異法人の夜-Foreigners night-

-外伝-
異人刑事(前編)
 昔の話をしよう。
 あれは昭和の終わり。
 一九八八年の頃のことだった。
 この俺、榊原幻はある事情により秋風署に配属。
 そしてそこで、俺の生涯の中でもベスト5に入るであろう出会いがあった。
 出会った男の名は、倉凪司郎という――――。

 ――――――――――――――――――――/第一日

 朝、俺は非常に爽やかな気分だった。
 なにしろ久々に自分の家で休むことが出来たのだ。
 やはり故郷はいい。
 ナショナリズムな感慨に浸るほど、都会は俺の精神を疲弊させていた。
 家にいるのは俺一人。
 ついこの間までは親父が屋敷の支配者だったが、既に三途の川の向こう側だ。
 一度勘当させられた身としては複雑な心境だが、とりあえず毎朝線香はたいている。
 俺は一応国家公務員試験に合格したキャリア組というやつだった。
 だがどうにも他のキャリア組の連中とは肌が合わず、口論になることもしばしば。
 そのうち干された。
 やがて親父の死が伝わると、これ幸いとばかりに適当な理由をつけて俺を左遷した。
 曰く「名家の跡継ぎとしてどうたらこうたら」。
 早い話が「田舎へ帰れ」ということだろう。
 俺としても連中の顔なぞ見飽きていたし、故郷に戻るのは悪い話しではない。
 そうした経緯で、今俺は秋風署の前へとやって来た。
 過去を振り返っている間に到着とは、俺も随分と惚けたもんだ。
 そんな風に自分を嘲笑いながら、俺は署内にある刑事課の部屋に入った。
 途端、
 ――――パァン。
 俺の眼前で派手な破音が響き渡った。
 続いて降り注ぐテープ。
 どうやらクラッカーをお見舞いされたらしい。
「よっ、榊原の坊主、お帰りぃぃっ!」
 一人のオッサンが景気良く叫ぶ。
 するとそれに呼応するように、他の刑事たちも歓声を上げた。
 ……これはどういうことなのだろうか。
 呆けている俺の肩に手を置いて、年配らしい男がにこやかな笑顔を向けてきた。
「お帰り榊原君。私だ、分かるかな」
「……ああ、神田巡査部長」
「今は警部。一応ここの課長だ。いやぁ懐かしい、あの生意気だった小僧がうちに来るとは!」
「生意気でどうも。それよかなんですか、この騒ぎは」
「なにって、お前の歓迎会だよ。お前は私らの中じゃ人気者だったからね、皆で歓迎会でも開こうってことになったんだ」
「……」
 さて、どうコメントすべきか。
 心配りは感謝したいところだが、時と場所を選べと言いたい気がする。
 だが誰もそれを咎めようとはしない。
 皆揃ってノリノリだった。
 本庁ではまず見られなかった光景。
 堅苦しいあの空間はまっぴら御免だったが、ここまであけっぴろなのもどうかと思う。
「……平和なんすね、ここ」
 そう結論付けるより他はなかった。

 さすがに長々とやるつもりはなかったらしい。
 歓迎会は手短にジュースを飲んで終わりだった。
 今はそれぞれが自分の作業に取り掛かっている。
 俺は強行犯係だったので、空いている席を探して座った。
 すると隣の席の男が、にこやかな笑顔で話しかけてきた。
「や、榊原君だっけ。本庁にいたんだってな、凄いねぇ」
「……ども。貴方は?」
「ああ失敬失敬。どうもいかんなぁ、ちゃんと挨拶するときは自分の方から名乗れって妻にも注意されてるんだけど」
 あはは、と笑いながら頭を掻いている。
 笑い終えてからようやく男は名乗った。
「俺は倉凪司郎。君と同じ強行犯係だ」
 そんなことは言わなくても分かる。
 強行犯係の椅子に座っているのだから。
 どうやらこの男はとてもマイペースらしかった。
 話を聞くと俺よりも一つ年上で、秋風市には二年前に来たらしい。
「ここはいつもこんな感じなのか?」
 敬語は使わないでくれ、と言われたので素直にそうすることにした。
 俺の質問をいまいち理解していないのか、倉凪は目をぱちくりとさせている。
「こんな感じって?」
「いや……こんな風に、のどかなのかと」
「ああ、そうだね。大きな事件は一月に一回あるかないかくらい。ひったくりとかは結構あるけどね」
「そうか」
「本庁では違うのかい?」
 まだ見ぬ世界に対する好奇心をあらわにして問いかけてくる。
 俺は嘆息しながら答えた。
「どいつもこいつも功名心の塊だ。でかい事件ばかり追いかけて、時間を食いつぶしてやがる」
 そうではない連中もいることはいるが、それは希なので黙っておく。
 少なくとも俺が接してきた連中は“官僚”という言葉が悪い意味で似合うような奴らばかりだった。
「へぇ。まぁそんなものなんだろうね……」
 倉凪は苦笑して、それきりだった。
 俺に気を使っているのか、目に見えた好奇心程には質問してこない。
 その日は特に何が起こるわけでもなく、一日が終わった。
「榊原君」
 仕事を追え荷物を持って帰ろうとすると、倉凪に声をかけられた。
「これから飲みに行かないかい?」
 特に断わる理由も見当たらない。
 それに職場仲間と飲むなど、本当に久々のことだった。
 だから俺は内心喜びながら、その提案を受け入れた。
 そのことが、倉凪とのコンビを結成するきっかけになろうとは、このとき俺は予想だにしていなかった。

 署の近くにある居酒屋に入り、倉凪と共に隅の席に座った。
 適当に注文を頼むと、そう時間をかけずに酒が運ばれてきた。
 店の親父は俺のことを知っているようだったが、生憎俺は知らなかった。
「有名人だねぇ」
「からかうな」
「からかってる訳じゃないよ」
 はは、と笑いながら倉凪は一杯を飲み干す。
 すると途端、奴の顔つきが変わった。
 ……ぞくりとした。
 まるで雰囲気そのものまでが変貌してしまったかのようだった。
「――――榊原警部補、お前さんに手伝ってもらいたいことがある」
 口調まで変わっていた。
 まるで先ほどまでここにいた倉凪司郎という男が、どこかに消え失せてしまったかのようだ。
「っと、この口調は気にするな。状況に応じて性格を切り替えてるだけだから」
「……意図的な二重人格かあんたは」
 動揺を隠すために軽口を叩く。
 そんな俺の内心を見越しているのか、奴は余裕のある笑みを浮かべた。
「さて、似たようなもんかもしれんがな。まぁとりあえずこいつを見てくれ」
 と、俺の前に手書きのメモ帳が差し出される。
 そこにはある事件について、おそらく倉凪が調べたであろう情報が記されている。
 ……。
「倉凪。あんた、字ぃ下手糞だな」
 内心の動揺もあったが、それでもなお突っ込みたくなるレベルだった。
 これが幸いしたらしい。
 倉凪に対する畏怖心のようなものが、僅かに和らいだ。
「やかましい。それより中身をちゃんと見てくれ」
 自覚しているのか、ひどく不機嫌な顔つきになる。
 昼とは違って、表情がよく変わるもんだ。
 ……よし、段々といつものペースに戻ってきた。
 とりあえず、俺はメモ帳を見ることにした。
『――――都市開発祟り事件。
 秋凪駅周辺の都市開発に関わる人間が連続して事故に合っている。
 偶然にしては頻繁に発生しすぎているため、プロジェクト責任者が警察に捜査を依頼。
 しかし手がかりもろくにないため、相手の面子を立てるために倉凪司郎を担当にする。
 現状、捜査は一向に進んでいない。
 いくつかの手がかりはあるんだが、犯人像がまるで特定できない』
「報告書にしては役に立たないな……」
「いいんだよ、鬱憤晴らすために書いたもんなんだから」
「成る程。しかしあんたも災難だな、こんなもんに回されるとは」
「自分で頼んだんだがな」
 もう一杯飲み干しながら倉凪は言う。
 随分と酒に強いのか、まるで酔っている様子がない。
「自分で? 変わってるな」
「まーな。なにせ俺は変わり者も変わり者、“魔法使い”だ」
「――――」
 一瞬、息を呑んだ。
 和らいだ緊張感が再び全身を包み込む。
 この男は言葉の弾みでそう言ったのか。
 それとも、“そのままの意味”であるのか。
「……意味分かって言ってるのか、あんた」
「おっと口外するなよ? 榊原家と言えばそれなりに知識もあるはずだ。だから明かしたんだぜ?」
 榊原家は外法の知識を有する家だ。
 その中には“魔術”だの“魔法”だのといった、およそ非現実的なものも含まれている。
 それを知っているということは……。
「本物、か。まさか魔法使いに会うとは思ってもみなかったな」
 魔術というのはなんらかの現象を、魔力を用いて引き起こす――大雑把に言えば、一般的な魔術、魔法のイメージに近い。
 だが“魔法”はそんな生易しいものじゃない。
 世界にある法則そのものを書き換えてしまう、例えるなら“禁術”とでも言うべき代物だ。
 一人の人間には一つの魔法の才が眠っており、可能性だけで言うならば誰でも魔法使いにはなれる。
 だが実際に覚醒する者など、数億人に一人と言われているのだ。
「この事件にはどうも魔術の匂いが漂っててな。普通の警察じゃ話にならんと思って、俺が引き受けた」
「だったらさっさと解決しろよ、魔術使って」
 魔法使いになる奴は、大概魔術師だと聞く。
 それならばこの男も元々魔術を扱っていたのだろう。
 俺は知識として、それも極僅かなものしか魔術は知らない。
 だが割と便利で万能っぽいイメージがある。
 しかし倉凪は首を振った。
「生憎、俺は一つしか魔術は使えん。捜査には不向きで役に立たんものだ」
「……は?」
 魔法使いのくせに、魔法よりも下等に位置する魔術を一つしか使えないだと?
 魔法は一人一つという原則を聞いたことがある。
 ならこいつは、たった一つずつしか魔術と魔法を使えないということになる。
 頭の中でその事実を整理し、俺は嘆息した。
「――――成る程。確かにあんたは変わり者だ、倉凪司郎」
「ああ、俺も自覚はしちゃいるさ。だからお前さんに協力を頼みたいんだ」
「それだ、そのことが気にかかる。なぜ俺なんだ?」
 魔術方面の知識はあるが、その手の事件に関わったことはない。
 正直俺が役に立つとは思えなかった。
 が、倉凪はにやりと笑ってみせた。
 それは三度目の動揺を俺に与えた。
 分かりやすい性格ではあるが、この状態のこいつは何か不気味だ。
「一つはお前さんが魔術方面の知識を持ってると見たから。少なくとも他の皆じゃ話にならん」
「……そりゃそうだ。いきなり魔術がどうとか言い出したら、頭が可哀想な奴だと思われる」
「そうそう。で、もう一つは単純な理由さ」
 確信めいた口調で倉凪は断言する。
「お前さんは優秀であり、冷静であり、そしてなにより情熱家だ。そんなお前さんなら、信頼できると見たんだよ」
 ……それが、第一夜のことだった。

 ――――――――――――――――――――/第二日

 翌朝出勤すると、倉凪が子供と一緒に遊んでいた。
 昨日の居酒屋のときとは違い、ノーマルモードのようだ。
 しかし朝っぱらから何をしているのやら。
「ああ榊原君、おはよう」
「……」
 こうも違うと、やはり昨日の倉凪は別人のような気がしてくる。
 例えるなら今のコイツは近所のおじさん。
 昨日のアイツは猛々しい戦士の顔をしていた。
 それも、まるで異界から這い出てきたような。
「はい、よく出来ましたー」
 それが、今目の前で子供と折り紙をして遊んでいる。
 どうにも昨日のことが夢のように思えて仕方がない。
 少しカマをかけてみた。
「おはよう、魔法使い刑事」
 途端、物凄い勢いで部屋から連れ出される。
 視界が派手に揺れてなんとも気持ち悪い。
 おまけに口塞がれて息も出来ない。
 やがて給湯室までやってくると、ようやく倉凪は俺から手を離した。
「困るよ榊原君! そのことは秘密だって言っただろう!?」
「……ノーマルモードのままか」
「た、試したねっ!? 沙羅さんみたいに!」
 どうやら話題によって性格を切り替えているわけではなさそうだ。
 沙羅さんというのは確かこいつの奥さんだったはずだ。
 そうか、遊ばれてるのか……。
「で、なにやってたんだ? 子守か」
「うん。昨日泥棒に入られたらしくてね、親は今仕事で海外に行ってるから、一応こっちで面倒見ることにしたんだ」
「それは盗犯係の仕事だろう」
「意外と固いねぇ。いいじゃないか、困ってる人を助けるのが警察の仕事だよ」
「その台詞を昨日の状態で言ってくれ。静かに嘲笑ってみせよう」
「ひどいなー」
 そんなことを言いながら刑事課の部屋まで戻る。
 いつになく多弁な自分に驚いたが、この男の影響だろう。
 どうもこの男と一緒にいると、話が弾みやすい。
「あ、倉凪君。この子、そろそろ学校だから送ってあげて」
 と、倉凪に代わって子供の面倒を見ていた嶋さんが頼んでくる。
 はきはきとした性格の明るい女性で、俺より三つ上とのこと。
 その傍らにいるのは小学生の女の子だった。
 昨日泥棒と遭遇してしまったせいなのか、どうにも顔色が悪い。
「大丈夫か?」
 少し心配になって声をかけると、少女はゆっくりと頷いた。
 ただし視線は地面しか見ていない。
「一人で行かせるのもなんだし、倉凪君暇でしょ? お願いできないかな」
「暇とは心外だなぁ。嶋さんだって……」
 と言いかけた倉凪に、嶋さんはにっこりと微笑んで書類をかざしてみせた。
「この子の家に入った泥棒、これと似た手口のがここ半年で三回ほど。これ調べてみるから」
「……アイアイサー」
 やれやれと言った調子で倉凪は両手を上げた。
 降参のポーズだろう。
「榊原君も連れて行っていいですかね。例の捜査手伝ってもらうことにしたんで、そのまま調査に行こうと思います」
「ああ、それは別にいいけど。でも大丈夫なの? まるで手がかりないって言ってなかったっけ」
「放置しておくわけにもいきませんからねぇ。それに榊原君なら本場帰りだから、何か気づくかもしれないし」
「分かったわ、課長には言っておく」
 ひらひらと手を振る嶋さんに見送られながら、俺と倉凪は少女を連れて署を出た。
 完全に俺の意思は黙殺されているが、まぁいいだろう。
 手伝うといったのは確かなのだし、この倉凪という男に興味もあった。

 少女の名は玉城綾と言うらしい。
 終始何かに怯えるようにして、ろくに口も開かなかった。
 そういった手合とはあまり相性がよくないので、俺はほとんど黙っていた。
 対照的に倉凪はよく喋る。
 話すことが好きなのかもしれないし、玉城綾のことが心配なのかもしれない。
「そっかぁ、綾ちゃんは朝月学園に通ってるんだ。おじさんもねぇ、この間女の子が生まれてね。朝月はいい学校かい?」
「……うん」
「そっかそっかぁ、じゃあ是非とも通わせたいね。きっとクラスの子からモテモテだぞぉ。綾ちゃんはどうかな?」
「私は……あんまり」
「惜しいなぁ、見る目がない男子だねぇ。あ、でも小学生ってそんなものかなぁ」
 傍から見てるとかなり馬鹿に見える。
 だがこの男、それを承知でこうしている節がある。
 能ある鷹は爪を隠す、というやつか。
 そうしているうちに校門前まで着いた。
 彼女はこちらを何度か振り向きながら、少しだけ手を振って去って行った。
 どうやら相当倉凪に懐いたらしい。
「いやぁ、モテモテだなぁ僕」
「小学生にモテて嬉しいのかアンタは」
「モテないよりは嬉しいよ? もしかしたら将来に期待できるかもしれないし」
「……ロリコン」
「いい女性に年齢は関係ないよ。まぁ沙羅さん以外とはプラトニックな関係でいくけどね!」
 やばい。
 この男、思っていたより色々な意味で只者ではないようだった。
「それよりも犯人像の特定は本当にできていないのか?」
「祟り事件のことかい?」
「それ以外に何がある」
「あはは、ゴメンゴメン。とりあえず被害者リストを渡すよ」
 歩きながら俺にメモを手渡してくる。
 相変わらず汚い字だ。
『――――最初の犠牲者:市村敏一。現場監督。駅付近のビル建設工事途中に変死。
 死亡時刻は一月十一日、深夜一時。その時間帯、作業は行われておらず、作業員は仮眠を取っていた』
『二番目の犠牲者:新渡戸浩二。現場監督。ゲームセンターの建設工事途中、変死。
 死亡時刻は二月二日、深夜二時半。その時間帯、作業は行われておらず、作業員は仮眠を取っていた』
『三番目の犠牲者:美坂義三。高梨グループの開発部長。都市開発を積極的に推し進めていた。
 死亡時刻は三月三十日、深夜三時。その前日自宅に戻っていたのだが翌朝突如失踪。
 数時間後、近くの公園にて変死体で発見される』
 ……さて。
 こんなものを見せて、どうしろと?
 まるで理解不明だ。
 それに肝心なことが書かれていない。
「変死変死と書かれているが、結局死因はなんだったんだ」
「脳梗塞だよ。細かく言うと脳塞栓。脳血管が詰まることで壊死してしまうんだ」
「……偶然じゃないのか? 確かに奇妙ではあるが」
「まぁそれだけならね。でも都市開発に携わっていた人たちばかりが死ぬ。それに加えてあの有様だ」
「あの有様?」
「そう。死体にはある共通点があるんだよ」
 近場の公園に入り、ベンチに腰をかけながら倉凪は言った。
「――――身体の一部が切り取られているのさ」
 ……。
「明らかに殺人事件だろ、それは!」
「そう。だけど死因が脳梗塞であることは確かなんだ。それでいて外傷は全くない」
「意図的に脳塞栓を引き起こしたりとかは?」
「薬を飲まされたりした形跡もないし、注射された跡もない」
 それではどうやって殺したと証明できるのだろうか。
 そこまで考えたところで、俺はようやく気づいた。
「そうか、そこで魔術の出番というわけか」
「その通り。三番目の遺体は俺も見てみたが、魔力の匂いがした」
「だからこの事件を引き受ける気になったのか……しかしこんな大事だってのに、報道されてないようだが」
「隠匿してるんだよ。都市開発に支障をきたさないためにもね」
 遠くから工事の音が聞こえてきた。
 なるほど、この町も変わっていくんだな。
 別にそのことは構わないと思う。
 住みやすい場所になればそれでいい。
 しかしそれを快く思わない連中もいるのだろう。
「ま、噂にはなってるみたいだ。だからなるべく早く解決しなきゃいけない」
「だがどうやって? 魔力なんざ誰だって持ってるし、魔術師を特定する装置でもあんのか?」
「いいや。張り込みをする」
 倉凪は煙草を吹かしながら言った。
 心なしか、顔つきが変わっている。
 ……ノーマルモードは終了か。
「で、張り込みってどこだ? 犯人のアテでもあんのか?」
「それがねーから張り込みすんだろ」
 鼻で笑いながら倉凪は遠くにある、少しばかり古びた建物を指差した。
「――――六嶋睦月。秋風市の市長にして、次に狙われるであろうターゲットだ」

 六嶋睦月。
 その名前すら俺は始めて聞く。
 俺がこの秋風市から離れたのが五年前。
 ……それだけ経てば、知らないものもあるだろう。
 町並とて例外ではない。
 俺の知っていた空き地、森、林、それに昔ながらの駄菓子屋など。
 その多くが都市開発の影響を受けて無くなってしまっている。
 そのことに感傷を覚えないわけではない。
「どうした、榊原。どこか遠くを見てるような目ぇしやがってからに」
「俺はこの街出身で戻ってきたばかりだ。色々と思うこともある」
「そうかい、まぁ気持ちは分からなくもないがな。それより警戒怠るなよ」
 すぐに出られるように、道端に車を停めて市長宅を見張る。
「しかし何故次に狙われるのが市長だと?」
「段々被害者の地位が上がってきてるだろ。最初の二つは現場監督、その次は開発部長。さらにその次は工事会社の社長」
「……ちょっと待て、最後のは聞いてないぞ」
「まだあるぞ、この前やられたのは市長の片腕とも言えるオッサンだったしな」
「だがそれだけじゃ確信には至らんだろう」
「そりゃ甘いぜ榊原。確信なんて待ってたら事件は止められんぞ」
 つまり“刑事の勘”というやつか。
 だが確かにこんな事件、確信なぞ待っていたところで解決はすまい。
「しかしこんな見張り方でいいのか? 仮に相手が“脳塞栓を意図的に引き起こす”魔術を持っていたとしよう。そんな奴の襲撃をどうやって察知する」
「市長宅は今厳重体制に入ってる。正門以外からは決して入れないし、市長が雇ったボディーガードがうろうろしてる。細かいとこは連中に任せとけばいい」
「じゃあ俺たちはなにを?」
「あの家に入った奴、あるいは出てきた奴をよぉく見てるんだ」
 魔術師相手にそんなものでいいのだろうかと思うが、考えてみればこちらにある手札はほとんどない。
 出来ることなど、このくらいしかないだろう。
 現在時刻、午後四時半。
「今までのパターンだと夜中だろうな」
 ぼそりと倉凪が言う。
 確かにその可能性は高いが、断言することは出来ない。
「だがこれだけのことが起きているのに、町は呑気なものだな」
「一見平和そうに見える場所だって完全じゃないってことだ。裏で何が起きてるかは分からないってな」
「……」
 暇そうにしている警察署の同僚を思い出す。
 彼らは別段怠けているわけではない。
 知りえることの解決には真面目だ。
 この事件が奇怪すぎるだけ。
 俺と倉凪、そして犯人を除けばこの事態を正確に把握できている奴はいないだろう。
 市長の身を警護しているボディーガードたちも、内心馬鹿馬鹿しく思っているに違いない。
 祟りがなんだ、と。
「……ん?」
 倉凪が怪訝そうな顔をした。
「どうした」
「いや、お嬢ちゃんだ」
 誰のことだよと思ったが、すぐに道端を歩く少女に気がつく。
「玉城綾か」
「なるほど、小学生はもう帰る時間だもんなぁ。だが妙だな」
「何がだ?」
「彼女の家も警察署も学校から見たら、こっちと正反対の方向だ。何故こっちに来ている?」
「友達の家にでも遊びに行くんじゃないのか」
「それなら学校終わってすぐ行くだろう。もう四時半だぞ」
 確かに、こんな時間帯ならその可能性は薄いかもしれない。
 だがそこまで気にすることだろうか。
 そう言いかけたとき、突然署から連絡が入った。
『榊原君、倉凪君と一緒かね?』
 緊迫した神田課長の声が響く。
 何事だと倉凪もこちらを振り向いた。
「今、倉凪と例の事件の捜査をしているところです」
『……そうか、すぐに蓮見坂の方へ行ってくれ!』
 蓮見坂。
 ここから少し離れたところだ。
 何かあったのか、と問いかけるよりも先に、課長の方から言ってきた。
『六人目の被害者だ!』
「――了解。急行します」
 連絡を切って、すぐさま倉凪にそのことを伝える。
 倉凪は露骨なまでに驚いた。
 なんて読みやすい男だ。
「蓮見坂に何かあるのか?」
「……偶然かもしれねぇが、あそこは」
 倉凪はちらりとあらぬ方向を見た。
 そこは、先ほどまで彼女が歩いていた道だ。
「――――玉城貴史……そしてその娘、綾ちゃんの家がある場所だ」

 嫌な予感というものは当たるものだ。
 玉城家の裏はまだ未開発で、森が広がっている。
 その森の中で、遺体が発見された。
「こいつはまた」
 それを見たとき、俺は思わず口を塞いだ。
 これほどまでに生々しい遺体。
 向こうでは見たこともないものだった。
 遺体には右足の膝から下が欠けていた。
「これで取られてないのは頭ぐらいか……」
「頭ねぇ」
 鑑識が遺体を運び去るのを見送りながら、俺は倉凪を見た。
 いつのまにかノーマルモードに戻っている。
 平然と言っているように聞こえるが、倉凪は顔が真っ青になっている。
 俺もおそらくは同じような面をしているのだろう。
 遺体には右足の膝から下が欠けていた。
 そして“腸が引き裂かれ、顔面がぐしゃぐしゃに潰されている”のだった。
「ここまで徹底して殺されているのは、今回が初めてだ」
 くそ、と倉凪は毒づいた。
 自分の予想が外れたことに怒っているわけではないだろう。
 こいつは純粋に、被害者が増えたことが許せないのだ。
「毒づいても仕方ない」
「……だが」
「こういう時こそクールになれよ。俺たちに出来るのは犯人をとっ捕まえることだけだ」
 言いながら俺は鑑識に、何か発見はないかどうか尋ねて回った。
 鑑識はこの事件に関してある程度の知識はあるのだろう。
「これだけ損傷が酷いと、脳塞栓かどうかは特定できんよ。ただ同一犯だとは思うがね」
「根拠は?」
「今回も身体が切り取られとるだろう。あまりにも綺麗過ぎる切断面だ。これは過去五回の事件と共通している」
「……だってよ」
 振り向いたときには、倉凪は既に冷静さを取り戻していた。
「すまない、少し熱くなっていた」
「俺みたいに冷めすぎってのも問題だがな。とりあえず行こうぜ」
「ああ」
 これ以上この場にいても犯人は捕まえられない。
 犯人を捕まえるために俺たちは捜査に戻る。
 それが俺たちにできる、死者への手向けというものだ。
 ――――これが二日目のこと。
 ……そして、最後の事件発生まで、あと二日。