異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第二十六話「戦い終えて」
 熱くて痛い。
 最初にきたのは、そんな感覚。
 気づけば周囲は真っ赤に染まっており、自分もなぜだか真っ赤になっていた。
 それをまるで他人事のように見ながら、涼子は心のどこかで納得していた。
 これは確かに他人事だ。
 少なくとも、今の自分に起きていることではない。
 ひどく気分が悪く、頭の中は滅茶苦茶になっている。
 しかし、なぜか思考の部分だけは、他から隔離されているかのように冷静でいられた。
 ……思い出してる。
 記憶の扉から漏れてきた光景。
 その断片が、これだ。
 真っ赤な炎に包まれた、血まみれの自分。
 苦しそうな顔で喘ぎながら、静かに炎を見ている。
 なぜこんなものがあるのか、理解できないといった様子だ。
 涼子が見ている光景に変化はない。
 これは断片なのだから、一つだけでは意味がない。
 パズルのピースを一つだけ眺めても意味が分からないのと同じだ。
 だから拾い集める。
 どこにあったのかは知らないが、涼子がそう意識すると、景色が変わった。
 今度は誰かがいた。
 倒れる涼子の前で背を丸め、苦しそうに呻いている。
 その姿は、一目で人間でないと分かるものだった。
 ……悪魔。
 最近これと似たようなのをどこかで見たような気がする。
 だが本能が拒否しているのか、いくら思い浮かべようとしても、その姿が浮かんでこない。
 きっと寝る前に見たものだから、起きれば思い出せるだろう。
 そう結論付けて、涼子は眼前の悪魔を見た。
 悪魔の全身は真っ黒だった。
 まるでカラスのような色なのである。
 右手だけが、やや他と色が違っていた。
 何かが付着しているのだ。
 それが何か気づき、涼子は僅かに恐怖を覚えた。
 血だ。
 悪魔の右手には、黒とも紅ともつかぬ色が混じっている。
 誰の血か。
 悪魔は苦しそうに呻いているが、外傷はなさそうだった。
 では、誰のものか。
 ……私のか。
 あっさりと受け入れた。
 悪魔のすぐ側には、何者かに傷つけられた昔の自分がいる。
 被害者と加害者。
 一目で分かる関係だった。
 突然、悪魔が吼えた。
 それは人の声にしてはあまりに猛々しく、獣の声にしてはあまりに悲しい。
 咆哮と同時、悪魔は炎の中へと飛び込んでいく。
 傷ついた涼子から逃げ出すように。
 刹那、また風景が変わる。
 おそらく涼子が結論を出したから、その光景に移ったのだろう。
 それは決定的な瞬間。
 呆然とする自分の腹部を、あの悪魔が鋭い爪で切り裂いている瞬間だった。
 血が舞い、人が崩れ落ち、悪魔が立つ。
 これは記憶だ。
 だが、ここまで鮮明な記憶も珍しい。
 おそらく長年封じられていたが故に、劣化することもなかったのだろう。
 だから涼子は、これが事実であると確信できた。
 七年前、冬塚家が何者かに襲われたときに起きたことだ。
 地に倒れる昔の自分と目が合った。
 その双眸に今の自分が映り、やがて昔の自分が口を開いた。
『でも、これもまた断片――――まだ、足りない』
 そんなことは分かっている。
 だからいい加減、目覚めようと思う。
 欠けたピースを、見つけ出すために。

 もう数時間も経っている。
 そのことに気づいて、梢は愕然とした。
 すぐさま身を起こそうとするが、やんわりと制止される。
「駄目だよ。君、そんな満身創痍の状態でどこへ行くんだい」
 眼鏡の闇医者が告げる。
 幸町孝也。梢も何度か世話になった医者だ。
 どうやら吉崎が彼を呼んでくれたらしい。
 目覚めたときには、奇妙な文字が書かれた包帯を巻かれていた。
 なんでも傷の治りを早くするものらしい。
 高級品なので普段は使わないそうだが、梢の状態が酷かったので使用したそうだ。
 それでも完治するまでに一週間はかかると言われ、梢は表情を歪めた。
「くそっ……!」
 状況は既に聞いている。
 遥が研究機関にさらわれたと、泣き顔の美緒に教えられたのだ。
 今、彼女は別室で、気絶した涼子を見ている。
 吉崎についてもらっているから心配はいらないだろう。
 ふと周囲を見る。
 場所は居間。テーブルが一部欠けていたり、穴が空いていたり、青き銃が転がっていたりする。
 しかし一番気になったのは、梢が寝ているところから反対側の壁周辺である。
 そこには、梢と同じように身を横にしている刃と、無言でこちらを睨みつけてくる零次の姿があった。
 梢と零次の視線が合う。
 お互い、殺意と言ってもいいほどの敵意をぶつけ合う。
「なんでまだいるんだよ。さっさと失せろ糞野郎」
「隊長の指示待ちだ。そうでなければとうに出て行っている」
「けっ、隊長とやらの判断でしか動けないのかボケ。目障りなんだよ失せろ」
 あまりに攻撃的な梢の態度。
 普段の彼ならば滅多に見せないであろうその様は、怒りによるものだ。
 異法隊という相手さえいなければ、梢は遥を充分に守れる自信があった。
 刃を倒してすぐに戻れば、まだ間に合ったかもしれないのだ。
 そう考えると、遥を守りきれなかった原因が全て零次にあるような気がしてくる。
 故に、憎悪が増してきた。
「てめぇがいなきゃ遥を守れたんだよ! お前らがちょっかい出さなきゃ、研究機関だかなんだか知らねぇが、あんな連中に遅れは取らなかった!」
「自らの失敗を俺たちのせいにするか。見下げ果てた屑だな」
「てめぇよりマシだ。俺から言わせりゃ連中もお前らも同じなんだよ! あいつはただ普通に暮らしたいだけだったのに、それを邪魔しやがって……。ふざけんな――――!」
 上半身だけを起こして、力任せにテーブルを殴りつける。
 手加減せずにやったせいか、テーブルが壊れてしまう。
 ぴくりと眉を動かした零次が、梢に向かって一歩踏み出す。
「我々の側からも同じことが言える! 貴様が安っぽい正義感を振りかざし、勝手に彼女を奪わなければ話はややこしくならずに済んだのだ!」
「勝手にってなんだよ勝手にって。あ? 何か、あいつはお前らの所有物だってのか? はっ、ふざけるなよ傲慢隊の飼い犬一号が……!」
「貴様――――」
 険悪な雰囲気になりかける。
 が、刃と幸町がそれを抑えた。
 刃は零次の頭を掴んで叩き落し、幸町は梢の傷口を叩いて黙らせる。
「今は」
「互いの非を責め合っている場合ではないだろう」
 刃と幸町の言葉に、梢と零次が押し黙る。
 納得はしていないようだったが、どうにか理性で抑えつけられたようだった。
 幸町は三人を見回して、
「それに、第三者の僕から言わせてもらえば、君らにはもう戦う理由がないだろう」
 元々異法隊と梢が敵対関係に至ったのは、遥を巡る問題が原因だった。
 だが遥は、研究機関という第三勢力に連れ去られてしまったのである。
「互いに協力して彼女を助けるなら分かるけど、ここで戦う意味はないんじゃないかい?」
「第三者には関係のないことだ」
 零次が吐き捨てるように言った。
 彼からすれば、幸町は正体不明の相手だ。
 出来るならあまり関わりたくないのである。
 幸町はやんわりとした笑みを浮かべて、
「大人の忠告は聞くべきだと思うけどね。……どうだい、久坂零次君。矢崎刃君」
「――――」
 幸町の言葉に、零次と刃がぎょろりと視線を動かした。
 ほとんど敵を見るような目で、幸町を睨みつけている。
 だが幸町は変わらぬ微笑で、
「なに、異法隊には僕の友人もいるんでね。君たち二人の話は聞いているのさ」
「……赤根か霧島辺りか。他は古くから異法隊に入っているから、外部の知り合いはあまりいない」
 零次の言葉に、幸町は笑みを深くして答えた。
 それとは別に、梢が驚きの表情を浮かべている。
「……霧島? まさか、霧島直人か」
 零次と刃が眉をひそめ、梢の方に視線を動かした。
 怪訝そうな表情を浮かべる彼らを前にして、梢は嘆息する。
「霧島を知っているのか?」
「答える義務はねえよ」
 ふん、と鼻を鳴らし、梢は顔を背けた。
 あからさまな態度に零次は怒りを見せる。
 しかし、何かを言おうとしたところで刃に制止された。
 辺りに沈黙が訪れる。
 四人は何を語るわけでもなく、全てが終わった場所でじっとしていた。

 静寂を打ち破ったのは、意外にも刃だった。
「零次。提案がある」
「……何だ?」
 やや苛立ちを含んだ声で返事がきた。
 涼子のこと、遥のこと、梢のこと、研究機関のこと。
 それら全てが、彼の苛立ちを絶え間なく刺激しているようだった。
 刃はそれに構うことなく続けた。
「――俺は倉凪梢に助力しようと思う」
 梢と零次が一斉に刃を見た。
 幸町だけは変わらぬ微笑を浮かべたままだ。
「……どういうことだ、まさか異法隊を裏切るつもりか」
「違う。そこの闇医者の言うとおり、倉凪梢との敵対関係は終わった」
「闇医者なんて物騒だなぁ。ゆっきーと呼んでくれていいんだよ?」
「……ゆっきーの言うとおり、倉凪梢との敵対関係は終わった」
 意外にも刃は言い直した。
 梢は脱力したのか、両肩を溜息と共に落とす。
「遥という少女を救う。それは、どのみちすべきことだろう」
「そのことについては異論はない。俺が承服しかねるのは、あの男に助力するという点だ。なぜあんな奴に……!」
「簡単なことだ」
 刃はそう言って周囲を見た。
 荒らされてしまった榊原家を。
 遥という少女が、束の間の安らぎを得たであろう場所を。
 それを壊した原因の一端が自分たちにもあると自覚し、刃は言った。
「彼女は既に帰る場所を得たらしい。それはきっと、ここなのだろう」
 遠目から見ていただけだったから、詳しいことは分からない。
 だが刃は、彼女が泣いたり辛そうにしている顔を見たことはなかった。
 いつも暖かな笑みを浮かべ、倉凪梢たちと共にいた。
「あの晩ならともかく、時が経ちすぎた。彼女はここでの生活を始めている。無理にここから引き離そうとすれば、それは略奪することと変わらない」
「略奪だと? 我々が何を奪うと言うんだ!?」
「居場所を。笑顔を。……考えてもみろ。彼女が昨日まで見ていたであろう光景は、今はもうない。その原因は俺たちにもある」
「やったのは機関の連中だ」
「倉凪梢にとっては……否、彼女にとっては、俺たちも連中とそう変わりないのだろう」
「っ……」
 零次は一瞬言葉に詰まったようだった。
 が、すぐに勢い込んで、
「俺は間違ったことをしたつもりはない。彼女の能力は危険かもしれない。そもそも能力者がこうして普通の人間と共にいることが、まずおかしいんだ!」
 激昂した零次が刃の胸倉を掴み上げる。
 その剣幕に、梢や幸町はぎょっとした。
「貴様、ありもしない夢に溺れたか!? 異法人、能力者――――俺たちがどれだけ蔑まれてきたか忘れたか! 他人はおろか、血の繋がった相手さえもが化け物扱いし、子を見捨てる! よしんば理解してもらえたところで、待っているのは理解してくれた人々さえも巻き込んだ大弾圧だ!」
「……お前がそうだったな」
「貴様もだろう。お前と亨は両親に捨てられ、俺は父に捨てられた! そして受け入れてくれた母と妹は、心ない人間の迫害で追われるはめになった! 挙句、最後は雪山で凍死だ。同じ場所にいた俺はこんな身体だから助かってしまったがな!」
「……」
「くだらぬ夢を何度も見て、俺たちはそれが夢に過ぎないと悟ったはずだろう!? だから現実において出来ることをしようと、それで異法隊に入ったんじゃないのかッ!」
「正直、俺は違う」
 刃が頭を振ると、零次は愕然とした表情になった。
「俺も確かに行き場を失い、それで異法隊に入った。だが、夢を諦めたわけではない」
「なんだと……?」
「俺たちのような者を受け入れてくれるような人間がどこかにいると、信じていた」
 刃は梢の方を見た。
 梢は呆然とした様子で二人を眺めていたが、刃の視線に気づくと表情を引き締めた。
「あったんだ、零次。……倉凪梢とこの家には、俺たちが望んだ夢があった」
 刃の言葉に、零次は歯軋りで答えた。
 認めないと、信じないと言いたそうだった。
「どんな問題が起きるかも分からないのに……彼女をあんな男に任せるというのか」
「さっきから黙って聞いてれば、失礼というか図々しいというか……一言で言って嫌な野郎だなお前」
 梢が苛立ちを含んだ声を飛ばしてきた。
 零次は刃から手を離し、梢の方へ身体を向ける。
 梢は口を尖らせ、普段から鋭い目つきを更に尖らせた。
「だいたい彼女彼女って、お前は遥の何を知ってるって言うんだ? あいつが望むものも分かってないし、あいつの力だって具体的には知らないみたいじゃねぇか。そのくせ文句ばっか喚き散らしやがって……お前、何様だよ」
「貴様こそ……知った風な口を!」
 零次が梢を黙らせようと、一歩を踏み出す。
 その肩を刃が押さえた。
「倉凪梢とて苦労知らずではない。見れば分かるだろう」
 刃は顎で梢の上半身を示した。
 戦いの中で露わになった身体は傷だらけだった。
 大小合わせて二十以上の傷跡が残っている。
 中でも胸元と背中の傷跡は、痛々しくて直視しがたいものである。
 零次は意識的にそれを認識しないようにしていたのだろう。
 だが、ここにきて認めざるをえなくなった。
「それでも、倉凪梢は今の生活を掴み取った。……俺たちが夢見ていたような生活をな」
「……」
 梢は少し照れ臭そうに鼻をこすった。
「だが――その夢を壊したのは研究機関であり、我々でもある」
 おそらく研究機関は、最初から異法隊を利用するつもりでいたのだろう。
 遥を奪取するためには梢を取り除かなければならない。
 刃が監視していることに気づいた彼らは、どうにかして刃と梢を戦わせることに成功した。
 相討ちを望んでいたのだろうが、吉崎という予想外の戦力が現れ、刃が不利な状況になった。
 だから零次をも呼び寄せ、彼と梢が戦っている隙に遥を連れさらった。
 エサは零次であり、刃であり、強化人間だったのだ。
 誰もが、遥の日常を守りきれなかったという意味では同罪とも言える。
「倉凪梢。……遥という少女は危険だったか?」
「まさか。誰より臆病なくせに好奇心旺盛だった、ただの女の子だったよ」
「俺もそう判断する。そしてお前も、信じるに足ると判断した」
「戦ってるうちに互いのことが分かったとか?」
「いや、あいにく俺は鈍い方だ。そのような分かり方は出来ん」
 冗談めかした梢の言葉に、あくまで刃は淡々と答える。
「ただ――吉崎和弥との信頼関係を見て、そう思っただけのこと」
「さよか」
 梢は肩を竦めて、咄嗟に左肩を押さえた。
 まだ痛みは引いていないようだった。
「隊長に進言する。そのうえで許可が降りれば、お前も文句はあるまい」
「……隊命ならばな」
 不承不承、零次が頷く。
 刃は携帯を片手に居間から去っていく。
 会話の内容は込み入ったものになりそうなので、あまり聞かれたくないのだろう。
 梢や幸町と共に残るのも嫌だったので、零次も後を追うように居間から出て行った。

 縁側に出た零次に、頭上から声がかかった。
「おいおい、えらく不機嫌そうな面してるじゃねーか」
「……霧島。今までどこへ姿をくらましていた?」
「はっはっは、やることが多くてな」
 見上げると、霧島は屋根の上に腰掛けていた。
 数時間前に別れたときと格好は変わっていない。
 その間に何をしていたのかは分からない。
「なんだ、刃と何か揉めたのか?」
「刃はあの男に協力するつもりのようだ」
「あー、だから不機嫌なのか。お前さん、あいつと相性悪そうだもんなあ」
 霧島の言葉で、零次は先ほどの会話を思い出す。
 草野郎――――倉凪梢が、霧島の名に反応したことを。
「霧島。……お前、倉凪梢を知っているのか?」
「忘れた」
 短い言葉だった。
 いつも必要以上にだらだらと話す霧島にしては珍しい。
 ……『知らない』ではなく『忘れた』――か。
 思えば霧島は、零次を止めた後、状況をさっさと説明すると早々に何処かへ行ってしまった。
 あれは、今思えば梢との体面を避けていたようにも取れる。
 なんとなく、倉凪梢と霧島直人の関係が分かったような気がする。
 過去においては親しかったのかもしれない。顔見知り程度だったのかもしれない。
 しかし現在においては、その関係は途絶えているように見える。
「それより、だ。お前さんどうするんだよ。……機嫌悪いのは嬢ちゃんが原因だろ?」
「なぜ分かる。まさか貴様、最初から見ていたわけではないだろうな」
「馬鹿抜かせ。そんな暇あったら――――いや、今更言ったところで仕方ねぇな」
 僅かに悔やむような表情を見せ、霧島は鼻を鳴らした。
 そんな霧島から視線を逸らし、零次は声を低くして言った。
「冬塚の記憶が戻っているかもしれない」
「……あん?」
「……どう説明すればいいのか分からないんだが。その可能性がある」
「拒絶されたか」
「……」
「ちっ、そういやお前翼出してたもんな。特徴的過ぎる。あれが引き金で思い出しちまったか」
 霧島は苛立たしげに髪を掻き毟る。
 零次はどことなく居心地が悪かった。
 霧島は、皆がピリピリした雰囲気であっても一人だけ飄々としているような男だ。
 そんな男がここまで不快感を露わにすることなど滅多にない。
 おまけに、その矛先が自分に向けられているような気がした。
 だが霧島は深く溜息をつき、
「ま、気にするな」
 と、いつもと同じような台詞を口にした。
「俺たちが何を言ったところでどうにもならん。思い出すってなら、それを止めたところで仕方ないだろ」
「……俺は正直、思い出して欲しくない」
「俺もだ。まぁ俺の場合、嬢ちゃんを厄介ごとに巻き込みたくないからなんだが」
 立派な理由だ、と胸中で呟く。
 涼子を厄介ごとに巻き込みたくないのは零次も同じだったが、彼の場合他に理由がある。
「俺は恐い。裁かれるのがどうしようもなく恐い」
「だけど逃げ場はねぇぞ。異法隊捨てて、どっか遠くの町に行くってなら話は別だけどな」
「……霧島。お前は何を知っている?」
 ふと、そんなことを尋ねた。
 七年前、涼子と零次に何があったのか、霧島は知っているようだった。
 倉凪梢との関連性、出自の謎などもあって、零次の眼には霧島がひどく不気味に映っていた。
 普段の言動からあまりそう思うことはないが、霧島は正体不明だ。
 零次のように異法隊の理念に賛同しているわけではない。
 刃たちのように已む無く異法隊に参加したわけでもない。
 では、自分の意思で異法隊に入隊したというこの男の目的は、一体何なのか。
「霧島。……お前は誰だ。お前なら、俺を裁くか?」
 弱気から生じた問いかけ。
 それに対し、霧島はそっと立ち上がりながら答えた。
「裁くのは俺じゃなく嬢ちゃん。そして俺は霧島直人――それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
 シニカルな笑みを浮かべ、霧島は零次に背を向けた。
 顔だけを半分零次の方に向けて、ぼそりと呟く。
「全ては七年前だ」
「七年前……?」
「ビビってないでさっさと乗り越えちまえ。んで早く気づけ。お前、自分がすべきことを全然分かってないみたいだからな」
 やれやれと肩を竦め、霧島の姿は雨の中へ消えていった。
 入れ替わりに刃がやって来る。
「霧島か?」
「……ああ。そうだな」
「……大丈夫か?」
 気の抜けた返答をする零次を、刃は訝しげに見ていた。
 その視線に気づいた零次は、慌てて頭を振る。
「隊長は何と?」
「彼女と倉凪梢の安全性は確認不充分とされた」
「ふん。そうだろうな」
「よって、俺とお前を監視役にするそうだ」
「――――」
 ちょっと待て、と言いかけた零次を制するように、刃が手を前に出した。
「俺は提案者故に。お前は、倉凪梢と学校が同じだからな」
「ならば亨にでもやらせておけば……ち、あいつは赤根の捜索か」
「我ら三人で彼女の捜索も任されている。発見後どうするかは未定だそうだ」
 心なしか残念そうに刃が顔を下げた。
 要求がさほど受け入れられなかったからだろう。
 異法隊の基本方針は変わっていない。
 ただ共通の敵を相手にするため、一時倉凪梢の力を利用するだけである。
 こんな条件を、倉凪梢が呑むかどうか。
「……とにかく俺は倉凪梢にこのことを伝えておこう」
 刃はそう言って、梢がいる居間の方へ向かっていった。
 零次は頭を抱え、ズボンが汚れることも気にせず、中庭に座り込んだ。
 遥が機関に奪われたこと。
 倉凪梢の監視をしなければならなくなったこと。
 霧島が残した謎の言葉。
 そして、涼子の記憶。
「今日は、厄日だ――」
 つい、そんな愚痴がこぼれる。
 そのとき、零次は足音を聞いた。
 霧島は去り、刃は居間に向かったばかりだ。
 梢や幸町はまだ居間にいるだろう。
 では、この足音は。
 顔を上げる。
「――――冬塚」
 そこには、無表情の冬塚涼子が立っていた。