異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
プロローグ「夏の夜に」
 夏にしては肌寒い夜。
 その闇の中で、緑と黒の光が衝突した。
 互いに遠慮のない一撃。
 必殺の閃光が相殺し、彼らは同時に地へと降り立つ。
 彼らを照らすは月明かり一筋。
 聖光を身に受けながら、人にして人にあらざる者が向かい合う。
「――――貴様とは、これで何度目になるだろうな」
「いちいち数えたりしてねぇよ。そういう意味のない質問はなしにしようぜ」
「その通り、その通りだな倉凪梢」
 黒き影には翼がある。
 翼には膨大な魔力が詰め込まれており、器に収まりきらないのか外へと溢れ出ている。
 魔力の色さえも黒いためか、影の姿が魔力に包まれて見えなくなりつつある。
 その黒き翼と対峙するは緑の武装。
 エメラルドの輝きを放つ右腕が、夜の闇から浮き出ている。
 その輝きによって映し出された顔は、まだ少年のものだった。
「ならば問おう。貴様は自分が正しいと信じて俺の前に立ちはだかるのか」
「どっちが正しくてどっちが間違いか、なんてことは分かりはしねぇ。だが時には、自分の信じるもんのために人の思いを踏み越えなけりゃならんこともある」
「乱暴だな」
「多少は乱暴にならんと何も起こせないぜ、久坂零次」
 言葉と共に、緑の少年――――倉凪梢が地を駆ける。
 その速度はまさに閃光の如し。
 普通の人間では彼の動きを捉えることすら不可能であろう。
 それを黒の少年――――久坂零次は迎え撃つ。
 人からすれば一瞬、だが彼にしてみればゆっくりとした動きで迎撃態勢に入る。
 どちらの動きにも無駄はない。
 際どい程に純粋な動作によって、二人は何度目かの交錯を果たす。
 しかし浅い。
 久坂零次は己の立ち位置から動くことなく、ただ倉凪梢を見ている。
 倉凪梢は先ほどまでいた場所とはちょうど対極の位置にいた。
「どうした、魔力切れか? 今の一撃、避ける気も起きなかったぜ」
「貴様こそ息が切れているぞ。猿のように動き続けているからか?」
 軽口を叩きあいながらも、両者は内心悟っていた。
 ――――次が最後だと。
 既に体力、魔力ともに限界に達している。
 久坂零次を包む黒色の蒸気の濃度が薄れてきた。
 倉凪梢の右腕もまた、先ほどまでの輝きを失いつつある。
 先ほどまでに出来た損害も軽いものではなかった。
 だから次が最後。
 これ以上戦いを引き延ばしたところで綺麗に終わるはずはない。
 ならば、ここで最強の一撃を放つことで雌雄を決するしかなかった。
 月が雲に隠れた。
 静寂が訪れる。
 二人が対峙していることに変わりはない。
 違うのはただ一点、互いの右腕に凄まじいほどの魔力が現れたことだけ。
「――――倉凪梢。もう一つだけ問うことがある」
「なんだ、言ってみろよ」
「貴様とて全ての人間に受け入れられたわけではないだろう。拒絶されたこともあるはずだ……それでもなお、人と共にあろうとするのは何故だ」
「……ハッ、今更なこと聞くんじゃねぇ」
 構えを崩さぬよう、動かぬままで倉凪梢は笑った。
「――――信じてるし、信じられたいからだ」
 人にあらざる者から迷わず紡ぎだされた言葉。
 その言葉の重みは、同類である久坂零次だからこそ分かる。
「――――そうか」
 懺悔するように。
 後悔するように。
 黒き罪人はそれで迷いを断ち切った。
「確かにこの世界は我らには広すぎる。そして――――我らだけでは狭すぎる」
 今は静かな町。
 だが、立ち並ぶビルや家などを見ると、多くの人間がいることを実感させられる。
 その前では、人を超越した者の存在さえ小さく見えた。
 これだけ広い街に、どれだけの人がいるのだろうか。
 たった二人の異人は、そんなことを思った。
 ――――月が再び戦場を照らし出す。
「……終わりにしようや」
「いや、これが始まりだ」
 二人が月光に包まれたとき。
 ――――時が動き始めた。