異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第十一話「異常との遭遇」
 さほど深い眠りではなかったせいか、目覚めはあっさりとしていた。
 薄暗く、生活感がほとんどない部屋。
 その中央で、零次は布団も敷かずに眠っていたのだった。
「もう朝か」
 機敏に起き上がり、カーテンを開ける。
 外の風景はまだ薄暗く、まだ人の姿もない。
 ここは柿澤源次郎が手配した仮住まいの一つだった。
 マンションの一室。
 その向かい側には――――冬塚涼子の部屋がある。
 この部屋に来て一週間。
 特に任務の進展もなく、零次は割合平凡な日々を過ごしていた。
 ただ、昨日の夜に妙な話が舞い込んできた。
 話を持ち込んできたのは霧島直人である。

「どうも最近、組織でヤバイことしてる連中が増えてきてるようだぜ」
 夜の公園。
 缶コーヒーを飲みながら、霧島は世間話をするように呟く。
「組織?」
「この前の研究所みたいな、人体実験とかやらかしてる連中だ。お前もこっちに来る前何度か遭遇しなかったか、失敗作を」
「……何度かあるが」
 失敗作とは、言葉通りの意味である。
 人ならざる者を目指した者たちの――末路。
 様々な実験を繰り返され、無数の薬物を投与され、その果てに待ち受ける結末。
 そこには人としての尊厳も自我も認識もない。
 あるのは果てるまで終わらない苦痛と、自分をそうまでした世界への憎しみから生ずる破壊衝動のみ。
「失敗作と言ってもあんなものが町中に出回れば危険だ。理性はなくとも、身体能力は虎や熊より高い。加えて人間への敵対心は野生の獣以上だ……まさか、そんなことにはなっていないだろうな」
「今のところはな。だがキナ臭いぜ。俺が知る限りじゃ、組織規模はそうでかくない。ただ数が多い。まるで」
「――――背後に、巨大な何かが控えているかのようだ、と?」
「そういうこった。だからまぁ一応連絡。後で他の連中にも伝えるつもりだ」
「了解した。こちらでも調べてみよう……植物使いの件もあるが、その話も捨て置くわけにはいかん」
 本来なら異法隊の本分はそうしたところにある。
 彼らからすれば異法人を始めとする能力者の統率が狙いであり、その力を無用に振るう連中や、悪用しようとする連中をなによりも嫌う。
 他の隊員はどうか知らないが、零次は少なくともそうした見方で異法隊を捉えている。
 大袈裟に言えば異法隊はある種正義の集団なのだ、と。
「そういや零次、草野郎については何か分かったのか?」
「俺の方ではまだ。一昨日に矢崎兄弟と連絡を取ったが、あちらも進展はないそうだ」
「やっぱそうか。んじゃ、マジで最初に赤根が発見するのかねぇ。俺たちはどっちかっていうと力でゴリ押しする方が専門だし」
 霧島は飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨て、
「んじゃ俺は行くわ。町中で俺の車見かけたら声かけてくれ」
「……そういえばお前は仮住まいを使っていないんだったな」
「寝起きなんざ車の中でも出来る。飯も車で食える。風呂とトイレはどっかで借りればいいしな」
 霧島の車好きは知っていたが、ここまで言われると零次としては困る。
「ま、そういうわけだ。さっきの件、何か分かったら連絡するぜ」
 そうして霧島直人は闇の中へ消えていく。
 久坂零次の姿も、後を追うように消えていった。

「と言っても、別段今すぐしなければならないことはないしな……」
 テレビもなければ新聞もない。
 何もない、真っ白な壁の部屋はある意味牢獄だった。
 ただしいつでも、脱出はできる。
「学校でも行くか」
 零次にとって、学校はあまり好きな場所ではない。
 行く意味が感じられないし、人が多すぎるのも嫌なところだった。
 それでも一旦行き始めた以上手は抜かない。
 零次は鞄を片手に立ち上がる。
 部屋を出る寸前、ふと冬塚涼子のマンションを見た。
 無論彼女の姿が見えるわけではない。
「ちっ……我ながら、あまりいい趣味とは言えんな」
 彼女との因果。
 それは零次だけが知っている。
 彼女は何も覚えていない。
 ならば、このままにしておけばいい。
「未練がましい……とでも、言うべきか」
 自虐的な捨て台詞を残しながら、零次は一人部屋を出た。

 久坂零次の学校生活は教室と裏庭の往復だった。
 昼は予めコンビニで購入済み。
 なぜ食堂で購入しないのかというと。
「あの人だかりの中を買いに行きたくはないからな……」
 おかげで半端な暖かさのパンを食べるハメになるのだが、零次としてはあまり気にならない。
 一人黙々とパンを食べる。
 やがて食べ終える頃に、なぜかぼろぼろになった亨がやって来た。
「ひー、ひー。た、助かった」
「えらく不様だがどうかしたのか」
「……零次ってたまに口が悪いですよね」
「長年海外を飛び回っていたせいか、日本語の使い方を半分忘れていてな」
「明らかに嘘くさいですよ……っと」
 亨は適当な場所を見つけて、どっと座り込む。
 本当に疲れていたのか、座って落ち着くと大袈裟に溜息をついている。
「零次には以前言いませんでしたっけ。うちのクラスに倉凪っていう暴れ者がいるんですよ」
 ……倉凪か。珍しい姓だな。
「で、そいつの弁当がえらく美味いんですよ。なんでもあいつのお兄さんが作ってるらしいんですけど」
「……ふむ」
 いきなり興味をなくしたのか、零次は視線を明後日の方向へやった。
 弁当の話など実際零次にとってはどうでもいい。
 亨は気づいていないらしく、そのまま続けた。
「それでクラスの皆にちょっとずつくれたんですよ。でも凄い勢いでなくなるから、僕ちょっと焦りまして。慌てて唐揚げ食べたんです」
「……」
「そしたら倉凪の奴がキレるんですよ。『それ私が食べるつもりだったのに! うにゃあああああ!!』って。クラスの人曰く倉凪の唐揚げを取らないのは暗黙のルールだったらしいんですけど、僕知らなかったんで」
「はぁ」
「で、何度も引っかかれながらどうにか逃げてきたというわけです」
 オチも何もない、心底どうでもいい話だった。
 強いて言うなら亨の顔にいくつか出来た引っ掻き傷の正体が分かったという程度。
「それで、その話には何か意味があるのか?」
「え?」
「意味だ。わざわざ話したからには意味があるのだろう?」
「ないですよ、そんなん」
「だったら話すな。興味ない」
 零次は突き放すように言う。
 よくあることなので、亨は特に腹は立たなかった。
「学園生活……っていうか日常ってそういうものの連続だと思いませんかね、零次は」
「思っている。だから来たくなかったのだ」
「じゃ、どういう環境なら満足するんですか?」
「……何もないのが一番だ」
 余計なものと接することなく。
 余計なものと関わることなく。
 余計なものと交わることなく。
「それに勝るものなどない」
 どこか諦めたような、力ない言葉。
 それでも零次は、それが正しいと信じている。
「……零次の事情は聞いてますけどね。そういうのって、あんまりよくないと思いますよ?」
「聞くことと体感するのとでは理解の度合いがまるで異なる」
「そりゃ、僕はそういう経験はないですけど」
 矢崎亨は物心着いた頃から異法隊に所属している。
 零次が両親を亡くして異法隊に入隊した頃には、既に矢崎兄弟は異法隊の一員だった。
 異法隊に入る決断をしたのは亨ではなく、兄の刃だという。
 蒸発した両親を探すうちに生活に窮し、そこを柿澤に拾われたらしい。
 それ以上のことは、零次も知らなかった。
「でも疲れませんか? そんなガチガチギチギチした生き方」
「……仕方あるまい。我らには選択肢など存在しない。この生き方は最悪にして最良のものだ」
「かたいですねー」
 呆れたように肩を竦め、亨は立ち上がった。
「そういえば、この前冬塚さんと会っていましたよね」
「――――あれは偶然だ。こちらから接触するような真似はしない」
「別に会ってお話するぐらい、いいじゃないですか。……七年前に何があったか、僕は詳しくは知りませんが」
「だったら口にするな」
 零次は急に凄味を利かせた声で、亨を威嚇した。
 亨は零次の態度が急変したことに慌てて、
「わ、分かりましたよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
「……」
 零次の視線は鋭さを増すばかりだった。
 亨は溜息をついて、そそくさとその場を離れる。
 残された零次は一人、遠い昔へと思いを馳せる。
 かつてまだ家族がいた頃。
 その頃から、既に彼は人から除け者にされていた。
 それでも良かった。
 他の誰に否定されても、受け入れてくれる母がいた。
 無垢な瞳でこちらを追いかけてくる妹がいた。
 それだけで、良かった。
 ――――それすらも失われた今は、特にそう思う。

「なーなー、今日帰り喫茶店行こうぜ」
「いいよ。その代わりお前の奢りな」
「うえぇっ、マジかよっ!?」
 放課後の教室。
 今後の予定を話し込む生徒、部活動に向かう生徒、ただ会話に興じる生徒。
 多くの生徒の中で、零次は窓の外を眺め続けた。
 やがて教室から誰もいなくなるまで、彼は一人そうしている。
 特に意味のある行動ではなかったが……何でもないというだけ、彼はこの時間が好きだった。
 同時に、嫌いでもある。
「ねぇねぇ、知ってる?」
「何をよ? それ言わなきゃ答えようがないでしょうが」
 クラスメートたちは誰も零次に話しかけない。
 まるで見えない壁があるような、そんな隔たりが存在している。
 その隔たりを越えることは、少し勇気はいるが出来ないことではない。
 ただ話しかければいい。
 それだけのことも、零次はしなかった。
 怖かった。
 壁の外に向かうことが、ではない。
 自分がそうすることで、この平和な風景が崩れるかもしれない。
 それを思うと、ただそのことだけが怖かった。
 くだらない幻想かもしれない。
 それでも零次は、壁の外に出ることが出来ずにいる。
 ふと、声が聞こえた。
「あれ、会長」
「増田先輩、この前部長会議のとき欠席してましたよね。だからプリントです」
「あー、悪いな。ってうちの副部長が代理しなかった?」
「浅野君も欠席してたみたいなんで。最近風邪流行ってるから」
「そっか。ま、助かったよ。これからは健康管理しっかりしなくちゃな」
 聞き覚えのある声。
 一人はクラスメートで、吹奏楽部の部長である増田という少年。
 話したことはないが、比較的真面目そうな性格のようだった。
 そしてもう一人。
「――――」
 視線を感じる。
 どうやら見られているようだった。
 この間の会話がまずかったのかもしれない。
 会長と呼ばれた少女は、果たしてどんな思いで自分を見ているのだろうか。
「あれ、会長。どうかした?」
「……あ、いえ。なんでもないです」
「そう?」
「はい。それじゃ失礼しました」
 声と共に視線は消え、やがて彼女の気配も遠ざかっていく。
 零次は空を見上げている。
 茜色の空は、明るいのにどこか寂しい。
 どれだけ空を眺めていたのか。
 ふと視線を地に降ろすと、彼女の姿が見えた。
 隣には一人、活発そうな少女がいる。
 二人はなにやら仲良く話しているようだった。
 これから帰宅するところなのだろう。
「遠いな」
 彼女の姿はとても小さく見える。
 あの場所まで辿り着くには随分と骨が折れるだろう。
「……まぁ、向かわないのならば関係ないか」
 そう結論付けると同時に、零次の携帯が鳴った。
 一通のメールが霧島直人から届いている。
 件名はなし。
 本文は、零次の予想通りのものだった。
『昨日の件、ようやく一匹捕まえた。暇だったら手伝いに来い』
 壁の外は人の住む世界。
 だから零次は壁の内側へと身を潜めている。
 だがそれは昼の話。
 夜は違う。
 暗き闇に包まれた時こそが彼らの時間。
 夜の闇から身を守るために人は壁の中へと入り込む。
 そして零次たちは、闇の中へ躍り出る。
「霧島一人でも問題はないだろうが、行ってみるか」
 空は徐々に闇に蝕まれつつある。
 ここから先は、彼らの時間だった。

 五月九日、午後九時半。
 冬塚涼子はバイトを終えて、一人家へ向かっていた。
 周囲は既に闇に包まれており、電灯が周囲をどうにか照らしているに過ぎない。
「食事もご馳走になったし、家に帰ったら宿題して、それから……」
 そんな、どこにでもいる学生の生活。
 冬塚涼子は間違いなくその中に身を置いていた。
 ――――少なくとも、この日までは。
「あれ?」
 薄暗く、冥府に続いていそうな夜道。
 その先に、涼子は知った姿を見かけた。
「……あの人」
 その後姿は、始業式の日に会った男のものだった。
 学生服は着ておらず、黒を中心とした私服を着込んでいる。
 そのためか、半ば闇の中へ溶け込んでいるような錯覚を覚えた。
「こんな時間に、何してるんだろ」
 涼子と同じようにバイトの帰りか。
 あるいはもっと他の理由か。
 失われた記憶の中で出会っていたかもしれない男。
 涼子としては興味もあるし、機会があれば話してみたいとも思っていた。
 別に事件の真相を探ろうというわけではない。
 しかし、七年前の冬のことだけ不自然に忘れているのは奇妙なものだ。
 もしそのときに関わっていた人物と接触出来れば、何か思い出すことがあるかもしれない。
 思い出せれば、さぞかしスッキリすることだろう。
 そういう理由で、涼子は男の後を追いかけようとした。
 しかし男はどんな速度で歩いているのか、一向に追いつけない。
 幸い向かう先は涼子の家と同じ方角だったが、まるで距離が縮まらないのは……少し不気味だった。
 ……何か、昔もこうして追いかけっこしてたような気がするなぁ。
 不気味さを紛らわせるためなのか、いきなりそんなことが頭に浮かんだ。
 誰とした追いかけっこなのかは分からない。
 ただ、何か思い出すものがあった。
 思い出したところではっきりしないのだが。
 例えるなら、物置の中から昔書いた日記帳を見つけ出し、けれど字が下手過ぎて何が書いてあるのかあまり分からないような……そんな感覚。
 ……んで、あのときも確か全然追いつけなかったような。
 あるいはこれは過去の捏造かもしれないな、と涼子は思う。
 七年前の自分――――知らない自分と関係のある男を見て、適当に七年前のことを夢想しているのかもしれない。
 そう考えると、なんだか追いかけるのが無性に馬鹿らしくなってきた。
 元々涼子は身体が丈夫な方ではない。
「ふぅ……やめやめ」
 こんなことに体力精神力を使うぐらいなら、さっさと家に帰ることを選んだ方がいい。
 例の施設、それに超人の噂もあるのだ。
 事件以降全く音沙汰がないのでつい忘れがちだが、刑事である榊原から安全サインは出ていない。
 つまり、まだ夜道の一人歩きは危険なのだ。
 涼子はバイトである程度生計を立てているから止むを得ないが、それだけに無用な寄り道は避けるべきだった。
 男は既に涼子の帰り道とは別の方へ行ってしまい、姿を見ることも出来ない。
「ちゃっちゃと帰って、お風呂でも入ろっかな」
 少しいつもの帰り道からずれていたので、元の道へ戻ろうと踵を返す。
「――――え?」
 そこに、いた。
 理解を越えた怪物がいた。
 上半身が筋肉で盛り上がっており、肩が異様に出ていた。
 腕の長さも左右で全然異なり、右手は不自然な程に長い。
 見開かれた瞳は飢えた獣を連想させる獰猛さを持ち合わせ、犬のように突き出た口からは唾液がボタボタとこぼれている。
 極めつけは肌の色。
 人間ではありえない、まっ黄色の肌。
 ギラギラと光る肌が、怪しく蠢いていた。
「――――な、」
「確保しろ、D1」
 どこからか声が聞こえた。
 それは眼前の怪物のものではない。
 怪物よりもずっと後ろから聞こえてきた。
 声の主を確認する暇もない。
 一瞬で怪物は、その長い右腕を振り上げ、
「……!」
 涼子が息を呑む間に、彼女の身体を吹き飛ばした。
 住宅街の壁に叩きつけられ、涼子の全身に痛みが走る。
 どうやら頭を強く打ち付けたらしく、意識がどんどん薄れていくのが分かった。
「――――馬鹿が。乱暴に扱いすぎるな! 死んだら何にも……」
 闇へと落ちる前、そんな声が聞こえた気がした。

 昨晩と同じ公園へ向かうと、既に霧島は来ていた。
 ベンチに腰掛けて、昨日と同じ缶コーヒーを飲んでいる。
 お気に入りらしい。
 零次も同様に、お気に入りのお茶を買ってベンチに腰掛ける。
「……現状は?」
「連中のアジトは突き止めた。あと、ちいっとばかし嫌な情報が入ったぜ」
「嫌な情報……? なんだ、懸念材料でもあるのか」
「ああ。俺たちのような能力者目指して人体改造された人間。成功例は……少なくとも、俺たち"異法人"の領域にまで到達した例はない。そいつは知ってるな」
「知っている。単に能力を発現させることなら魔術だか魔法だかの知識があれば、出来なくはない。身体能力を上昇させたいなら、まぁそれも出来なくはないだろう。大概は負担に耐え切れず壊されてしまうだろうが」
「そうだな。だけどその両方を得ることは未だ不可能。ついでに言えば、片方を得るだけでも千人殺してようやく一人が成功するって割合だ……それと、魔術と魔法はまるで別物だ、覚えといた方がいいぞ」
「うんちくはいい。それより、懸念すべきことはなんだ」
 霧島の回りくどい言い方に零次は少し眉をしかめた。
 だが霧島は気にした風もなく、ただ笑っている。
「なに、その過程で大量に生み出される失敗作。そいつらをコントロールする術があるらしくてな。どうも今回襲撃する研究所では、その研究が盛んらしい」
「見境のない失敗作たちも、一応身体能力だけなら化け物並……それを操ると?」
「そういうこった。連中頭悪いから普通に戦えば楽勝だけど、頭脳が加わると厄介だぜ」
「……気分が悪くなる。人の命をどこまでも弄んで」
 元々平和に暮らしていただけの人を攫い、その人の全てをいじくりまわす。
 挙句自我をなくしたモンスターにさせ――そのうえでなお、奴隷のように使役するというのか。
「その所業、許し難いものだな」
「……だな。万一のために刃たちにも連絡しといたから、あいつらが来たら行こう」
「もう来ている」
 不意に――ベンチの裏側、その電灯の下に影が現れた。
 零次は勿論、比較的長身の霧島よりもさらに巨大な身体。
 低く、まるで岩が話しかけてくるような錯覚を覚えさせる声。
「刃か、いつ来てた?」
「今しがた。お前たちの話は聞いていた」
「そっか、んじゃ説明はいらんわな。……で、亨坊ちゃんはどした」
「別件でやることがあるそうだ」
「へぇ、珍しい。デートか、危ないデートか?」
 からからと笑う霧島に対し、刃は無反応。
 零次は露骨に顔をしかめている。
「……だが、連れてこなくて正解だった」
「ん?」
「今回の一件、あまり亨向きではない」
「あー……確かに。失敗作の強化人間関係、その類の任務なんざ汚れ役もいいとこだ」
「……」
 零次は思い出す。
 過去、失敗作を処理したときのことを。
『イタイ、痛イ、イタいィィぃぃいいいいい!』
『助けて助けて助ゲて助けデダすゲデダズゲテェェェーーー!』
『ゴンナノハ嫌……イヤダァァァ!』
 理性ではなく、本心……生の感情を剥き出しにし、それを断末魔としてこの世を去った人々。
 否――人にして、人であることを認められなかった者たち。
 彼らはモンスターだった。
 モンスターにして、人だった。
 初めて零次が彼ら失敗作を処理したとき、赤い血が流れた。
 涙を流し、涎を垂れ流し、苦痛に喘ぎ、助けを求めた。
 処理といえば聞こえはいい。
 だがこれは、解釈の仕方によっては単なる殺しに過ぎない。
 例えそれが必要なことだと理解しても。
「亨は、失敗作処理任務は未経験だったか」
「ああ」
「ならば、今後も経験させないようにしたいものだな……あれは、地獄だ」
 零次はそう言いながら立ち上がる。
 霧島も缶コーヒーをゴミ箱に放り捨て、腰を上げた。
 刃は無言で歩き出す。
「俺たちは地獄へ行くぞ。――――そこが俺たちの世界だ」
 モンスターを屠るのはモンスターの役目だと言わんばかりに、宣言する。