異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第一話「春の夜の片隅で」
 がさりと音が聞こえた。
 夜道を一人歩いていた少女は、音がした方へ恐る恐る視線を向ける。
 草むらの中から一匹、黒猫が飛び出してきた。
 彼女は少し驚いたものの、それだけだったことに安堵する。
 ――――最近この辺りで、夜道に通り魔が出没するらしい。
 比較的平和なここ、秋風市では珍しいことだ。
 そのためニュースで見たときも、今一つ実感が沸かなかった。
 だが実際に夜道を、それもたった一人で歩いていると、どうしても怖くなってしまう。
 もともと夜は暗く不気味なイメージがあるため彼女は苦手だった。
 加えて通り魔が出るかもしれないとなると陰鬱な気分にならざるをえない。
 ……早く家に帰りたいなぁ。
 注意深く周囲の気配を探りながら、早足で家へと向かう。
 この辺りは秋風市内にある住宅街の一つで、この時間帯は人気が少ない。
 不気味に光る電灯だけが家路の頼りだ。
 予備校通いさえなければこんな思いをしなければ済んだのに――そう考えると、余計やるせない。
 折角の春休み最後の一日、なぜこんな思いをしなければならないのか。
 そのことに理不尽なものを感じていると、予備校通いを強引に決めた母に恨みを向けたくなる。
 と、そのとき草むらが微かな音を立てた。
 思わず震え上がる。
 先ほどの音と大差ない。
 また猫か何かだろうかと思い、念のために振り向いてみた。
 ――――そこに、いた。
 服装は普通。
 背丈も普通。
 ただし、ニュースで報道されていたようにその男は唇に大きな傷跡があった。
「――あ」
 思わず声が漏れた。
 間違いない。
 ニュースで報道されていた通り魔。
 人を平気で傷つける奴。
 自分たちとは、明らかに異質なもの。
 それは脅威であり、災害である。
 自分たちとは決して相容れないであろうその雰囲気は、そこにあるだけで異界を作り上げる。
 事実、彼女は今まで感じたことのない恐怖を味わっていた。
 足が竦んで動けない。
 逃げることが出来ない……!
 声を上げたことが引き金となったのか、男は彼女の方にゆっくりと歩き出してきた。
 ポケットの中に手を突っ込んでいる。
 何か持っているのだろうか。
 ……持ってるに決まってる。
 ニュースの報道が正しければ、この男は今までに四人もの女子高生を刺し殺しているのだから――!
「っ、ぁ」
 声にもならない音が唇からこぼれ落ちる。
 助けを呼びたい。
 しかし、叫んだらその瞬間に刺されてしまうような気もした。
 何をするにしても、怖い。
 このままでいるのも嫌だ。
 ……助けて!
 男の姿はもう眼前まで迫ってきている。
 刺される。
 死ぬ。
「……助けてええぇぇぇぇぇぇっ!」
 どのみち駄目ならと思い、力の限り叫ぶ。
 ――――その瞬間、彼女の理解を越えた出来事が起きた。
 男がポケットの中から手を出そうとしたまさにその時。
 どこからともなく人影が躍り出てきて――――男を一撃で吹っ飛ばしたのだ。
「っ!?」
 あまりに無茶苦茶な展開に、頭がついていけない。
 今度は声を上げることすらできなかった。
 叩きのめした、などというレベルではない。
 文字通り、通り魔は吹っ飛ばされた。
 軽く十メートル以上はいっただろう。
 大の男がそんなに吹っ飛ばされる様など、想像したこともなかった。
「……大丈夫か?」
 と、そこで声をかけられた。
 最初誰に声をかけられたのか、彼女には理解できなかった。
 いや、考えればすぐに分かる。
 人気のない夜道、襲いかかろうとしていた通り魔は離れたところで倒れている。
 となれば、残るは当然あと一人。
 ――――突然現れて通り魔を吹っ飛ばした、この場で一番普通じゃない奴だった。
 あまりに異常だったからか、無意識にその存在を認識しそこねていたらしい。
「おい、大丈夫か?」
 彼女が何も言わないからか、そいつはもう一度声をかけた。
 だけでなく、手を差し伸べてきた。
 気づけば、座り込んでいた。
 今までそのことにさえ気づいていなかったことに呆然としながらも、彼女はその手を取った。
 どうにか立ち上がると、彼女はあることに気づいた。
 ……雰囲気が、元に戻ってる?
 まるで通り魔が作り出した異界を、目の前にいる何者かが打ち壊したようだった。
 そいつは男だった。
 と言うより、彼女とそう年も変わらないように見えるから少年と言ってもいいかもしれない。
 鋭い肉食獣のような目つきがどうしても目立つが、それ以外は割合整っている顔立ち。
 中肉中背ながら、しなやかな印象を与える身体つき。
 そして、目つきに似合わぬ暖かな表情。
「危ないところだったな、声がしたからどうにか場所分かったけど……もし声上げてなかったら、助けられなかったかもしれない」
 言っていることは無茶苦茶だった。
 彼女が叫んだその瞬間にこの少年は現れたのだから。
 しかしその口調は、彼女のクラスメートの男子たちとそう変わらない。
 雰囲気なども、どこにでもいそうな少年のものに思える。
 そんな少年が、あの通り魔を一撃で吹っ飛ばした。
 どこから現れたかも定かではない。
 ……何者なんだろう。
 彼女は当然のように疑問に思った。
 こんな風に現れて、ピンチを救ってくれるなんて、まるで――。
「あ、貴方は……?」
 尋ねられると、少年は困ったように頭をかいた。
「あー、なんだ、と言われても」
「だって、こんなの普通じゃない……!」
 普通じゃないと言われて、少年は寂しそうに笑った。
「普通じゃないのは認めるけどよ。まぁ別にいいだろ? とりあえず助かったんだし」
「……そうだけど、でもこれじゃあまるでヒーローじゃない」
「む」
 ヒーローという言葉に何を思ったのか、少年は顔を僅かにしかめて……そして、笑った。
「なるほど、確かにヒーローも普通じゃないって言えば普通じゃないよな。それに俺がやってること、そのまんま過ぎだ」
 からからと景気のいい笑い声。
 笑うと鋭い目つきが和らぎ、暖かな陽射しを感じさせる顔になった。
 が、その笑みもすぐに止み、少年は通り魔の方へ足を向ける。
「ど、どうするの?」
 もしかしたらとどめを刺すのではないだろうか――そんな危惧が、彼女にはあった。
 いくら通り魔であろうと、目の前で殺されるところなんて見たくはない。
 少年は通り魔を担ぎ上げて、ちらりと彼女を見た。
「心配するな、殺したりはしねぇよ。警察に任せるさ」
 そんな、至極当たり前のことを言う。
 なにからなにまで普通だった。
 先ほどの出来事も、なにか自分の錯覚だったのではないかと思えてくる。
 偶然近くにいた彼が、彼女の声を聞きつけて通り魔に体当たりをした。
 あまりに勢いが良かったために、通り魔は地に叩きつけられた後もゴロゴロと転がっていった。
 それだけなのではないだろうか。
 だが、その可能性は少年が否定していた。
 彼は自分自身を普通ではないと認めている。
 ……だったら、結局どうなのよ?
 落ち着いて考えなければ、と思いながらもそれができない。
 そんな彼女に、通り魔を担いだまま少年は声をかけた。
「なぁ」
「え、あ……なに?」
「言われるまでもないだろうけど、早く帰った方がいい。夜道はいろいろと危ないからな」
「あー、うん。また襲われたら大変だもんね」
 少年の雰囲気に呑まれたのか、少し間の抜けた返事をして、
「ああ――――通り魔程度ならいいが、俺みたいな化け物と遭遇したら多分助からないぞ」
 さらりと不意を突かれた。
「――――――」
 彼女がヒーローのようだと思った少年は、自らを化け物と評して颯爽と姿を消した。
 ……なんだったんだろう。
 疾風のように現れて、小さな嵐を巻き起こして去っていった。
 全てが終わってしまった後、彼女は結局何も分からないまま。
 自らが"本当の異人"と接触したことさえ理解せず、彼女は再び家へと歩き出す。
 後に残るのは、静かに広がる闇の波紋だけ――――。

 高層ビルの上を飛び回る影があった。
 止まることなく、せわしなく動き続けている。
 夜の闇に紛れているせいか、その影に気づくものは誰もいない。
 風を切り裂きながら、影はこの町で一番高い場所へと向かう。
 市街の中心にそびえ立つ巨大なビル。
 その屋上に影は降り立った。
 影の正体は、まだ高校生くらいの少年だった。
 持っていた携帯電話で、目的の番号を素早く叩く。
 繋がったことを確認すると、相手が何かを言うよりも早く、彼は言うべきことを言った。
「ターゲット確認、ポイントA7」
『了解、こちら現在ポイントB4.至急A7に向かう』
 電話越しに静かな声が返ってくる。
 連動して、眼下に広がる道路の車が一台、猛スピードで走り出した。
 少年の仲間があの車に乗っている。
 少年は視線を移した。
 その先には、小太りの中年が何人かの配下に囲まれて、移動中だった。
 配下はいずれも武道の経験があるのか、動きに淀みがなく、周囲への警戒も怠る様子がない。
 距離は、少年が立つビルから数キロ程度先。
 中年の男はたった今建物から出てきて、黒塗りの車に乗り込むところだった。
 そこに、少年の仲間たちが乗っている車が突入する。
 敵意を敏感に感じ取ったのか、中年男の配下――ボディガードたちは、主を車に押し込むとすぐさま車を発進させた。
 さすがに町中で銃を放つような真似はしないだろうが、隠し持ってはいる。
 少年の目はそれを逃さない。
『ターゲット見つけた、これからとっ捕まえる』
 先ほどとは別の声が、現状を伝える。
「了解した、俺もすぐにそちらへ向かう」
『おう、ただし人目につくようなヘマはすんなよ』
「難しいところだな。それにお前の方がよほど目立っている気がするが?」
『言ってくれるぜ』
 少年は思案する。
 このビルの屋上から現在の作戦地点まで、真っ直ぐ向かえば数秒で到着する。
 しかしそれではあまりに人目につく。
 ただでさえ今回の任務は目立ちやすい類のものだ。
 極力派手なことはしないほうがいい。
 ……人目につかないルートは――あそこか。
 少年の目は、暗闇の中でこそ進化を発揮するのか。
 わずか数秒で最良のルートを発見すると、迷うことなく夜空へと身を投げ出した。
 あらゆるしがらみから開放されたような青空ではなく、見えない何かに包み込まれているような夜空。
 ……それこそが俺たちに相応しい!
 ざんっ、と空気の壁にぶち当たる。
 身体全体に見えない空気が襲い掛かってくる。
 それを粉砕し続けながら、少年は闇の中を走り続ける。
 ところどころに点在する光を、忌み嫌うかのように避けていく。
 迫る。
 黒塗りの車に迫る。
 視界がぶれる。
 世界が加速し続けていく。
 そしてそれが――――静止する。
 少年は建物の隙間に降り立ち、そこからゆっくりと道路へ出た。
 歩道を通り越えて、さらに車道へ出る。
 そこに、標的の車が飛び込んでくる。
 止まらない。
 周囲に人はほとんどいないが、それでも何人かの人間は悲鳴を上げていた。
 が、少年にはそんなことはどうでもいい。
 彼がここに立った時点で、チェックメイト。
 嫌な音を立てて車は急ブレーキをかけた。
 それでも間に合わないと踏んだのか、ハンドルを切ってスピンさせる。
 当然車は無茶苦茶な方向に向かって……止まった。
 その隙に後方から追ってきていた車が止まる。
 中から三人の男が出てきた。
 少年もそれに合流し、標的の車を取り囲む。
 標的は抵抗するだけ無駄だと悟ったのか、大人しく車から出てきた。
「くっ……貴様ら、カンパニーの者か!?」
「そうだ。悪いがお前の商売について尋ねたいことがある」
「抵抗は止めた方がいいですよ。別に殴ったり殺したりはしません。ただ貴方たちの行為は違法ですからね。正さなきゃいけません」
「そうそう、どう考えても悪いのお前らなんだから。うちが嫌なら警察引っ張ってくぞ」
 一気に畳み掛けられて、中年はがっくりとうな垂れた。
 まるで一攫千金を夢見て敗れたギャンブラーのようである。
 ……似たようなものだがな。
 社会的に危うい立場になる代わりに、莫大な利益を得る可能性をこの男は持っていた。
 その野望も今、少年たちの妨害によって費えたわけだ。
 周囲のギャラリーはほとんどいないが、それでも迅速にこの場を立ち去らねばならない。
 自分たちの乗ってきた車に男たちを押し込みながら、少年は空を見上げた。
 どこまでも暗い夜の空。
 それこそが、彼らの時間だった。

 住宅街にあるマンションの側。
 そこには砂場と滑り台ぐらいしかない小さな公園がある。
 公園の手前には一台の車が停車しており、運転席と助手席に一人ずつ男が座っている。
 運転席に座るのは、がっしりとした体格で背広姿をしている。
 隣に座っている方は狭い車内で手足を伸ばし、欠伸を繰り返していた。
 不意に扉を叩く音が聞こえ、二人は一斉に視線をそちらへ向けた。
 そこには一人の少年が、一人の男を担いで立っている。
 運転席の男は頷くと、
「後部座席に放り込んどけ」
「荷物じゃねぇんだから……」
「社会のお荷物だろうが。せめて再利用可能なことを期待したいところだ」
「相変わらず刑事の発言とは思えないな」
 少年は苦笑して、担いでいた男共々後部座席に乗り込んだ。
 運転席の男が顔を半分後ろへ向け、
「ご苦労だったな、梢。あまりお前の手は借りたくないが、いざというときは助かる」
「んなこと気にするなよ師匠。俺はあんたに救われた身だ。恩返しならいつでもするぜ」
「いつもしてもらっているだろう。飯に洗濯、風呂に掃除。これではどちらが助けられてるか分からん」
「俺が好きでやってるんだから、気にしなくていいんだよ。刑事の仕事、忙しいんだろ」
 梢は後部座席に置かれていた縄で放り込んだ男を縛り上げる。
 先ほど少女に襲い掛かろうとしていたこの男はまだ目を覚ましていない。
 町を騒がせた連続通り魔殺人の犯人は、おそらく警察署に着くまで眠りっぱなしだろう。
「しっかし、相変わらず見事な手腕だねぇ」
 助手席に座っていた男が後部座席へ視線を向ける。
 それと同時に車は発進。
 警察署まではそう遠くない。
「お前がこいつの行動パターンを分析したから楽になったんだよ。見事な手腕っていうなら、お前の方だろ」
「んじゃ、俺たち二人とも見事な手腕。師匠だけ何もしてな――――」
 言いかけたところで運転席から重い一撃が放たれる。
 助手席の男はまともに喰らって仰け反った。
「生意気で問題児ばかりだな、俺の弟子は」
「師匠が師匠だからだろ……?」
「俺は俺だがそのことに何か問題でも?」
「いえ、何もありませんです」
 これ以上言うと後部座席にも鉄拳が飛んできそうだったので、梢は助手席へと視線を向けた。
 ぴくぴくと痙攣している男は梢と同年代で、少年といった方が相応しいかもしれない。
「口は災いの元ってな。生きてるかー、吉崎ー」
「どうでもよさそうに呼びかけるなよっ!」
「いつまでも殴られたときのリアクションポーズ取ってるからだろ」
 吉崎はまだまだ余裕そうだった。
 梢が嘆息すると同時、車が一時停止する。
 視線を横に向けると、そこには『榊原』と書かれた表札があり、その横手には古風ながらもしっかりとした門があった。
 門は開いており、その奥には巨大な屋敷が影となって存在している。
「お前らまで警察に連れてくわけにはいかんからな。今日は吉崎も家で休んでいけ」
「そうっすね。んじゃ、いつもの客間を借りるっす」
「あと梢、美緒に伝えておいてくれ。『保護者面談にならない程度には勉強しやがれ』とな。ついでにその言葉はお前にも送るとしよう」
「肝に銘じておくよ」
 梢は苦笑して、自らの保護者である屋敷の当主――――榊原幻に返答する。
 榊原はこのまま警察へ通り魔を連れて行き、仕事の再開だ。
 梢と吉崎はこのまま家へ戻り、明日の学校に備える。
 榊原の運転する車が夜の道へ消えて、吉崎は安堵の息を漏らした。
「とりあえずこれで今日も終わりかぁ~! いや、何事もなくて良かった」
「ああ。ま、問題が一つあると言えばあったけどな」
「何?」
「襲われかけてたところを咄嗟に助けたから、ちょっと見られた」
「……まぁ、それなら仕方ないよな」
「そうか。それなら、助けた後に少し話したのも仕方ないよな?」
「それはまずいだろ、もっと機密性を大事にしなきゃ。お前の正体バレたら一騒ぎどころじゃないぞ? 美緒ちゃんにまで被害が出るかもしれないんだから、自重しろよ」
 吉崎は口を尖らせ、梢の鼻先に指を突きつけてきた。
 それだけのことで、通り魔を一撃で吹き飛ばした男が後ずさりする。
 梢はやや不服そうにそっぽを向いて、
「普通の社会で生きていくのは大変だなぁ」
「そりゃ、お前に取っては制限の多い世の中だろうけどな。何十人、何百人何千人にもなって出る杭を打つ世の中でもある。そこんとこ忘れるなよ」
「異質な力が嫌われるってのは分かるさ。ただ、分かってても大変だなって思っただけだよ」
「力ない者は役立たず扱い、力ある者は危険視される。ま、俺も嫌な世の中とは思うけどな」
「……なぁ吉崎。それでも俺は恵まれてるよなぁ。こうして親父代わりの師匠もいるし、相棒兼親友もいるし、クソ生意気な妹もいる」
「んー、確かにそうかもな。でもま、苦労がなかったわけじゃないんだろ」
「ああ。だからたまに思うんだよ……もし俺と同じように異質な力を持ってる奴が、誰にも理解されないで辛い思いしてるなら。……俺が理解者になって、助けてやりたいもんだなって」
 勝手な思い込みだがな、と梢は呟く。
 だがそれが、その場の気まぐれから出た発言でないことは吉崎も分かっているだろう。
 倉凪梢、日常の中に生きる異常人。
 だからこそ、彼は普通に生きる人々よりも孤独の辛さ、日常の大切さを知っていた。

「ご苦労だったな」
 見下すような視線と共にかけられた言葉。
 それに不快感を抱きながらも、少年は不服の声をあげない。
「さすがは異法人の集団、異法隊。我々人間ではいかに時間をかけようとも解決出来ないであろうことを、即座に遂行してみせるとは」
 聞き飽きた褒め言葉を残し、背広姿の男は去っていく。
 その横には、先ほど少年たちが捕らえた男が手首を縄で縛られて連行されていた。
「あいつら感じ悪いなぁ、零次」
 車の中から声をかけられ、零次は振り返る。
 運転席から顔だけを出した長身痩躯の男がへらへらと笑っている。
 ふん、と零次は鼻を鳴らし、
「いつものことだ。素晴らしい自己中心的主義者だぞ、奴らは」
「そんでもって俺らはその下っ端ってわけだ」
「霧島、現状管理はしっかりとしているか? 誰が連中の下っ端だと?」
 零次は不快の色を隠さず、眼前の巨大なビルを眺める。
 秋風市唯一の都会部分ともいえるこの辺りにおいて、力を有する部類に入る企業のビルだ。
 ビル前に設置されているプレートには『赤間カンパニー』と書かれている。
「我々異法隊はあくまで赤間カンパニーとは別の組織だ。この支部では金銭的問題から連中に庇護される形となってしまったがな」
「だから実質的には下っ端だろ? ギブ&テイクって言えば聞こえはいいけど」
 実情は霧島の言う通りだった。
 零次たちの所属する組織は、赤間カンパニーの下に置かれている。
 資金面での問題が生じ、活動が困難になったためだ。
「ったく、俺たちみたいなのを受け入れてくれるのは、ヤバイとこだけなのかねぇ」
「常人とはかけ離れた力。忌み嫌われるか利用されるかしかなかろう。我々はいつの日か独立するために、これを享受しなければならない」
「難儀だね。俺は普通の人間みたいに生きたいぜ」
「――――無理だ」
 寸分の迷いもなく断定する。
 霧島は少々呆気に取られていたようだったが、
「そっか。そういやお前……」
 言いかけて、言葉を止める。
 その先は告げるべきではないと判断したのだろう。
 だからこそ、零次は自分自身で告げた。
「俺がこのような存在として生まれたが故に父は姿を消し、母と妹は死んだ。今更、普通の人間のように生きられるとは思わん」
 普通の人間には何度も拒絶された。
 受け入れてくれたのは、異法隊という自分たちの同胞のみ。
 後は利用し、利用される関係が多少あっただけだ。
 ……それに七年前のこともある。
 異法隊に入隊したばかりの頃。
 彼はある事件に巻き込まれ、とても大切なものを傷つけてしまった。
 それもまた、自分の力故に。
 だから零次は人を避ける。
 拒絶と後悔という、二重の罪から逃れるために。
「……ま、あんまり思いつめるなよ。自由に考えろ、そして選べ。無理しない程度にな」
「適切な助言に感謝する。曖昧すぎて何をどうすればいいのかさっぱりだが」
「んなことはお前じゃないと分からないだろ、久坂零次」
 月明かりに照らされたまま、零次は周囲をぐるりと見渡した。
 前後上下左右全てが闇。
 まるで出口のない迷路のようだな、と彼は苦笑した。

 人と共に日常に身を投じる少年、倉凪梢。
 人と離れ、非日常に身を置く少年、久坂零次。
 共に尋常ならざる力を有する彼らの物語は、二〇〇三年の四月より始まった。