異法人の夜-Foreigners night-

-Border Breaks-
断章「奇妙な問いかけ」
「榊原さん。……一つ、聞いてもいいですか?」
 ある晩のこと。
 遥がおずおずとした声を上げた。
 居間にいるのは遥と榊原だけ。
 梢は風呂に入っており、美緒は既に就寝していた。
「……なんだ?」
 夕刊を読んでいた榊原は、遥の声に若干の緊張が交じっていることに気づく。
 新聞を脇に置いて、真っ直ぐに遥を見据えた。
「ん……と。あんまり聞くべきことじゃないのかもしれないんですけど」
「いいから言ってみろ。俺は些細なことは気にせん」
「えっと、それじゃ……」
 遥は周囲に誰もいないことを改めて確認しながら、小声で尋ねた。
「……倉凪君の胸の傷って、いつ出来たものか分かりますか?」
 意外な問いかけだった。
 確かに梢の上半身――――取り分け胸と背中の傷は目立つ。
 遥は既にその傷を目にしたという。
 だから気にしているのかもしれない。
 しかし。
 ……何故、傷が出来た時期を聞く?
 何気ない会話の中で尋ねられたなら、まださほど違和感を抱かなかっただろう。
 だが遥は、梢や美緒がいないタイミングを見計らって尋ねてきた。
 傷のことは本人に直接聞かない方がいい、という気遣いなのかもしれない。
 あの傷はほとんどが虐待によってつけられたものなのだから。
 だが、胸の傷は違う。
 あれは、虐待によってつけられた傷ではない。
「何か、気になる点でもあるのか?」
「あ、いえ……」
 遥は恐縮した様子で俯いてしまう。
 よく分からない。
 が、あまり深く追求するのは止めておいた方がよさそうだった。
「……あれは、七年ぐらい前だったか。あいつの帰りがやけに遅い日があってな。心配して、俺たち全員で捜しに出たんだ。そこで、胸を何かに貫かれたあいつを見つけたんだよ」
「それは、どの辺りですか?」
「見つけたのは別の奴だから、そいつに聞かないとなんとも言えん。それにそいつ、もう何年も音沙汰がない」
「……倉凪君は何か言ってませんでしたか?」
「守れなかった、と何度も呟いていた。それ以外のことは、何も口にしなかったが」
「そうですか」
 遥は複雑そうな表情を浮かべていた。
 もしかしたら、彼女はその力で何かを見たのかもしれない。
 触れた対象の内面を読み取る力。それが、遥の力だ。
 梢の傷に触れたとき、そこから何か気になるものでも見たのだろう。
「まあ、ともかく。あの傷のことは、梢の前ではタブーだ。触れて欲しくないことみたいだからな」
「分かりました。ありがとうございます」
 遥はぺこりと頭を下げて部屋に戻っていった。
 それと入れ替わるように、居間に梢がやって来る。
「師匠、遥どうかしたのか? 何か考え込んでるようだったけど」
「さあな。気になるんだったらお前が話を聞いてやれ。同年代ならいろいろと話もしやすいだろう」
「ん……そうだな」
 榊原は再び夕刊に目を向ける。
 梢はそれを見て、自室へと戻っていった。