異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第二十八話「浮かぶ疑念」
 榊原家の居間。
 テーブルに向き合いながら、梢たちはこれまでの経緯を話し合っていた。
 梢は遥を助けたこと、そこから生じた異法隊との確執、赤根甲子郎との戦いを。
 涼子は研究機関に狙われたこと、異法隊の霧島直人が護衛についたことを。
 刃は異法隊の方針、研究機関とはどういった組織なのかを。
 全て話し終えた後、幸町が議長のごとくまとめに入った。
「今優先して手に入れるべき情報は、冬塚君が襲われる原因を作ったスポンサーだね」
「……幸町さんよ、遥はどうすんだ」
「スポンサーさえ見つかれば、この地域にある研究機関のアジトが判明するだろう? 加えて冬塚君の安全向上にも繋がる」
「あ、そっか。そうだよな、要するにそいつが黒幕なわけだし」
 今まで異法隊にばかり意識を向けていたせいか、梢は今ひとつスポンサーに対する関心が薄かった。
 黒幕というと、まだ見ぬ異法隊隊長の方を思い浮かべてしまう。
 意識を切り替えようと、両手で頬を勢いよく叩く。
 異法隊とは同盟を結ぶことにしたのだ。
 今はそちらを意識する必要はない。
「でも心当たりがないのよね」
 涼子が困ったように言った。
「これが推理小説みたいなのだったら、これまでにヒントがあるんだろうけど……そんなのないし」
「スポンサーってぐらいだから、この辺りでかなり金持ってる連中なんじゃねぇか?」
「それだったら笹川グループが一番怪しいですね。世界的にも有名な、日本有数の大企業ですし」
 笹川とは、様々な事業で成功を収めてきた巨大グループのことだ。
 秋風市郊外にグループ代表の邸宅があるし、駅前のビル街が他と比べて異様な活気に満ちているのは、笹川の意向だという。
 この辺りでもっとも大きな影響力を持っている組織だ。
「だけど証拠がないぞ。それに笹川以外でも該当しそうなの、たくさんあるし」
「ええ、私は可能性を言っただけですから。それこそ笹川の影響で、駅前付近には大きな企業に関係ある建物もいっぱいありますし」
「探すならその辺だろうな」
 秋風市の活気は駅付近に集中している。
 他のところはのどかな田舎町と言ってよく、相当の費用がかかりそうな研究機関のスポンサーになれそうな組織は見当たらない。
 駅前付近が怪しそうという見解は一致したが、そこから的が絞り込めない。
「そもそも、複数の企業が機関を援助している可能性もあるんじゃないかな?」
「確かに、かなり費用かかりそうですしね……相当の大企業が裏にいるわけじゃないなら、複数の組織がスポンサーという可能性もありますし」
 幸町の指摘に、涼子はますます眉をしかめた。
 だが、その指摘は今まで黙っていた刃が否定した。
「機関とてスポンサーは厳選する。複数だとしても、二つか三つだろう」
 刃の言葉に、涼子がはっとして口元に手を当てた。
「そうか……それもそうよね。機関のやってることって人攫いとか人体実験とか、要するに犯罪だし。それに異法人の存在を証明しなきゃいけないし、そんな大々的に援助を求めることなんて出来っこない……!」
「蛇の道は蛇ってわけか。そうなると案外、赤間カンパニーなんかが臭いんじゃねぇの?」
 不意に、梢がとんでもないことを口にした。
 幸町は相変わらず微笑を浮かべているが、眼差しは真剣なものになっている。
 涼子や刃に至っては、驚愕の眼差しを梢に向けていた。
「……根拠は、なんだ?」
「異法人の存在を知ってるってのが一つだろ。あんたらを傘下に加えてるんだから。それに吉崎から聞いた話じゃ、赤間カンパニーは相当黒い噂がある。犯罪にも平気で手を染めそうな連中だってな」
「む……」
 刃は否定しなかった。
 赤間カンパニーが性質の悪い組織であることは知っている。
 異法隊を保護する代わりに、彼らの力をいいように使っているような組織だ。
 刃とて赤間には良い印象など持っていない。
 そんな組織だからこそ、異法隊を受け入れたのだろうが。
「薬ばら撒いてるだの、外国じゃ兵器売ってるだの。そんな連中なら、研究機関相手のスポンサーとして相応しそうなもんだがな。……だってスポンサーって、援助する代わりに見返りを求めるもんだろ?」
「そうですね。噂が真実だとするなら……見返りとしてあの改造人間を低価格で買いつけ、高値でどこかに売りつけるとか、充分に考えられます」
 外国に兵器を売りつけたりしている死の商人なら、あの死を恐れぬ改造人間はとても魅力的な商品に見えたことだろう。
 獣よりも速く、銃弾すら弾き返すバイオソルジャー。しかも命令には絶対服従。
 大袈裟なことを考えるようだが、紛争地帯の有力組織などは欲しがりそうである。
「条件は当てはまりますね。……でもなんかしっくりこないなぁ。異法隊にバレたらどうするつもりだったんだろ。敵対してる組織と繋がってたら異法隊も黙ってないだろうし……対策でも用意してあったのかなぁ」
 涼子は段々思考に耽り始めた。
 そんな彼女は置いておいて、梢は刃の方に向き直った。
「まだ証拠はない。だけど、出来れば調べておいた方がいいかもな」
「……そうしたいのは山々だが、我々も赤間には迂闊な動きが出来ん。やれるだけやるつもりだが」
 異法隊と赤間カンパニーの関係は、微妙なものだった。
 その気になれば異邦隊は赤間をいつでも潰せる力がある。
 だが赤間がいなくなれば、異法隊は組織として途方に暮れることになる。
 お互いが牽制しつつ利用し合っている関係。
 故に、どちらも迂闊に相手側の領域へ入ることが出来ないのである。
 それを察して、梢が笑みを浮かべながら言った。
「だったら赤間の探りは俺がやる。俺とあんたらが同盟を結んだこと、連中にはいちいち報告しないだろ? だったら俺がやれば、単に外部犯で済む」
「立場上、我々はお前の撃退をカンパニーから命じられるかもしれん」
「だったら、適当に戦った振りして俺を逃がしてくれ」
 気楽な調子である。
「まるで霧島みたいだな、お前は」
 刃の口から、自然とそんな言葉が出た。

 全員の視線が梢に向けられる。
 思考に耽っていた涼子でさえも、梢を見ていた。
 先ほど涼子が自分の経緯を話しているとき、何度か霧島の名が出た。
 その都度梢は微かに反応したのである。
「……霧島を知っているか?」
「ああ」
 二度目の問いかけに対し、意外にも素直に応じる。
 梢は面倒臭そうに頭を掻きながら、
「と言っても――――もう長いこと会ってない。昔馴染みって奴だ」
 そう言って肩を竦めてみせる。
 嘘を言っているようではなかった。
「俺があの人に似てるってのは、そりゃそうだって感じだ。親父や師匠に次いで俺の目標だった人だし。ガキの頃だから、色々と影響受けたんだろ」
「へぇ……兄貴分、みたいなものだったんですか?」
 興味を持ったのか、涼子が身を乗り出してきた。
 スポンサー対策会議も終わり、雰囲気は幾分か柔らかくなっている。
 梢は複雑そうな顔で頷いた。
「俺だけじゃねぇ。美緒も吉崎も、あの人には随分と世話になった」
 意外な繋がりに、涼子や刃は目を丸くしていた。
 そして、当然の疑問が出てくる。
「……霧島は、なぜ会わぬのだろうな」
 刃が不思議そうに呟く。
 涼子も小首を傾げた。
「そうですよね。近くにいるんだったら会いに来ればいいのに」
「倉凪君が異法隊と敵対してたからじゃないかい?」
 脇で聞いていた幸町が常識論を出す。
 が、涼子は頭を振った。
「霧島さんはそんなの気にする性格してませんよ。『お前、異法隊ってのに狙われてるぞ。いや、俺もそこに所属してるんだけどな』ってわざわざ言いに来そうです」
「ん、まぁそうかもね」
 幸町は苦笑したが、否定はしなかった。
「それに先輩が異法隊と敵対する前から霧島さんも秋風市に来てたんですよね?」
 涼子が確認するように刃を見た。
 彼は黙って頷く。
「だったら、なんで会いに来ないんでしょうね」
「会いたくないからだろ」
 梢は突き放すような口調で言った。
 そこに気づいて、涼子は不審に思った。
 昔馴染みの話題になったというのに、梢の態度はあまりよくない。
 この話題にはあまり触れたくないようだった。
「……もしかして先輩、霧島さんと喧嘩別れでもしました?」
「してねぇ。つーかそんなことする間もなかった」
「え?」
「あの人、突然消えちまったんだよ。別れの台詞も何もなし。……以後七年も連絡一切ないと思ったら……まさかこんな近くにいやがったとは」
 苦々しげに梢は言った。
 その言葉の中に紛れ込んでいた単語に、涼子の表情が変わった。
「……七年? 霧島さん、七年前に姿消したんですか」
「ああ、そうだ。まだお前と出会う前のことだからな」
「……」
 涼子は急に押し黙った。
 梢たちが怪訝そうな眼差しを向けるが、涼子は全く気にしていない。
「それって、七年前のいつごろですか?」
「確か冬休み入ってたから……クリスマス前後だったと思うけど」
 それを聞いて、涼子は眉をしかめる。
 この場にいる三人には、七年前のことを話していない。
 現在の状況を語るこの場において、七年前の話は関係ないと思ったからだ。
 だが、思わぬところから七年前というキーワードが出てきた。
 それも、意外な人物とセットになって。
 涼子の家族が失われた事件。
 それに前後して、霧島直人は親しかった人々の前から姿を消している。
「……どういうこと?」
 その呟きに応える者はいなかった。

 そこは既に終わったはずの地。
 拠点としての意味をなくし、根こそぎ調べつくされたはずの場所。
 榊原幻はそこで、携帯電話を手にしていた。
「ああ、分かった。そっちはお前に任せるが、無理はするなよ」
 そう言って通話を切る。
 誰もいないのをいいことに、榊原は思い切り舌打ちをした。
 遥がさらわれたのだ。
 彼にとっても不快なことである。
 その場にいれなかったことが悔やまれるが、今それを後悔しても意味はない。
 彼がいるのは、最初遥が囚われていたあの研究所だった。
 研究員は忽然と姿を消し、警察があらかた調査したはずの場所。
 それでも榊原はここに来ている。
 今回の事件は、ここから始まった。
 遥の出自、研究機関という組織――それらを知るには、ここしか手掛かりがない。
 しかし、半日近く探しても新たな発見は得られなかった。
 無駄足だったとは思いたくないが、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。
 苛立ちを込めた溜息をつき、榊原は研究所を出た。
 四方を囲む城壁のような壁は、既に数箇所思い切り破壊されている。
 梢はやっていないと言っていたので、研究員をどうにかした連中――異法隊の仕業だろう。
 梢は異法隊と同盟を結んだという。
 だが話を聞く限り、それは同盟というよりは休戦協定といった方がいいものだった。
 敵対はしないが、味方と言っていいかどうかは微妙なところだ。
 ……異法隊に、ここの研究員の引渡しを求めるのは無理か?
 あまり良い顔はしないはずだ。
 そもそも、異法隊のメンバーも遥の出自などに関する情報は知らないらしい。
 また、各研究所はスポンサーを盟主とした連盟を結んでいるらしいが、研究所同士の交流はほとんどないという。
 ここの研究員は、大した情報を持っていないのかもしれない。
 もっともその推測は、異法隊の言葉が全て真実だと仮定した場合のものだ。
 彼らが遥や研究機関について、研究員たちから何か聞きだしている。
 そのうえで偽りを語っている可能性も、ないとは言えない。
 油断は出来ない。
 榊原は、まだ異法隊を信用していなかった。
 壁を抜けて外に出ると森がある。
 榊原はそこで、妙なものを感じ取った。
 誰か敵が潜んでいる、というわけではない。
 ただ、この風景に違和感を覚えたのだ。
 もう日は暮れており、森はひどく薄暗い。
「……石か」
 榊原は違和感の正体を掴み上げた。
 一見するとただの石にしか見えないが、夜の闇において微かな光を発している。
 それが、いくつか地面に散らばっている。
 光は本当に微かなものだった。
 榊原ほど目ざとくなければ気づかないだろう。
 ……これは何か出るかもしれんな。
 光の石は細々と、だが確かに道筋を描いていた。
 ともすれば見失いそうになる光を追いながら、榊原は闇の中へと身を進めていく。
 不意に、梟の鳴き声が聞こえてきた。
 榊原の進行を妨げようとしているようだった。

 榊原家で夕食をご馳走になり、涼子はそのまま泊まることになった。
 元々一泊はする予定だったが、今は少し事情が変わってきている。
 涼子の境遇を聞いた梢は、しばらく彼女を榊原家に留めるつもりのようだった。
 彼の気持ちは分かる。
 同じように研究機関に狙われていた遥は、連中に奪われた。
 涼子がそうならないという保障はどこにもないのだ。
 むしろ、研究機関が手段を選ばぬ相手だということが分かっている。
 七年前のことも気がかりだったが、現実的な問題として、彼女の身も危険なのだ。
 歯がゆい。
 自分にも梢たちのような力があれば、と思う。
 ……不謹慎だ、私。
 自分自身に対し、胸中で喝を入れる。
 梢たちは『力』を望んで手に入れたわけではない。
 むしろ、力を持つ者としての苦しみを味わっている。
 直接話を聞いた訳ではないが、梢と刃の戦いを見ていれば、それはなんとなく分かった。
 刃は両親に捨てられて。
 梢は上半身に、消えることのない無数の傷を残している。
 その苦しみをろくに理解もせず、力が欲しいなどと安易に願ってはいけない。
 とにかく、今は自分の力で出来ることをやろう――――。
 そう思った矢先、窓から風が入り込んできた。
 なんとなく、分かった。
 彼がやって来たのだと。
「……今晩は、霧島さん。前々から言おうと思ってたんだけど、女の子の部屋に無断で入るのは感心しないわね」
 涼子の視界には天井しか映っていない。
 おそらく、少し視線を上に向ければその姿が入ってくることだろう。
 だが、なんとなくそうする気にはなれなかった。
 いつもなら返って来るであろう軽口はない。
 月の明かりが、開いた窓から差し込んできた。
 涼子が微かに目を細めると、霧島の声が聞こえてきた。
「――――突然で悪いが、しばらくお別れだ」
 本当に突然だった。
 何を言われるのかと色々想像していた涼子だが、その言葉は想定外だ。
「なんで?」
 かろうじて、そう返すのが精一杯だった。
「安心しろよ、護衛役は零次や刃にでも任せとけ。それが嫌なら……あの馬鹿でも頼れ」
「そういうことじゃないわ。なんでって聞いたの」
「やらなきゃならないことがある」
 霧島には不似合いなほど、それは真摯な響きを持っていた。
「約束なんだ。守ってやってくれって頼まれてる」
「……遥さんを?」
「それと、嬢ちゃんもだ」
 霧島の言っていることはよく分からない。
 遥と涼子を守ることが約束だという。
 それは誰との約束なのか。
 涼子と遥には、そこまで深い接点はない。
 それなのに、その二人を守ってくれと、霧島にいうような人物がいるのだろうか。
「……誰?」
「それは言えない。俺が言っても、きっと意味はない。でも嬢ちゃんは知ってる。今は少し忘れてるだけだ」
「七年前のこと? 霧島さんは、七年前の事件に関わってたの……?」
 それに対する返答は、言葉ではなかった。
 頭をそっと、撫でられる。
「あのときは、こうして頭を撫でようとしたら嫌がられたんだよなぁ……」
「……あ」
 撫でられるたびに、眠気が増していく。
 今寝てはいけないと理性が抗うが、それはあっさりと睡魔の波に呑まれて消えた。
 意識が闇へ落ちる寸前、霧島の囁き声が聞こえた気がした。
「嬢ちゃんに選択肢をやっとこう。もう何も知らずに外野で過ごせ、なんて言わねぇ」
「……」
「――――真実が知りたいなら、裏山の墓地外れへ向かえ。眺めがいい場所だ。そこに一つの答えがある」
 一際強く、夜風が入り込んできた。
「けど答えは残酷だ。知りたくないなら引き返すのもいい。それもまた、嬢ちゃんの選択だ」
 待って、と言おうとした。
 だが既に瞼は落ち、口もまともに開かない。
 まだまだ聞きたいことはあるのだ。
 言いたいこともある。
 そんな涼子の胸中を察したのか、霧島は軽く笑った。
「大丈夫。少しの間だけ一緒に過ごして分かった。嬢ちゃんは選択を誤らない。きっと、ハッピーエンドまで辿り着ける」
 雲に隠れたのか、月明かりが消えた。
「……じゃあな」
 最後にそう告げて、霧島直人は去っていった。
 夜風は部屋に入る術をなくし、再び月明かりだけが中へと入り込んでくる。
 そのとき既に、涼子は眠りに落ちていた。

 今度は優しい夢だった。
 眠る前に撫でてくれた人のおかげかもしれない。
 今、涼子の目の前には姉がいた。
 思い出の中にいる姉は、優しげな笑みを涼子に向けている。
『私ね、好きな人がいるの』
 いつ頃の思い出かは分からない。
 だが、親しげな姉の声を聞いて、涼子は少し安心した。
 少し前に見た夢では、ひどいことを言ってしまった。
 そのことがずっと気になっていた。
 自分と姉は、ずっとあんな関係だったのだろうかと。
 けれど、こうして親しげに話をしている。
 ということは、自分と姉はどこかで和解することが出来たということだ。
 涼子はその事実が嬉しかった。
『私もいる!』
 姉に対抗するようにして言う、幼い自分。
 なんとも可愛げのないものだが、優香はそんな涼子を愛しげに見ていた。
『そう? それじゃ、どっちから言おっか』
『え……?』
『好きな人の名前』
 悪戯っ子のような顔で優香が言った。
 ……姉さん、こんな顔もする人だったんだ。
 少し可笑しくもあり、親しみが湧くようでもあり。
 魅力的な女性だったんだな、と同性ながらに思う。
『わ、私はいい。秘密』
『それはズルイなぁ。私は言うのに、涼子ちゃんは言わないの?』
『ず、ずるくない! 分かった、言う!』
 昔の自分は、今と比べてかなり単純だった。
 別に言わなければならない道理はないのだが、姉の言葉に踊らされている。
 我が事ながら、苦笑を禁じえない。
 二人の姉妹は大きく息を吸い込んだ。
 お互いの顔を見合わせて、一斉に想い人の名を告げる。
『――――霧島直人!』
『――――零次君!』
 ……え?
 重なる声が発した名前。
 それはどちらも、今の涼子が知っている名前だった。
 ……姉さんと、霧島さん。私と、零次さん……?
 思い出の中の姉妹は、想い人を告げた後に話し込んでいる。
 仲の良い姉妹、としてはやや固さがある。
 それでも二人は、幸せそうに見えた。
 ……私は、何を忘れてるの!?
 思い出の中とは対照的に、今の涼子は混乱していた。
 なぜ姉の口から霧島が出てくるのか。
 なぜ昔の自分が、想い人として久坂零次の名をあげたのか。
 分からない。
 分からないことだらけである。
 ――――――――――そして結論も出ぬまま、涼子の意識は現実へと戻された。