異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第五話「不完全な解放」
「特殊な薬液を注入されている影響だろうね。定期的に薬を打たないと禁断症状が現れてくる」
 その医師は、事もなげにとんでもないことを言い出した。
 ここは幸町医院。
 町の片隅、人々の"意識の死角"にある建造物である。
 医師の名は幸町孝也。
 個人でこの医院を営んでいるらしい。
 医療免許は持っておらず、所謂闇医者というやつだった。
 ただし腕は確かで、人柄もよく、信頼に足る人物らしい。
 眼鏡がトレードマークの温厚そうな青年で、闇医者などという物騒な肩書きよりも「保育士さん」と名乗った方がよほどしっくりくる――――そういう男だった。
「それってヤバイんじゃないのか?」
 幸町の言葉に、梢は不安そうな表情を浮かべる。
 が、幸町の方は落ち着いた様子で自分の考えを述べた。
「……研究所から脱走させないための措置なんだろうね。君の話から判断する限り、彼女自身はそのことを知らなかったようだけど」
 いやに落ち着いているこの医師を前に、梢は段々苛立ってきた。
「んなことばっか言ってないでよ……どうにかならねぇのか?」
「落ち着けよ倉凪」
「……そいつは、そいつはずっと人間以下の扱いを受けてたんだ。ようやくそこから解放された。……だってのにいきなりこれかよ!?」
「倉凪っ」
 後ろに控えていた吉崎が梢を抑える。
 そうしなければ梢が幸町に食いかかっていきそうだったからだ。
「すんません先生。こいつ他人のことになるといつもこんな調子なんで」
「いや、構わないよ。それと倉凪君、彼女は問題ない。僕には、これと同じ症状の子を何人か診てきて治療した経験がある。安心して任せてもらえないかな」
「……」
「倉凪。先生は師匠も認める人だ。任せて間違いはねぇ」
 師匠――――榊原幻。
 他人に厳しく、自分にも厳しく。
 そんな彼が認めるのは、そのコトに関して相当秀でたものだけ。
 榊原が認めた相手ならばどうにかなる、という吉崎の言葉に梢は頷いた。
「……すいませんでした。こいつを、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ。その間に君も休んでおいた方がいい。自分で応急処置は?」
「大丈夫です」
 幸町から手渡された救急箱を片手に、梢は吉崎を連れて待合室まで引き下がった。

 簡単な手当てをしながら、梢は吉崎に研究所内でのことを話した。
 最初のうちは神妙に聞いていた吉崎だったが、次第に呆れ顔になっていく。
「お前、無茶しすぎ」
 話を聞き終えた吉崎は、そう言って嘆息する。
 梢は不服そうに顔をしかめたが、事実なので反論できない。
 もしも警察の来訪というアクシデントがなければ、どうなっていたか分からない。
 吉崎という救援がなければ、遥の症状はもっと悪化していたかもしれない。
 要するに――――梢が遥という少女を伴ってここまで来ることができたのは、運が良かったからに過ぎないのだ。
「しかし、ひどい話だった」
 梢は表情を一変させ、吐き気を抑えるかのように口元に手を当てて呻いた。
 彼が研究所の中でなにを知ったのか。
 吉崎はそれを尋ねることが出来なかった。
「――――彼らは研究のためならどんなことでも平気でする。老若男女問わず、彼らにとって他人は被験体に過ぎないのさ」
 と、そこに幸町が戻ってきた。
 既に治療は終えたのだろう。
 その表情が「もう大丈夫だよ」と物語っている。
 梢は安堵の息を漏らすと共に、幸町に向き直った。
「先生、あいつみたいなのを今までにも診たことあるって言ってたよな? こういうことって……よくあるのか?」
「人身売買かい? ニュースとかで言ってる通りさ。深刻だよ」
「それもそうだけど……あいつ能力者なんだろ、俺みたいな。そういうのをサンプル扱いする連中ってのはまだいるのか?」
「そりゃあいるさ。だってそのせいで人身売買が深刻化しているんだからね」
 平然と。
 本当に平然と、幸町は言った。
 まるで当たり前のことを話すように。
「倉凪梢君、君もあの研究所で知ったんじゃないかな。彼らは独自のルートで人間を買い集め、実験材料にしていた。あの遥という子は能力者としてのサンプルだ。これはね、珍しいことじゃないんだよ。テレビでよくやってるだろう、人身売買問題の深刻化。その原因が、今回の一件みたいなものなのさ」
 幸町の言葉に梢は項垂れる。
 今日体験したことだけでも虫唾が走るというのに、そんなことが他の場所でも起きているというのだ。
 握り締めた拳が震えた。
「なんで、そんなことすんだ?」
「彼らは怖いのさ。――――君たち能力者がね。だから自分たちも同等以上の力を持とうとしてる。そうすることで恐怖を取り除きたいんだよ。……人間らしいと言えば、人間らしい理由だね」
「……」
 梢は常識を逸脱した力を持っている。
 車並の速度で走ることも出来るし、数十メートルの高さを跳ぶことも出来る。
 拳銃で撃たれても、当たり所が悪くなければ軽傷で済む。
 全力で殴りかかれば……人間を殺すことなど、訳もない。
 現に梢はその力を振るい、恐怖におののく研究員たちを叩きのめしてきた。
 ……もし俺が普通の人間だったとしたら、やっぱ怖いか。
 なぜ彼らがそんなことをするのか、という理由は分かった。
 だが、許せるかどうかはまた別の問題だ。
「……だからあんなエグイ研究をやって、力を得ようとしてるのか? 俺たちに負けないように? そんなの、馬鹿げてる」
「馬鹿げてるかもしれない。でもね、恐怖に囚われた人間は、総じて馬鹿になる。そうは思わないかな」
 幸町は言いながら懐から名刺を差し出した。
 梢は不服そうな顔でそれを受け取る。
「怖いのはね。その馬鹿に大義名分を与えることなのさ。大義名分がなければ彼らは狂人でしかない。でも実例があるから彼らは自分に自信を持ってしまうのさ。俺たちのやっていることは間違ってない! ってね」
「実例、か」
「そう、能力者によって被害にあった人というのは結構いるんだよ。だから彼らはそれを盾に、どんなことでもしてのける。……気の毒なのは犠牲者たちさ。彼女のようにね」
 化け物などに殺されたくないという願いから、力を欲する。
 力を求める過程で、多くの人々の命を奪い続ける。
 それはなんという矛盾。
 人が人ではないものに対抗するために人を殺す。奪う。犯す。汚す。消す。
 それでは。
 その過程で散っていった人々は、いったいどうすれば良かったのか。
「人を能力者から守るために人を実験体にする。それは矛盾してるけど、現実だ」
「けど許せねぇ。あいつら全員ぶっ飛ばしても足りないくらいだ……!」
「――――だったら、君は君の出来ることを頑張ってみなさい」
 憤る梢を諭すように、幸町は柔らかな笑みを浮かべた。
「見せつけてやればいいんだ。恐怖心に取り付かれて相手と向き合おうとしない馬鹿に、能力者だろうが人だろうが理解しあえることもある、と」
「……見せつける?」
「ああ。……例えば彼女だ。彼女、これからどうする?」
「とりあえず家に連れて帰る。妙な連中に追われてるみたいだったから」
「その後は? 能力者は人と理解しえないという理屈なら、彼女の居場所はどこにある?」
「どこにでもあるさ。俺だって普通にこうして生活してんだし――――」
 そこまで言って梢も気づいたのか、言葉を止めた。
 幸町は壁に背を預けながら、
「そう。彼女の居場所を人の世の中に見つけることが出来ると、君は思っているんだね?」
「ああ。俺自身が証人だ」
「だったら君が彼女と人の橋渡しをすればいい。そして可能性を見せつけるんだ。俺たちだって上手くいくんだぞ、と。……連中に憤っているなら、彼らを倒すよりもそっちの方が大事だと思うよ」
「……」
「そうすれば君のように、人の中で生きていける能力者も増えるかもしれないね」
 成る程、と梢は頷いた。
 ただ力を振るうだけでは何にもならない。
 例えば今回の事件は、遥という少女を救出することが出来たが――――同時に、梢の力の恐ろしさを伝えることになった。
 これではまた同じような輩が出てくるかもしれない。
 それでは意味がないのだ。
 ……見せつける、か。
 考えもしなかったことだ。
 だが、とても大切なことのように思える。
 誰もあの少女にしてやらなかったこと。
 可能性を与えたい。
 ――――彼女を人間にしたいと、そう願う。
「……はん。言われなくても、そうするさ」
 雲に隠れていた月の光が窓から入り込んでくる。
 にわかに、暗澹たる部屋が明るくなった。

 ――――目が覚め、鮮やかな風景が飛び込んできた。
「……あ、れ」
 透き通るような空気。
 その中で彼女は目を覚ました。
 心なしか身体も軽くなったような気がする。
 今までとはまるで違う風景。
 何があったのか――――考え付いて、急に跳ね起きた。
「おう、起きたか」
 そこに一人の少年がいた。
「あ、えっと……梢君?」
「名前で呼ぶな、恥ずい」
 顔を真っ赤にさせてそっぽを向く。
 どうやら彼は照れているようだった。
「倉凪君?」
「ああ、それでいい」
 うむうむと満足げに頷いて、梢は立ち上がった。
「ここはどこ?」
 さっきから質問してばかりだったが、現状が全く見えてこないのだから仕方がない。
 あの晩、梢と出会って外に出て。
 しばらく森の中を走っていった頃に意識が途絶えたっきりなのだ。
 分からないことだらけなのである。
「ここは俺の家だ。森の中でぶっ倒れてたから一旦医者に診てもらって、その後家まで運んだんだよ」
「そうなんだ……ごめんね、迷惑かけちゃって」
 しゅんと項垂れる遥に、梢は頭を振った。
「気にするな、放っておけないのは当たり前だろ。それより身体の調子はどうだ」
「うん。なんだか今までにないくらい良い感じ」
 それまでどこか心配そうだった表情を崩し、梢は破顔した。
「そっかそっか! いや、よかった。うん」
 まるで自分のことのように喜ぶ。
 遥はそんな梢を見て、まるで自分まで嬉しくなったかのような錯覚を覚えた。
「んじゃ、もう少し休んでろよ」
「あ、いいよ。もう大丈夫」
「いや、んなこと言ってもな」
 梢が遥に反論しようとしたとき。
 ――――きゅう。
 …………。
 ……。
 遥は顔を真っ赤にして俯く。
 なんとなくその姿がおかしくて、梢はさっきとは違う笑みを浮かべた。
「そうだった、お前腹減ってたんだっけか。悪い悪い」
「そ、そんなに笑わないでよ……」
「くっくっく。いやいや。こう見えても俺は料理が趣味でな。うん、食いっぷりのいい奴がいるとやる気も出るってもんだ」
「私そんなに食べないよっ」
「気にするなって。うちの妹も結構大飯食らいだし。恥ずかしいことじゃないと思うぞ、うん」
 からからと笑いながら部屋から出て行く梢。
 遥は布団から出て、その後を追う。
「別にお腹が減ってたのは、その、食べたりないとかじゃなくて、そのっ」
「いいっていいって。無理に弁解するなよ」
「だ、だから違うのっ」
 必死に弁解しようとする遥の頭を、梢はポンポンと軽く叩く。
 いつになく上機嫌な足取りで、梢は台所へと向かうのであった。

 早朝ということもあって、家の中は比較的ゆったりとしていた。
 ただし榊原はいない。
 どうも昨晩、研究所へ向かった警察官の中に榊原もいたらしい。
 事後処理やら雑務やらで、今日の夕方までには帰るという連絡があった。
 梢は台所で調理中。
 その間、遥はテーブルの前で正座をしている。
 他に人の姿はない。
 吉崎は昨晩のうちに自宅に戻っているため、今この家には二人の他、梢の妹である美緒しかいない。
「う~……おはよう」
 と、梢が味噌汁の味見をしていると美緒が現れた。
 相変わらず朝には弱いらしく、目がほとんど開いていない。
「おー、おはよ。そこらへんに座って待ってろ」
「ふぁーい」
 美緒はおぼつかない足取りで、遥の正面の席に座った。
 頭がふらふらと揺れてる辺り、まだ目が覚めきっていない。
「……」
 遥は困ったように、美緒と梢を見比べてみた。
 どうするべきなのか、ちょっと分からない。
 梢に言われたからテーブルの前で待っていただけなのだ。
 何をすればいいのかなど、全然分からないのだった。
 とりあえず、梢の真似をしてみる。
「えーと、おはよう」
「うん。おはよぉ」
 だらしなく返事をする美緒。
 少しずつ頭の揺れが収まってきた。
「えっと、倉凪君の?」
「妹だよぉ。美緒。よろしく~」
「美緒ちゃん……よろしく。私は遥」
「遥さんかぁ。いい名前~」
「……ありがとう。美緒ちゃんの名前も素敵だと思うよ」
 最初のうちは戸惑っていた遥だったが、段々寝ぼけ美緒のペースが分かってきたらしい。
 なんだか緊張感がなくなるような、それでいて眠気を誘うような会話だったが、不自然さは感じられなくなった。
 美緒は遥の隣に移動してゴロゴロとじゃれている。
 ところが、梢が朝食の最後の仕上げに入ろうとしたとき。
「うにゃーっ!?」
 などと、まさに猫のような声が周囲に響いた。
「だ、誰っ!?」
「えっ?」
 美緒は遥から素早く離れ、警戒の目で睨みつけてくる。
 先ほどまでとは全然反応が違っていた。
 ……どうしよう。
 いきなり美緒の態度が豹変したため、どうしていいか分からない。
 遥は軽いパニック状態になりつつあった。
「遥、気にするな。今までそいつ寝ぼけてたから。意識が覚醒して戸惑ってるんだろ」
「そ、そうなの……?」
「ああ。おい美緒、さっき自己紹介もしてたろ。そんなに警戒するなよ」
「してたっけ?」
 む、と首を捻る。
 その仕草は兄妹だけあって、どことなく梢と似ていた。
「そういえば誰かにじゃれついて遊んでたような」
「あ、多分それ私だと思うけど……」
 さっきまでと異なり、遥はどこか腰が引けていた。
「ほれ。積もる話は飯食いながらでもいいだろう」
 そんな微妙な空気を読み取ったのか、梢はテーブルに次々と食事を乗せていった。

「ごめんね、遥さん。私寝ぼけてるときのこと全然思い出せなくてさ」
「ううん、いいよ。私も寝起きはちょっと悪いから分かるかな」
 遥のことを説明すると、美緒はあっさりと納得した。
 そして現在、なんでもない会話に華を咲かせている。
「それにしても……」
 梢は静かに箸を進めながら、遥の方を見た。
 遥はよく食べる。
 美緒もかなり食べる方だが、遥はさらによく食べる。
 今朝作ったものは全部平らげてしまいそうだった。
 その視線に気づいたのだろう。
 遥は梢を見て、ちょっと照れたようにして箸を宙で止めた。
「倉凪君のご飯ってすごく美味しいね」
「あ、遥さんもそう思う?」
「うん。思わず箸がどんどん進んじゃうよ」
「いや。取り繕わなくても別にいいだろ。食いたければどんどん食ってくれ」
 梢は苦笑した。
 だが遥は頭を振る。
「美味しいのは本当だよ。私、こんなに美味しい料理食べたことなんてないから」
 ふと、思い出した。
 遥は物心ついた頃から、研究材料として扱われてきた。
 そんな彼女に対し、研究員たちがどんな風に接してきたか。
 食事なんて、死なせない程度に食わせておけばいい、という程度の量を与えられていただけだろう。
 最初はからかい半分で言っていたが、その裏にある意味を読み取ると梢は少し申し訳ない気持ちになった。
「――――そっか。ならもう食い過ぎたってぐらい食ってくれ。そうしてくれると俺も嬉しい」
 だから。
 極自然に笑みを浮かべながら、そんなことを言ってしまうのも――無理はない。
「……ありがとう」
 梢の意図が伝わったのか。
 今度は照れもせず、言い訳もせず、遥は素直に頷いた。

 最初は静かに。
 だが最後のほうになると非常に盛り上がった朝食が終わった。
 美緒と遥はすっかり打ち解けて、女の子同士の話に夢中になっている。
 と言っても、遥はほとんど相槌を打っているだけのようだ。
 美緒のテンションにはまだ慣れていないようだったが、傍から見ると遥は美緒と十分仲良しに見える。
 これならうまくやっていけそうだと思い、ほっと胸をなでおろす。
「――ってなんでそんな親御さんみたいなこと心配してるんだよ俺は」
 ぶんぶんと頭を振って、余計な思考を排除する。
「ねぇ、遥さんこれからどうするの?」
 いつのまに話し終えていたのか、美緒が台所までやって来て尋ねた。
「この家で預かることにした。師匠も了承済みだ」
「そうなんだ、それじゃこの家も少しは賑やかになるね」
 なんだか美緒はご機嫌だった。
「やけに嬉しそうだな。昔は人一倍人見知りしてたくせに」
「ふーんだ、それは昔の話ですよー。それにこの家って広いから、私たちだけだとちょっと寂しい気もするし」
 もともとは榊原家一族が暮らしていた屋敷。
 子に恵まれないという不幸もあって今では当主の幻しかいないが、全盛期の頃は十数人はいたのだろう。
「そりゃ確かに。兄貴が出ていってから、ちょっと活気が失われてたもんな」
 しんみりと呟いてからエプロンを外し、居間に向かう。
 遥はそこで、興味深そうにテレビを見ていた。
 おそらくこれも初めてなのだろう。
 鼻先が画面にくっつくぐらいの距離で注視している。
「テレビを見るときは部屋を明るくして、離れて見るように」
「ひあっ!?」
 テレビ画面に引っ付きながら見ていた遥の背中をポンと叩く。
 いきなりのことに驚いたのか、遥は素っ頓狂な声を上げた。
「っと、驚かせちまったか。すまんすまん。で、今日からここがお前の家だがOK?」
「……へ?」
「今日からここがお前の家だがOK?]
「え、えっと」
「今日からここが」
「う、うん、OK!」
 ずいっと迫ってくる梢に何を感じたのか、遥は半泣きになりながらカクカクと頷いた。
「お兄ちゃん、遥さんをいじめちゃ駄目だよ」
「む。そんなにまずかったか、いまの」
「お兄ちゃん見た目が怖いからね。ずいっと迫られたら泣きたくもなるよ」
 結構ひどいことをさらりと言う。
 だが梢は言われ慣れているのか、特に反応を示さない。
「あれ?」
 と、梢の言葉の意味に今更気づいたのか、遥は驚きをあらわにした。
「ね、ねぇ……迷惑じゃない、かな?」
 そんなことを梢と美緒に向かって尋ねる。
 とても不安そうな目をしていた。
 梢と美緒は何を今更、と肩を竦めた。
 兄妹だけあって仕草が似ている。
「俺たちだってこの家には迷惑になってる側だし。それに、お前行く当てもないだろ」
「……う、うん」
 物心ついてからずっとあの研究所にいたとなると、知り合いはおろか家族のことすら分からないだろう。
 彼女が頼れるのは、今のところここだけだった。
「安心しろって。俺が誘ったんだから、ちゃんと面倒見るさ」
 ポンと遥の頭に手をのせて、わしゃわしゃと撫でる。
 傍から見ると荒っぽい仕草に見えたが、遥はとても心地よさそうだった。

「植物の使い手?」
 異法隊の隊長室にて、零次たちの報告を受けた柿澤は怪訝そうに顔をしかめた。
「この付近に我ら異法隊に属さぬ能力者がいたか」
「はっ。しかし、戦闘能力は大したことはありません。水準以上の能力を持ち合わせてはいましたが、一挙一動から戦闘経験の浅さが窺い知れました」
「だがイレギュラー要素であることに変わりはない。現にその男のせいで"彼女"の保護は失敗した」
「……申し訳ございません」
 零次は歯噛みしながらも頭を下げた。
 柿澤の言い方が不服なのではなく、梢の存在を思い返すと腹立たしいのである。
「で、この任務はどうするんです?」
 壁に持たれかかりながら霧島が問う。
 その不作法を注意する者はいない。
「二手に分ける。零次と霧島は件のイレギュラーに関する調査。矢崎兄弟には彼女の探索を続行してもらう」
「――しつこいですな」
 せせら笑うように霧島が言う。
 その言葉に、室内の緊張感が高まる。
 柿澤は眉をひそめて霧島に鋭い眼光を送る。
「……何か不服でもあるのかね?」
「いやいや。ただ彼女、どうも自分から進んでイレギュラーについていったらしい。わざわざ我々が保護する必要もないんじゃないかと思いましてね」
「確かに、抵抗する様子もなく共に行動をしているようだったが……」
 直接映像を見た零次が頷く。
「つまり彼女はその男を信用したわけですな。それが彼女の判断である以上、我々がこれ以上介入しても面倒ごとになるだけだと思いますがね」
「……」
 柿澤は眉間にしわを寄せて、押し黙った。
 霧島は明言こそしないものの、任務を打ち切るよう勧めている。
 理屈も通っている。
 別におかしなところはない。
 強いて言うなら、あのイレギュラーの男が本当に信用できる存在なのか、という問題が残る。
 だがそこまで心配するのは過ぎた御節介というものだろう。
 癪に障るところはあったが、零次は霧島の意見には同感だった。
 刃や亨もそれは同じらしく、柿澤の方を窺うように見ていた。
 が、柿澤はその雰囲気を断ち切るようにはっきりと告げる。
「――――任務の続行は決定事項だ。彼女の保護は異法隊としても必要なのだよ」
 柿澤源次郎は顔を上げるなり、霧島の意見を一蹴した。
 その強引な言い方に零次は首を捻った。
 霧島が試すように問いかける。
「そこまで重要ですか、彼女は?」
「可能性の問題だ。断片的な情報によるものだが」
「……」
「以上だ。各々今日は疲れを癒し、任務遂行のための力を蓄えておくように」
 説明を打ち切り、柿澤源次郎は席を立つ。
 そのまま扉を開けると、そこには一人の若者が立っていた。
「藤村、待たせたな。赤間カンパニー社長との会合は?」
「もうすぐです。今から向かえば十分に間に合うかと」
「結構。向かうぞ」
 振り返ることもせず、柿澤は真っ直ぐに進んでいく。
 藤村と呼ばれた若者は、柿澤についていく前に零次たちの方を振り返った。
「なんだか皆ピリピリしてるみたいだけど……なにか、あったのか?」
 心配そうに尋ねてくる。
 どうやら彼は、室内の会話は聞いていなかったらしい。
「いや、なんでもない。それよりも藤村、隊長についていかなくていいのか?」
「っと、そうだった。それじゃ皆、お疲れさん」
 軽快な足音を立てて去っていく藤村。
 その後姿を見ながら、残された四人は沈黙した。
 自然と視線が霧島に集中する。
「霧島、今日はやけに隊長に突っかかったな」
「んん、そうか? 腹でも減って苛ついてたのかもな。飯でも食いにいくかね」
「そういう雰囲気でもなかったと思うが?」
 霧島の様子はどこかおかしい。
 なにかを誤魔化そうとしているようにも見えた。
 だからか、零次はいつもより余計な追求をする。
 が、霧島はあくまでも苦笑するだけ。
「お前さんこそ突っかかってくるなぁ。朝月に編入して以来機嫌悪いみたいだけど、なんかあったのか?」
「お前に心配される言われはない」
「あー、さいですか。……ま、明日にはいつもと同じ俺に戻ってるさ。お前もあんましピリピリすんなよ」
 ひらひらと手を振りながら去っていく霧島。
 それを見送りながら、零次はどこか釈然としないものを感じていた。