異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第三十四話「引き裂かれた家族」
「遥さん、が……?」
 涼子は驚愕の声を上げる。
 無音の研究室では、それがよく響いた。
 何らかの繋がりはあると思っていた。
 しかし、こんな繋がりが出てくるとは考えていなかった。
 とてもではないが、それを事実として受け入れることは出来ない。
「幸町先生。冗談ですよね?」
「まさか。冗談なんて言う訳がないだろう」
 幸町は強い口調で反論してきた。
「僕からすれば、君たち三人は恐いぐらいにそっくりだよ。遥君なんて優香さんに生き写しだし、君も優香さんに雰囲気なんかがそっくりだ」
「……」
 涼子は言葉に詰まった。
 自分のことは分からないが、彼女自身も以前遥に優香を重ねたことはある。
 似ている、などと思うレベルではなかった。
 まさに優香がそこにいるような錯覚を覚えたのである。
 沈黙をごまかすためにコーヒーを口にする。
 幸町はそれだけで涼子の内心を察したのか、意味ありげに頷くとデスクの引き出しを開けた。
 表紙に『研究日誌』と書かれたノートだ。
「見てみるかい? この中には夫妻の研究内容も入っているよ」
 涼子はカップに口をつけながら、数秒迷った。
 選択肢は既に決まっている。
 ただ、それを後押しする決心が欲しかった。
 おそらくそのノートの中には、涼子が知ろうとしていた事実がある。
 涼子の知らない、あるいは忘れている事実だ。
 当然知りたいと思う反面、抵抗もある。
 コーヒーカップを置き、涼子は胸中で自分自身に言い聞かせる。
 ……逃げたら何も分からないままよ。
 迷いを断ち切るように、結論を出す前に身体を動かした。
 幸町からノートを受け取る。
 これでもう後戻りは出来ない。
 涼子は恐る恐る、ノートを開いた。
『最初に。このノートの意味は、後世に生きる誰かに向けて、我々の真実を伝えるためのものである』
 その字が、幼い頃に見た父のものだった。
 間違いなく父が記したノート。
 それを手にしていることに、胸が熱くなってくる。
『このノートを開いた者に対して私が願うことはただ一つ。このノートが、貴方にとって害悪にならないことだけである』
 短い序文の後、下の方に小さく名が記されていた。
 ――――冬塚雪夫。

「さっきも言ったように、泉家は精神に関する魔術を専門としていた。組織としてまとまっているうちは良かったんだが、崩壊して散り散りになると、自分の身すら満足に守れない者が多かったんだ」
 呆然とする梢を尻目に、霧島は言葉を紡いでいく。
「例えば優香は夢見の力を持っていた。夢の中限定とはいえ、過去の誰かそのものになれる。その力は考えようによっては凄いが、直接的な暴力を前にしたら何の役にも立たない。だから連中にとっては、安全に確保出来るサンプルだったんだろう。それは遥にも言えることだな?」
 確かに、遥は弱い。
 もし素手の喧嘩をしたら、美緒にも負けるかもしれない。
 吉崎ぐらい身体を鍛えた人が相手ならば、あっさりと負けてしまうだろう。
「優香と嬢ちゃんは運が良かった。八島家や冬塚家は連中の網にかかることなく市井に身を隠すことに成功したんだからな」
「遥の場合は、そうはいかなかったのか……」
「遥も同じように、式泉家に仕えていた者が連れて落ち延びた。だけど連中の網にかかっちまったらしくてな。生後一年ちょいのときから、遥は様々な連中の間でたらい回しにされていたようだ」
 梢もかつては、親戚の間をたらい回しにされていたことがある。
 どこに行っても忌み嫌われ、暴力や暴言を受け続けた日々。
 遥の場合は、どこからも必要とされてたらい回しにされていたのだろう。
 立場は逆だが、誰かの都合で行き場を失くしたということに変わりはない。
 まして、遥は物心ついた頃からそんな生活をしていたのだ。
 両親の面影すら覚えていないだろう。
 それに比べれば、両親のことを覚えていられる梢はまだマシなのかもしれなかった。
「優香は式泉家が滅んだときには、もう物心ついてたから遥のことも知っていた。あいつは時折妹たちの身を案じて、夢に見ていたらしい」
 夢に見る二人の妹たちの姿は対照的なものだったらしい。
 涼子は極普通の家庭で育てられ、不満はいくつか抱えているものの、概ね幸せそうだったという。
 遥の方は、青く暗い部屋の中、たった一人でいる光景ばかり。
 時折違う場面も見ることがあったようだが、それについて優香はついに一言も語らなかったらしい。
 思い出すだけで、申し訳なさと悔しさが涙と共に溢れ出てきてしまうようだった。
「……あいつさ、弱虫でおろおろするばかりの奴だったくせに滅多に泣かなかったんだよ。でも遥の話になると毎回泣いてな。俺に言っても仕方ないのに、ごめんなさいって何回も何回も言ってたんだ」
 梢はどうコメントすればいいのか分からなかった。
 もし、美緒が遥と同じような境遇にあって、それを夢とは言え体感したなら。
 そのとき自分がどんな感情を抱くのか、それは想像したくもなかった。
「だから遥を助け出そうって言ってたんだ。いつか、姉妹三人で一緒に過ごせる日が来ることを願って」
「……」
「結局――――叶わなかったんだけどな」
 諦観の笑みを浮かべ、霧島は肩を落とした。

『我らの目的は、式泉家が代々伝えてきた魔術を正しく受け継ぐこと。そして、涼子にとっては姉にあたる少女を助け出すことにある』
 ノートを持つ手が震えていた。
 次の行に、優香とは違う姉の名があったからだ。
『式泉運命様の長女、優香。彼女は八島夫妻が保護してくれているので問題はない。しかし、次女である"遥"の行方は知れないままだ』
 間違いなく父の字で、その名が記されていた。
『優香の力である過去視によると、どこかの研究施設に幽閉されているらしい。それ以上の情報は得られない』
 遥の置かれていた境遇と一致する。
 そのことが、事実をより強固なものにした。
『私と水穂は八島夫妻と極秘裏に連絡を取り合い、彼女の救出を画策した。だが、我々四人ではあまりに無力だった。子供たちを守るため、あまり目立つ行動は出来ない。最近はこの地に研究者が増えてきた。そのせいか、我々もマークされ始めているように思う』
 冬塚夫妻も八島夫妻も、泉家崩壊の際に落ち延びてきた身である。
 もはや守ってくれる後ろ盾は存在しない。
 それどころか、泉家の残党は研究機関などにとっては格好の獲物だった。
 自分たちはいい。
 しかし、下手をすれば今を平和に生きる優香や涼子にも害が及ぶ。
 だから彼らは、あまり大きな動きをすることが出来なかった。
 涼子は歯噛みする。
 これでは、間接的に自分が遥救出の邪魔をしていたようなものだ。
 さして力を持たない四人では、出来ることなどたかが知れていた、というのも事実だろう。
 だが、自分が彼らの行動の妨げになったのも事実だった。
『我々に出来ることは子供たちを守り育てること。そして彼女を救うため、最大限の努力を積み重ねることである』
 クリアしなければならない問題は山積みだった。
 第一に、遥の居場所を知ること。
 第二に、協力者の確保。
 無力なうえに追われる身である四人では、遥救出は難しい。
 それを実行可能とする協力者の存在は、絶対に必要なものだった。
『私は研究を始めた。この世に存在する、ありとあらゆる異能について調査した。何を一番頼るべきかを知るためである』
 魔術。
 魔法。
 外法。
 幻想。
 異端。
 魔族。
 超越種。
 そして、異法。
 それぞれの異能に関する論文は別のものに記されているらしい。
 よほど膨大な量になるからか、このノートには書かれていなかった。
『魔術師に協力を要請する場合、やはり"飛鳥井"に力を借りるのが一番適当だろう。しかし我々には彼らと連絡を取る手段がない』
 魔術師は滅多なことでは表に出ない。
 素性を隠すことに関しては非常に長けており、他所の家の者が連絡を取るのは簡単なことではなかった。
 そこからは延々と、遥を救出するためにはどうすればいいかが書かれていた。
 四人の中では、女性二人が魔術師だったらしい。
 しかし文章から察するに、あまり荒事に向いているタイプではなさそうだった。
 男性二人に至っては、普通の人間でしかない。
 おまけに彼らは、頼るべき相手もいない。
 遥を助け出すという目標は、彼らにとって孤独な戦いだった。
 消しゴムで消したような跡がいくつもある。
 行き詰まり、苦渋の表情を浮かべる両親が目に浮かぶようだった。
 やがてノートも終わりかけのところになって、ようやく変化が訪れたらしい。
『八島夫妻によると、協力者が得られるようだ。名は霧島直人。彼は異法人だという。優れた身体能力と"世界"に左右されぬ異法を有する者が味方についてくれるのは、非常に喜ばしいことだ』
 この報告を聞いたとき、父はよほど嬉しかったのだろう。
 後半になるにつれて苛立ちで崩れていた文字が、不思議なほどに綺麗になっている。
 ところが、次のページがない。
 乱暴に千切られたのか、切れ端がかすかに残っている程度だった。
 さらにその次のページには、これまでで一番しっかりとした字で、
『我々も、あまり長くないかもしれない。万一のときは、霧島君に優香と涼子を任せることになる』
 その一文を見て、涼子は破り捨てられたページに何が書かれていたか見当がついた。
 おそらく、ザッハークによって八島夫妻が殺害されたことを書いたのだろう。
 夫妻は既に、自分たちが他の研究員からマークされていることを知っていた。
 同じ『研究員』とは言え、立場は狩る側と狩られる側のものだ。
 そんな状況下で八島夫妻が殺害されたなら、次は自分たちの番だ、と思ってもおかしくはない。
 ……死を覚悟してたの?
 両親がどんな気持ちであの冬を過ごしたのか。
 そのことを思うと、涼子はやるせない気持ちになる。
 理解できないどころか、この七年間ずっと忘れていたのだ。
 両親に合わせる顔がない。
『優香を引き取った後の涼子は戸惑っているようだ。涼子にも、そして優香にも本当に申し訳ないことをしたと思う』
 そんなことはない。
『我々の力が足りないばかりに、遥を救うどころか、愛すべき娘たちを守ることも出来そうにもない』
 それでも、最期まで案じてくれていた。
『今年を越せられるかどうか分からない。ここにも、もうしばらくは来ないことにする。その前に優香と涼子を一度だけここに連れてきたいと思う』
 それは、なぜか。
『私たちがいなくなっても二人がここを覚えていれば、きっといずれ訪れるだろう。そして、無力な我らの悪あがきを目にすることだろう。……それが二人の無事に繋がり、そして遥を救出するために役立てば言うことはない』
 涙が出そうになったが、堪える。
 ここで泣いては駄目だと、自分に言い聞かせる。
 ノートの終わりには、三つの封筒が挟まっていた。
 優香、遥、涼子にそれぞれ宛てた手紙になっている。
 どれも封は切られていなかった。
 涼子はためらいながらも、自分宛の手紙の封を切った。
『……お前には何も話していなかった。だからこの手紙を読んでいるお前は、きっと戸惑っているだろう。
 そして、この手紙を読んでいるということは、きっと私も母さんもお前の側にはいないだろう。お前の側には誰がいるだろうか。優香はいるかな。そして、遥もいるかもしれない。そうであれば、私は嬉しい。もしかしたら素敵な男性が側にいるかもしれないし、子供や孫がいるかもしれない。そんなお前の姿を見れないのが、とても残念だ。
 もう話したはずが、私や母さんはお前の本当の両親ではない。お前の本姓は式泉。故に本当の名は式泉涼子という。だがお前は私たちの娘だ。私たちは決して親代わりとしてお前を育てていたわけではない。親として、お前のことを娘と見ていた。勝手な願いかもしれないが、そのことを理解して欲しい。
 このノートを見て、お前は遥の存在を知ったはずだ。彼女を助けたいと思うかどうかは分からない。私たちは、どちらでもいいと思っている。だが根が優しいお前のことだ。きっと放ってはおかないだろう。
 その場合、約束して欲しい。決して無理はしないと。無理をしないということは、遥を助けるということを諦めることではない。お前が不幸にならないということだ。
 ……遥を助けようと思うのならば、無理せず絶対に助け出しなさい。そう思ったのでなければ、遥の分まで幸せになりなさい』
 一枚目を全て埋め尽くすようにな文字の列。
 涼子はその裏にあった二枚目を見た。
 そこに書かれていたのは、たった一言の願い。
『私たちが願っているのは、常にお前の幸せなのだから。
                           ――――西暦一九九七年 十二月二十日 冬塚雪夫』
 それが、限界だった。
「……父さん、母さん――――」
 ノートを抱きしめながら、涼子はこの日、二度目の涙を流した。
 両親がもういないのだと、今更ながらに実感したために。

「八島夫妻と冬塚夫妻の目的もそれだった。優香や嬢ちゃんを守りつつ、遥を助け出す」
「けどそれは叶えられないまま……ってわけか」
 陽は既に落ちている。
 二人は真っ暗闇の中、変わらぬ姿勢で向き合っていた。
「夫妻の研究ってのはその過程の産物に過ぎない。雪夫さんのは古今東西様々な異能の研究だ。頼れるものが何もなかった分、何にでも頼りたかったんだろうな」
「奥さんの方は?」
「式泉家が研究してきた魔術の引継ぎ、というか資料まとめだ。どちらも連中が欲しがりそうなものだな」
 研究機関にとっては、喉から手が出るほど欲しいものだろう。
 彼らにとっては敵にあたる異能のデータベース。
 そして、彼らを打ち倒せるかもしれない魔術の資料。
 強化人間を百体生産するよりも、相手の精神を破壊するようなものを一つ用意する方がいい。
 やり方次第では、自分よりもずっと強い相手を始末出来るからだ。
「優香を連れ去っておきながら夫妻を殺害した辺り、ザッハークの一味は研究内容には興味なかったみたいだがな」
 しかし、今度の研究機関は違う。
 夫妻の研究内容について何か知っているかもしれない、という理由で涼子を狙ったのだから。
 ふと、そのことに梢は違和感を抱く。
「おい、それっておかしくないか。機関の連中は夫妻の研究内容が欲しいんだろ。そんな奴らに、なんで興味ないはずのザッハークってのがくっついてんだよ」
「少し考えれば分かるだろ」
 少し突き放すような口調だった。
 梢はそのことにむっとしながらも、腕を組んで考え込む。
 だが、いくら考えても分からない。
 霧島は待ちきれなくなったのか、思案中の梢に向かって言った。
「――――機関の連中も利用されてるんだよ。ザッハークや、その一味にな」

「どういうこと……?」
 問いかける涼子の頬には、微かに涙の跡があった。
 幸町は彼女に背中を向け、壁に取り付けられたホワイトボードを撫でながら静かに呟く。
「倉凪君たち。異法隊。研究機関。……それ以外にも、遥君を狙う勢力があるということだ」
 ホワイトボードに、それぞれの勢力が円で描かれていく。
 そして研究機関の裏側、ホワイトボードの端の方に小さな円が描かれる。
 そこには『UNKNOWN』と書かれた。
「倉凪君たちは純粋な好意から。異法隊は遥君の力を制御する必要ありとして。研究機関は彼女の力を利用し、異法人を倒すため。それぞれの思惑を抱き、遥君を巡る戦いが繰り広げられている」
「それだけじゃ、ない?」
「優香さんを連れ去ったのが研究機関なら話は早かったんだ。でも機関は……少なくとも末端は優香さんについて知らなかった。機関は七年前の事件を把握していない」
 その通りだった。
 涼子を連れ去った研究員は、冬塚夫妻の研究内容や優香の行方を知りたがっていた。
 だが、七年前の事件を引き起こした者は、研究内容に興味はないと言わんばかりに夫妻を殺害している。
 もし冬塚家を襲撃したのが機関なら、夫妻は殺さず生け捕りにしただろう。
「つまり、第四勢力が存在するということか」
 刃が唸るように呟く。
 幸町は頷いて答えた。
「第四勢力と言っても、規模その他全て不明だ。直人の調べで判明しているのは、ザッハークがこの勢力に該当するということ。そして機関と似た性質を持ちながら、細部が異なっているということぐらいだ」
「……ってことは、今遥さんを捕らえているのはその第四勢力なんですか?」
 亨が疑念を口にする。
 それは涼子も考えていたことだ。
「判断は難しいけど、おそらくは研究機関だろうね。強化人間の姿があったらしいし、研究員は普通の人間だったみたいだ」
「第四勢力だと、それが当てはまらないんですか?」
「直人が優香さんを助け出したときの施設には、強化人間はいなかった。その代わり研究員たちが襲ってきたらしい。彼らは魔術師みたいだったって直人は言ってたな」
 魔術師によって構成される、正体不明の勢力。
 ザッハークは本来そちらの構成員らしく、七年前の事件を引き起こしたのもその勢力のようだ、と霧島は語ったらしい。
「つまり、そいつらが敵なんですね」
 若干きつい口調で涼子が言った。
 霧島の語った推測が事実なら、その第四勢力は両親、そして姉の敵である。
 幸町は否定しなかったが、肯定もしなかった。
「それも敵だってことだよ。君にとっては研究機関も敵だし……」
 ちらりと刃たちを見て、
「遥君への対応次第では、異法隊も敵になる」
「なっ……」
 幸町の言葉に、亨は絶句する。
 身を乗り出して問い詰めようとするが、その肩を刃が掴んで止めた。
「やめろ。……隊長の意向次第では、確かにそうなる」
 言われて、亨も渋々納得したらしい。
 不服そうな表情を浮かべながらも、どうにか身を引いた。
「少なくとも直人はその可能性が高いと見た。だから異法隊を抜けたんだよ」
 困ったものだね、と幸町は肩を竦める。
「さて、涼子君。君はどうする?」
「……私ですか?」
「ああ。君はこうして過去の断片を知った。その上でどう行動する」
 幸町の問いかけは、先ほどから涼子が自分自身に向けていた問いかけでもあった。
 色々な事実が一気に明かされて、正直この後どうすればいいのか判断に迷う。
「難しく考えなくてもいいよ。君がやりたいことは何かな。大事なのは、それを見つけることだ」
「……私がやりたいこと」
 頭の中がごちゃごちゃして分かりにくい。
 第四勢力だの式泉家だの、聞きなれない単語が一気に入ってきたせいだ。
 難しく考えなくていいのであれば、そうした不純物はいらない。
 思考の中から少しずつ取り除いていく。
 そうして最後に残った想いが本物だとすれば。
 涼子がやりたいことなど、一つしかなかった。
「話したい……」
 七年前に両親を失い、先ほど姉の死を突きつけられた。
 自分にはもう家族がいないのだと、そう想っていた。
 だが、思いがけないところで最後の『家族』がいた。
「まだほとんど話もしてないけど……たくさん話したい」
 まだ素直に『家族』として見ることはできない。
 しかし、家族になれる可能性を秘めた人が、自分にはまだいる。
 それならば、その人と家族になりたい。
「たくさん話して、家族になりたい……」
 そのために。
「私に何が出来るか分からないけど――――遥さんを助けたい……!」
 それが、余計な要素を全て抜き去った答え。
 涼子が本当に望むものだった。

 そして、時刻は七時過ぎ。
 陽は完全に落ち、異形飛び交う闇の時になる。
「質問はもういいな」
 道場の前には二つの人影。
 それらはもはや、座ってはいなかった。
「ああ、いいぜ。必要なことは聞けたし。思い出話をしに来た訳でもないしな」
 二人の距離は、およそ十メートル。
「……皆、元気か?」
 ふと、霧島が尋ねてきた。
 その問いかけに意味はない。
 意味はないからこそ、純粋に皆のことを気にかけているのだと分かった。
「ああ。……元気だ」
「さよか」
「さよだ」
 二人が純粋に昔馴染みとして交わしたのは、たったそれだけ。
 だが、言葉は数ではない。
 先ほどまでの話と比べてみても、梢には同じくらい価値のあるものに感じられた。
 そして、ここから先に言葉は不要。
「そんじゃ、――――――行くぜ」
 刹那、一陣の風が吹いた。