異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第七話「異常への興味」
 午後の授業中、涼子はずっと奇妙な感覚に囚われていた。
 それは、こうして放課後になった今も続いている。
 貼り紙効果があったのか、部活をする生徒以外はさっさと帰宅してしまった。
 気づけば教室に一人取り残された形になる。
「……スーパーマン、か」
 鈍器のようなものだけで、一個の施設を一夜のうちに壊滅させた存在。
 それを藤田四郎が、そう評した。
 似たような話を思い出す。
 それは涼子の両親が亡くなった頃に流れた、ある噂話。
 曰く、冬塚家は超人に狙われたのではないか――――。
 超人……スーパーマン。
 それが何を意味するのか、涼子にはよく分からなかった。
 そんな存在を認めるぐらいなら、よほど凄まじい鈍器があったのだと考える方がまだ楽だ。
 だが気になる。
 今回の一件、特に"襲撃者"に興味がある。
 全くの勘だが、もしかしたらそれは――――。
「やっほー、涼子ちゃんっ」
 と、背後からいきなり抱きつかれた。
 こんなことをするのは一人しかいない。
「……はいはい、いきなり抱きつかない美緒ちゃんっ!」
 勢いよく、けれども乱暴にならない程度の強さで美緒を引き剥がす。
 もう何年もこんなやり取りをしていたせいで、自然と身についてしまったスキルだった。
 真面目に考えていたところに乱入されて、思考が散ってしまう。
 まとまりかけていた何かが砕けて、
「――――――あ」
 美緒の顔を見た瞬間、一気に再構成された。
 美緒は呆然とした顔で自分を見る涼子を不振そうに見ながら、
「どしたの、涼子ちゃん」
「……美緒ちゃん。一つ頼み事いいかな」
「ん、何々? 親友の頼みとあれば、ちょっと頑張っちゃうかもだよ」
 普段ならここで何かと会話を引き伸ばすのだが、涼子は真面目な様子だったので、美緒も今回は大人しく話を聞くことにした。
 涼子は再度確認するように頷いてから、その頼み事というのを口にした。
「――――サカさんに会いたいの。……なるべく早めに」

 その機会は意外にも早く訪れた。
 四月十九日、土曜日。
 その日、涼子は秋風署の刑事課、強行犯係のデスク前に座っている。
 そこへ昼食をぶら下げて、榊原がやって来た。
「待たせたな。飯食いながらでいいか?」
「はい。話を聞いてもらえるだけでも充分です。お答えしていただければとても嬉しいですけど」
「ふむ……ま、俺がどうするかは俺が決めることだ。あまり期待はしない方がいい」
 榊原は弁当箱を開けた。
 おそらく梢が用意したものだろう、鮮やかな色彩の美味しそうな弁当が現れた。
 鼻腔をくすぐる匂いが少し気になったが、涼子は話を切り出した。
「私が聞きたいのは、今回の事件のことなんです」
「今回のというと、あの研究施設のやつか?」
「そうです。先輩から聞いたところによると、サカさんは直接現場に踏み込んだそうですね」
「まぁな。踏み込んだところで訳が分からんものばかりだったが」
 事件発生から今日まで、結局あの施設で何が行われていたのか具体的な解答は出ていない。
 榊原にも分からないのは無理もないことだった。
 だが涼子にとって、施設自体は問題ではない。
 少なくとも今日の訪問には関係なかった。
「サカさん……破壊された施設、どうでしたか?」
「――――」
 涼子の問いかけは曖昧なものだった。
 榊原は目を細め、真意を探るように涼子の顔を見る。
「……それは、どういった形で破壊されていたかと。そういう意味か」
「はい」
「ニュースではどんな風に言っていた?」
「鈍器のようなもので、と」
「ならそれでいいだろう。叩きつけられて全部壊された。そうとしか言いようがない」
「それだと妙じゃないですか? 例えばハンマーを片手に、最新のセキュリティシステム全てを突破出来るものなんですか?」
「……」
「仮に機械は壊せても、施設の人間に見つかってしまう。それでも構わないと思ってたのか、それとも見つからない自信があったのか」
 そこで涼子は一旦言葉を止めた。
 榊原の表情をうかがう。
 倉凪兄妹の保護者である彼は、あまり表情豊かな方ではない。
 笑うときは微かに口元を歪め、怒るときは微かに眉を吊り上げる。
 その程度の変化しかしないせいか、榊原の真意は分かりにくい。
 特に変化はない。
 もしかしたら無駄骨になるかもしれないと思いつつ、涼子は続きを口にした。
「……誰なんでしょうか、その"襲撃者"は」
 周囲の喧騒が、不意に止んだような気がした。
 榊原も黙ったまま、彼女に鋭い視線を投げかけてくる。
 その鋭さには感情というものがまるで含まれていないように見えた。
「それを知って……どうする」
「どうしましょうか」
 言葉だけなら気楽に見えるが、実際は重々しい響きを持ってしまった。
 ……多分今の私、余裕なさそうな顔してるんだろうなぁ。
 余裕など確かにない。
 ここでこんなことを聞く理由も、決して強いものではない。
 なんとなく、一致するものがあるような気がしたのだ。
 ――――――七年前、涼子の家族が失われたときと。
「サカさんは、凶器なんだと思いますか?」
「……鈍器、だろう」
「鈍器と言っても色々あるじゃないですか。何か、もう少し具体的にありませんか?」
「ふむ……」
 榊原は止めていた箸を進め、弁当を再開する。
 一つ一つを噛み締めながら、榊原は不意に言葉をこぼした。
「素手だな」
「……す、素手?」
 その答えはさすがに予想外だった。
 確かにとてつもない力で殴り飛ばせばハンマー並の凶器にはなるかもしれない。
 しかし、そうなるともっと話がとんでもないことになってしまう。
「素手で全部壊したってことですか?」
「大体はそうだと思うぞ。破壊された機器を見てみると、撲殺……じゃないか。とりあえず撲壊されてたのは確かだ。だが結構乱暴なんだよ、その跡が。あれはとんでもない力で、素手で殴りつけたと考えるのが自然だろうな」
「……そんなことが出来るんだったら、もう襲撃者は超人じゃないですか」
「ああそうだな――――俺は超人だと思っているぞ?」
 意外にも榊原はそんなことを言ってきた。
 普段から冗談などを滅多に言わないこの人物が、こんなことを言ってきた。
 それも、至極真面目な表情で。
「そもそもな、報道されていないだろうが……施設の周囲は高い壁で覆われていたんだ。唯一の出入り口は強固なドアで、指紋と中からの確認で開かれてたと推測される。……そんな施設に襲撃だぞ? 普通の人間ではありえまい」
「……」
 それが本当なら、確かにそうかもしれない。
 漫画やアニメに出てくるような無茶苦茶な存在でなくとも、かなりの訓練をつんだその手のプロだ。
「冬塚の嬢ちゃんよ……お前さんが何を気にしてるかは、分からんでもない」
「え?」
「七年前の事件。そのとき流れた噂のことを気にしてるんだろう」
「――――」
 考えていることをいきなり看破された。
 その驚きが顔に表れてしまう。
 だが榊原は先ほどまでと同じく、淡々とした表情のままだった。
「図星だな。ま、嬢ちゃんがいきなりこの事件に興味示してここまで乗り込んでくるなんざ、それぐらいしか理由が思い浮かばなかったが」
「……カマかけたんですか?」
「そうでもない。九割方の確信を十割の事実に変えただけだ」
「それをカマかけたって言うと思うんですけど」
 してやられた、という感が残る。
 そのせいか若干涼子は不機嫌だったが……すぐに意識を切り替えた。
「ま、その通りなんで否定はしません。それでサカさんに聞いてみたかったんです。……七年前の"超人"と、襲撃者の"超人"。荒唐無稽な話だということは百も承知でお尋ねします。――――――もしかして、関係あるんですか?」
「……それは、個人的な見解を述べろということか?」
「お願いします」
 頭を下げる涼子を見て、榊原はようやく弁当の手を止めた。
「ないな」
 断定するように、はっきりと告げる。
 あまりにも明確な答え方に、涼子は眉を動かした。
「なんでそう思うんですか?」
「やり方の問題だ。今回の襲撃者は、今分かっている限りでは誰一人として殺しちゃいない」
 施設の研究員たちは行方不明。
 血痕もなければ遺体もない。
 無論研究員が無事であるとは限らないが、少なくとも今回の襲撃者は殺しはしていない。
 それに対し、
「……七年前の奴は残忍極まりない奴だ。嬢ちゃんも噂には聞いたことはないか? 七年前の事件を追っていた刑事たちが、突如惨殺されたという話を」
 涼子は頷くことで肯定を示した。
 話ぐらいは聞いている。
 七年前の事件が超人の仕業であるという噂をかき立てる要因の一つとなった話だ。
 七年前、涼子の家族が失われた事件。
 表向きは事故ということで済ませたが、警察は密かに捜査を進めていた。
 冬塚夫妻の死に方が異常だったからである。
 冬塚家は火事にあったものの、どこも崩れたりはしなかった。
 火を消してしまえば、焦げ目を除いて、家の中は普段とまるで変わらない状況だったのだ。
 だというのに、冬塚夫妻はリビングで圧死していた。
 何かに押し潰されたとしか思えないと鑑識は言う。
 かろうじて原形を保つという程度の有様で、夫妻は踏み潰されたカエルのように置き捨てられていた。
 あまりの惨たらしさに、捜査に入ったベテラン刑事でさえも吐いたという。
 何に押し潰されたのか。
 それはまるで分からなかった。
 テーブルや椅子、食器棚が近くにあったが――――倒れてはいなかったし、それらに潰されたとしてもここまで惨たらしくなるとは思えなかった。
 明らかに人為的に、念入りに押し潰されたようにしか見えなかった。
 人間がゴキブリを叩き潰すときのように、何度も何度も力を加えたときのような……。
 これは報道機関に圧力をかけて黙らせたことなので、あまり知られていない。
 涼子も昨年、現在保護者となっている叔父夫妻から聞きだしたばかりだった。
 そんなものを前にして、警察が動かないはずがない。
 実際、何人かの刑事が事件捜査に乗り出した。
 ところが、数日後。
 警察署の前で、強烈な汚臭がするという事件が起こった。
 すぐに警察は汚臭を消し、近隣の住民に謝罪したと言われている。
 何らかのガス漏れが原因ということでその話は落ち着いたが、そこからある噂が広まった。
 ――――――汚臭の正体は、バラバラにされた刑事の腐乱死体。
「その噂が、事実だとしたら……どうする?」
「……」
 涼子は答えない。
 何かを言おうとしたのだが、その前に気づいてしまったのだ。
 周囲の喧騒がピタリと止み、自分と榊原に視線が集中していることに。
 榊原は視線など気にしていないのか、淡々と続ける。
「ま、そういうわけだ。七年前のと今回のじゃやり方が違いすぎる。派手好きのイカレた狂犯罪者と、ヤバイ施設叩き潰したよく分からん奴。同一犯とは、思いがたいな」
「……」
「冬塚の嬢ちゃん。気にするなとは言わんが、あまり今回の一件を嗅ぎ回ろうとは思わないことだ」
 それは警告だった。
 ただし、何か妙だった。
 一介の刑事としての警告ではなく、何かを知っている者が無知なる者へ警告するときのような雰囲気があった。
 まるで、火遊びする子供を親が注意するときのような。
 ……榊原さんは、何かを知っている?
 今涼子に対して話したことの他に、何かを隠しているかもしれない。
 そう思わせるだけの材料が、涼子の中にはあった。
 それは、例の通り魔事件。
 逮捕直前の通り魔に襲われた友人は、超人のような少年に助けられたという。
 そして倉凪梢曰く、通り魔を"逮捕"したのは榊原らしい。
 つまり、超人のような少年と榊原には繋がりがある。
 その超人が、今回施設を襲撃した存在と同一であるならば――――榊原は既に、この事件の解答を知りえているのではないか。
 ……あ。でもそうしたら、結局七年前とは関係ないのかな?
 今回の一件、その真実を榊原が把握していたとしたら。
 そこから来る『七年前とは関係ない』という言葉は、ある意味説得力が増す。
 どことなく榊原は、今回の襲撃者を庇い立てしているようにも思える。
 七年前のようなイカレた奴と一緒にするな、と。
 涼子が知りたいのは今回の一件の真相ではない。
 七年前の事件との間に、超人のような存在という共通点を見出した気がしただけだ。
 関係ないというなら、深入りする必要もない。
「……今日はどうもすみませんでした。変な話につき合わせてしまって」
「気にするな。謝らねばならんのは、どちらかというとこちらだ」
「……?」
「七年前の事件だ。さっき言った惨殺死体の一件以降、捜査は事実上停止した。お前からすれば、納得もいくまい……警察を代表して、詫びよう」
 そう言って榊原は頭を下げる。
 涼子は慌ててそれを止めた。
「い、いえっ! そんな謝らなくても。それに、私七年前のことはあんまり気にしてないですからっ」
 すると榊原は初めて表情を動かした。
 なんとも不思議そうな顔で、
「……それなら、冬塚の嬢ちゃん。お前はなぜ、ここにこんなことを聴きに来たんだ?」
 ……あれ?
 言われて、涼子は内心首を傾げた。
 思い出せなかった。
 納得出来なかった。
 でも、それは遠い昔の話で。
 今の生活とは何の関係もない。
 ――――――だったら、なぜここに来たのだろう。
 藤田がスーパーマンなどと言ったからか、そもそも梢が事件のことを話したからか、それともあの事件が起きたからか……?
 募る疑問の果てに、涼子は先日会った奇妙な男を思い出した。
『――――覚えていないのならばそれでいい。思い出す必要もない』
 七年前の冬。
 その頃家に来ていたはずの姉。
 失われた家族。
 そして、その頃に会っていたかもしれない――――謎の男。
 ふと、涼子は気づいた。
 いつのまにか、自分が七年前にどんどん近づいていることに。

「おかえりなさいっ」
 玄関の戸を開けて中に入った途端、声をかけられた。
 とても嬉しそうな声。
 眼前に座り込んでいる少女のものだ。
 少女はにこにこと嬉しそうな顔で正座している。
 仮に尻尾がついていたら、機嫌のよさで何度も振られていそうだった。
「お、おう。なんだ遥、ずっとここにいたのか?」
「うん。おかえりなさいっ、梢君」
「名前で呼ぶなって言ってるだろうが。恥ずい」
「えー」
「不満そうな顔するなって。……つーか、なんでこんなとこに?」
 玄関前で正座する少女。
 明らかに変だった。
「テレビ見るとか漫画読むとかしてていいって言ったろ」
「……」
 言われて、遥はきょとんとした顔を浮かべた。
 ……こいつ、俺が言ったこと忘れてたな。
 梢が呆れ顔になると、遥は少し困った風に、 
「でも、おかえりなさいって言ってみたかったの」
「――――」
 遥はこれまで、ずっと孤独な生活を強いられてきた。
 家族も友達もなく、周囲にいるのは彼女を実験動物としてしか見ない研究者たち。
 家と呼べるものもなく、当然『おかえりなさい』なんて言う機会はなかった。
「……ったく。あのな、遥」
「何?」
「おかえりなさいを言うのは別にいい。けど、ここで正座するのは止めろ。変だ変だよ変なんだよ」
「さ、三回も変って言った……!?」
「だーっ、泣くなそれぐらいで! 誰かが帰ってきたことに気づいたら顔出して『おかえりなさい』。それだけでいいんだよ」
「……そうなの?」
「そうなの。ずっと玄関で正座してたら足痺れるだろ」
「う」
 梢に指摘されて、遥は手で足に触れた。
 眉が八の字に垂れ下がる。
 どうやら痺れて動けないらしい。
「んな根性は別のことに使え。……ほれ、立てるか?」
「あ、えと……」
「……しょうがねぇなぁ。ほら」
 梢は遥の手を掴み、僅かに彼女の身体を浮かせる。
 そこで彼女の腰に手を回し、一気に抱き上げた。
 そのまま居間へ連れて行き、適当なところで降ろす。
 遥はしばらくぼーっとしていたが、やがてはにかんだ笑みを浮かべた。
「また、助けられちゃった」
「こんなもん助けたうちに入るか。ったく、そこで大人しく休んでろ」
「うん」
 と、そこで家の電話が鳴った。
 梢は遥に軽く視線を送って、電話を取る。
「もしもし、榊原です」
『あー、倉凪? 俺俺』
「なんだ吉崎か。何か用か?」
『つれねぇ口調だこと。ま、いいや。それよかちょっと調べてみたんだよ、遥ちゃん狙ってたって連中』
「……あー、ちょいと待て。後で携帯でかけなおす」
 一旦電話を切って、梢は遥を見た。
 まだ足が痺れているのか、足を何度も揉みほぐしている。
「遥、ちょっと俺出かけてくる。美緒がもうすぐ帰ってくるだろうから、よろしく言っといてくれ」
「うん。……大丈夫?」
 どこか不安そうに尋ねてくる。
 そんな彼女の頭をくしゃっと撫でて、
「大丈夫大丈夫。心配いらねーって、すぐ戻る」
 どこか、人に安心感と不安感を同時に与えるような笑顔を浮かべ、梢は家を出て行く。
 その後姿を見つめる遥が、どこか寂しげな表情を浮かべていることに気づかぬまま。

 梢にとって、現時点の問題はたった一つ。
 あのとき戦った黒腕の男だった。
 施設の研究員たちが行方不明になったのは、十中八九あの男の仕業だろう。
 我々、と言っていたから仲間がいる可能性もある。
 そのことも気がかりだったが、もっと重要なことがあった。
 彼らが、遥を狙っているということだった。
 今の段階では、彼らの正体は分からない。
 ただ、梢は何か嫌なものを感じていた。
 ……アレは、日常にあるもんじゃねぇ。
 自分と同じ怪物。
 それも、非日常を日常とする類の怪物だった。
 ……そんな相手に、遥を渡すわけにはいかねぇ。もうあいつに非日常なんてもんを味合わせるわけにはいかねぇんだよ。
「――――で、何か分かったのか?」
 梢は榊原屋敷から離れ、近場の公園にやって来ていた。
 ベンチに腰掛け、周囲に人気がないことを確認して携帯を手に取る。
『具体的情報がないから結構骨が折れたぜ。けど、割と絞り込めた』
 人のいない夕暮れの公園。
 風によって木々が揺れ、葉が幾枚か舞い落ちる。
『要するにお前と同じような、超常の力を持ってるってことだよな。それも、組織っぽい』
「ああ。多分俺が戦った奴だけじゃない」
『その線から調べてみたんだがな。最近町で、妙な噂が流行ってるのを耳にしたんだよ』
「妙な……?」
『――――――超人の実在』
 吉崎の言葉に、梢は息を呑んだ。
『で、発生地点が駅付近の都市部なんだよな。住宅街とかじゃなくて。一度だけじゃなくて、何度も目撃証言があるらしいぞ』
「……俺はそっちの方では動いてないぞ。都市部は人目につきやすい」
『ああ。だから……その辺りが怪しいんじゃねぇかと思って、重点的に調べた。するとまぁ面白い構図が浮かび上がってきたわけですよ』
 電話越しに、吉崎が資料をめくる音が聞こえてくる。
『都市部の超人たちは、企業の人間を狙ってるようなんだ。これ、狙われた連中もろくでなし揃いでよ。都市部の企業の暗部っつーのかね。そういうのが片っ端からやられてるようなのよ』
「ってことは……悪い奴らじゃないのか?」
『さてね。ただ、いくつかの中小企業のサイトにアクセスしてみたら、面白い情報が出てきてな。黒いもんばっかだから、後で師匠にでも伝えた方がいいかもしれねぇけど』
「面白い情報ってのはなんだ?」
『企業間……それも悪そうな連中の間で、まことしやかに囁かれてる推測があった。超人たちを"飼ってる"企業があるかもしれないってな』
「……どこだ?」
『――――赤間カンパニー。ここもかなりヤバそうだぜ。日本じゃ表面上大人しくしてるが、本質は死の商人ってとこか。薬をバラまいてるって噂もある』
 その名を聞くと同時に、梢は視線を上げた。
 公園の木々を越えた先……ずっと向こう側に、一際高いビルが見える。
 この町に住む人間なら誰でも知っている。
 赤間カンパニーの本社ビルだった。
『セキュリティシステムが厳重で、クラッキング仕掛けにくいんだよなぁ……ま、もうちょい頑張ってみるけど』
「いや、それはいい」
『……はい? ってまさか、お前――――』
「大丈夫大丈夫」
 吉崎が何か言いかけたところで電話を切り、ポケットに仕舞い込む。
 夕暮れの風を一身に浴びながら、梢はベンチから立ち上がった。
 誰にともなく呟く。
「ちょっと行って来るだけだからよ」
 視線の先には、高くそびえ立つビルがあった。