草薙の方のショウを助けようとしてるってわけ」
 口調は気楽なものだったが、夕観も表情は硬かった。フィストは黙って彼女の側に控えている。
 草薙というのは、亨が言っていた、美緒を連れ去った男のことだろう。それが、もう一人の土門荒野だったのだ。
 両者の言い分は分かった。しかしそうなると、新たな疑問が生じる。
「だったら、なんで古賀里さんたちは私たち襲ったんですか? 私たちの立場は同じようなものじゃないですか!」
「同じじゃないでしょ。守ろうとしてる対象が違う」
「でも、私たちと戦う理由はないはずです」
「あるのよ。こっちには。って言うか、そっちにもあると思うけど?」
 夕観の話し方は、諭すようなものだった。分からないのか、と言われているようで腹が立つ。
「どういうことか説明しろ」
「……あんたら、土門荒野について知らないのか、何も考えてないのか、どっちなのかしらね。ねえ、一つ聞くけど。――――土門荒野は、どうやって復活すると思う?」
「それは……」
 零次は思い出す。昨晩、冷夏に聞かされたことを。
 土門荒野は異法人に寄生する、意志をもった異法だということ。一度寄生されたら、二度と引き離せないということ。寄生された者は少しずつ意思を食われ、最後は自我を失い、破壊と殺戮を撒き散らす怪物になるということ。
 しかしそれは――土門荒野に寄生されたのが一人である場合だ。
 倉凪司郎はそうなることを防ごうとして、草薙樵に寄生した土門荒野を分割し、片方を倉凪梢に移植した。
 それでも、土門荒野は復活しようとしているという。
 ……どうやって?
 考えてみれば、その点が分からない。
「どうやら、あんたらの方の梢は随分と気楽な状況みたいね」
 夕観は苛立ち交じりに鼻を鳴らす。
「二つに分かれたものが復活するのは、再びそれが一つになったとき。分割された土門荒野は、自分の片割れを求め、宿主を突き動かすようになった。うちの樵がここに来たのは、そういう理由がある。本人が自覚してるかどうかは分からないけどね」
「ということは、草薙樵は倉凪を探し出して、土門荒野を奪おうとしている……?」
「そういうこと。そこまで言えば分かるんじゃない? 私が冷夏たちだけじゃなくあんたらとも敵対してる理由」
「ど、どういうこと……ですか?」
 戸惑いがちの亨に、遥が答えた。
「土門荒野に一度寄生されたが最後、それは決して引き離せない。それでも奪うと言うのなら方法は一つしかないよ」
「――宿主を殺す。そうすれば土門荒野の片割れは次の宿主を求めて動き出す。そこを、もう片方の土門荒野の所有者が捕捉すれば、完全体に戻れるというわけだ」
 遥の言葉を零次が継ぐ。それを聞いて、亨は真っ青になった。
「それって、あの草薙って人が梢さんを殺そうとしてるってことですか」
「その逆もありえるわよ。そっちの梢の進行状況は知らないけど」
 夕観が苛立たしげに言った。
「けど、そうしたって結局は土門荒野に意識を食われて終わり。だから私たちは、"うちの樵がそっちの梢を殺す前に、土門荒野ごとそっちの梢を殺す"必要がある。そうすれば、土門荒野は復活のしようもない。うちの樵も助かる見込みが出てくる」
「そんな勝手なっ!」
 夕観の言い分に遥が異を唱える。
 確かに夕観たちの行動理由は勝手なものだった。遥にとっては承服出来るものではない。
 しかし、遥の非難にも、夕観は一歩も引かなかった。それどころか、こちらに食いつかんばかりの勢いで睨み返してくる。
「だったら、式泉遥。あんたはどうなの? うちの樵を殺すことでそっちの梢を助けられるなら、あんたはどうするの?」
「……っ」
 遥は苦々しげに表情を歪ませた。その口からは、何の言葉も出てこない。
 夕観の言ったような方法があるなら、遥はどうしただろう。彼女の性格だと想像しにくいが、やらないと断言は出来ない。少なくとも、彼女は今やるかやらないかを迷った。だから、何も言い返せなくなったのだ。
 零次とてそれは同様だった。こんな状況で大事な相手を守ろうと言うのであれば、奇麗事は言ってられない。
「――しかし、土門荒野ごと宿主を殺すという方法、成功する保証はありません」
 ここで冷夏が口を挟んできた。夕観はそちらに視線を移す。
「そりゃあね。この方法はまだ誰も試したことがない。異法を壊す、なんてのは成功例もない。異法という概念自体よく分かってないし。だから、これは一種の賭け」
「その危険な賭けにこの町の命運を預けることは、絶対に出来ません」
 冷夏は鉄扇を夕観に向ける。両者の間の空気が、再び冷え込んで来ていた。
「ふん。問題の先送りしか出来ない分際で偉そうに」
「それでも私には、この町を守るという役割があります。それを果たすための最良の方法は、土門荒野を内包する二名の殺害。それしかないんです」
 そういうことか、と零次はこの三角関係の構図を悟った。
 土門荒野の復活阻止を第一とし、そのために梢と樵と殺そうとする冷夏や天夜たち。
 樵を生かすことを第一とし、そのために冷夏たちの妨害をしながら梢を殺そうとする夕観たち。
 そして、梢を生かすことを第一とし、そのために冷夏や夕観たちと対立する零次や遥たち。
 ……相容れようもないな。
 それぞれ目的が違う。そして、目的を果たすためには、他の者たちが邪魔だった。これでは和解の余地などない。
「ま、今日はこの辺りで引き上げるわ。あんたらの足止めも出来たしね」
 そう言うやいなや、夕観は地面に特大の魔弾を叩きつけた。凄まじい轟音と砂埃が辺りを包みこむ。
「足止め……そうか、草薙を逃がすためか!」
 やけに長々と話をするから違和感はあった。しかし、内容の重要性に気を取られて、肝心のことを忘れていた。
 砂埃が薄くなったとき、既に夕観とフィストの姿はなかった。それどころか冷夏もいない。
「どうする、久坂君」
「今からではあいつらを追うことは出来ん。草薙樵もだ。くそっ、まずいな……」
 美緒の安否が気にかかる。彼女を餌に樵が梢のところに乗り込んだとすれば、最悪の展開だった。そうでなくとも、不要となった人質の末路は悲惨なものが多い。
 ……どうする?
 額に汗がにじみ出てきた、その瞬間のことだった。
 亨の携帯が着信音を発したのである。
「これ、倉凪からのだ……!」
 亨が慌てて電話に出る。零次と遥も電話口に耳を近づけた。
『あ、もしもし? 今、学校に戻って来たんだけど――』
 電話口から聞こえてきたのは、間違いなく美緒の声だった。
 彼女が無事だったことに安堵する。特に危害は加えられていないらしいが、その声はどこか戸惑いがちだった。
 ひとまず三人は学校に戻ることにする。少しずつ見えてきた状況を整理し、今後どうするかを話し合う必要があった。