異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第二十二話「誤解と事情」
 榊原屋敷は守るには不向きな作りをしている。
 強行突入が容易であるし、広すぎて少人数では守りきれない。
 相手が大人数で攻めかけてきたなら尚更だった。
 居間を飛び出し、玄関へと繋がる廊下へ出る。
 既にそこに侵入者はやって来ていた。
「……なんだ、こいつ」
 それは奇形の怪物。
 醜く歪んだ輪郭に収められた表情が、にたりと歪んだ気がした。
 奇形の怪物は腰を一旦低くし、一気に飛び出してきた。
 計算的な動きではなく、野生の肉食獣が獲物を捕らえるときの動きに似ている。
 梢は一瞬ひるんだが、すぐに構えた。
 ……大したスピードじゃねぇ!
 迫り来る怪物は口を大きく開いた。
 おそらく梢の肩か喉元にでも噛み付くつもりだったのだろう。
 しかしそこへ行き着く前に、梢が放った左フックが綺麗に入った。
 げぁ、と妙な悲鳴を上げながら怪物は壁に叩きつけられる。
「な、なんなんだよこの怪物はっ」
「分からねぇ。でも、そんなに手強いってわけでもなさそうだ」
「そりゃお前の場合はだろっ! 今無茶苦茶速かったぜ!?」
「……やっぱ遥たちと一緒に隠れてるか?」
 梢は真剣な表情で問う。
 確かにこの怪物は、梢にとっては雑魚と言ってもいい。
 だが普通の人間である吉崎からすれば、充分以上に難敵である。
 が、一転して吉崎は鋭い視線を梢へ向けてきた。
「馬鹿言え、ここで逃げてちゃ男じゃねぇ」
「良い根性だな、さすがは同門」
「へん、伊達に天我不敗流名乗ってねぇっての」
 二人はそのまま外へと飛び出した。
 室内でじっとしていては取り囲まれる恐れがある。
 こちらから打って出た方が状況はよくなるだろう。
「まずはどうする?」
「ボスから叩く。庭先でなんかでけぇ気配があるだろ。多分そいつがこいつらを率いてる」
「よっしゃ、行こうぜ相棒!」
 吉崎が肩を叩きながら進んでいく。
 彼が戦いに参加するのは梢としては不安だが、同時に頼もしさも感じる。
 なんと言っても十年以上付き合いのある相棒なのだ。
 玄関から出ると、そこには大勢の怪物がいた。
 一斉に狂気の視線が向けられてくる。
「へっ、二度はビビるかよ!」
 吉崎は両手で魔銃、ヴィリを構える。
 彼の元へ怪物が六体ほど迫ってきた。
 梢が前に出て倒そうとするが、それよりも早く、
「倉凪、下がってろ!」
 吉崎の声に従い、梢は大きく飛び退いた。
 刹那、鋭い光線が音もなく放たれた。
 真紅色の光線が、一気に怪物たちを貫く。
 その威力は凄まじく、怪物たちの身体には大小の穴がぽっかりと開いていた。
 六体中三体が倒れ、残り三体もかなりのダメージを受けているようだった。
「あらら、念のため結構本気で撃ったんだけどねぇ」
 引きつった笑みを浮かべながら吉崎が言った。
 額からは汗が滲み出ている。
 予想以上の威力に焦ったのか、それでも倒れない怪物に恐怖を抱いたのか。
 そんな彼に、生き残った怪物たちが殺到する。
「吉崎、気合入れろ!」
 言葉と共に梢が飛び出す。
 吉崎も瞬時に正気を取り戻し、片手で銃を構えつつ、天我不敗流の構えを取った。
「―― 草の創生(グラス・クリエイション)
 一体を右手で殴り飛ばしながら、能力名を口にする。
 全身から淡いエメラルドグリーンの魔力が噴き出し、梢を包み込む。
「―――― 翠玉の篭手(エメラルド・ガントレット) !」
 噴き出した魔力が梢の右腕へと凝縮され、ガントレットへと形を変える。
 不思議と温かさが感じられる輝きが、周囲一帯を照らし出した。
「暴れたいなら俺んとこへ来い! まとめて相手してやるぜ!」

「おうおう、派手にやってるようだな」
 榊原屋敷の裏手。
 霧島直人はそこから、玄関口がある方を眺めていた。
 力強い魔力を感じる。
 あれは刃のものではあるまい。
 とすれば、該当者は一人しかいなかった。
「……早々に片付けてずらかるのが得策だな。こっちはもう片付いたし、あっちに見つからんよう掃除の手伝いでもしてやっか」
 彼の足元には、強化人間たちの残骸があった。
 その全てが一撃。的確に急所だけを狙った攻撃で仕留めたものばかりだ。
 普段はあまり己の能力をひけらかさない霧島だが、戦闘能力は低くない。
 彼は自ら手を下した犠牲者たちを見る。
 哀れなものだと思うが、いちいち同情していられるほどぬるい人生を送っているわけではない。
 手早く残骸をまとめ、霧島は表の方へ向かおうとした。
 しかし、その足は第一歩を踏み出したところで静止する。
 すぐ近くに、ただならぬ気配を感知したからだ。
 刃のように強大な威圧感を与える気配ではない。
 零次のような強靭さを感じさせる気配でもない。
 ただ禍々しく、何よりもおぞましい。
 強化人間など話にならない程、醜悪な存在。
 霧島は振り返る。
 ――――それと全く同時に"そいつ"は降り立った。
 その男は蛇を連想させる面構えだった。
 後ろへと流した髪、獲物を射竦めるような双眸、凶悪な形に歪んだ口元。
 一目で異常だと直感させられるような、そんな雰囲気の持ち主である。
「表には出るな、と言われていたが……この状況下で傍観は出来ぬな、さすがに」
 霧島の眼前に立った蛇面の男は、目を細めて殺意のこもった視線を向けてくる。
「……今、介入されては困るのだ。遅れていた計画を起動させるためにはな」
「――――」
 殺意を真っ向から受け止めながら、霧島は男を睨み返す。
 向けられた殺意を帳消しにする程の、敵意の眼差しを向けながら。
 二人の周囲に、暴力的なまでにかき集められた魔力が集中する。
 ここに、激闘が始まろうとしていた。

 梢と吉崎は怪物を蹴散らしながら、巨大な気配を辿って中庭へと躍り出た。
 そこに、他の怪物たちとは明らかに異なる姿の者がいた。
「やっぱり、あんときの……!」
 梢の予想通り、そこにいたのは図書館で遭遇した巨漢だった。
 相手も梢たちに気づいたらしく、ぐるりと身を反転させてこちらを向いた。
 間近に立つと、より気配の巨大さがぴりぴりと伝わってくる。
 この間戦った赤根が狂犬ならば、この男は巨大な像のようだった。
「はっ、とうとう襲撃にきやがったな! てめぇも異法隊とかいう組織の奴か!?」
「……そうだ」
 男は静かに告げる。
 梢は右腕に力を入れ、いつでも飛び出せるよう構えた。
 吉崎も銃をしっかりと構え、梢の後方を固めている。
 男はゆっくりとした口調で呟いた。
「矢崎刃という。異法隊員だ」
「ここ最近、俺らのこと監視してたのもあんただな……?」
「ああ。だが、有益な情報は得られなかった」
 刃は構えることなく続ける。
「……まず尋ねたい。赤根甲子郎という男を知っているか」
「知ってる、ちと前に喧嘩売ってきたからな。ぶっ飛ばして追い返させてもらったぜ」
 梢は警戒を解くことなく向き合う。
 刃はぴくりと眉を動かし、目をぎょろりとさせて梢を睨みすえた。
「つまり、勝ったのか」
「まぁな……ほとんど相打ちみたいなもんだったけど」
「では、赤根をどうした?」
「どうしたって……知るかよ。俺らはその後さっさと引き上げたんだからな。なぁ吉崎?」
「あ、ああ。倉凪も怪我してたし、万一目ぇ覚まされたら恐いし、あいつは学校の校庭に置いてきたけど」
 吉崎がそう言うと、刃の表情にかすかな変化が表れた。
 それは本当に些細な変化だったため、梢や吉崎には分かるはずもない。
 そのとき、不意に両者を取り囲むように無数の気配が現れた。
「ちッ、増援か」
 ぐるりと円を描くように並んでいるのは、あの怪物たちだった。
 皆正気の欠片も感じさせない瞳で、獲物である梢たちを睨みすえてくる。
 梢が拳に力を込め、吉崎が銃を構える。
 同時に怪物たちは一斉に襲いかかってきた。
 刹那、梢たちにとっては意外なことが起きた。
 迫り来る怪物たちの群れを、刃が巨大な右腕を振るって薙ぎ払ったのである。
「邪魔をするな」
 刃の口からぽつりとこぼれた言葉は、梢たちに向けられたものではない。
 その証拠に、刃は次々と襲いかかってくる怪物たちを、まるで埃を払うかのように蹴散らしていく。
 梢たちが何かする必要もなく、新たに現れた怪物はすぐに物言わぬ骸と化した。
 ぐるりと刃が梢たちの方を振り向いた。
 梢は吉崎を後ろに下がらせながら、
「……待て。こいつら、お前の仲間じゃないのか」
「否。これは敵だ」
「なんだって……?」
 当てが外れ、梢は不可解そうに表情を歪める。
「どういうことだ、俺はてっきりお前らが乗り込んできたんだと思ってたんだけどよ」
「その見解は不正解だ。乗り込んできたのは、この強化人間」
 刃はちらりと、怪物――強化人間の骸を見た。
 少し間を置いてから続ける。
「外道の研究の犠牲者でもあり、研究機関の尖兵でもある」
「研究機関……!?」
 梢の脳裏に浮かび上がったものがある。
 あの晩、遥と出会った森の奥にあった建物。
 そこにいたのは、能力者を生み出そうとする研究者たちだった。
 そして、信じられないように強化人間の骸を見た。
「まさか、連中が遥を連れ戻しに来たってのか」
「他に何がある」
 くっ――と梢は言葉を詰まらせた。
 完全に失念していた。
 強大な敵として異法隊ばかりを意識していたため、研究機関のことはあまり気にかけていなかった。
 まさかこのような怪物を手駒にしているとは、夢にも思っていなかったのである。
「けど、お前らはなんなんだ?」
「……」
 研究機関と異法隊の関係はよく分からないが、機関が遥という能力者に取っていた態度を見れば、友好的でないのは容易に想像出来た。
 だがそれなら、機関が遥を奪還しようと襲撃してきたこのとき、なぜ異法隊が現れたのか。
 敵の敵は味方、とは限らないのである。
 黙りこくった刃を前にして、梢は苦々しげに表情を歪めた。
「漁夫の利か。俺とこの強化人間どもが戦ってる間に、遥を奪い取るつもりだろ」
「否定は出来ん」
 そこで刃が動きを見せた。
 腰をかすかに落とし、両足を広げて構えた。
 はっきりと、戦闘態勢を取ったのである。
「俺も組織に属する以上、仕事はせねばならん。……気は進まんがな」
 そのとき刃がどんな思いを抱いていたか、梢には分かる由もない。
 ただ眼前の敵を迎撃することで頭の中がいっぱいだった。
 刃の全身から、強大な魔力の波が放出される。
 圧倒的な威圧感が梢たちを襲う。
 吉崎などは、この威圧を前にして立っているのがやっとだった。
「本気で行く。――――応えろ」
 まるで巨象が蟻を踏み潰そうとするように、矢崎刃が迫ってきた。

 押入れの中に押し込められ、涼子たちは身動き一つせずに押し黙っていた。
 突然停電し、すぐさま梢にここへ押し込められたのである。
 そのときとても強張った顔の梢に、決して物音を立ててはいけないと言われている。
 なんだか尋常の様子ではなかった。
 ……異法隊が攻めかけてきたのかな。
 だとするなら、涼子の予想は正しかったことになる。
 遥は研究機関の手によって軟禁されていた、ということだ。
 今、同じ押入れには遥と美緒も押し込められていた。
 二人も梢に言われた通り、動くことなく息を潜めている。
 だが、どちらも身体が小さく震えていた。
 突然の異常事態なのだから無理もない。
 どちらかというと、涼子は自分が冷静であることに戸惑いを覚えていた。
「冬塚さん……ごめんね」
 静寂の中だからこそ、かろうじて聞き取れるような小さな声。
 それを発したのが遥だと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「……なんのことですか?」
「ん……えと」
 説明に困っているようだった。
 遥もなんとなく外の様子を察し、思わずあんな言葉がこぼれたのだろう。
 だが事情を説明する訳にもいかないため、曖昧な言い方になってしまった。
 気まずい沈黙が訪れる。
 普段は口うるさい美緒も黙ったままで、ひどく居心地が悪かった。
 外の様子は全く分からない。
 遠くの方から不気味な叫び声などが聞こえるのと、ざあざあと降り続く雨の音。
 それ以外は、何の音もしなかった。
 かと言って、大丈夫というわけではない。
 本当になんでもないなら、梢はこんなところに涼子たちを押し込んだりはしない。
 そして梢たちが戻ってこない以上、状況は好転していないということだろう。
 歯がゆい。
 状況を確認しに行きたかった。
 ……行こうか。
 ここでじっとしているだけでは何も出来ない。
 ならば出来ることを確認するために出るべきだ。
 本当に危なさそうなら、ここへ戻ってくればいい。
「美緒ちゃん、遥さん。……私ちょっと様子見てくる」
「や、やめた方がいいよ!」
 美緒が反対の声をあげるが、涼子は笑って頭を振った。
「だって停電にしちゃ様子変でしょ。大丈夫、何かあったら戻ってくるから」
 方便だった。
 こう言っておけば、二人は無理に制止することが出来ない。
 もし二人が事実を話してでも涼子をとめるようであれば、それはそれで遥の素性を確認することができる。
 だが涼子は二人が何か言うよりも早く押入れから飛び出し、すぐさま閉めた。
 周囲は薄暗い。
 台風のとき、電気を何もつけなければこんな風になるのだろう。
 外は相変わらずの豪雨で、実際台風がやって来ているようだった。
 かすかに開いた隙間から居間の様子を確認する。
 何もいないことを念入りに調べてから、さっと移動した。
 先ほどまで聞こえていた叫び声もあまり聞こえなくなり、雨の音だけが暗がりの中で響いていた。
 ふと、テーブルの上に置かれていたトレイに視線が向いた。
 なんの変哲もないトレイ。
 その上には、五つのコップが乗せられていた。
 客人用のコップ二つに、倉凪兄妹のコップ。
 残る一つは真新しく、最近買ったもののようだった。
「……」
 客人用のコップを手にとり、中に入っていたお茶を一気に飲み干す。
 なんとなく活力が湧き上がってくるようだった。
 居間から出たところで、涼子は思わず声を上げそうになってしまった。
 そこに倒れていたのは、忘れたくても忘れられないあの怪物――強化人間だったからである。
 ただ、気絶しているのか死んでいるのか、ぴくりとも動かなかった。
 何者かにやられたらしい。
 周囲に梢たちの姿はない。
「やられたって訳でもないだろうし……やっぱ先輩が倒したのかしら」
 しかし、これは厄介なことになった。
 攻めかけてきたのが異法隊なら、まだ説得の余地はあったかもしれない。
 だがこの強化人間がいるということは、やって来たのは研究機関。
 説得どころか、涼子自身彼らには狙われている身である。
 ……戻った方がいいかしら。
 そう思うのとほぼ同時、そう遠くない場所から轟音が響き渡ってきた。
 それだけではない。
 まるで地震のような揺れが、榊原屋敷全体を襲ったのである。
「な、なに……?」
 緊張していたこともあってか、涼子は揺れと同時に倒れこんでしまった。
 どうにか起き上がると、そこで二度目の揺れが起きる。
 地震の類ではない。
 ただならぬ予感を感じ、涼子は慎重な足取りで"震源地"へと向かった。

 矢崎刃、異法隊員の一人。
 主な任務は戦闘であり、それ以外を任されることはあまりない。
 戦闘以外で彼が無能、というわけではない。
 単に、彼が戦闘において優秀すぎただけのことだ。
「――――」
 何度目かの攻撃を避けられつつ、刃は冷静に相手を観察していた。
 いつぞや零次が言っていたように、基本能力は低くない。
 否、むしろ高い。
 赤根を倒したというのも、決してまぐれというわけではない。
 それだけの力が感じ取れた。
 ……が、経験が浅い。
 刃が軽くフェイントをかけると、相手は面白いように引っかかる。
 逆に相手方の引っかけは、あっさりと看破出来る程度のものだった。
 純粋な肉弾戦での騙しあいなら、刃の方に分があった。
 単純なスピードなら刃の方が劣るだろうが、攻撃は面白いように当たってくれる。
 それは実戦経験の差が、どうしようもなくあるからだろう。
 ……あまり気乗りはせんが。
 刃は草野郎に対しては、あまり悪意を抱いていない。
 むしろ真っ直ぐな目を見ていると、どことなく好感すら持てる。
 だが、それと仕事は別だ。
 遥という少女を奪還する必要性がないと判明すれば手を引けたが、それを確認する前に成り行きとはいえ正面から相対することになってしまった。
 この状況では、もはや曖昧な態度を取ることは出来ない。
 ここで見逃せば明らかな職務怠慢だし、下手をすると裏切り行為にも繋がってしまう。
 刃は異法隊の理念に賛同こそしていないが、今日まで面倒をみてもらったという恩義がある。
 そんな相手を裏切るのは、彼自身の誇りが許さなかった。
 だから手は抜かない。
 しかし、心の片隅ではこうも思っている。
 ……この男が俺を倒し、あくまで彼女と共にあり続けたいと願うなら、それもいい。
 勝っても負けても構わない。
 刃は、勝敗よりもその先にあるものが重要だと考えていた。
 何度目かの轟音が、地に響き渡った。

 身体が衝撃だけで宙に弾き飛ばされる。
 頭を下にしながら、梢は眼下に立つ刃を見下ろしていた。
 正直、内心舌を巻いている。
 赤根甲子郎の仲間ということで、なんとなく彼と同程度の実力だと思っていた。
 だが、それは間違いだった。
 ……随分桁違いな強さを見せてくれるな、おい!
 あの黒腕の男と同等か、それ以上の実力を持っている。
 刃は梢の方を振り向くこともせず、その巨体に似合わぬ軽々しさで跳躍した。
 急接近と同時に繰り出された攻撃は腹に打ち込まれ、一瞬の後に梢は地面へと叩き落された。
「倉凪ッ!」
「馬鹿、てめぇは来るんじゃねぇ!」
 梢は一気にシャツを脱ぎ捨てた。
 あらわになった上半身には、真新しい痣がいくつも浮かび上がっている。
「俺でさえこれだ。お前がまともに喰らえば穴が空くぞ……!」
 吉崎は息を呑んだ。
 以前ある事件に関わって、梢が拳銃で撃たれたのを見たことがある。
 小型とは言え拳銃の一撃を喰らいながら、梢は傷一つ負っていなかった。
 その梢の身体にあれだけの痣が刻み込まれたとなると、刃の攻撃力はそこらの大砲よりも上かもしれなかった。
 そして刃もまた、吉崎とは別の理由で息を呑んだ。
 曝け出された梢の上半身にあったのは痣だけではない。
 無数の、思わず目を背けたくなるような傷跡がいくつもあったのだ。
 どうやら傷はかなり古いものらしい。
「……なんだ、その傷は」
「わざわざ言うほどのもんじゃねぇよ。昔色々とあっただけだ」
 色々とあった。
 まだ今ほど身体がしっかりしていなかった頃から。
 この身に無数の傷がつくようなことが。
 それは拒絶の表現だった。
 梢の異常な力を恐れた人々が、自分の方が優れているということを確かめるために行った凶事の残影である。
 自分の方が優れていないと、いつか何かされそうで恐い。
 そうした人々の行いを、梢は甘んじて受け止めてきた。
 ナイフで切りつけられたこともあった。
 熱のこもったフライパンで殴られたこともあった。
 沸騰した湯を何度も浴びせかけられたこともあった。
 そんな過去があるからこそ、梢は今手に入れた日常を愛しく思う。
 自分と同じように、誰からも受け入れてもらえなかった遥を助けたいと思う。
 故に、この古傷は梢にとって己の士気を高める起爆剤ともなっていた。
 これがあるからこそ、今という日常をより守りたいと思えるのだ。
 そっと胸の火傷痕に手をあてる。
 そして拳を握りなおした。
「さて、さっさとケリをつけるか。お互い敵は他にもいることだしな」
「よかろう」
 刃は梢を正面から見据え、力強い魔力で己の身体を包み込んだ。
「我が能力を以って迎えよう。――――来い」
「ああ、そして突破させてもらうぜ。俺はまだまだやらなきゃならねぇことがあるんでな――――!」