異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第二十話「探す者と知る者と」
 その朝、浜田老人はいつものように山へと登った。
 彼は既に六十を越えているが、肉体の強さには密かに自信を持っている。
 健康維持のために山へ登るのは、彼にとって日課となっていた。
 秋風市の中心部、朝月町の駅付近は都市化が進んでいるが、そこから少し離れれば自然が豊かな土地となっている。
 そのため朝の山は空気が新鮮で、大きく吸い込むと大変心地よい。
 浜田老人は山の中腹辺りまでやって来ると、絶景の中で深呼吸をした。
 そのときふと、妙なものを見た。
 それは些細なもの。
 しかし毎日この場所で同じ風景を見続けていた彼にとって、それは確かな違和感だった。
「なんだぁ……?」
 浜田老人が立っている場所から少し離れたところ。
 木々の広がる景色の中に、不釣合いな金属扉があった。
 それが今開き、中から一台のワゴンが出てきた。
 特に特徴のない、探せば町中にいくらかありそうな白いワゴン。
 しかし、現れた場所からして――そのワゴンは不自然なものだった。
 ワゴンは舗装されていない道を駆け抜け、次第に浜田老人の方へとやって来る。
 このまま道を抜ければ、町の方へと下っていく。
 しかし、ワゴンは浜田老人の近くで止まった。
 なんとなく、嫌な予感がした。
 浜田老人は思わず息を呑み込む。
 まるで突然出てきた怪物が、自分に目をつけたような気がした。
「――――おやおや、なかなか勘の良さそうな人だ」
 声と同時に、一人の男性が車から姿を現す。
 優男風の青年で、年は二十代後半から三十代辺りだろう。
 最初に見えたその笑みは、ひどく嫌味ったらしいものだった。
 が、そんなことは問題ではない。
 今の言葉は、明らかに浜田老人へと向けられたものだ。
「……」
「だんまりですか? こっちは気づいてますよ、そこのお爺さん」
「っ……」
 はっきりと、こちらに向けて老人と言った。
 浜田老人は、全身からどっと汗が噴出すのを自覚した。
「さてさて。……貴方は余計なものを知ってしまった。ですから、このままにしてはおけませんねぇ」
 何か言い返してやろうかとも思ったが、なぜか口から言葉が出てこない。
「ま、老人にしては良い肉体をお持ちのようですし。実験材料としては――――まぁまぁですかね」
 刹那、浜田老人の背後に、紫色の異形が現れた。
 彼はその存在に気づいたわけではないが、背後に吹いた突風は感じた。
 そして、そこまでだった。
 彼の意識はそこで途絶え、二度と目覚めることはなかった。

 その日、涼子は生徒会室で昼を過ごしていた。
 生徒会役員を除けば、ここに来る人間はほとんどいない。
 ゆっくりと考え事をしたいときには、この場所は最適なのである。
 考えることはいくらでもあった。
 久坂零次や霧島直人ら異法人、その組織である異法隊。
 失われた七年前、両親、そして姉のこと。
「はぁ……ったく、ごちゃごちゃして来たなぁ」
「何言ってんだかねこの嬢ちゃんは。ほれ、資料持ってきたぞ」
 不意に、涼子は頭をぺしぺしとはたかれた。
 霧島かと思い、慌てて顔を上げるが――――そこにいたのは、梢だった。
 ……って当然か。ここ学校だし。部外者の霧島さんがいる訳ないし。
 だとしても、梢の言動は霧島そっくりのような気がした。
 いくら考え事に没頭していたとは言え、本当に霧島がやって来たと思ったのだから。
「……あの。先輩に資料なんて頼んでましたっけ。あと嬢ちゃんっての止めてください」
「俺じゃないけど、師匠にゃ頼んでたろ。あの、お前の姉ちゃんに関する資料」
「あ、そうでした」
 霧島が持ってくる資料を調べるだけでは進展しないため、榊原に資料を頼んでいたのだった。
 最近は色々と頭を使うことが多いので、つい意識の片隅へとやってしまっていたらしい。
 梢から封筒を受け取って、涼子は頭を下げた。
「なぁ。なんだったら何か手伝うか? 最近ずっと調べてるんだろ、そのこと。美緒が付き合い悪いって愚痴ってたぞ」
「手伝いはいいですよ。一応信頼出来る協力者さんもいますし」
「そうか? ま、お前が良いって言うならいいんだけどよ」
 無理押しはせずに、梢は大人しく引き下がった。
 彼は基本的に相手の意見を重視するので、こちらが嫌だと言うことは滅多にしない。
 このまま生徒会室から出て行くのかと思いきや、梢はその場で弁当箱を出した。
「珍しいですね、先輩がここで食べるなんて。大抵吉崎先輩たちと教室か食堂じゃないですか」
「今日は危険なんだよ。吉崎の奴に言い触らされちゃたまらん」
「何をですか?」
 そんな涼子の問いかけに答えるように、梢は弁当箱を開いた。
 覗き込んでみると、なんだかいつもと違って見えた。
 梢は弁当を作る場合、味もそうだが色彩にも気を使う。
 肉、野菜、魚のバランスを保ちつつ、赤、黄色、緑のものを入れるのが彼の弁当の特徴だ。
 だが、今日はやけにメニューが偏っていた。
 肉もなければ魚もない。
 ご飯と野菜だらけで、まるで精進料理のようだった。
「魚は形崩して肉は焦がした」
「……料理の鬼と言われた先輩にしては珍しいですね。スランプですか?」
「まさか。これ作ったの俺じゃないし」
「え? って言うと」
 真っ先に思い当たる可能性を想像して、涼子は咄嗟に梢から――と言うより彼の持っている弁当から――距離を取った。
「――――――ご愁傷様です」
「いや違うから。美緒の作ったものなんて絶縁状叩きつけられても食わんから」
「そ、そうですよね。それじゃ誰が」
 と、言いかけて涼子は一人の女性を思い出した。
 この間榊原家へ行った際に、台所で共に料理をした女性――遥のことを。
「もしかして、遥さんですか?」
「ああ。そういえば言ってたぜ、遥。お前が親切に料理教えてくれたって。……ありがとな」
「いえいえ。私、料理するのも好きですけど教えるのも好きですから」
 実際、遥と一緒に料理をしていて楽しかった。
 途中、姉の幻影を見たからか、なんとなく半端に終わってしまった感はあるのだが。
「でも弁当作ってるなんて、なんですか先輩。結構良い感じなんじゃないんですか?」
「うるせ。小悪魔的な笑み浮かべるな。……ったく、だからここで食うことにしたんだよ」
 確かに、教室や食堂で食べれば吉崎によってこの事実を言い触らされるだろう。
 さすがの梢も、そういったことは恥ずかしいようだった。
 箸でブロッコリーを挟み、口に放り込む。
 微妙な表情を浮かべている辺り、及第点ギリギリといったところなのだろう。
 梢は味にうるさいので、普通の人よりも基準値が高めなのだ。
「……なぁ冬塚。最近忙しそうなのは承知で頼みたいことがあるんだ」
 資料に意識を戻しかけた涼子は、その声で再び梢の方へ視線を向けた。
 滅多に人を頼らない梢がそんなことを言うのは、非常に珍しいことだった。
 涼子が訝しげな表情を浮かべていると、梢は少し逡巡してから、
「妙なこと言うようだけどよ。時間があれば家に来て、遥の相手とかしてやってくれないかな」
「遥さんの、ですか?」
 奇妙なことを言うな、と思った。
 彼女とはまだ二度しか会ったことのない涼子に、なぜそんなことを頼むのか。
 涼子としては、遥という女性には不思議なものを感じているので嫌な感じはしない。
 だが梢がこの場でそういうことを言うのは、何か不自然に思えた。
「あいつ、今はあんまり外出とか出来ないし、友達って言えるような奴もいないんだよ。だから、迷惑じゃなけりゃ相手してやってくれないかな」
「それはいいですけど……なんですか、外出出来ないって。身体でも悪いんですか?」
「いや、ちょっと込み合った事情があってな」
 梢の態度が急に曖昧なものになった。
 視線を涼子から逸らし、なにやら渋るような顔つきをしている。
 ……なんだろう?
 そう思ったとき、ふと電光のようにある考えが思い浮かんだ。
 今学期の始業式が始まる前、涼子の友人を救った一人の超人。
 彼は涼子たちと同年代ぐらいの少年で、榊原幻の知り合いらしい。
 一撃で通り魔を数メートル転がすほどの蹴りを放つ。
 その特徴は、まるで異法人のものである。
 さらに零次や霧島らの話によれば――――彼ら異法隊に所属しない謎の異法人、草野郎という存在が、例の研究所からサンプルとされていた少女を連れ攫ったという。
 そのとき確認してみたが、彼らの中にサチを助けた者はいないようだった。
 ……そして私が遥さんと初めて会ったのは、異法隊の人たちと出会ってすぐ。
 研究所の少女が連れ攫われてから、間もない頃のことだ。
 異法隊と繋がりのない異法人。
 そんな知り合いがいるかもしれない榊原幻。
 そして、彼の屋敷に最近住み始めたという少女。
 涼子たちと同年代の少年――――。
 ほんのわずかな疑問から、突然閃いた考え。
 だがそれは、状況を整理すればするほど……なんとも辻褄が合うように思えた。
「……込み合った事情って、なんですか?」
 試しに問いかけてみると、梢はなにやら警戒するような視線を向けてきた。
 もっともそれは一瞬のことで、すぐに涼子から視線を逸らす。
「まぁ、なんだ。あいつが家に来るときに色々揉めてな。それで、結果だけ言うと……あいつは今狙われてるかもしれねぇんだ」
「――――」
 話が合う。
 不意に湧き出てきた予想と、あまりにも話が合いすぎている。
 ただの偶然か、それとも予想が的中しているのか。
 その判断を下すことが出来ないまま、涼子は昼休みを過ごすことになってしまった。

 自宅に戻ってからも、なかなか昼休みの一件が頭から離れなかった。
 遥は狙われている、と言っていた。
 それはもしかしたら、異法隊に追跡されていることを言っているのかもしれない。
 仮に梢が異法人で、例の研究所から少女を連れ出したのだとだとしたら。
 ……これは迂闊には言わない方がいいかな。
 異法隊との約束では、研究所の少女の手掛かりが得られた場合、すぐに教えてくれと言われている。
 だがもし梢が異法人であり、遥を連れ出したのだとしたら……簡単に言ってしまう訳にはいかない。
 異法隊に知らせれば、すぐに彼らは梢たちの身辺を探り出そうとするだろう。
 そして、涼子の予測が的中していたのなら――――最悪の場合、両者が戦闘に突入する可能性もある。
 零次や霧島の話を聞く限り、異法隊は目的のためには手段を選ばない面がある。
 無論非道な行いはしないと言ってはいたが、同類相手に戦闘を仕掛ける、ぐらいならやりかねない。
 梢や遥の詳しい事情も知らないまま、簡単に口を滑らせていいものではないだろう。
「……そういえば、資料もらったんだっけ」
 気持ちを切り替えようと、涼子は鞄の中にしまっておいた封筒を出した。
 中身を取り出してみると、出てきたのは一冊の雑誌だった。
 大分古そうなもので、確認したところ、七年前のものだということが分かった。
「七年前か」
 だが、七年前と言っても冬のものではない。
 秋の中頃に出たものらしく、当時流行っていた芸能人やスポーツ選手などの記事がいくつも取り上げられていた。
 懐かしさの誘惑を振り払いながらページを進めると、不意に赤ペンで丸がつけられた記事に出くわした。
 おそらく榊原が書いておいてくれたものだろう。
 涼子はゆっくりとその記事を読み進めていくことにした。
 それは、秋風市有河町で起きた事件を書いたものだった。
 一九九六年、十月六日未明。
 住宅街に暮らしていたある一家が、突如何者かに襲われて命を落としたという事件である。
 死亡したのは夫妻、そして飼っていた犬。
 幸いその家の長女は、当日友人の家に外泊していたため難を逃れたのだという。
 死者は非常に惨たらしく、奇怪な殺され方をした。
 なんでも夫妻は腸を引きずり出され、神話に伝えられる蛇のように円を作っていたらしい。
 ペットの犬は口を上下に引き裂かれて倒れており、その傍らには被害者の右腕が落ちていた。
 もっとも、この情報は近所の人間たちから聞き集めたものに過ぎず、実際のところは分からない。
 秋風署は事件のことをあまり口にしようとはせず、捜査もろくに進められなかった。
 まるで、この事件を追うことを恐れているかのようである。
 その事件の被害者。
 何者かに襲撃され、娘を残して死に絶えた一家。
 その姓は、涼子にとって見過ごすことの出来ないものだった。
「――――八島」
 八島優香。
 名前は出されていないものの――助かった一人娘というのは、優香のこととしか思えない。
 涼子の両親が奇怪な死を迎える前。
 既に優香の両親も、奇怪過ぎる死を迎えていた。
 これは偶然の一言で切り捨ててしまっていいものだろうか。
 この事件は何か、自分の両親を失った事件と同じ匂いを感じさせる気がするのである。
 この記事を見る限りでは、犯人も捕まってはいないだろう。
 それどころか捜査もあまり進められていないようだった。
 涼子の両親が殺されたときもそうだった。
 最初、事件を追おうとしていた刑事たちが惨殺され、それで捜査は打ち切りになったと。
 もしかしたらこの二つの事件、犯人は同一人物かもしれない。
「よっ、どうした? なんか難しい顔して」
「――――」
「んむ、もう驚かないのか。嬢ちゃんが驚くの見てて面白かったんだけどな」
 いつのまにか、霧島が来ていたらしい。
 涼子は不思議と落ち着いたまま、彼に資料を手渡した。
 霧島は黙って資料に目を通すと、小さく頷いた。
「なるほど。こいつは有力な手掛かりかもしれんぜ」
「犯人に心当たりある? 私は異法人じゃないかって見てるんだけど。……私の両親を殺した犯人とも、同一人物だと思ってる」
「つまり、例の"スポンサー"の言うとおりかもしれないってわけだ」
「……そういえばそうね」
 鵜呑みにしてはまずいと自分で言っておきながら、結局影響を受けてしまっているのかもしれない。
 具体的な証拠もないしと、涼子は発言を撤回しようとした。
 その刹那。
「ま、この手口に関しては心当たりがあるけどな」
 少し不機嫌そうな物言いで、霧島がぼそりと呟いた。
「この手口。場所によっては有名な都市伝説扱いになってるんだぜ。嬢ちゃんも聞いたことないか?」
「そう言えば、友達から聞いたような気はするけど……」
「下手人の名はザッハークという」
 ぞくりと、背筋に悪寒が走った。
 なぜか、そのときの霧島が――――異様に冷たい雰囲気を出しているように見えたのである。
「ザッハーク。こいつは無論本名じゃあない。この記事にもあるような殺し方ばかりするからか、あるいは別の理由からかは知らないが、いつからかそう呼ばれるようになっていた。国籍家族構成その他全てが不明だが、一つだけはっきりしていることがある。――――この野郎が異法人だってことだ」
「それじゃ、この殺し方はこいつ特有のやり方ってわけ……?」
「反吐が出るだろう。趣味なのか儀式的な意味合いがあるのかは知らねぇが、あいつはよくこういう手口で死者を辱める。俺……いや、俺にとっては敵だ」
 やけに強い口調で言ってくるので、思わず涼子は相槌を打つように頷いてしまう。
 彼からこんな風に凄味を感じるのは、涼子が助けられたあの晩以来だった。
 普段の軽い態度とのギャップのせいか、今の霧島はなんだかやけに――――
「……だからま、嬢ちゃんはこいつにはあんま関わらん方がいいぜ。今嬢ちゃんを狙ってるのは研究機関の連中であって、こいつじゃない。イカレた異法人相手にするのとイカレた人間相手にするのじゃ、まだ後者の方がマシだと思うぜ?」
 途端、霧島は雰囲気を一気に和らげた。
 そのタイミングが絶妙だったせいで、涼子の思考もはっきりとした形にならないまま霧散する。
 七年前、冬塚家を襲ったのがザッハークなら……優香の行方を握っているはずだった。
 故に涼子にとっては、手掛かりの一つになるかもしれない。
 だが、それを霧島に言うのはなんとなく気が引けた。
「とりあえず言えるのは、スポンサーって奴の情報が信憑性あるってことだよな」
「……そうね。ザッハークってのが私の両親を襲ったと仮定するなら、だけど」
 両親は圧死。ザッハークの仕業として見るには、やや証拠不十分である。
「八島優香の両親がザッハークに殺され、運良く助かった彼女は冬塚家へ。それでも何者かが冬塚夫妻を殺害し、優香を連れ攫ったと見るのが妥当かね」
「だと思う。……でもこれじゃあんまり進展ないのと同じね」
「他に手掛かりになりそうなのはないのか? ほれ、例えば七年前の頃にあった強烈な思い出とかよ」
「思い出ねぇ……」
 そんなことを急に言われても、何も思い浮かばない。
 と言うより、思い出せないからこそ七年前に関わることを調べているのだが。
 ……あれ?
 ふと、頭の片隅に何かが浮かび上がりかけた。
 疑念が喉元まで出かかっているのに、中途半端に詰まっているような感じがする。
「どうした?」
「い、いや……最近、何か七年前に関することがあった気がするんだけど」
「例の研究所以外でか?」
「うん。……それとは多分、全然関係ないとこで」
 頭の中で、今年に入ってから起きたことをとにかく並べ立ててみた。
 記憶力に自信があるせいか、色々と余計なものまで思い浮かんでくる。
 一月の出来事、二月、三月と続き――――四月の最初で、それは形となって現れた。
『――――覚えていないのならばそれでいい。思い出す必要もない』
 あの日、始業式の日。
 学校で偶然出会った久坂零次にそう言われたことを、ようやく思い出した。
「……そうだ零次さんだ! 始業式の日、零次さんと会ったとき、七年前って言ったらすごく驚いてた!」
「零次? 零次って、久坂零次? あのむっつりの零次?」
「む、むっつりかどうかは知らないけどっ!」
 なぜか思い出せたことが、無性に嬉しかった。
 つい最近のことだというのに、である。
 冷静になってみると、ややそのことが不審に思えてきた。
 そんな彼女の額に手を当てて、霧島が嘆息交じりに言った。
「そう興奮すんなって。思い出したのは大したもんだけどな」
「……う」
 なんだか子供に対する言葉みたいで嫌だった。
 それに、改めて考えてみるとこれは手掛かりというにはあまりに心細い気がした。
 零次の言葉から察するに、彼とは七年前に出会っていたのかもしれない。
 だが彼は覚えてないならいい、と言っていた。
 涼子の七年前が蘇ることに、あまり賛成はしてくれそうにない。
 最近はよく顔を合わせるようになったが、彼は昔のことなどまるで話そうともしなかったのである。
 今更七年前のことを尋ねたところで、まともに答えてくれるとは考えにくい。
「……だから、手掛かりとしては駄目かもしれない。それに事件と関わりあるかどうかは分からないし」
「でも気にはなるんだろ? だったら、今夜にでも聞いてきてやろっか?」
「聞くんだったら、私自分で聞く」
「そうじゃねぇって。俺もあいつ本人には聞かないさ、刃覚えてるだろ? あいつとか、その弟なら七年前の零次を知ってるはずだ。何か有益な話が聞けるかもしれねぇ」
 刃たちの場合、涼子とはあまり接触する機会がない。
 弟の方は同じ学園に通っているのだが、最近は別件で忙しいらしく涼子はまだ顔を知らなかった。
 彼らが相手ならば、涼子よりも霧島が行った方がいいだろう。
「そう……それならお願い出来る?」
「なに、簡単な御用だ。俺にバッチシ任せとけって」
 そう言って霧島は、自信満々に胸を叩いてみせた。

 その日も零次は、定時報告のために屋上へとやって来ていた。
 建ち並ぶビル街の向こうには、自然が盛りだくさんの風景がある。
 が、それも夜の闇に紛れてしまってはあまり意味がなかった。
 亨は赤根甲子郎の捜索に専念するため、最近は顔を見せていない。
 学校には来ているし、定時連絡も刃を通してやっているので心配はなかった。
「ハロハローっと」
 相変わらず陽気な声をあげてやって来たのは霧島直人。
 今日は涼子を連れておらず、零次はほんの少しだけ肩を落とした。
「ありゃ、刃はまだ来てない?」
「うむ。遅れるという連絡もなかったし、やや心配ではある」
 赤根甲子郎が倒されたこともあり、零次はやや警戒しているようだった。
 だが霧島はあまり気にしていないのか、軽い足取りで零次の横に立つ。
 彼は眩しげに夜の町を見下ろして、
「綺麗な眺めだなーとか思うか?」
「……まぁ、そうだな」
「俺はそうは思わないけどな。綺麗だな、とか思う前にあっち飛び出したくなっちまう」
「暴れるなよ」
「そこまでモラル低くないぜ、俺ぁ」
 霧島はからからと笑う。
 零次はそれを黙ったまま聞いており、視線はずっと夜の町に向けられていた。
 怪しい奴がいないかどうか、じっと見張り続けているのである。
 不意に、霧島の笑いが止んだ。
 止んだというより、突然止まった。
 あまりにも急だったので、零次は視線だけを霧島の方に向ける。
 すると霧島は淀みのない口調で、
「んでさぁ、お前さん――――――いつまで七年前のこと、誤魔化す気だ?」