異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
秋空を見上げながら――2
 昼食の時間になって、ようやく遥は質問攻めから解放されたようだった。
「お昼食べに行こっ」
 実に元気がいい。
 まるで遠足前夜の子供みたいだった。
「そうだな。そこでじっくりと話を伺おうじゃないの」
 梢がじろっと睨むと、遥は露骨に目を逸らして「あはは」と笑った。
「よっしゃ、それじゃ行こうぜ遥ちゃん。食堂で食事をするには秘訣がある。これからそれを俺が教えてあげよう」
「楽しみだなぁ、梢君はいつも『あれは戦場だ』ってばっかりで、本当のこと教えてくれなかったし」
 と言うよりも口で説明したところで分からないだろうと判断しただけなのだが。

 食堂には既に先客が出揃っていた。
 久坂零次、矢崎亨。
「あれ、美緒と冬塚は?」
「倉凪なら冬塚さんを迎えに行きましたよ。もう少ししたら来るんじゃないですか?」
 既に亨はパンを口に放り込んでいる。
 駅前で新発売されたキムチパンというものらしい。
 見た目はロールパンのようだが、中身がそのまんまキムチというものだ。
「うまいか、それ?」
「ちょっと微妙です。中に入れるより塗って食べた方がいいと思いますよ」
「む、何を言うのだ亨。これは実に美味いではないか」
 そんなことをのたまう零次を、梢と亨は胡散臭いもののように見た。
 零次は長年マズイ飯ばかりを食わされてきた。
 そのせいで味覚が少々人とは違うのだろう。
 ちなみに、梢に言わせれば亨の味覚も十分おかしい。
 キムチとパンの組み合わせなど、絶対に認められるものではない。
「ちなみにどんな感じだ?」
「うむ、実に爽やかだ。青空を連想させられる味だな」
 その一言で梢はキムチパンを心の中から永久追放した。
 自分が食べたら、連想するだけでなく、実際に青空に到達するだろう。別の意味で。

 とりあえず立ち話をする意味もないので、遥や藤田たちとともに席につく。
 遥は既に食堂の喧騒にやられて、目をグルグルと回していた。
「大丈夫かよ、おい」
「う、うーん。こんなに人がいるところなんてはじめて見た……」
 その言葉に零次や藤田が頷く。
「最初はそうなんだよな。ここって中高共用だし」
「ああ、俺も最初に体験したときは心底まいった」
 ちなみに零次の食堂初体験はついこの間である。
 しかもそのときはルールをよく理解しておらず、立ち並ぶ人々を無視しておばちゃんに食券を叩きつけたという前科持ちだった。
 遥が頼んだのは簡素なおにぎりセット。
 昆布、鮭、梅干という割合オーソドックスな組み合わせのものだ。
 量が少ない分値段も安い、ということで学生からの人気は微妙なところである。
 金に困っている者や小食家、あるいは時間がなくてすぐに作って欲しいという人には好評。
 贅沢なご飯を食べたいという人にはかなり不評。
「最初のがそんなんでいいのか?」
「うん、私おにぎり好きだから」
「俺も好きだよ~」
「とか言いつつ自分は豪華チャーシューメンセット(650円)大盛(+100円)餃子つき(1個50円、2個入り)、合計850円分を食っている藤田であった」
 斎藤の冷ややかなツッコミに藤田は鼻を鳴らした。
「夏休みの間はバイトしてたからなっ、少し金たまったんだよ」
「そうか、それなら奢ってくれるんだな」
 斎藤の追撃。
「え、藤田先輩奢ってくれるんですか?」
 亨も加わる。
「む? 奢っていただけるならありがたいのだが」
 さらに零次も加わった!
「……遥ちゃん、助けて」
 救いの女神に手を差し伸べようとする藤田。
 だがそこに遥の姿はなかった。
「あれ?」
「遥嬢なら倉凪に案内されてジュースを買いに行ったが」
「え、マジ?」
「ああ。というわけで奢ってもらおう」
「すみませんねー、先輩」
「いつか借りは返そう」
「ちょっと待て、なにが“というわけ”なんだっ!?」
 藤田の絶叫は、食堂の活気の中で掻き消された。
 結局、この日彼の財布はちょっとだけ軽くなった。

 一方自販機の前で、遥はどの飲み物を買うか一生懸命考えていた。
 なにしろ彼女にとってははじめて見るようなものが多かったのである。
「ねぇねぇ、コーヒーがいっぱいあるけど、どれが美味しい?」
「どれも大差ないと思うぞ。というか俺は」
 ポチッと手馴れた様子でポカリを買う。
「ここだとこれしか買ったことないからなぁ、他はよく知らん」
「あ、ドクターペッ○ーだって。美味しいかな?」
「それはやめとけ」
 苦い思い出があるのか、梢は眉をひそめて制止した。
 以前斎藤が冗談半分で買ってきたのを飲んだことがある。
 結果、今朝の藤田のような有様になった。
 ヒットする人にはヒットするらしく、斎藤などは「素晴らしい」と評していたのだが。
「ほれ、決まらないならコーヒー牛乳でいいだろ」
「うん、別にそれでもいいけど。なんで?」
「なんとなく似合いそうだからな、お前とコーヒー牛乳の組み合わせ」
「梢君の感性がよく分からないよ……」
「俺もよく分かってない。だから安心しない方がいいかもしれないぞ」
「相変わらず仲いいですねー」
 と。
 そこで会話に割り込む声。
「あ、涼子ちゃんだ。久しぶり~」
 そう、声をかけてきたのはここ朝月学園高等部生徒会長、冬塚涼子だった。
 久坂零次の幼馴染であり、遥とは血の繋がった姉妹らしい。
 前回の事件の後に本人や零次などの証言から明らかになったことだ。
 一応病院でも検査をしてもらったが、二人はほぼ間違いなく実の姉妹であるとのこと。
「うん、入学&退院おめでとっ!」
 ひしっと抱き合う二人。
 何人かの学生がちらちらと見ていたが、二人は気にしない。
「クラスには馴染めそう?」
「うん、みんないい人だったよ」
「まぁ3-Aはうちの学校でもとりわけアットホームな雰囲気のクラスだからね」
 下級生でも平気で入ってくるし、教師たちも仲のいい生徒たちと教室で食事を取ったりする。
 独特な雰囲気のクラスと言える。
「うちのクラスは学校内でも有名人が多いからな。追々紹介していくさ」
「先輩はそんなクラスの中心人物ですからねぇ」
「俺は別にそんなつもりはないんだけどな……ところで美緒は?」
「ほほはほー」
 背後から能天気そうな声が聞こえてきた。
 振り向くと、サンドイッチを口に入れながら立つ美緒の姿があった。
 梢の妹でありながら、あまり似ていない。
 それは外見だけでなく、性格もそうだった。
「立ちながらサンドイッチ食うな」
「えー、いいじゃんそれぐらい」
「……はぁ」
 まるで娘の反抗期に出くわしたときの父親のような溜息をつく。
 それを見て遥・涼子姉妹は揃って笑った。
「先輩はマナーにうるさいのに、美緒ちゃんは正反対ですからねー」
「家ではもっとすごいんだよ」
「ああ。風呂上りのときなんか……」
「お兄ちゃん」
 美緒がギロリと梢を睨みつける。
 梢は肩を竦めて、
「――亨が2回ほど鼻血を出したとだけ言っておく。2回目は鼻をへし折られた結果だ」
「結構過激なんだね」
 涼子は友人である少女の所業に苦笑いするしかなかった。

 全員揃ったところで食事を取る。
 普通は好き勝手に喋るのだが、今回は明らかな目的があった。
「で、なんでいきなり遥は学校に来たんだ?」
 代表して、梢が問いかける。
「うーんとね、発案はお義父さん」
 遥にとって“お義父さん”とは、榊原幻のことを指す。
 かつて梢や美緒を引き取り、今は遥を引き取った上に零次や亨の世話までしている。
 梢にとっては武術の師匠でもある人だった。
「1週間くらい前かな。まだ私が入院してたときに急にやって来てね」
 ――――学校へ行きたいか。
「で、行きたいって言ったら『なら任せておけ』って」
「常々思うんだがあの人は何者なんだろう……」
 万能にもほどがある。
 魔術関係にも明るく、その手の知り合いもいるらしい。
 かつての地元の有力者の血筋の者というだけでは収まらない謎がある。
「で、テスト受けて合格したら入っていいよって学校の人に言われて」
「お前勉強できたのか?」
「理数系ならね。国語と社会はちょっとまずかったけど、数学と科学関係は満点だったよ」
 えっへんと嬉しそうに胸を張る。
 この学校は全国的に見るならば上の下くらいのレベルである。
 そこで満点を取れるのであれば、頭はいい方だろう。
「意外だ……」
 にじり出る汗を吹き払いながら梢は言った。
「ねぇ、なんだかすごく失礼じゃない? 私のこと馬鹿だと思ってた?」
 口を尖らせて遥が詰め寄ってくる。
 梢は口をきつく結んで、眉をひそめながら目を閉じる。
「いや。その、なんだ。……すまん」
「ひどいよ、もうっ」
 頬を膨らませて怒る。
 もっともそれは小さい子供が拗ねているようにも見え、あまり怖くはない。
「まぁなにはともあれ、お前は自分の希望でここにきたんだな?」
「うん……学校ってどんなところか、知らなかったから。梢君たちの話聞いてるとすごく楽しそうだったし」
「なるほど。まあ、それは良いことだ。今日まで秘密にしてたことがちと引っかかるけど、お前の入学は心から歓迎する」
「私も」
「俺もだ」
「俺も俺も!」
「僕も当然歓迎しますよ!」
 皆から歓迎の言葉をもらって、遥は照れ臭そうに俯いた。
「んじゃ、冬塚。生徒会長として音頭取れ」
「はいはーい。では、榊原遥さんの朝月学園入学に……」
 かんぱーい、と皆がコップを打ち鳴らす。
 自然、昼食の席が歓迎パーティに早変わりする。
 特に事情を詳しく知らない藤田と斎藤が、遥や零次といった新顔の面々に質問を浴びせている。
 遥たちは戸惑いを見せながらも、藤田たちの質問に少しずつ、丁寧に答えていった。
「ふふふ、先輩、ちょっとだけ嫉妬してませんか?」
「あー?」
「姉さんを藤田さんたちに取られちまうー、とか」
「馬鹿言え、なんで俺がそんな心配すんだよ。むしろ、あいつの交流範囲が広がるのは喜ばしいぜ」
 悪い虫さえつかなきゃな、と付け加える。
 それを聞いて、涼子と美緒はおかしそうに笑い声をあげた。
 梢はぶすっとした面持ちで鼻を鳴らし、遥の方を見た。
 教室のときもそうだったが、戸惑いの中にも嬉しさが見え隠れしている。
 実に人間らしい反応だった。
 彼女の境遇を考えると、それだけのことも奇跡のように思える。
「ま、半年か。なるべく良い思い出、作ってやりてえな」
 そう言って、梢はかすかに笑みを浮かべるのだった。