異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第二十一話「破られる均衡」
 余分な物音が何一つ聞こえない、閉ざされた空間。
 真っ白な壁には黒き影がつき、さらに上から淡い緑の光がかぶせられている。
 奥へ奥へと続く長い道の両脇には、幾多の培養ポッドが立ち並んでいた。
 その中身は人間である。
 生きた人間と言うには、やや躊躇われる形のものだが。
「――――相変わらず趣味の悪い場所よ」
 ポッドに挟まれた道を歩く二人の男。
 一人は白衣を着込み、先導するように前を歩く。
 後ろの男は、そろそろ暑いのではないかと思えるような長袖のジャンパーを着ている。
 こちらは来客か何かなのか、珍しそうに左右のポッドを眺めていた。
「とんだ資源の無駄遣いもあったものだな、牧島。ここまでやっておいて結果が出せぬとは、つくづく難儀なことをしている」
「ふふ、そうでもありません。他はどうだか知りませんが、僕は研究成果を出すことよりも過程を楽しむタイプですから」
「結果が出せぬのならばこれは道楽ぞ。スポンサーが黙っていようかな……?」
 後ろの男は蛇を連想させるような面構えだった。
 獲物を射竦めるような眼光は、ただそこにあるだけで恐怖を放ち続けている。
 前を歩く男――――牧島とは、まるで存在感が違っていた。
 だが牧島はにたりと笑って振り返った。
 恐るべき魔性の双眸が出迎えるが、彼は全く動じることなく続ける。
「なに、ノルマは達成していますよ。先日も一人、なかなか良いサンプルをいじってみました。どうやら"フリーク"の完成も近いようです」
「契約内容を違えているわけではないと申すか。まぁ良いわ」
「ははは、爺さんだったのが悲しいところですがね。やはりサンプルは女性の方がいい」
 牧島はそう言って、蛇面の男に細い目を向けた。
「ところで、この間町で面白いものを見つけましてねぇ。一応お知らせしておいた方がよろしいかな、と」
「なんだ、異法隊の連中か? あの程度の奴らなぞ捨て置け」
「彼らではありません。……リンクハートですよ」
「――――ほう」
 蛇面の男は関心を示したようだった。
 ぎょろりと双眸に不気味な光が宿る。
「鍵の女か。どこで見た?」
「この間、市の図書館へ赴いた際にそこで見かけました。何人かの少年と一緒だったようです」
「尾行は?」
「無理ですね。周囲にいる少年のうち一人、おそらく彼が彼女を連れ出した者でしょうが――――彼は絶えず周囲を警戒しています。私ごときが尾行しても、見つかってしまいますよ」
「異法人か」
「かもしれません。生憎私は普通の人間なので、例の共鳴とやらで確かめるわけにはいきませんが」
 そこでちらりと牧島は男を見た。
「……ですが、異法人と思われる少年の姓は聞きました。確か倉凪とか」
「倉凪、か。ふん」
 その姓を耳にして、蛇面の男は鼻を鳴らした。
 思わぬものを見つけた、という表情だ。
 それも、あまり歓迎できるものではない類の。
「姓さえ分かればどうということはないな。そう多くある姓ではあるまい」
「ええ、既に住所までは突き止めてます。両親は死に、榊原という男の家に厄介になっているようですな」
「そこまで分かっているならばどうということもあるまい。隙を見て取り戻して来い」
「……は。それが少々、面倒な不安分子がありまして」
「不安分子?」
「私が図書館で彼女と彼を見つけた際に、矢崎刃もその場にいたのですよ」
 む、と蛇面の男は歩みを止めた。
「異法隊の矢崎刃か。純粋な肉弾戦なら異法隊最強とも言われている」
「ええ、その矢崎刃です。彼も彼女の存在に気づいたようで、どうも監視についているようなのですよ」
 矢崎刃が見張りについている以上、のこのこと彼女を連れ攫いに出ることは出来ない。
 倉凪梢と異法隊は今のところ敵対しているものの、研究機関とて両者とは敵対関係にある。
 敵の敵は味方、というわけにはいかない。
 仮に倉凪梢を出し抜いてリンクハートを得たとしても、そこで矢崎刃に奪われてしまってはどうにもならない。
「ふむ。……ならばそれを利用すればよいではないか」
 と、蛇面の男が口を開いた。
 牧島は目をさらに細くして、なるほどと笑った。
「もっとも私は表に出ることはなるべく避けねばならん。故に実行は貴様に任せるが、大丈夫か」
「ご心配なく。確かに戦闘能力は我ら、非常に不利ですが……やり方はいくらでもあります」
 しかし、と牧島は笑みを消した。
「貴方ほどの人がいちいち表に出る出ないを気にする、というのも不思議なものですねぇ」
 探るような視線。
 それを受けて、蛇面の男はむしろ楽しげに笑った。
「七年前よりまとわりつく復讐者がいるのでな。私としては相手をしてやりたいところだが、計画の最中は慎むよう言われておる」
 様々な人間が培養ポッドに浮かぶ部屋に、不気味な笑い声が響き渡った。

 夜風が身体を吹き抜けていく。
 身体の外側だけでなく、内側まで凍えていくようだった。
 久坂零次は、霧島直人に身体ごと向き直る。
「――――今、貴様なんと言った」
 威圧をかけるため、重々しい声を出そうとした。
 だが、実際に出た声は震えていて弱々しい。
 そんな零次を前にして、霧島直人は口元に笑みを浮かべたまま沈黙を続けていた。
 ……おかしい。七年前のことを、なぜ霧島が知っている?
 七年前に起きたある事件。
 その内容を知っているのは、異法隊内でも僅かな者だけ。
 柿澤源次郎と久坂零次の二人ぐらいで、当時入隊していた矢崎兄弟や藤村亮介も、詳しいことは知らない。
 霧島直人が入隊したのはそんなに昔のことではない。
 だというのに、なぜ事件のことを知っているのか。
「……刃たちから聞いたのか?」
「まさか。あいつらだって、そう多くは知らないだろ。……嬢ちゃんとお前に何かが起きたってことぐらいしかな」
 ごくりと唾を飲んだ。
 知っている。
 この口振りからして、霧島直人は知っている。
 他の異法隊員も知らないような、あの事件の奥深い部分を。
「隊長から聞いたわけでもないぜ。あの人が俺に口を滑らせるなんてこと、万に一つもないしな」
「では、なぜ知っている。なぜ、あの事件のことを……!」
「――――嬢ちゃんの記憶を奪ったの、柿澤隊長だろ」
 零次の言葉をすらりと避けて、霧島は一気に攻めてきた。
 一瞬、呼吸することすら忘れてしまう。
「図星か。分かりやすいね、どうも」
 肩を竦め、哀れむような視線を零次に向けてくる。
「頼んだのはお前かな。大方『辛い記憶などない方がいい。とびきり強烈なのを頼む』ってな」
「……!」
「これは異法によるものじゃないな。おそらくは魔術。記憶操作と共に暗示系の魔術をかけたってとこか。記憶を思い出すための核心に近づいたら、無意識にそれを避ける類のもんだな」
 これは問いかけというより、確認だった。
 霧島はいちいち言葉を並べ立て、零次の反応を見て確認しているだけに過ぎない。
 思わず、拳に力が入る。
「あー待て待て。俺は別にお前とやりあうつもりはないさ」
「何……?」
「今の時点で嬢ちゃんに記憶を戻されると、こちらとしてもまずいんでね」
 ひらひらと両手を上げ、戦闘意思がないことを表明する。
「けど嬢ちゃんは不思議なパワーを持ってる。魔術だろうが異法だろうがぶち抜いて、いつかは真実を取り戻すだろうさ。そのとき、お前さんはどうするのかねって思ってよ」
「どうする、だと?」
「真実を手にした嬢ちゃん相手に、向き合う覚悟はあるのかってことさ」
 その一言を前に、零次は半歩下がって押し黙った。
 霧島はおそらく、その言葉がどれだけ重いかを理解して聞いているのだろう。
 七年前、冬塚涼子と久坂零次の間に何があったのかを。
 零次は答えない。
 否、答えられなかった。
「……ま、抱えている罪は本人以外に理解は出来ない。俺に言えないなら別にいいさ。けど、そう遠くないうちに覚悟を試される日は来そうだぜ」
 霧島は踵を返し、屋上から眼下に広がる景色を眺める。
 零次は幾分ほっとした気分で、その背中を見た。
「だが霧島。……お前はなぜ知っているんだ、あの事件を」
「あの事件はお前さんが思ってるよりも奥が深い。つまりはそういうことだ」
 煙草をくわえながら、霧島はぼつりと呟いた。
 零次はそれ以上を問いかけることが出来ない。
 人に言えない過去が零次にあるように、霧島にも同様のものがあるのだろう。
 錆び付いていた扉を揺さぶられたような、落ち着かない気分だった。

 六月になって、雨の降る日が多くなった。
 そのため、ただでさえ外出する機会の少ない遥は、ほとんど外出することがなかった。
 ここ最近は美緒から借りた漫画、吉崎に教わったパソコンなどで暇を潰す日々を送っている。
 そんなとき、涼子が榊原屋敷を訪れた。
 どうやらテスト寸前の勉強会をしにきたらしい。
 勉強会と言っても、涼子はもっぱら教える側なのだが。
「くあー! 分かんない分かんない分かんないぃぃぃっ!」
 涼子が書き記したノートを前に、美緒は頭を抱えて叫んだ。
 美緒の部屋は散らかりすぎていて勉強には向かないので、二人は居間にいた。
 涼子は改めて勉強する必要もないのか、息抜きと称して遥とチェスをやっていた。
「むむ。……これはどう?」
「あ、それじゃこう」
「む……」
 顔をしかめているのは涼子の方だった。
 遥のぼややんとした性格で油断していたとは言え、かなりの苦戦を強いられている。
「やるなぁ、遥さん」
「そうかな? 榊原さんと何回かやったことあるからかも」
「それにしても……む。少し自信あったんだけどな」
 息抜きでやるつもりだったが、いつのまにかすっかり夢中になってしまっていた。
 横でわめいている美緒の声もほとんど気にならない。
 最近色々とややこしいことを考えていたので、頭の中をすっきりさせるにはちょうどいい。
 もっとも、天気はすっきりしていなかった。
 ここに来るまでは小雨だったのだが、今はまるで嵐がやって来たような天気になっている。
 お茶を運んできた梢が窓の外を見て、深い溜息をついた。
「こりゃ酷いな」
「ひ、酷くないもん!」
「お前の成績言ってんじゃねぇよ。天気だ天気」
 美緒の頭を抑えて梢は外を指差す。
「どうする冬塚、帰り大変なら泊まってくか?」
「うあー、お兄ちゃん超大胆発言ー!」
「やかましい。いちいちいらん口挟むな」
 美緒の口に差し入れ用の饅頭を突っ込んで黙らせていた。
 涼子は空笑いしていたが、窓の外を見て首を捻った。
「そうですね、このまま酷くなるとさすがにきついですし」
 霧島は、いざとなればいつでも飛び出せる程度の距離で待機している。
 報告しなくても、護衛の任務に問題はないだろう。
 ……顔も知られてないみたいだし、大丈夫ね。
 念のため、それとなく聞き出した。
 草野郎と呼ばれる異法人と、その男に連れ出されたという少女。
 二人の顔を見たことがあるのは、零次と刃だけだという。
 仮に梢と遥がその二人だとしても、霧島には分からないはずだ。
 馴染みの薄い異法人同士が近づくと、奇妙な共鳴が発生するらしいので、あまり楽観は出来ないが。
 ……気が重いなぁ。
 異法隊との約束を半ば違え、梢や遥を欺いているような立場にある自分がもどかしい。
 だが、どうすればいいのかはっきり分からないまま動くのは、単に軽率なだけに過ぎないと思う。
「今日は吉崎も来てるし、夕飯は気合入れて作らないとなぁ」
 そんなことを言いながら梢は厨房へと向かっていく。
 時間を見ると、既に夕刻を回っていた。
「あ、それじゃ私も手伝いますよ」
「いや別にいいぞ。六人分ぐらいなら俺一人でも平気だ」
「夕食御馳走になるうえに泊めてもらうんですから、何もしないってのは悪い気がするんですよ」
「感動できる台詞だ。上で漫画読んでる馬鹿に聞かせてやりたいぜ」
 天井を見上げ、梢は皮肉げな笑みを浮かべた。
 そう言えばまだチェスは途中だったな、と思って遥の方を見る。
「あ、私は美緒ちゃんと勉強してるね」
「う……まさか遥さんに教わるなんてぇぇ」
「美緒ちゃん……私のこと馬鹿だと思ってた?」
 とりあえず問題はなさそうだった。
 涼子は梢の後に続いて台所へ向かいながら、質問を投げかけてみることにした。
「先輩、遥さんって頭いいんですか?」
「んー、斎藤の話だと理数系は無茶苦茶ハイレベルらしいぞ。でも文系科目……国語とか社会とかは全然駄目みたいだ」
「両極端なんですねー」
 不自然にならない程度に、探りを入れてみる。
 涼子の予想が正しければ、梢は言葉を詰まらせる可能性がある。
「……そういえば遥さん、学校には通わないんですか?」
「――――」
 梢は歩みを止めなかった。
 振り返ることもしなかった。
 しかし、かすかに肩が動いたのを涼子は見逃さなかった。
 遥がもし研究施設に囚われていた少女なら、学校などとは縁がなかったはずだ。
 現在も異法隊に追われているなら、学校へ通うのも避けたいところだろう。
 このまま会話を途絶えさせても仕方ないので、涼子は話題を変えることにした。
「ま、それはいいとして。実際のとこ、どうなんですかぁ?」
「な、なにがだよ」
「一つ屋根の下で暮らす身としては、遥さんのこと気になったりしません?」
 わざと意地悪げな笑みを浮かべてみせる。
 案の定、梢の表情はいくらか柔らかなものになった。
「んなことはねぇよ。ただ、気の毒だとは思うけどな」
「気の毒?」
「あいつは色々と辛い境遇だからな。家族もねぇし友達もねぇ。なんにもねぇんだよ」
 神妙な声で、梢は何度も繰り返して言う。
 あいつには何もない、と。
「だから助けてやりたいとは思ってる。せめて、当たり前の生活が送れるようになるまではな」
「……」
「本当は、早く学校にも行かせてやりたいんだけどなぁ」
 そう言って、梢は困った風に笑った。
 その表情からは、遥に対する思いやりが感じられた。
 純粋に彼女を助けてやりたいのだろう。
 昔からそうだった。
 梢は誰かを助けたいと思うとき、よくこんな表情をする。
 そしていつも助けてしまうのだ。
 ……まいったなぁ。
 涼子は梢のことをよく知っていた。
 よく知っているだけに、この表情を見ると妙な信頼感を持ってしまう。
 彼が異法人で、遥が研究所に囚われていた少女だとしても。
 おそらくこの人ならどうにかしてしまうんだろう。
「先輩」
「ん?」
 エプロンを着けながら梢が振り返った。
 それは、涼子がよく知る彼の顔だった。
「遥さん、早く学校に来れるようになるといいですね」
「――――おうっ」
 梢は本当に嬉しそうに笑う。
 なんだか久々にほっとした。

 刃は内心どきりとしていた。
 自分が監視している者の家に、冬塚涼子が訪ねてきたからである。
 ……知り合いか?
 刃はあまり気配を消すのが得意ではないので、やや離れた位置から監視をしていた。
 冬塚涼子の姿も、屋敷の門を潜るのを見たきりだ。
 中でどのような会話が行われているかは分からない。
 本当なら、もう少し近づいて監視をするべきだった。
 刃は、草野郎と少女に問題性はないような気がした。
 それを確認するために監視を行っている。
 だが、離れた距離からではあまり多くのことは分からない。
 問題性の有無をはっきりと確認することが出来ないのである。
 そんなとき、冬塚涼子がやって来た。
 問題は彼女自身ではない。
 刃にとってまずいのは、冬塚涼子と共に近くに来ているであろう――――
「よっ、刃。お前何してんだ?」
 全くの不意打ちだった。
 何の前触れもなく、声をかけられるまでは微塵も気配を感じさせず、そいつは現れた。
 ――――霧島直人。
 異法隊の同僚であり、隊のムードメーカー的な存在である。
 亨などはただそれだけの男と見ているようだが、刃はどことなく霧島が只者ではないような気がしていた。
 意外と抜け目がない彼を前に、この状況をどうするか。
 ……下手なことを言うよりは、事実を話すか。
 本心がいまいち分からない男ではあるが、零次や藤村のように異法隊への忠誠心が強いわけでもない。
 気に入らない任務であれば真っ向から反抗するのが霧島だった。
「あの家に、草野郎と例の少女がいる」
「監視ってわけか」
 即座に刃の心境を理解したのか、霧島は特に咎め立てはしなかった。
 これが零次辺りなら、なぜさっさと少女の奪取に向かわないのか、と文句が飛んでくることだろう。
 融通が利かない、良く言えば一途なのである。
 刃は零次のそうしたところが嫌いではないが、今はこの場に来て欲しくなかった。
「どうだい、やっこさん問題ありそうかい?」
「特には。もう少し近づいて監視したいところだが」
「お前は良くも悪くも存在感ありすぎるから、それは止めとけ。下手に戦闘になったらまずいだろ」
「そうだな。……霧島、頼めるか」
 霧島は気配を断つこと非常に巧みである。
 あまり自分の能力をひけらかさないため目立たないが、赤根よりもそうした技術はずっと上のようだった。
 どうせ事情を知られたのだから、協力を頼もう。
 そう思って刃は言ったのだが、霧島は渋い顔つきで唸った。
「何か問題が?」
「いや、問題っつーかなんつーか……」
 霧島が珍しく口をどもらせた。
 ――――刹那、周囲一帯の明かりが消えた。
「……なんだ?」
「どうやらあの家を突き止めてたのは、お前さんだけじゃなかったってことだな」
 大雨のせいで陽の光もなく、電気が消えると辺りは薄暗くなる。
 そんな中、榊原屋敷の周囲に無数の影が現れた。
「機関、強化人間か……!」
「みたいだなぁ。行くぜ刃、様子見なんて言ってられる状況じゃねぇ! 草野郎はともかく、機関なんぞに彼女を渡してみろ。最悪の失態だ!」
 刃と霧島は互いに頷きあって、同時に飛び出す。
 屋敷までは五秒もすれば辿り着く。
「俺は裏の方を見てくる。お前は前方を頼むぞ!」
「了解」
 霧島の指示に従う形で、刃は屋敷の玄関前へと辿り着いた。
 上空を見ると、霧島が屋敷の屋根を駆け抜けながら裏の方へと進んでいく。
 ……少々厄介なことになるかもしれんな。
 そう思いながらも、刃は眼前に飛び出してきた強化人間を殴り飛ばした。

 突然の事態に、屋敷の中はパニック状態になった。
 二階から吉崎が飛び降りてきて、梢と合流する。
 既に梢は、遥や涼子たちを押入れの中へと隠している。
「どうなってんだ、この停電。おまけに外に変な気配がうじゃうじゃしてるぞっ!?」
 吉崎も天我不敗流の門下生だ。
 人外たる梢ほどのレベルではないが、気配を感知する術は普通の人間よりも遥かに長けている。
 右手には不似合いな赤い銃が握られていた。
 榊原から借り受けた魔銃、ヴィリである。
 梢は吉崎をちらりと見たが、すぐに視線をあちこちへと向け始めた。
「んなことは分かってる。やばいな、監視してくるだけだと思ってたのに……仲間抱えて乗り込んできやがったか!」
「ここ最近妙な気配がすると思ってたけど、それか?」
「ああ。多分相手はあの赤根とかってのと同類……異法人だ」
 あの日図書館で見かけた巨漢が脳裏に浮かび上がる。
 が、そんなことをしていてもどうにかなるわけではない。
「吉崎、お前もどっか隠れてろ。今からじゃ逃げるのも難しいだろうしな」
「馬鹿抜かせ。特訓の成果見せてやるよ」
「危ないんだよ、お前じゃ」
「お前でも危ないだろうが、これだけの数がいるんだぞ」
「む……」
 吉崎に言われて、梢は顔をしかめた。
 確かに感じる気配の数は半端ではない。
 五十はいるかもしれない。
 それだけの気配を今の今まで感知出来なかったのが腹立たしいが、悔やんでいる場合でもなかった。
「……分かった。ただし無茶すんなよ、俺と一緒に行動しろ」
「了解。足手まといにゃならねぇぜっ」
 ジャキ、とヴィリを構えて見せる。
 梢はそんな吉崎を見て、表情を硬くした。
「……死ぬなよ、マジで」
「分かってるって。ほれ、行くぜ倉凪!」
 躊躇っている梢を先導するように、吉崎が駆け出す。
 梢もすぐさま後を追いかけた。