異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
第四十六話「過去から覚めて」
 昔の夢を見続けている。
 傍らの少女が目覚めた後も、梢はまだ夢の最中にいた。
 ……ゆったり、ゆったり。
 丁度いい温かさの湯船に浸かりながら、映画を見ているような感覚。
 それが自分の過去だと、今ひとつ実感出来なかった。
 覚えているはずがなさそうな、生まれたばかりの頃。
 赤ん坊の自分を抱き締めて幸せそうな表情を浮かべる母と、穏やかにそれを見守る父。
 翌年妹が生まれる。
 梢を背負った父は、生まれたばかりの女の子を嬉しそうに抱きかかえていた。
 背負われた自分は、妹に向かって一生懸命手を伸ばしている。
 幼年期。
 徐々に自分の中の"異法"が目覚めてくる。
 幼子が遊ぶような玩具を次々と壊す自分を見て、父と母は深刻そうに話し込んでいた。
 小学校に入る前。
 父が死に、後を追うように母も亡くなった。
 妹と一緒に親戚の家を転々と回ることになる。
 誰かを守るためにその力を使え、と父は言った。
 妹のことを頼むと言い残して、母は逝った。
 自分はそれを忠実に守り続けた。
 頑丈な身体は盾として使った。
 理不尽な暴力をその腕で止めた。
 たくさんの傷を負ったけど。
 そうして良かったと、今でも思っている。
 やがて二人は、榊原に引き取られた。
 理解ある友人、面白い兄貴分も出来た。
 心を閉ざしがちだった妹も、少しずつ笑うようになってきた。
 そうして自分の力は――――不要なものになった。
 焦っていたのだろう。
 持て余していたのだろう。
 必死になって、力を振るう場所を探した。
 そうしなければ、自分の存在が――――間違っていると、言われるような気がしたから。
 そうして自分は。
 俺は。
 ……彼女と、出会った。
 初めて守ろうとした他人であり。
 初めて守れなかった……一人の女の子と。

 懐かしい風景が目の前に広がっている。
 秋風市の北部にある山脈地帯。
 そこをずっと進んだ先にある、ちっぽけな山小屋。
 獣道すらないような場所に、なぜかそれはあった。
「ここは……」
 ぼんやりとした感覚のまま、梢はこの場所に立っていた。
 周囲を覆い囲む多くの木々。
 遠くから聞こえてくる鳥の声。
 地に生きる花と、その周りを飛び回る蝶々。
「間違いない、あの場所だ……」
 かつて自分が何度か訪れた地。
 そして、二度と近づきたくないと思っていた地でもある。
 ……なんで俺、こんなところにいるんだ?
 突然のことに、梢は戸惑いを隠せずにいた。
 ついさっきまで、思い出すのも嫌になるくらい苦しい夢を見ていたはずなのに。
 泥沼に沈んでいく身体を引っ張り上げてもらったような感覚があった。
 とても温かくて優しい、誰かの手によって。
 周囲に人の気配はない。
 動物たちの気配すらない。
 現実感がひどく希薄だった。
 ……まだ夢を見てるのか。
 そう思いながら、梢の足は自然と山小屋の中へと向かっていく。
 あのときと、同じように。
 こんなところに小屋があるなんて珍しい。最初は、本当にそれだけだった。
 そこから生じた好奇心が、彼の身体を動かした。
 そして、そこであの女の子を見つけたのだ。
 ごくりと唾を飲み込む。
 あの女の子がいたのは、もう何年も前のことだ。
 今はいない。
 どこにもいない。
 彼女は、死んだのだから。
 だったら、今この小屋はどうなっているのか。
 誰かいるのか、誰もいないのか。
 いるとしたら、誰がいるのだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、梢はとうとう窓の近くにまでやって来た。
 薄暗い室内に、自然と目が向いてしまう。
 そこに、いた。
 たった一人で、何も考えていなさそうな表情で、ぼんやりと、何も見えてなさそうな目を宙に向けている。
「……君は」
 そこにいたのは、もういないはずの女の子だった。
 何も見えていなさそうな瞳を梢に向けて、小首を傾げる。
「貴方は、誰?」
 この問いかけを聴いた瞬間、梢はこれが夢なのだと確信した。
 この言葉は、今でもよく覚えている。
 子供の頃、ここであの少女と出会ったとき、はじめて聴いた彼女の言葉だからだ。
 だから梢は、以前と同じように答えた。
「俺は……ただの通りすがりだ」
「?」
「お前は?」
「私は……」
 少女はわずかに戸惑ったようだった。
 梢の問いかけに対する答えが見つからないらしい。
「……分かんない」
「そっか」
 そうだった。
 結局梢は、最後まで彼女の名前を知ることがなかった。
 そして彼女もまた、梢の名前を知ることはなかった。
 いつも二人きりだったから、名前など知らなくても相手を呼ぶことは出来た。
 梢は出会ってから彼女の元にしばしば通った。
 なぜかはよく分からない。
 通いたいから通った。そうとしか言いようがなかった。
 あるいは、それは少年時代の淡い恋とでも言うべきものだったのか――――。
 彼女の笑顔が見てみたい、と思った。
 少女は滅多に表情を動かさない。
 喜怒哀楽を示す梢の顔を見る度に、不思議そうに目をぱちくりとさせていた。
 なんでそんなに顔が変わるの、と尋ねられたことがある。
 顔に元気があるからだ、などと冗談交じりの答えを返した。
 私は元気がないのかな、と少女は呟いた。
 梢は、何も答えられなかった。
 しかし、何ヶ月も通ううちに――――少女も少しずつ笑うようになってきた。
 最初は梢の表情を真似ただけの、中身のない笑みだった。
 だが、次第に彼女の内面は変わっていった。波のない湖から、大きく揺れ動く海になった。
 梢といるとき、彼女は楽しいと言った。
 梢が来れなかった日は寂しいと思うようになった。
 梢が意地悪をすると、嫌な気持ちになると言った。
 二人で昼寝をしていると、不思議と穏やかな気持ちになるようになった。
 感情の表し方は下手糞で、梢でなければ理解出来なかっただろう。
 それでも、人形のようだった少女は、人間へと変わっていったのである。
 けれど。
「ごめんな」
 梢は、目の前にいる少女に謝罪の言葉を送った。
 彼女はその意味が分からないらしく、目をぱちくりとさせるばかり。
「……なんで謝るの?」
「俺は、君を守れなかった」
 あるとき。
 少女は怯えきった表情で、終日黙りこくっていた。
 梢はどうしたのかと何度も尋ねた。
 やがて、梢が帰る時間になった。
 そのとき、はじめて少女は涙を流した。
 もう会うことが出来なくなる。
 恐い大人が、これ以上ここにいてはいけないと言っていた。
 何もない真っ白な部屋に連れ戻される。
 そうなったら、また痛くて恐いことしかない生活に戻る。
 そんなのは嫌だ。もっと楽しいことしたい、と。
 少女の懇願を聞き入れて、梢は迷うことなく彼女を抱えて走り出した。
 自分の家に連れて行こうと思った。
 榊原は表面には出さないものの、優しい人間だった。こんな境遇の少女を見捨てるはずがない。
 ――きっと師匠ならお前を引き取ってくれる。そうすりゃ、ずっと一緒にいられるさ。
 希望に満ちた声で梢は言った。
 ――うちには妹もいる。馬鹿な兄貴分もいるし、変な友達もいる。いっぱい友達が出来るぞ。
 抱きかかえた少女に対し、梢は何度もそう言った。
 既にそれが現実となっているかのような錯覚さえ抱いていた。
 優越感に浸っていた。
 自分が、この少女を助けることが出来る。
 そのことが嬉しかった。
 自分が役に立てるという事実に、梢の心は浮き上がっていた。
 そこから先は、よく分からない。
 気づけば少女を投げ出して、自分が倒れていた。
 胸の真ん中に大きな空洞があるのが分かった。見る余裕もないが、感覚で理解した。
 凄まじい勢いで血が失われていく。自分の呼吸音がおかしいということも分かった。
 何者かが、梢の胸を撃ち抜いたのである。
 梢は朦朧とする意識の中で、眼前の少女を見た。
 梢の胸の辺りに抱きかかえられていた少女は――背中をごっそりと削り取られていた。
 ようやく笑うようになった表情は、また人形のように虚ろなものになっていた。
 というか、呼吸すらしていない。
 生きていない。
 人の形をしただけの、残骸と化していた。
 人形のようだった少女は、少年によって人間となり――――やがて本当の 人形(ヒトガタ) になった。
 気づいたときには、病院にいた。
 なんでも山中の畑に向かった老人が、血塗れで倒れている梢を発見してくれたらしい。
 発見された場所は梢が撃ち抜かれた場所から大分離れていた。
 血痕が点々と残っていたことから、無意識のうちにあそこから自力で歩いてきたのだろう。
 後日、小屋や撃ち抜かれた場所に行ってみた。
 少女の姿はおろか、血痕すら消されていた。
「俺が余計なことしたせいで、君は死んじまった」
 夢の中の相手に謝っても仕方がない。
 それでも、言わずにはいられなかった。
「俺が連れ出さなきゃ、君はまだ生きてられただろう。きちんと守れてれば、君に意識を向けてれば、君はまだ生きてられただろう」
 口に出していくうちに、梢はなぜこんな夢を見ているのか、おぼろげながら理解できた。
「……そして、俺はまた守れなかった」
 吉崎和弥。
 梢にとっては、一番の親友だった男。
 彼は梢を助けるために、命を落とした。
 先ほどまで、梢はその罪悪感の中に埋もれていた。
 ……その後悔を誰かに言いたくて。懺悔したくて、こんな夢を見てるのか。
 胸中で自嘲する。
 そんなことには、何の意味もありはしない。
 それでも、誰かに言わずにはいられなかった。
「俺の力は……何のためにあるんだろうな。守るべき相手を助けてやれない、何の役にも立てない」
 自分の拳を恨めしげに見る。
 この力は、容易くいろいろなものを壊すことが出来る。
 それでも、守ることに関してはろくに役に立っていない。
 だが。
「――――それはきっと違うよ」
 少女が、かすかに憤りを込めた声をあげた。
「貴方の力は役に立ってる。きちんと誰かを救えてる」
「……」
 突然生の感情を込めて話し出した少女に、梢は驚きの視線を向けた。
「今まで、貴方は誰一人救えなかったの?」
「……いや、それは」
「そんなことない、でしょ?」
 ふわりと短い髪を泳がせながら、少女は梢の前にやって来た。
 可愛らしい顔に、少しばかり不服そうな感情を浮かべてこちらを見ている。
「貴方が自分の力を否定するなら、その力によって助けられた人の感謝の気持ちも否定することになる。それは駄目」
「だ、だけど……」
「後悔はしてもいいと思う。悩んでもいいと思う。それは、人なら当然のこと」
 そこで、少女はかすかに笑みを浮かべた。
「貴方が、そう教えてくれた。教えてもらえて、私は嬉しかった」
「……っ」
 救えなかった少女に、嬉しかったと言われた。
 梢は泣きそうな顔で少女を見る。
 しかし少女は頭を振った。
「でもね。そこで止まるのは駄目。後悔や悩みはそのままにしておいたら、また同じことを繰り返すことになっちゃう。だから、きちんとそれを力に変えなきゃ。次のために――活かさなきゃ」
 少女の言葉は、梢の心の防壁をすり抜けて、直接芯の部分に突き刺さるようだった。
 その通りだと思った。反論が何一つ思い浮かばない。
「それが成長するってこと――これも、貴方が教えてくれたんだよ?」
「……はは、昔の俺も大層なこと語ったもんだ」
 自分でも出来ないようなことを、人に得意げになって話していた。
 その頃の自分を思い返し、梢は自嘲した。
 そんな梢の肩が、後ろから叩かれた。
 振り返ると、そこには吉崎の姿があった。
「行けよ」
 それは、吉崎が梢をかばった瞬間に言い残した言葉だった。
「行けよ。お前はいつだってそうして来ただろうが」
「吉崎……」
「くよくよ悩むこともあったろうさ。自分のことが分からなくなることもあったろうさ。それでもお前は、悩むたびに乗り越えた」
 吉崎は肩を組むようにして、梢の真横に顔を寄せて言った。
「ま、俺らがいたおかげだろうけどな」
「……そうだな。お前らがいたおかげだ」
「俺はもう一緒にはいてやれねぇけどな。お前にはまだ美緒ちゃんや師匠、藤田や斎藤もいる」
 さらに、吉崎は顎で少女を示した。
「それに、彼女もいる」
「……?」
 吉崎の言葉の意味が分からず、梢は眉を潜めながらも少女を見た。
「あ……!?」
 梢は瞠目した。
 そこにいたのは、さっきまでいた少女ではない。
「遥っ!」
 今、一番守りたいと思える相手。
 救いたいと思える相手が、そこに立っていた。
 その表情はよく見えなかった。
 しかし、梢のことを待っていることだけは理解出来た。
 理屈ではなく、直感というものだろう。
 ……そうだ、悩んでる場合じゃない。
 ぐずぐずして、また守りたい相手を失うわけにはいかない。
 吉崎が梢の背中を押す。
 梢は遥に一歩踏み出し、
「待ってろ。絶対、助けに行く――――!」
 そうして、そこで梢の夢は終わりを告げた。

 涼子が目覚めて間もなく、梢も目を覚ました。
 二人は美緒や藤田、斎藤らに手伝ってもらいながら身体を起こし、幸町から現状を聞いた。
 吉崎以外は皆無事であること。
 零次と亨は簡単な治療を済ませ、榊原家で待機していること。
 赤根はカンパニー、刃は研究機関の調査をしていること。
 そんな話をしているうちに、霧島が姿を見せた。
「二人とも、目が覚めたか……!」
 梢と涼子の肩を抱きかかえながら、霧島は大粒の涙をこぼす。
 二人はなにやら照れ臭いような気がして、少しだけ苦笑をもらした。
「梢、吉崎は……」
「幸町先生から聞いたよ」
 気遣うような霧島に、梢は寂しげな表情を浮かべた。
 しかしすぐに眉を吊り上げて、皆に見えるように面を上げる。
「けど、くよくよしてる暇もない。今は遥を助ける事を考えないと」
「……倉凪」
「薄情だと思うか?」
 梢はまた少し寂しそうな表情で、藤田や斎藤の方を見た。
 彼らは梢が目覚めてから、特に何も言っていない。
 が、幸町が事情を説明しているときに同席していたことから、おそらくは全てを知っているのだろうと思った。
 彼らは梢にとって良き友人だった。
 しかしそれは、梢が異法人だと知らなかった頃のことである。
 今、二人の目に自分がどう映っているのか――そのことを考えると、たまらなく不安になる。
「馬鹿野郎」
 藤田が少し怒って言った。
「戯け者」
 斎藤が不機嫌そうな声を上げた。
「一番悲しんでるのはお前だろ。それでも、無理して走り続けようとしてやがる」
「それぐらい僕らには分かる。長い付き合いだからな」
「……藤田、斎藤」
 苛立つような二人の言葉に、しかし梢は安心感を抱いていた。
 二人はまだ梢のことを友人として見てくれている。
 だからこそ、今こうして苛立ちをぶつけてきたのだろう。
 梢が彼らに対して不安を抱くのは、その間にある友情への裏切り行為とも言える。
 二人はそれに怒っているのだ。
「悪い」
 梢は二人に頭を下げた。
 そんな梢の肩を――夢の中の吉崎と同じように――二人が叩いた。
「俺らには戦う力はねぇかもしれないけどよ。泣き言くらいならいつでも聞いてやるぜ」
「お前は放っておくと一人で無茶するタイプだからな。僕らがお前の後ろにいること、忘れるなよ」
 二人は何年もの付き合いになる友人だった。
 それでも、異法人であることを隠し続けていたせいか、梢はどこか彼らとの間に距離を感じていた。
 しかし、今は違う。
 これまでの関係を否定するわけではないが――梢は今、藤田や斎藤と本当の友人になれたような気がした。

「……さて、これからどうするかだけど」
 三人が落ち着くのを待ってから、幸町が視線を霧島に投げかける。
 それに応えるように、霧島が頷いた。
「カンパニーの赤根からさっき報告があった。明後日に、フリークとザッハーク、そして契約者とやらが集まるらしい」
「兄貴、場所は?」
「おそらくカンパニー内だろう。赤根はフリークが携帯で話してるのを盗み聞きしただけらしいから、詳しいことは分からないそうだ」
「そうか……でも、その日に何かが行われるってことだよな」
「ああ。そいつは間違いないだろう」
 今回の事件の黒幕が表舞台に姿を現すのだ。それも実行犯であるザッハークと同盟者と言ってもいいフリークも一緒である。何も起きないと考える方が無理だろう。
「刃からも興味深い報告が届いてる」
「刃は、研究機関を洗ってるんだったよな」
「ああ。ここ数日で三件ほど見つけたらしいが、どこの施設にも職員の姿はなかったそうだ」
 ただ、どの施設にも共通して、かなり血の臭いが濃かったらしい。
 何者かの襲撃を受けた後のようで、ところどころ人体の破片が散らばっていたそうである。
「そんなことするのは、ザッハークか契約者って奴ぐらいだろう。複数の施設の場所を把握してるのはこの二人だけだし、赤根の報告によると、連中は機関をこの地に誘き寄せて、用済みになったら皆殺しにするつもりだったらしいからな」
「何のためにそんなことを……?」
「分からん。契約者の目的もまだ不明のままだしな」
 霧島が溜息をついた。
 同時に、それまで黙っていた涼子が立ち上がった。
「霧島さん」
「なんだ、嬢ちゃん」
 涼子の様子にただならぬものを感じたのか、霧島は表情を強張らせた。
「私、その契約者について……」
 そのときだった。
 突然霧島の携帯が鳴り出したのである。
 涼子の話を聞くか携帯に出るか。
 霧島は一瞬悩んだが、電話をかけてきた相手を見て即座に通話ボタンを押した。
「藤村だ」
 藤村亮介。
 彼は今、フリークによって撃退された柿澤源次郎と共に行方不明になっていた。
 その彼から連絡があったのだ。放っておくことは出来ない。
「藤村か、今どこだ?」
 霧島は電話に出るなり、二、三の質問を浴びせかけた。
 だが間もなく、浮かない顔で涼子の方を見る。
「嬢ちゃん、代わってくれだってよ」
「私に……」
 涼子にとっては意外なことではなかった。
 藤村は柿澤と共に行方不明になったという。
 もし彼が全てを承知しているなら、遅かれ早かれ接触を試みてくると思っていた。
 さすがに対応が早すぎる気もするのだが。
「もしもし、代わりました」
『冬塚さんですか。ご無事なようでなによりです』
「……」
 その言葉がどれだけ本心から来ているものなのか。
 涼子には今ひとつ推し量りかねた。
『冬塚さん、単刀直入に用件をお話します』
「……何?」
『隊長が是非とも御会いしたいとのことです』
 来た。
 半ば予測していた言葉だったが、さすがに緊張した。
「それで、どうするの?」
『それは俺には分かりません。ただ、貴方には危害を加えないと仰っています』
「その言葉を信用する根拠がないわ」
 涼子の声は硬い。
 電話の向こうから、重い溜息が聞こえてきた。
『やはり、全てを思い出したのですね』
「ええ。契約者……私から家族を奪ったのが、柿澤隊長だってことはね」
 涼子の言葉に、室内の人々の視線が集中してくる。
 梢と霧島は特に、何か問い質したそうな顔を浮かべていた。
 涼子は視線で「後で話す」と返す。
『信用出来ないという冬塚さんの言葉はもっともです』
 藤村は落ち着いていた。
 涼子としては、先ほどの言葉で少し動揺しないかと期待していたのだが。
 ……この人は、全てを知ってあの人に従ってるのね。
 藤村の事情は、涼子には知りようがない。
 七年前、彼はどこにもいなかったから。
『冬塚さん。それでも隊長は御会いしたいと仰っているのです。真実を話すために』
「……真実を?」
『はい。冬塚さん御一人でなくても結構です。というより……霧島は是非とも連れてきて欲しいそうで』
「……他に誰を連れて行ってもいいの?」
『たった一人を除けば、何人でお越しになられても構いません』
「その一人っていうのは」
『冬塚さんなら既にお分かりだと思いますが』
 藤村からの提案に、涼子は言葉を止めた。
 部屋の中にいる人々を見渡す。
 藤田、斎藤は友人を殺され、傷つけられた。
 美緒は密かに想っていた相手を殺され、兄を傷つけられた。
 霧島は、本当に多くのものを失った。
 梢は守るべき相手を奪われ、自身の腕を失った。
 ここにいる誰もが、今回の事件の真実を求めている。
 ならば、折角相手が全てを話そうというこの提案、蹴れるはずがない。
「……分かったわ。場所はどこ?」
『七年前と同じ場所に明日の午後八時頃、だそうです。……よろしくお願い致します』
 そうして、電話は切れた。
 涼子は携帯を霧島に返すと、取り戻したばかりの自分の記憶について、静かに話し始めた。