異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第三十一話「無形の追跡者」
 ほぼ無音の、純白なる空間があった。
 それは梢たちが血眼になって探している研究施設。
 その中にある、牧島に与えられた個室であった。
 彼に家はない。
 牧島だけではなく、研究機関に所属する者たち全てがそうだった。
 彼らは異法人によって帰る場所を失くしたのである。
 ある者は家を破壊され、家族の生死すら分からない。
 またある者は目の前で家族を惨殺された。
 他にも様々なパターンがある。
 それら全てに共通しているのは、彼らが被害者だったということだ。
 異法隊は日本に一つだけ、秋風支部しか存在しない。
 だからと言って、日本にいる異法人全てが異法隊に所属しているわけではない。
 むしろ、所属していない、いわゆる在野の異法人とでも言うべき者の方が多いだろう。
 機関の協力者であるザッハークや、倉凪梢などがそれに当たる。
 彼らは異法隊という組織に囚われない分自由である。
 だが、自由であることは決して善ではない。
 己の力を持って暴虐の限りを尽くす者もいるのだ。
 そうした連中がいるから異法人への恐怖が消えず、研究機関が生じた。
 そして同様に、異法隊も。
 在野異法人は異法隊や、他の特殊機関によって葬られたり、捕獲されたりすることが多い。
 そのため異法人という存在が公になることはない。
 が、隠しきれるものでもなく、都市伝説などで語られるケースが多かった。
 閑話休題。
 牧島は机に向かっていた。
 手には何十枚もの書類があり、それら一つ一つを素早く見ていく。
 そうしていると、この狂人もどこかの教授みたいに見えた。
 ふと、彼は背後に気配を感じた。
 振り返らず、声だけをかける。
「どうかしましたか? ザッハーク」
「先日逃走した鼠が、倉凪梢、冬塚涼子の両名と接触した。今は鼠を追わせた我が使い魔と対峙しているようだ」
「殺してください。最低でも鼠と倉凪梢は」
 鼠――赤根甲子郎はここに遥がいることを知っている。
 万一それを倉凪梢に伝えられたら厄介だった。
 ここ数日、強化人間たちに監視させたところ、倉凪梢は異法隊と手を組んでいるようだった。
 両者が結託してここを襲撃した場合、まず間違いなく遥を奪還されてしまう。
 今の時点では、この施設を手放すことは出来ない。
 そのため別の場所へ避難するという手は使えないのだった。
 故に、鼠から情報が漏れる前に潰さねばならない。
 牧島はその件を、この奇妙な協力者に任せていた。
「冬塚涼子はどうする」
「是非とも生け捕りにしたいところですが、この状況で迂闊に欲を出すのはよろしくありませんね」
「では放置するか?」
「いえ。可能であれば生け捕りにしてください」
「心得た」
 言葉と同時に気配が消える。
 異法の魔術師、蛇王の権化とも呼ばれるザッハークは、いつもこうだった。
 気づけばそこにおり、気づけばどこにもいない。
 牧島らがザッハークと出会ったのは数年前のことだ。
 当時、秋風市とは別の場所で潜伏していた牧島らの前に、いつのまにかザッハークが現れた。
 牧島らの研究は、異法人にとっては許せないであろうものだ。
 加えてザッハークは悪逆非道の異法人である。
 彼が現れたとき、大半の研究員は恐れおののき、死を覚悟した。
 ところが、青ざめる彼らに向かってザッハークは事もなげに言い放つ。
『良きスポンサーがいる。秋風市へ来れば援助してやろうとのことだ』
 当時、牧島らは自力で資金を調達しながら研究を続けていた。
 そのため研究は遅々として進まず、行き詰っていた。
 そこにスポンサーという、砂漠のオアシスとも取れる存在が出現した。
 他の研究員たちはザッハークの言葉に恐れ、まともに反応しなかったが……牧島は一歩踏み出し、ザッハークに言った。
『利害関係の確認をしましょう。具体的な話は僕の研究室で』
 物怖じせず自分に向かってきた牧島に、ザッハークは興味を示したらしい。
 以後、牧島は施設内で発言力を増大させていった。
 最大の協力者であるスポンサーは、常にザッハークを通して接触してくる。
 そのザッハークとまともに会話出来るのが牧島だけなのだから、彼の立場が強くなるのも無理はない。
 かと言って、牧島とザッハークの関係は友好的なものではない。
 ……しかも、お互いが利用し合っている、という関係ですらないですね。
 利用し合っているのはスポンサーと牧島らであって、ザッハークは連絡係でしかない。
 暴虐を以って名の知られたザッハークが、なぜそのような役回りなのか。
 そもそも、なぜザッハークは同類を弄ぶようなことに加担するのか。
 彼と話していると、時折牧島はこう考えることがある。
 ……あの男にとって、このようなことは戯れに過ぎないのではないか。
 慣れることはあっても、絶対に理解出来ない。
 蛇王の名を冠する異法の徒は、余人には到達しえない闇の中にいる。
 牧島はそんなことを思いながら、再び書類に意識を集中させることにした。

 獣の動きは速い。
 一直線な軌道に乗って、数匹が赤根の四肢に喰らいつく。
 梢たちの姿を確認したせいで赤根は動きが止まっていた。
 その隙に乗じられ、
「ぐあッ……!」
 赤根の両肩から血が出る。
 ただの一噛みで、肩の肉が食い千切られてしまったのだ。
 梢はすぐさま行動に出た。
 片腕で涼子の身体を抱え、瞬時に赤根の元まで到達する。
 彼の身体を掴んで振り回す。
 赤根に噛み付いていた獣たちは振り落とされた。
 赤根を自分の後ろに放ってから、梢は簡潔に言った。
「助けてやろうか?」
「ケッ――最悪の展開だな、てめぇに助けられるとは!」
 言っている間に、獣たちが迫る。
 梢と赤根はそれぞれ横に跳んで避けた。
 梢は敵を観察する。
 獣、と称する以外に適当な表現が思い浮かばなかったが、それは普通の獣とは違って見えた。
 目や鼻、体毛などがなく、全身が淡い光に包まれていた。
 と言うより、身体が光で構成されている。
「……こいつら魔力の塊か!?」
 飛び掛ってくる犬型の獣を振り払いながら、梢は赤根に問いかけた。
「そうみたいだな。おかげで何度倒してもキリがねぇ……!」
「これを作ってる奴をぶっ倒せばいいんじゃないのか?」
「んなこと出来るわけねぇだろうが!」
 赤根は荒々しい言葉を返してきた。
 彼は負傷しており、梢と比べて動きに余裕がない。
 だが、彼の苛立ちの原因はそれだけではないようだった。
 左右から狼らしき形の獣が襲いかかる。
 赤根は身を伏せ、前に飛び出した。
 両手には包帯が巻かれている。
 梢が彼の爪を砕いたからだろう。
 赤根は能力を使えないようだった。
「くそったれ……!」
 八つ当たり気味に獣を打ち倒し、赤根は梢の背後に跳躍してきた。
「本当に性質が悪いぜ。執拗に追いかけてきやがる。おまけに倒しても無限に復活してくる」
「止める方法はなんかねぇのか?」
「……さっきてめぇが言ったように、能力者をぶちのめすしかないっぽいな」
 赤根の息は荒い。
 よほど長時間逃げ回っていたのだろう。身なりはぼろぼろだった。
 おまけに血を大量に失っているらしく、顔色もあまり良くない。
「しかしよぉ、そいつは無理ってもんだぜ倉凪梢。こいつらを生み出してる能力者ってのは、あのザッハークなんだからよ!」
 大口を開けて迫る虎型を蹴り倒し、赤根は苦々しげに告げる。
 だが梢にはその名が示す意味が分からない。
 下から突き上げるように迫る虎らしきものを蹴り、
「ザッハーク? なんだよそいつは」
「……異法人です」
 返答したのは、赤根ではなく涼子だった。
 梢にしがみついた涼子は、青ざめた顔のまま口を開く。
「どんな人かは知りません。でも、霧島さんが言ってました。……俺にとっては敵だと。そして、姉さんの両親を殺したのも……」
 最後まで言っている余裕はなかった。
 梢は涼子を抱えたまま、赤根の襟首を掴んで木の上に退避する。
 一体の力は大したこともないが、相手はあまりに数が多すぎた。
「ったく、うじゃうじゃと鬱陶しい連中だな」
 毒づきながら、梢は涼子と赤根を降ろした。
 赤根は大分疲労しているのか、声も出せないようだった。
「先輩。これがザッハークって人の仕業なら……」
「細かいことは後にしろ。要するにそいつが敵だってのが分かってれば今はいい」
 そう言って梢は、どこに隠し持っていたのか、蒼き銃を涼子に手渡した。
「持ってろ。危なくなったら、相手見て引き金降ろせばいい」
「え、は、はい……」
 突然銃を手渡されて戸惑う涼子を尻目に、梢は眼下の敵を見た。
 獣たちは木の上に上ろうとしているようだった。
 が、いずれも上ろうとしては滑り落ちていく。
 そのことに梢は安堵したが、次の瞬間、驚くべきことが起こった。
「せ、先輩……!」
 涼子が焦りの声を上げる。
 彼女の視線の先には、不気味に蠢きつつ変形する獣たちがいる。
 犬らしき獣が猫らしきものを食い、それを狼らしきものが食い、やがて虎らしきものが食う。
 お互いが食い合って、獣たちは変形していく。
「あれは……鳥かッ!」
 鷹よりも大きい鳥の形になった魔力の獣。
 それが数羽、木の上目掛けて飛翔する。
 涼子は身体が竦んで動けない。
 赤根は疲労で動きが鈍っている。
 この二人を守りつつ戦わなければならないとなると、かなり不利だった。
「逃げるか……!?」
 高速で飛んでくる相手に、どこまで逃げ切れるかは分からない。
 しかし、このまま戦うのは得策ではない。
 そう判断し、梢は一気に飛び出そうとする。
 ――――刹那、接近しつつあった鳥たちは無数の短剣に撃ち落された。
「……な」
 梢は出鼻を挫かれ、短剣が飛んできた方を睨む。
 そこには、優男風の顔立ちをした少年が立っていた。
 赤根は少年に見覚えがあるのか、不快そうに顔を歪める。
 そんな赤根の視線をさらりと流しながら、少年は梢と涼子に会釈した。
「始めまして、倉凪梢さんに冬塚涼子さん。兄さんから話は伺ってます」
 場違いな程に余裕のある笑みを浮かべ、少年はその名を告げる。
「僕は矢崎亨。無形の相手は――――お任せください」

 魔獣たちは、突如の乱入者に動揺した。
 しかしそれは一瞬のこと。
 創生者から与えられた単純な任務をこなすことしか考えない彼らに、恐怖の二文字は存在しない。
 魔獣はただ使い魔として、いかに目的を達成するかを求める。
 判断は一瞬で済んだ。
 乱入者は邪魔者である。
 ならば、まずはそいつを食い殺すのみ。
 複数の鳥となった使い魔は、乱入者目掛けて飛翔する。
 乱入者によって砕かれた端末も再生し、攻撃に参加した。
 その速度は弾丸以上。
 まともな相手なら大穴を開けられて絶命する威力だ。
 しかし、乱入者は動じることなく左手を天にかざした。
 そしてくるりと手首を回し、指をこちらに向けてくる。
 刹那、再び短剣の嵐が使い魔たちを襲う。
 突撃した端末たちが次々と貫かれ、行動不能に陥っていく。
 魔力で構成された彼らに痛みはないが、端末の分散は力の減退にも繋がってしまう。
 それを警戒した彼らは、軌道を変えて空へと向かう。
 あの短剣が乱入者の能力らしい。
 ナイフ使いか何かだろう、と推測。
 ならば、あれに耐えられる程の強度が必要だ。
「ぐるぉぉぉっ!」
 魔獣の一体が咆哮する。
 途端、他の魔獣たち――端末が一斉に集まった。
 鳥の形をした魔獣たちが一つになっていく。
 しかし今度は大きさも変わらない。
 ただ、魔力がより濃密になり、攻撃力防御力共に激増しつつあった。
「させませんよ……!」
 魔獣たちは動揺した。
 気づけば、乱入者が背後に跳んでいる。
 その手には、黄金の槍が握られていた。
「ハッ!」
 捻りが加わった槍の一撃。
 それが集合しつつあった魔獣たちを打ち砕き、再び霧散させた。
 しかし、魔獣たちもそのままでは終わらない。
 散らばった魔力は、一つ一つが意思を持っている。
 それらが乱入者の上に覆いかぶさった。
「ッ……くあ!?」
 端末たちにまとわりつかれ、乱入者の身体は地に落ちる。
 使い魔は知っている。
 人間は、鼻と口を塞がれれば窒息死するということを。
 故に、端末たちは魔獣としての形を得るよりも、乱入者の呼吸を止めるために顔を塞いだ。
 しかし、使い魔は違和感を抱く。
 端末が触れているのは、どこかしら人間の肌とは感触が違う――。
 そう思ったのも束の間、端末たちは一斉に動きを封じられた。
 なんと乱入者の顔が剥げ落ち、それが袋の形となって端末たちを閉じ込めたのである。
「念のため、顔の皮膚に仕込んでおいて良かったですね。まぁ人間相手ならまず感づかれそうなもんですが、自立稼動型の魔力生物なら騙すのも簡単です」
 その言葉を聞き、かつ端末からの情報を得て魔獣は気づいた。
 乱入者は顔の皮膚を、非常に薄い金属で守っていたのだ。
 そして、端末が顔に集まってきたところで、それを動かした。
 無論顔の全てを金属で覆い隠していたわけではない。そんなことをすれば、それこそ窒息死してしまう。
 そのため乱入者の顔には、まだ端末たちが微かに残っていた。
 しかし、それらはすぐに手で叩き落とされる。
「さて、と」
 乱入者は開いていた手を握り締めた。
 それと同時に、端末たちを捕らえていた"金属の袋"が縮小される。
 中で端末が潰されるのを使い魔は知覚した。
 魔力で作られた彼らが力尽きると、魔力の源と言われる魔力素に戻る。
 再び開かれた金属からは、濃い魔力素が漏れていた。
 使い魔は警戒する。
 この乱入者は強敵だった。
 単なる短剣使いなどではない。
 こいつの能力は、
「五つの金属を変幻自在に操る。それがこの僕、金属使い矢崎亨です」

 木の上から戦いの一部始終を見ていた梢が口笛を吹いた。
「あれが刃の弟か。なかなかやるじゃねぇの」
「ケッ……あいつは機転が利く。ずる賢さもある。今あいつが魔獣を圧倒してるのはそれが理由だ」
 赤根は面白くなさそうな顔をした。
 どうやら、あまり亨と仲がいいわけではないようだ。
「その分あいつは真正面からの勝負にゃからきし弱い。加えて詰めが甘い……頼むから下手に刺激してザッハーク本人呼び出すんじゃねぇぞ」
「大丈夫じゃねぇのか? あの様子なら」
 梢は気楽な調子で呟いた。
 眼下では、まさに亨が魔獣を追い詰めようとしている。
 そのとき、涼子が不意に叫んだ。
「……下!」
 その言葉に亨がこちらを向いた。
 刹那、地中から巨大な鼠が現れる。
「なっ……!?」
 亨は咄嗟の事態に慌てた。
 魔獣たちは余力を残していたのか、地中にも端末を隠していたらしい。
 地中から現れた魔獣――鼠は、亨目掛けて体当たりする。
「ぐあっ!」
 あまり頑丈ではなさそうな亨の身体が吹き飛ばされる。
 更に鼠は追撃を仕掛けた。
 梢は咄嗟に魔力を解き放つ。
草の創生(グラス・クリエイション) ――――ぶち抜けオラァッ!」
 言葉と共に、鼠の足元から無数の木が突き出てきた。
 木はまるで意志を持っているかのように、鼠目掛けて身を振るう。
 木々の攻撃を跳躍して避けると、鼠はそのまま鳥へと姿を変えた。
 地上戦での不利を悟ったのだろう。
 その隙に亨は体勢を整えて、上空を飛ぶ魔獣を指差した。
「ず、ずるいですよっ! 本能で動く魔獣の分際で騙し討ちなんて!」
「だから言ったろ、詰めが甘いって」
「……ああ、そうみたいだな」
「ああっ、なんか僕のイメージがナチュラルにダウンしてませんかっ!?」
 ぬうぅ、と歯軋りしながら亨は天に手をかざし、叫んだ。
「黒金よ、弓矢となり鳥を落とせ!」
 亨が手にしていた鉄の塊が形を変え、弓矢となる。
 瞬時に構え、即座に放つ。
 一見いい加減に見えたが、狙いは正確だった。
 放たれた鉄の矢は、重量を全く感じさせない速度で魔獣へ向かう。
 魔獣は旋回して矢を避ける。
 ところが、矢は亨の力によって魔獣の後を追った。
 次第に両者の距離が縮まる。
 やがて、矢が魔獣の脳天を貫こうとした瞬間。
「クアアアァァァッ!」
 魔獣が矢に喰らいついた。
 そのまま形を獅子へと変え、落下しながらも矢を食い千切る。
「ええい、しぶとい……!」
 亨は両腕を規則的に振り回し、
「白金の刃よ、敵を討ちぬけ!」
 銀の刃が、落下してくる魔獣目掛けて放たれる。
 刃は魔獣をずたずたに切り裂き、そのまま網へと変形して魔獣を捕らえた。
「握りつぶせ……!」
 亨が拳を握ると、網は袋と化して中の端末を潰した。
 中から端末の成れの果て――魔力素が漏れてきたのを確認し、亨が安堵の笑みを浮かべる。
「ふぅ、これで汚名返上ですね」
 亨は展開させていた金属たちを呼び戻し、戦闘態勢を解いた。
 その背後に、先ほど亨がトドメを刺そうとした端末が潜んでいた。
 亨は安心しきっているのか、気づいていない。
 毒蛇の形をしたそれが、今まさに亨の背中に飛び掛ろうとした。
 瞬間、毒蛇の端末は木っ端微塵に打ち砕かれる。
 それと同時に、亨の背後から凄まじい衝撃が周囲に流れ出た。
 思わぬ出来事に、亨だけでなく梢たちの視線もそちらへ向かう。
「……慢心は、お前の悪い癖だ」
 そこにいたのは、亨の兄――矢崎刃だった。

 梢たちは周囲を警戒しながら木から下りた。
 出迎えるのは、いつも通り無表情の刃、そしてげんなりした様子の亨だった。
 並んで見るとこの兄弟は全く似ていない。
 刃は屈強な肉体を持った、いかにも戦士のような大男。
 対する亨は、まだ子供っぽさが残るスマートな少年だった。
「いやぁ、連中はしつこくて嫌ですね」
 苦笑を浮かべながら亨が歩み寄ってきた。
 彼は梢と涼子に会釈すると、赤根の肩を掴む。
「捜しましたよ赤根。今まで何やってたんですか」
「……」
 話す気はない、とばかりに赤根は顔を背けた。
 亨は肩を竦め、
「一応仲間なんですから、隠し事はなしでいきましょうよ」
「ケッ……仲間なら隠し事しないのか? だったらお前の好みのタイプをここでぶちまけてみろよ」
「そ、そういうこと言いやがりますか? こっちはアンタが姿消したせいであちこち飛び回るハメになったんですよっ!?」
「良い運動になったんじゃねぇのか。いつも運動不足だったろ、お前はよ」
「ぬううぅぅ」
 睨みあう二人。
 と、そのとき携帯電話が鳴った。
 音は赤根のポケットから出ている。
「どうぞ」
 不機嫌そうな声で亨が言うと、赤根はぎろりと周囲を睨みまわしてから電話を取った。
「アンタか。……ああ、そうだ。だが今ちと面倒なことに……あ? 代わる?」
 赤根は怪訝そうな表情を浮かべながら、携帯を梢に向けて突き出す。
 梢は首を傾げた。
「俺にか?」
「みたいだぜ。てめぇ、あいつと知り合いなのか?」
「誰だよあいつって」
 そう言いながら電話を取る。
 相手が何者か分からないだけに、声に警戒を込めた。
「もしもし。……誰だあんた」
『相変わらず口が悪いな、お前』
 その声を聞いて、梢の意識が硬直した。
 両目を大きく見開きながら、震える声で問いかける。
「……あんた」
『ああそうだ。俺だよ。久しぶりだな、梢』
 忘れようもない声。
 七年前、突然姿を消して以来決して聞くことのない声だった。
「――――霧島、直人」
 かつて憧れた男の名が、口から出た。