異法人の夜-Foreigners night-

-第二部-
第十六話「彼の場合」
 はっとなって目が覚めると、そこは薄暗い和室――自分の部屋だった。
 時計を見る。既に十二月八日は終わり、九日の午前四時すぎになっていた。
 わざと飛び起きて、身体の調子を確かめる。
 気怠さはもうない。寒さのせいか、感覚は前よりも冴えているような気がした。
 まだ早かったが、零次はある場所へ向かった。
 梢の部屋だ。
 そっと襖を開くと、中から冷気が溢れ出てきたような気がした。
 机が一つ、ぽつんと置かれているだけだ。この家の中で、ここだけが山中の庵のように寂しい。
 そこに、遥がいた。
 こちらに背を向けて、項垂れたままの姿勢でいる。
 零次が意識を失う前に見た光景と、まったく変わらない。
「遥」
 声をかけても、反応はなかった。
 起きているのか、寝ているのか。呆然としているのか、泣いているのか。
 生きてるのかどうかさえ、分からないくらい、静かだった。
 ――あのあと。
 梢の身体は、雪結晶のような脆さで砕け散った。
 既に、生身も部分がほとんどなかったからだ。草薙樵との、文字通り全身全霊を賭けた戦いの中で、梢の身体は失われた。自分の能力で無理矢理紛い物の身体を繋ぎ合わせて、かろうじて動いていたに過ぎない。
 それも、梢の力が失われることによって、役割を終え、消えていった。
 雪の中に沈んでいった。
 土に還るかのように。
 零次は何も言えなかった。遥は泣き、取り乱し、暴れ回った。
 ――何で助けられなかった!
 それは零次を責める言葉とも取れたし、自責の念を吐露しているとも取れた。
 零次は何も言い返せなかった。遥は零次と違い、ただひたすらに、がむしゃらに追いかけていた。零次は、梢たちの戦いに割り込もうと思えば出来た。しかし、梢と樵の気迫に呑まれて、何も出来なかった。
 ……違う、俺は何もしなかったんだ。
 梢に追いつきたくて届かなかった遥と、追いつけたのに足を止めてしまった自分。
 その差が、今は痛い。
 たまらなく、胸に痛かった。
 部屋の入口には、零次が昨晩用意した食事が残されていた。慣れない料理をしながら、これを毎日やっていた梢のことを思い出してしまった。
 遥は一口も食べていないようだった。零次が置いたときのままだ。
 この部屋だけ、時間が止まっているような気さえしてくる。
 零次は冷めた食事を手にして、襖をそっと閉めた。
 冬の朝は、台所の水も冷たい。
 自分が何をすべきかは、分かっているつもりだった。
 ……ここで挫けていては駄目だ。
 梢を救うことは出来なかった。だが、それで終わりではない。一つのことが駄目だったからと言って、他のものを投げ出して良い道理はない。
 ……俺は皆を頼むと言われた。約束は、守らねばならん。
 だが、具体的に何をすればいいのかは分からない。遥を放っておくのは気が引ける。草薙樵や無現をどうすればいいかは分からない。
 かと言って、この状況で炊事洗濯掃除をやっているだけ、というわけにもいかない。
「……いい加減、動かないとな」
 遥が大丈夫かどうかは分からない。ただ、変な気を起こす様子はなさそうに見える。ならば、今は先に土門荒野の問題を解決することが先決だろう。
 心の傷を癒すには、長い時間が必要だ。その時間を得るためにも、土門荒野を倒しておかねばならない。
 遥の分の朝食を作り、ラップをかけて冷蔵庫に入れておく。
 梢の部屋の前に行く。今度は襖を空けず、
「遥」
 そっと声をかける。
「朝食は冷蔵庫に入れておいた。不味いかもしれないが、食べないよりはいいと思う」
 やはり返事はない。一拍置いて、零次は続けた。
「俺は、もう少し頑張ってみる。どれだけのことが出来るかは分からないが……まだ守らなきゃいけないものがある。守れる人たちがいるなら、俺はまだ少し足掻いてみたいと思う。だから」
 お前も自分に負けないよう、頑張ってくれ――。
 言ってから、少し臭かったかと鼻っ柱を掻く。だが、取り消そうとは思わなかった。
 家を出る。雪が積もっていた。
 振り返る。白くなった家があった。
「いってきます」
 朝陽が射し込んできた。
 冷たいだけだった白さが、少しだけ暖かく見えた。

 午前十時。
 普段なら学校に行っている時間帯だが、今はそんな雰囲気ではない。
 零次だけでなく、町中がどこか張り詰めたような空気を醸し出している。騒ぎは起きていないが、立て続けに起きた地震が人々の心に不安をもたらしているのだろう。
 道行きですれ違う人の数は少ない。たまに見かけたとしても、どこかそそくさとしていた。町が少しずつ非日常に侵食されているようで、あまり良い気分はしない。
 零次は行きつけの喫茶店で一人座っていた。涼子が少し前までバイトをしていた縁もあり、彼女から連絡がなかったか尋ねてみたが、店長は何も知らないようだった。
 コーヒーが苦い。
 そんなことを考えながら窓の外をぼんやり見ていると、誰かが正面に腰を下ろした。
「お待たせしました、零次」
「こちらが呼び出したんだ。時間を割いてもらって、悪かったな」
 視線を正面に向ける。そこには、亨の姿があった。
 二人の間に、気まずい沈黙が訪れる。店員が亨に注文を尋ねに来るまで、お互い、複雑な思いで視線をぶつけ合った。
「……時間が惜しいから、手短に済ませよう」
「ええ。その方がいいでしょうね」
「俺は飛鳥井の人たちの邪魔はしない。その必要も、今はもうないからな」
 皮肉っぽく聞こえたか、と少し気になったが、受け取り方次第だと割り切って話を続ける。
「その代わり、一緒に行動することもしない。互いに、やりづらいだろ」
「……ですね。正直、僕は零次や遥さんに合わせる顔がない。緋河君にしてもそうでしょうし」
「俺の方だって、そうだ。そっちばかりが気にすることじゃない」
 そこで丁度亨の紅茶が運ばれてきた。互いにカップを手に取り、話は途絶えた。
 まるで薄氷の上を慎重に歩いているような気分だ。家族同然の間柄だったのに、なぜこんな気まずい会話になってしまうのか。この状況の理不尽さにやりきれなくなる。
「草薙樵については、どう考えてますか?」
「……助けたいが、方法がない。それに、あの状態ではどのみち長くはないだろう」
 残酷なようだが、切り捨てるより他にない。
 方法が――ないのだ。
 どんな名医にも治せない病があるように。
「問題は無現の扱いだ」
「あの、包帯男ですか。……零次は何か知ってるんですか?」
「俺も詳しいことは知らん。無現とかいう名前も、本人がそう名乗ったわけじゃない。郁奈に聞いただけだ」
「郁奈?」
 亨が訝しげな表情を浮かべた。
「飛鳥井のところに世話になっている子供だ。あの子はあの子で正体が今ひとつ分からないんだが……お前は会ってないのか」
「いえ、会いました。冷夏さんからも話は伺ってます。零次と接触済みというのは初耳でしたが」
 亨はまだ何か言いたげだったが、小さく頭を振って話題を戻した。
「ともかく、無現……でしたか。あの男については、こちらでも正体不明、目的不明でどう扱えばいいか判じかねてる状態です」
「一つ確かなのは、あいつが異法人だということ。それと、倉凪の土門荒野を持っている可能性もある」
「前者の根拠は?」
「異法人同士の共鳴。……お前も、奴に会ってみれば感じ取れるはずだ」
「後者の根拠は?」
「倉凪の土門荒野を草薙が取っていたら、とっくに何かが起きているはずだ。草薙も既に限界近いはずだ」
「土門荒野は異法人に取り憑く――その前提が崩れなければ、草薙以外に土門荒野が取り憑く可能性があるのは」
「俺かお前か無現。他にこの町に異法人はいない。……少なくとも俺が知る限りでは」
「僕には憑いてません」
「俺にもな。少なくとも、その自覚はない」
 だから、消去法で無現の可能性が濃い――と考えたのだ。
 あるいは亨に、という疑念もあった。だから真っ先に会って確かめておこうと思ったのだ。幸い杞憂に終わったようだが。
 ……いや、この件が終わった後は分からんか。
 考えてみれば、土門荒野を完全に消すことは今のところ不可能なのである。この件が終わったとき、誰が土門荒野を引き受けるのか――。
「無現に関しては事実確認を取らないと、扱いが決められない。だが、万一戦うようなことになったら俺に連絡を入れろ。俺の方も、そういう事態になったらお前を呼ぶ」
 思考を打ち切るように、零次は言った。
「単独で戦うには危険な相手、ということですか」
「ああ。奴の本気がどういうものかは、俺もまだよく分からないが……少なくとも俺やお前よりは強い。下手をすれば、霧島や隊長――あるいはザッハークより上かもしれん」
 零次が名前を挙げたのは、二年前の事件に関わった異法人たちである。いずれも零次や亨を遥かに凌駕する力量の持ち主たちだった。
 無現の実力はそういう域に達している。あるいは、それ以上かもしれない。
「分かりました。無現に関してはそういう方向で動きます」
 亨がカップを手に取る。零次もそれに倣おうとしたが、既にカップの中身は空だった。なんとなく手持ち無沙汰になり、窓の外を眺める。
「倉凪は一命を取り留めました」
 亨が静かに告げた。
「念には念を入れて、隣の市の病院に入院させてあります。……近いうちに東京の方へ移した方がいいとのことでしたが」
「やはり後遺症が残りそうか」
「分かりません。命を取り留めたというだけで、まだ意識も戻ってませんから」
 つまり、梢のこともまだ知らないということだ。
「梢さんのことは、僕から伝えます」
「……いいのか?」
「ええ。それが僕の責任ですから」
 責任なら零次にもある。皆、等しく背負わなければならない責任だ。
 一人で背負う必要はないんじゃないか。そう言いかけて、やめた。
 皆が背負う責任であっても、果たし方は人それぞれだ。今何か言ってしまえば、亨にけちをつけることになってしまう。
「そうだ。病院で冬塚さんを見かけましたよ。何か様子が変でしたが……零次、何か知ってますか?」
「涼子を見た? それはいつだ」
「昨日。"あのあと"に倉凪を病院に連れて行って――そこで後姿だけですが」
「後姿だけか。見間違いではないのか」
「いえ、どうも僕が席を外している間に倉凪の病室に来てたらしくて。ちょうど病室から出たところだったんですが、こっちが声をかけると逃げてしまったんですよ」
 それは確かに変だ。
 いきなり逃げ出すというのもよく分からないし、そもそも――。
「誰が教えた?」
「え?」
「美緒が入院してること。それに病室まで」
「……言われてみれば、僕は教えてない」
 あんなことがあって、注意力散漫になっていたのだろう。亨は当然の疑問に、ようやく至ったみたいだった。
「俺は今お前に話を聞いたばかりだから教えられるはずがない。遥は……それどころじゃないしな。飛鳥井の人たちに、そういう気の遣い方する人もいないだろう」
「いや……冷夏さんなら」
 亨の呟きに零次は首を傾げた。
「飛鳥井冷夏が? 彼女は確かにぱっと見よく気が回りそうな性格に見えるが……」
「いや、そういうことじゃないです。まあその認識も合ってるとは思いますが」
 こちらの妙な感想に、亨が溜息をつく。
 零次は唇を尖らせながら、
「なら、どういう意味だ」
「その反応だとやっぱり知らないみたいですね」
 亨は少し周囲に視線を巡らせた。そして声を小さくして、
「これは冷夏さんのプライベートに関わる部分で、今回の事件そのものとは関係ありません。本人から直接聞いたわけでもありませんし……」
「前置きが長い」
 零次の突っ込みに、亨はムッとした様子で顔を引っ込めた。しかし気を取り直して、ポツポツと語り始める。
「彼女は――霧島や優香さんの旧友なんです。だから冬塚さんのことも知っていたし、気を回して倉凪のことを伝えた可能性もある」

 それは九年前のことだった。
 既に終わった事件の話でもある。今回の、土門荒野の話とは無縁の、今更な話だ。
 この町には変わり者がいた。名前を霧島直人という。
 零次や亨にとっては先輩であり、梢や美緒にとっては兄貴分であり、榊原にとっては一番弟子だった。そんな男だ。もっとも、零次たちはまだ知り合ってなかったが。
 霧島直人は人を惹きつけるところがあった。零次たちとも顔馴染みで、今は飛鳥井の陣営にいる幸町孝也。そして、遥や涼子にとって実姉にあたる八島優香。それに――飛鳥井冷夏。
 それぞれが様々な形で出会い、いつしか彼らは一緒に行動するようになった。ちょうど梢を中心に、遥や零次、亨たちが集まったように。
 しかし、彼らの青春は長く続かなかった。
 九年前。零次や涼子も深く関わったある事件で、八島優香が町から消えた。それを追って、霧島直人も姿を消した。
 冷夏や幸町はどうすることも出来なかった。
 否、冷夏は飛鳥井家という背景を使えば、優香の身に降りかかった災厄を払えた可能性もある。ただし、彼女は災厄の正体を知らなかった。
 霧島や優香も、冷夏が飛鳥井の人間だと知らなかったから、迫る災厄を察していながら頼ることが出来なかった。
 互いに――すれ違いがあった。
 そのすれ違いによって、優香は失われた。
 数年後、戻ってきた霧島は「優香は死んだ」とだけ告げた。
 そのときも一悶着あったらしいのだが、亨はその辺りまでは聞いていない。
 ただ、そのとき冷夏や幸町は、霧島と約束を交わしたらしい。
 冷夏が霧島と交わした約束。それが――。
「この町を守る、か」
 三日前の夜、冷夏から聞いた言葉を思い出す。その重みが急に増した気がした。
「他に、もう一つあるそうです」
「もう一つ?」
「……戻ってきた霧島は、一人の女の子を抱えていたそうです。『俺は行かなきゃいけないから、こいつを頼む』と冷夏さんに頭を下げて。その子を育てるということも、冷夏さんと幸町さんは誓ったらしいです」
 女の子。霧島が連れ帰った。
「それが……郁奈なのか」
「ええ。霧島郁奈――霧島と優香さんの娘です」
 そうか、と零次は頷いた。
 いろいろと納得した。
 ……それで"郁奈"だったのか。
 いろいろと――納得してしまった。
 納得せざるを得ない。名付け親は、きっとあの男だろうから。
 どういうつもりだったのかと、零次は頭を抱えたくなった。
 だが、答えを知る者はもういない。これは終わった話なのだ。霧島も優香も、郁奈の名付け親も――既にこの世の人ではない。
「冷夏さんは、前から僕らのことを気にかけていたようです。幸町さんを通してこちらのことをある程度聞いたりしてるようでした。……そのうち、郁奈ちゃんを連れて顔を見せるつもりだったと、僕に話てくれた執事さんは言ってました」
 亨が聞いたという話が本当なら、郁奈は遥や涼子の姪にあたる。一度は顔を見せておこうと考えても、そんなに変なことではないだろう。
 もっとも、それは実現に至らなかった。
「……成程。それなら、飛鳥井冷夏が涼子に連絡を入れていたとしてもおかしくはない。まあ、それで説明のつかないことも多いが」
 急に逃げ出したこと。零次からの連絡に一切反応しないこと。家に戻ってないこと。
 ある程度の欠損は埋まるが、全体を見れば穴も多い。
「全部が全部説明つくなんてこと、ないですよ」
 思考を断ち切るように亨が言う。
 確かにそうなのかもしれない。それに、判断材料がろくにない以上、ここで亨と問答をしたところで時間の無駄だ。
 そうなると――もう話すことはなかった。
 店内の時計が十一時を告げる。時間が経つのが早い。
 いや、早いのではなく惜しいのかもしれない。
「それでは、僕はこの辺りで失礼します」
「……家には戻らないつもりか?」
 逡巡したが、聞かずにはいられなかった。
 亨は泣きそうな顔で笑って見せた。
「戻りません。たとえ零次や遥さんが許してくれても、僕自身が自分を許せない。多分あの家にいたら、僕は駄目になる」
 自分で自分を許せない。その気持ちは零次にもよく分かる。零次の場合、許せるようになるまで七年かかった。いや、今でも許せない部分は残っている。完全に消えることはないのだろう。
「いつか」
 それでも。許せないという気持ちを抱えながらでも、人は前に進んでいけるはずだ。
「いつか、許せるようになったらでいい。そのときは戻って来い」
 ありがとうと亨は言った。
 その顔は、生涯忘れられそうにないものだった。

 それから一時間。
 零次はまだ、喫茶店にいた。正面に、亨の姿はない。
 代わりに、三人の姿があった。
 雅。沙耶。藤田。皆、普通の友人たちだ。
 だから、言っておくべきだと思った。
 ここ数日に起きた原因不明の地震のこと。そして、梢のこと。
 零次は弁が立つ方ではない。だからときどき言葉が曖昧になったり、濁ったり、順序がでたらめになってしまうこともあった。
 それでも三人は口を挟まず、真剣に聞いてくれた。
「……話は、ここまでだ」
 雅と沙耶は無反応だった。いや、どう反応していいか分からない、と言うべきだろう。こちらの精神状態が疑われてもおかしくない。
 口火を切ったのは藤田だった。
「久坂。俺は信じるよ」
 藤田は二年前の事件を知っている。梢が普通の人間ではないことも。彼にしてみれば、今回の事件は二度目なのだ。
「信じるしか、ないんだよな」
 零次は沈黙で応えた。藤田にかける言葉が見つからないのだ。
 梢との付き合いは、零次よりも藤田の方がずっと長い。東京の大学に行ってしまった斎藤、そして二年前の事件で命を落とした吉崎とで、よく一緒につるんでいたという。
 友人を失うのも――二度目なのだ。
「藤田は、ある程度事情を知ってたんだね」
 雅が確認するように言う。藤田は俯いたまま小さく頷く。
「なら、私たちも信じるよ」
 普段はうるさいくらいに元気な沙耶も、どこか萎れた様子だった。
「遥は大丈夫なのかい?」
「大丈夫……とは言えない。しばらくは立ち直れないだろう。この件が終わったら、力を貸して欲しい」
「このタイミングで俺たちに声かけたってことは、それだけじゃないんだろ」
 憂いを帯びた顔ではあったが、藤田は取り乱してなかった。
 申し訳なさと頼もしさを覚える。藤田は零次にはない強さを持っているのだ。
「正直、手詰まりなんだ」
「その、土門荒野とかいう奴の捜索か」
「草薙樵という男と、無現とか呼ばれてる男。草薙はもう全身岩みたいなものだし、無現は全身包帯という異様な風体だ。もし見かけたら教えて欲しい」
「……そんな格好してたら、人前には出てこないんじゃないか?」
「いや、草薙にはもう時間がほとんど残されてないはずだ。なりふり構わず動くことも考えられる。無現に関しても、目的や正体なんかは不明だが……おそらく草薙を迎撃しようと考えてるはずだ」
 調査をしてくれというわけではない、と零次は強調した。友人たちを危険に巻き込みたいわけではない。
「あくまで、見かけたらでいいんだ。何か変な奴がいたら教えてくれ、という程度の頼みごとなんだ。それを、出来れば皆の知り合いにも頼んでおいて欲しい。連絡を貰えたら、すぐに駆けつけるから」
 零次の言いたいことが伝わったのか、三人は神妙に頷いた。
「こっちから探しに行く必要はないってことだね?」
「むしろ、それはしないでくれ。この件はいろいろな連中が関わってる。迂闊な行動はそのまま命取りになる」
「分かったよ」
 確認したかっただけなのだろう。雅は素直に頷いて、少し身を引いた。
 本当はこんな形でも巻き込みたくなかった。だが、確実に土門荒野の問題を解決しようと思うなら、誰かの手を借りることは必要だった。そういうとき、真っ先に浮かんだのが三人の顔だったのだ。
 三人とは、梢を通じて出会った仲だった。だから零次は、最初友人の友人というつもりで接していた。
 いつからだろうか。自分自身の友人だと思えるようになったのは。
「久坂」
 藤田が沈痛な表情をこちらに向けてくる。
「お前は死ぬなよ。一人で突っ走って勝手にくたばるんじゃねぇぞ」
 これ以上ダチに死なれるのは御免だ――藤田はそう言って顔を伏せた。
 きっと泣いているのだろう。
 雅や沙耶も辛そうな表情を浮かべている。
 自分も似たような顔をしているに違いない。
 零次は梢ではない。梢のように、一人で何でも背負い込むことは出来そうにない。
 だから人に頼る。見せる必要のない真実を見せることもある。
 零次は零次なりのやり方でやるしかないのだ。
「俺は死なない」
 絶対にな――と零次は言葉を結んだ。