異法人の夜-Foreigners night-

-外伝-
新しい家族
 今も昔も、倉凪梢が榊原幻にとって厄介な相手であることに変わりはない。



「なんだよオッサン」
 口を開けばそんな言葉ばかり。親友の忘れ形見とも言える子供を預かったはいいが、相手は予想以上の強敵だった。
「飯、何がいいか尋ねただけだ」
「普通の飯、一杯でいい」
「わ、私も……」
 少年の背中にしがみついて隠れているのは、少年の妹だった。怯えた様子でそんなことをされれば、さすがに榊原もため息がつきたくなる。
 おまけに、妹を守ろうとしているのか、少年は明らかに榊原を警戒していた。
「なんで飯のことを尋ねただけでそこまで身構えるんだ」
「……」
 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
 この少年、倉凪梢はいつもこうだ。常に周囲に気を配り、張り詰めた様子でいる。
「なあ」
「なんだよ」
「疲れないか?」
「別に」
 ちらりとこちらを向いたかと思えば、またぷいっと顔を背けてしまう。その辺りはやはり年相応に子供じみているように見えるのだが、そこから漂う緊張感はまるで手負いの獣のようだった。
 とても、一ケタの子供とは思えない。
「どうでもいいが、飯一杯は駄目だ」
「じゃ、いらない」
 榊原の言葉をどう受け取ったのか、梢は食事拒否を宣言した。その背中に隠れている美緒の目は若干潤んでいる。
「や、やっぱりご飯食べちゃ駄目なの……?」
「違う、誤解するな」
 この兄妹の反応を見ていると頭が痛くなる。今までどういった環境で二人が暮らしてきたのか、この様子を見るだけでよく分かる。
 もっと早く助けてやればよかったな、と胸中少し後悔しながら、榊原は補足を入れた。
「飯だけってのは足りないだろう。お前らは成長期なんだから、おかずの一つや二つは注文しろ」
 その言葉を聞いて、美緒の表情がにわかに明るくなった。しかし、梢の方は嬉しくなさそうである。
「辛気臭い面ばかりするな」
 そんな梢の頭を軽く小突く。
「お前の親父も泣いてるぞ。自分の子供がろくに笑わなくなっちまってると知ったら」
「む」
 父親の話を持ち出されると、なぜか梢はむきになる。そのことを、出会って間もないながら、榊原は薄々感づいている。
「飯を食うときは笑顔で食え。そうすりゃ自然と心も満腹になる」
 小突いた手を広げ、今度は梢の頭を撫でる。もう片方の手で、美緒の頭も同じように撫でた。
「注文がないなら俺が適当に作るが、いいか?」
「あ、ああ……」
「うん」
 そして、榊原宅で初めて三人が一緒にする食事が用意された。



「まじぃ」
「……」
「おっさん、これまずい」
「なら食うんじゃねぇ」
 評価は最悪だった。
 榊原は昔から1人暮らしをしてはいるが、普段はインスタント、冷凍食品の愛用者なので料理などはしない。さすがに子供相手にそんなものばかりを与えてはいかがなものかと、久々に自身の腕を振るってみたのだが……。
「美緒、どうだ」
「うぅっ」
「おっさん、美緒を泣かしてんじゃねぇよ」
 梢がゆらりと立ち上がった。心なしか殺気を感じる。美緒をなだめながら、榊原は梢を手で制した。
「まあ落ち着け。とりあえず、俺にはどうも料理の才はないらしい……さて、どうする」
「俺に聞くなよ」
「どうする、美緒」
「私……もう食べたくない」
 そこまで言わなくてもよさそうなもんだが、と榊原は胸中思ったが、さほど堪えてはいない。もともと料理に自信など持っていなかったからだ。
「ただ、そうするとお前らにはインスタント&冷凍食品で我慢してもらうしかないわけだが」
「……まぁ何も食えないよりかはいいけど」
 釈然としないのか梢は眉にしわを寄せ、やがてため息をついた。
「仕方ない、おっさんはアテにならないし俺が料理ぐらいはやってやるか」
「出来るならそうしろ。俺は仕事柄忙しいから、正直家事をやる時間がそんなにない」
「お兄ちゃん、私は……?」
「ああ、いいよ。当然美緒も一緒だ。二人で料理しような」
「わーい、やったー」
 はしゃぐ兄妹。その様子を見て、榊原はやれやれ、と小さく笑みを漏らす。そんな榊原の様子に気づいたらしく、梢は慌てて笑みを引っ込めた。
「っ――な、なに笑ってんだよ」
「別に」
「言っとくけど、俺はまだあんたを信用したわけじゃないからな!」
「あー、はいはい」
 捨て台詞を残して立ち去る梢を見送りながら、榊原は肩を竦めるのだった。



 そんなことがあってから、三人の、仮初の家族生活が始まった。細々とした問題は多々あれど、それなりにうまくやっていた。
 美緒は半月もすると、すっかり榊原に懐いてしまった。それを見て「むーっ」と膨れる梢もまた、前ほど剣呑な態度を取ることはなくなっていた。
 仕事の都合で帰りが遅くなることもあり、榊原は何度も二人のことを心配した。後の榊原からは予想出来ないことだが、この頃の彼はひどく心配性だったのである。
 いろいろと気苦労も絶えなかったらしい。なにせ、二十代後半の独身生活の中に、いきなり子供が二人舞いこんで来たのだ。いろいろと、手馴れぬことも多い。
 そんな榊原が、半年以上経っても手を焼くことがあった。



「また喧嘩してきたのか」
 榊原はため息をつく。部屋はため息同様、重苦しい雰囲気で満ちている。
 そんな榊原の対面に座るのは梢。その顔はところどころ傷だらけで、痣のようなものまでできていた。
「ふん」
 鼻を鳴らすと、梢は顔を背けた。その隣では、美緒が半泣きになりながらも梢の手当てをしている。
「できれば、そういう危ないことはしないでもらいたいんだがな」
「別にいいだろ、おっさんに迷惑はかけてないんだし」
「こうして心配させられてんだ。十分迷惑だぞ」
「……」
 榊原の言葉に、梢は反論もせずにじっと黙っている。
「まさかとは思うが、あの馬鹿に変なこと教えられてるわけじゃないだろうな」
 あの馬鹿。それは榊原の一番弟子で、天我不敗流の後継者候補である男のことだ。
 梢や美緒の兄貴分としていろいろと面倒を見ているが、少々変わり者なので、榊原は二人に変な影響がないかと心配していた。ちなみにまだこのときは、梢は榊原に弟子入りをしていない。
「兄貴は関係ない」
 それだけを告げると、梢は逃げるようにその場から立ち去ってしまった。取り残された美緒は困ったような視線を向けてくる。
「どうしよう、お義父さん」
「今しばらく様子を見よう。押して駄目なら引いて見ろ。無理強いしてもあいつはやめそうにない」
「でも、また怪我したら……」
 こちらも、後の美緒からは想像できないことだが、昔はどちらかというと引っ込み思案な性格だった。そんな義理の娘の頭に、ポンと手を置く。
「心配すんな。今度の休暇にでも、ちょいとあいつの様子でも見てみるさ」



 それから数日経った日曜日。
 朝食を終えてから、梢は突如リビングから出て行ってしまった。美緒や榊原には何も告げず、ごく自然な形で。そのままじっとしていると、玄関から誰かが出て行く音が聞こえた。
「よし」
「お義父さん、行くの?」
「ああ、お前は留守番しといてくれ。今日はあの馬鹿も来るだろうから二人で仲良くな」
「はーい」
 素直に手を挙げる美緒。榊原はそれを確認すると、そそくさと梢の後を追って家を出た。



 そろそろ見慣れてきた町並の中を、梢は一人で歩いていた。視線は刺々しく、まるで何か獲物を探しているようだった。
 しばらくすると、子供たちの集団とすれ違った。どうやら一人の子供を、その周囲の子供たちがからかっているらしい。子供と言っても、梢よりは年上であろう。
「いいだろ、貸せよぉ」
「い、嫌だよ……ふー坊たちに貸したらボロボロにするじゃないかぁ」
「なんだよ、心の狭いやつだなぁ」
「――おい」
 その子供たちの集団を、梢が呼び止めた。そんな光景を見ていた榊原は、これが梢の怪我の原因かと考えていた。つまり、弱い者イジメをする奴らと戦ってるのか、などと考えたのである。
(こんなことばかりしてりゃあ、そりゃ怪我するな)
 しかし。
「なんだよ、お前」
「いや何。馬鹿だな、と思ってよ」
「何ィ!?」
「ハッハッハ。だってそうだろ、そこの奴が嫌だって言ってるのが分かってないみたいだし」
 相手を挑発するような、不敵な笑みを浮かべる。その年齢には不釣合いな、なんとも不気味な笑みであった。
「うっ」
 その様子に、先ほどまで調子づいていた子供たちは怯む。梢に気圧されたのか、彼らは捨て台詞さえ残さず、簡単に目配せをして立ち去ってしまった。
「良かったな」
 からかわれていた子供に、笑みを浮かべたまま声をかける。
「ひっ……!」
 しかしその子供も、先ほどまでの子供たちと同じように脅え、駆け足で逃げてしまった。
「失敬な」
 軽い嘆息。榊原からは死角になっており、その表情は分からない。
 ただ、再び歩き出したとき、梢の笑みは消えていた。
 自分が引き取った子供の、妙な一面を見た。
(あいつの息子は――とんだ変わり者のようだな)
 だが、これだけでは怪我の原因がまだ分からない。
(もう少し、尾行する必要があるな)



「あれ?」
 商店街から少し離れたところにある公園まで来て、梢はいつもならいるはずの友人の姿を探した。三六〇度、どの方向を見てもいない。
「今日はあいついないのか」
 最近出来たばかりの友人、吉崎和弥。梢に負けないくらいの変人で、普段はぼけっとしているくせに、いきなりとんでもないことを仕出かす子供だった。どこか掴み所がないという点では、梢よりも上であろう。
 なんとなく変人同士気が合ったのか、いつも梢と吉崎は組んで行動していた。
 なんとなくつるんでいるだけだったので、待ち合わせなどはしていない。だから別段、いてもいなくても不思議ではなかった。
「しゃーねぇ、今日は一人でやるかなぁっと」
 頭をポリポリと掻きながら、梢はそのままふらりと公園から出て行った。
(落ち着きのない奴だな)
 先ほどから絶えず移動を繰り返している。なんとも尾行の面倒くさい相手である。
 しかも、梢の行動範囲は次第に怪しい場所へと伸びていく。
 最初は繁華街のど真ん中だったり、住宅街の道だったりしたのだが、正午を過ぎると段々怪しげな店が立ち並ぶ場所や、かなり薄汚れた路地裏、果ては墓地のほうにまで出向いていた。
 その間、梢の様子は特に変わることなく、淡々としていた。
 何かを期待しているように見える。
 何も期待していないようにも見える。
 なんとも形容しがたい雰囲気を、漂わせている。
(結局、何がしたいんだこいつは?)
 榊原がそうした疑問を抱いたとき、不意に視界から梢の姿が消えた。



 こんな平和な町にも、探せば危険などいくらでも転がっている。刃物を振り回す奴も探せばいるし、拳銃を隠し持っている奴も見たことがある。そうでなくとも、過度の暴力行為によって人が死ぬこともあるのだ。梢が探しているのは、そんな光景である。
 別にそれを望んでいるわけではない。ただなんとなく探していた。そんな、普通ではない光景のある場所こそが、自分の居場所だと思っていたからだ。普通の場所は、窮屈で仕方がない。
 その日、梢が見つけたのは子供だった。
 ある家の中から、子供の「助けて」という声が聞こえてきたのである。
 声は弱弱しい。普通の人間なら、よほど耳のいい人物が注意しないと聞こえない程度のものだった。
 その声を聞いた瞬間、梢は躊躇うことなく声のした家に飛び込んでいった。
 二階建ての一軒家。その二階の窓付近から、助けを求める声は発していた。中はカーテンで隠されていて見えない。
 梢は力を込めて一気に跳躍し、窓に張り付いて窓を叩いた。
 反応はない。
 また、叩いた。今度は、助けを求める声が止んだ。
「だれ……?」
「開けてくれ」
 敢えて問いかけは無視する。
 辺りは静寂に包まれたが、一分も経たないうちに窓は開いた。その隙間から、ひょい、と身を滑り込ませる。
 梢は部屋に侵入すると、中を見回した。
 埃くさい。ろくに物も置かれていない和室。
 その中に、半ば骨と皮だけのようになっていた少年がいた。
 年は梢とそう変わらない。ただ、ひどく衰弱している。
「……なに?」
 問いかけは簡潔すぎて、要領を得ない。おそらく言葉を発するだけでもかなり疲れるのだろう。
 梢はポケットの中に入っていたコッペパンを取り出した。
「食うか?」
「……」
 少年は呆然とそれを見ていた。
 コッペパン。
 そんな有り触れた物でさえ、この少年にとっては新鮮なものなのだろうか。
「どうも俺の知り合いはみんなコッペパンを嫌がるんだが……お前もそのクチか?」
 少年はゆっくりと頭を振った。
「そいつは良かった。ほら、やるよ。腹減ってるんだろ?」
 少年はぎこちない動作で、そのコッペパンを食べ始めた。
「美味いか?」
 こくり、と頷く。
「そうか」
 少年の返答に梢が満足そうに頷いたとき、階下で乱暴に扉を開閉する音が聞こえた。途端、少年は食べる手を止めて、コッペパンを梢に返した。
 もういらない、ということらしい。その態度だけで、梢はおおよその事情を理解した。
「まぁ持っとけよ。食いかけを返されても困る」
 少年を制すると、梢はその部屋の扉を開けて、外に出てみようとした。しかし開かない。何かしらの手段で、少年はこの部屋に幽閉されているらしい。
「趣味の悪いこった」
 もっとも、そんなものは梢にとってなんら障害にならない。多少強引に力を込めれば、扉は簡単に開く。
 部屋の外は、中とは別の意味で汚らしかった。生活臭のある汚さ、とでも言おうか。思わず鼻をつまみたくなる。
「くせぇなオイ」
 背後の部屋にいる少年に返事を期待しているわけではない。どちらかと言うと、階下にいるであろう少年の保護者に対して言ったのだ。
「あ? 誰かいんのか」
 野太い男の声。階段を下りようとすると、その姿が確認できた。
 伸び放題の髭、どんよりと曇った目、酒瓶を持っている片腕には多くの傷跡がある。
「うわ、すげぇ格好。おっさん犯罪者?」
「ああ? なんだ餓鬼、どっから入って来た」
「さてね。それより、児童虐待は犯罪だぜ」
 言葉だけならば、からかっているようにも取れる。しかし梢の声は平坦なものだった。感情が失せている。
「てめぇ、アイツのダチか何かか? だったらさっさと帰りな」
「馬鹿言え、アレ見せられて黙って帰るわけないだろ」
「……」
 男はにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「それもそうだな。アレ見られてただで帰すわけにはいかねぇか」
 ずしりと、階段を昇る。対する梢は、一切動かない。
「けどもう一度聞いてやる。あいつのこと黙ってるなら、帰してやるぜ?」
「嫌だね」
 刹那、梢の顔面に酒瓶が叩きつけられた。
 周囲に派手な音が響き渡る。頭の皮膚が切れたのか、少し血が流れた。
 その隙に、男は梢の肩を掴む。
「この餓鬼が、あんま舐めてんじゃねぇぞ」
「あんたなんか舐めてもねぇ。すっげぇ不味そう」
「なん、だとお?」
「あの子供もそうだけど、あんた自身も不衛生でやばいんじゃねぇの? 気をつけろよ、ヒゲダルマ」
「こんのッ!」
 もう一発、今度は腹に入った。それでも梢はぴくりともしない。
「そうだな、賭けるか、ヒゲヅラ」
「な、何ぃ!?」
「あと十発。それで俺が倒れなかったら、あんたの負けだ。警察に行け」
「このッ……!」
 調子に乗りやがって、と言いまた殴る。
 殴る。
 殴る。
 さらに殴る。
 だが、梢はまるで動く気配がない。
 まるで、石像を相手にしているような気がした。
「どうした? あと六回残ってるぜ」
「……ッ!」
 しかも、相手はこれだけ殴られているのに、まだか、と次を促している。
 なんて非常識なことか。
「て、てめぇ……人間か!?」
「……知るか」
 不機嫌そうに吐き捨てると、梢は埒が明かないと思い、自分から一歩前に出た。思わず男はヒィッ、と逃げ出す。
「待てよ、ちゃんと警察行くんだろうなァ?」
「ち、近寄るな化け物が!」
 梢の言葉を無視して、男は一目散に階段を駆け下りていった。
 それを見下ろしながら、梢はぼそりと呟く。
「はぁ、くだらねぇ。何してんだか」



 家から慌てて飛び出した男は、入り口で一人の男とぶつかった。
「ど、どけっ!」
 咄嗟に振り払おうとするものの、逆にその手を掴まれてしまう。
「まぁ逃げるなよ。話はだいたい分かった……一緒に警察まで行くか?」
「く、くそっ! 駄目だ、早く逃げないと化け物がッ!」
「失礼な奴だな。あいつはうちの子だ」
 その言葉と共に、喚き散らしていた男がぐらりと倒れる。
「てめぇの方がよほど化け物くさい。まったく困ったもんだな?」
「……いたのかよ、おっさん」
 家からゆっくりと出てきた梢は、心底嫌そうな顔を向けてきた。



 件の男を警察まで届けた帰り道。
 榊原と梢は、会話もないまま気まずい雰囲気で歩いていた。
「なぁ」
「なんだよおっさん」
「お前、なんで手ェ出さなかった?」
「出したら多分、あいつ死んでただろうからな」
 あっさりと、まだ一ケタの少年は言う。
「俺は普通じゃねえんだよ。ちょっと叩いただけで相手に大怪我させる。なんでか知らんが好きなように草とか花とか作れるし、車に轢かれても全然平気」
 言って、梢は肩を落とした。
「それが俺の正体さ。異常だろ?」
「まぁな」
「……」
 そう言われることは覚悟していた。それでも、実際に言われてみると辛いものがある。
 今までもずっとそうだった。両親が亡くなった後、彼を引き取った親類縁者は皆彼を恐れ、化け物と蔑み、その反動からか、苛烈な虐待を行ってきた。
 榊原は違った。梢と美緒を虐待したりしなかったし、きちんと家族として扱ってくれている。
 だから、こんな自分のことも受け入れてくれるかもしれないと、ありもしない期待をしてしまった。
 しかし、これではもうあの家に戻ることは出来ない。榊原はもう梢のことをこれまでと同じようには扱わないだろう。それは仕方のないことだ。
 しかし美緒は違う。彼女は普通の人間だ。榊原さえ承知してくれれば、あの家で幸せに過ごせるだろう。
 邪魔なのは、自分だけだ。
「――じゃ、そんな不気味人間の俺は出てくとするわ。ああ、美緒は普通の人間だから、あんたが良いなら置いてやってくれ。頼む」
「断る」
 即答だった。
「お前も一緒だ」
「――――」
 その一言に、梢は足を止めた。
「なんでだよ」
「何が」
「なんで、俺を……?」
「だってお前、子供だろ。子供には保護者が必要なんだよ。知らないのか?」
「そうじゃなくて! あんた、俺が怖くねぇのかよ!?」
「むしろ、怖がってるのはお前だろ」
「何?」
「自分は異常だ、という思い込みが強すぎて、そのせいで人に嫌われるんじゃないかと怯えてる。まあ、それはお前の境遇を考えれば仕方ないんだけどな」
 反論しかけた梢の頭に、榊原の手が伸びる。警戒する梢の心とは裏腹に、榊原はゆっくりとその頭を撫でた。
「だから警戒するなよ。俺が意味なくお前を苛めたことあったか?」
「な、ないけど」
「なら難しく考えないで気楽にやろうぜ。一応俺たち家族だろう?」
 家族。そう言われて、梢は不覚にも目頭が熱くなるのを感じた。
 そんなもの、二度と手に入らないと思っていたのに。
「……泣いてんのか?」
「そ、そんなんじゃない!」
 慌てて榊原から顔を背ける。そんな梢の様子を見て、榊原は苦笑した。
「やっぱガキだな。ちっとも怖くない」
「う、うるさいな……」
「照れるな照れるな。どうせ家帰ったらきっつい訓練だ。今のうちに喜びを噛み締めておけ」
「ってなんで訓練!?」
「お前、手を出さないのは結構だが自分自身が怪我してたら話にならないだろ」
 そう言われると、反論しようがない。
「お前は自分の力に脅え過ぎ。だから、そいつを使いこなせるようにするのが目標だ。免許証持たずに車運転してれば、そりゃ怖い。だったら免許取れ、ということだ」
「マジか」
「それができないなら、あんなことはするな」
「ぐぅ……」
 ぐったりとして、梢はうなだれた。
「じゃあ、おっさんは俺の師匠ってことか……」
「おお、意外と良い響きだな。よし、お前これからは俺を師匠と呼べ」
「なんでだよ!?」
「いつまで経ってもおっさんじゃ他人行儀だろ。しかも『親父』とは呼びたくないとか言うし、このファザコン。なら師匠でいいじゃないか」
「なんつー勝手な。……まあ、いいけどさ」
 梢はため息をつきながらも笑った。
 頭の上に乗っかる手が、どことなく心地よかった。