異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
3-Aカラオケ大会――1
「そうだ、カラオケに行こう」
 倉凪梢という男の行動は、いつも唐突である。
 遥や藤田、斎藤と昼食を取っているときに、いきなりこの台詞が飛び出した。
 ちなみに今日は彼らにしては珍しく、教室で食事をしていた。
 箸でご飯を口に運んだ後しばし硬直し、いきなり立ち上がって梢は大声で言った。
 当然クラスメートたちの視線が梢に向けられる。
 ただしそれは好奇の視線ではなく、期待の視線であった。
「おぉぉ、久々に行くか!?」
「そういや最近クラスでどっかに行ってないよな」
 などと、梢の一言で異様にクラスが盛り上がっていく。
 その光景を見ていた遥は冷や汗を垂れ流していた。
「す、すごいクラスだね」
「お祭り大好き連中が揃い踏みだからな」
 クイッと眼鏡を押し上げながら斎藤が笑う。
 彼もまたそのお祭り好きの一人なのだろう。
 藤田はと言うと……早食いに失敗して、ちょっと苦しそうだった。
 遥は慌てて藤田に水をやると、未だに立ちっぱなしの梢を見る。
「で、梢君。“からおけ”ってなに?」
「――」
 予想外の言葉に、梢は首を捻る。
「遥。もしかしてカラオケ知らないのか?」
「え、うん」
 そう言って遥は考え込んだ。
 カラオケ。
 クラスメートの反応から察するに賑やかなことをするところなのだろうか。
 少なくとも皆楽しそうではある。
「ちなみに空の桶なんて古典的なことは言わないように」
「おけ?」
「そうか、そっちも知らんのか……」
 はぁ、と溜息をついて梢は席に着く。
「カラオケってのは皆で歌を歌うところだ」
「歌?」
「そうだ。歌は知ってるか?」
「うーん、実は歌もほとんど。榊原さんの家に来てから聞いた歌ならあるけど」
「ほう、なんだ」
「題名はよく分からないんだけどね。えーと、確か……愛と、勇気だけがっ――――」
「あー、それか」
 遥の口に手を当てて無理矢理歌を止める。
 なんとなくこの歌をこの場で歌わせるのは好ましくないように思えたからだ。
 しかも一番微妙な部分。
 と、クラスメートの代表としてか、一人の女生徒が梢たちのところへやって来た。
「で倉凪。今回はいつやるんだい? 場所はいつものとこだろうけど」
「ああ。また白木のおっさんに頼むとして。日時は――次の土日。徹カラでどうよ」
「望むところだね、今度こそあんたをぎゃふんと言わせてやろうじゃないか」
 そう言って女生徒は挑発的に笑う。
 梢の方も不適な笑みでその女生徒と向き合っていた。
 と、女生徒は不意に笑みを穏やかなものにしながら、遥の方を見た。
「榊原。あんたも今回は楽しみなよ? 親睦会みたいなもんだと思ってさ」
「あ、うん。ありがとう、高坂さん」
「おや、あたしの名前を覚えててくれたか。偉いぞー」
 高坂は嬉しそうに遥の頭を軽く撫でる。
 遥の方は少し気恥ずかしかったが、なんとなく心地よかったのでそのままでいた。
「それじゃ、当日はいつものとこに集合だね。今回こそは100点叩き出してみせるよ」
「ふん、伝説の100点に到達するのは俺が先だ」
 笑みを交えながら、二人はカラカラと笑った。
 高坂はそのまま踵を返し、一緒に昼食を取っていた女子たちの元へ。
 彼女が去った後、遥はまだ少し嬉しそうだった。
「高坂雅。3-Aでは倉凪と並んで面倒見のいい女傑だ」
 斎藤はマイペースにサンドイッチを頬張りながら解説する。
「あいつとならすぐ仲良くなれるだろ。それにはカラオケってのはいいキッカケになるかもな」
 梢はポン、と遥の頭に手を置く。
 なんとなくだが、雅と梢は似ている。
 遥は口には出さず、顔を綻ばせながらそう思っていた。

 土曜の朝。
 梢と遥は秋風市内最寄の駅前までやって来ていた。
 それほど大きい駅ではなく、ホームは2つ。
 売店は1つといった具合である。
 駅前の広場はそれでも賑わっていた。
 市内の若者が待ち合わせ場所によく使うからである。
「電車に乗って行くの?」
「いや。ここから歩いてすぐのとこだな」
 ちなみに二人とも私服である。
 梢は深緑を中心とした、どちらかと言えば地味な服装。
 対する遥は白を基準とした爽やかな服装である。
 先ほどから周囲の視線が遥に向けられることが多い。
 その都度梢は相手を威嚇して追い払っていた。
「おやおや、なんか警戒心丸出しだね」
 そこに、二人の友人とともに雅がやって来た。
「おう、早いな」
「おはよう、高坂さん、水島さん、綾瀬さん」
 三人の名前を順に挙げて挨拶をする遥。
 これには梢も驚いた。
 遥が学校にやって来てまだ一週間も経っていない。
 だというのに、遥はすんなりとクラスメートの名前を言い当てた。
 水島沙耶、綾瀬由梨。
 高坂雅とは中学時代からの友人である。
 雅を梢とするならば、沙耶は藤田、由梨は斎藤といえる。
「しっかしお前……まさかクラスメートの名前全部覚えた?」
 梢の問いに遥はうん、と答えた。
 驚異的な記憶力なのか、それとも一生懸命覚えたのか。
 どちらにしろ凄いことだな、と感心する。
「他のメンバーはまだ到着してないようだな」
 社長秘書といった風貌の由梨が周囲を見渡して確認。
 学年トップの座を斎藤他数名と競い合う秀才は時計を見る。
「だから私は早いと言ったのだ、雅」
「あっはっは、遅れるよりはいいだろ? それにいろいろと榊原に聞いてみたいこともあったしな」
「やはりそれが本音か……」
 ふぅ、と溜息をつく由梨。
 この三人組の中では一番苦労していそうだった。
「聞きたいこと?」
 遥は遥で首をかしげている。
 雅は爽やか過ぎる笑みを浮かべて遥の耳元に口を近づけた。
 そのまま梢には聞こえないように、ごにょごにょとなにかを言う。
 途端、遥の顔がボン、と真っ赤になった。
「ちち、違うよ私はそんな別に……!」
「あれ、そうなのか? そんな恥ずかしがることじゃないんだから隠す必要ないんだぞぉ」
「え、あぅ、そ、そういうのじゃないよ!?」
「なんで俺を見て冷や汗かいてんだよ」
 梢は二人を怪訝そうに見る。
 いったいどんな内容なのか。
 雅のことだからろくな内容ではあるまい――梢はそう判断して。
「まぁ楽しくやってな。俺は他の連中いないかどうか探してくるから」
「ちょ、梢君ちょっと待ってー!」
「ははは、俺がいると話しにくいこともあるだろ。だから俺は退散するぜっ」
「さすが倉凪、話が分かるね」
 梢と雅はお互いグッと親指を上げる。
 少々古臭い気もしたが、それが不思議と似合う。
「では遥。達者でやるのぢゃぞ」
「なんでエセ仙人風口調ーー!?」
 背後から聞こえる遥の悲鳴をかろやかに流しながら、梢はその場を離れた。

「じゃ、改めて自己紹介といこうか。あたしは高坂雅。雅でいいよ」
「雅ちゃんだね、よろしくっ」
「……いや、ちゃんづけされてもな」
 首を傾げる遥。
 雅は困ったように頭を掻いた。
「嫌かな?」
「別に嫌って訳じゃないけどね。なんかあたしのキャラじゃないっつーか」
 雅は男女問わず、姐御と呼び慕われている。
 そんな自分がちゃんづけとは、ちょっとおかしいような気がした。
 だがなぜか遥が言うとさほど不自然に感じない。
「あんたってもしかすると大物になるかもねー」
「え?」
「いや、別にちゃんづけでもいいよってことさね」
 苦笑して頬を掻く。
 照れ臭くはあるが、既に自分のことをそう呼ぶ友人もいるのだ。
 別に初めてのことではないし、嫌なわけでもない。
「あ、それじゃ沙耶と同じだねっ、雅ちゃん?」
 そう。
 雅のことをちゃんづけする友人――水島沙耶。
 運動神経は下の上。
 勉強は中の下と、どちらもあまりよろしくない。
 唯一場を盛り上げる力というか、その元気さが取り得だった。
「よろしくね遥ちゃん。あ、遥ちゃんでいいよね? 私この呼び方がスタンダードなんだよ~」
「え、あ、うん。よろしくね」
 沙耶の早口に戸惑いながらも笑顔で答える遥。
「こらこら沙耶。あちらも困っているではないか。人類は君のように素早く生きてはいないのだよ」
 変なたしなめ方をするのは綾瀬由梨。
 どことなく話し方が古めかしい感じがする。
 彼女のことは遥も斎藤から聞かされて知っていた。
 学園内でも五指に入るほどの成績の持ち主で、自分の数少ないライバルである――と評していた。
 実際に対面してみてなんとなくだが分かった。
 確かに由梨と斎藤が鉢合わせをすれば、謎の戦いが始まりそうな気がする。
 というか、もうすぐ鉢合わせするのだろうが。
「私は綾瀬由梨だ、よろしく。呼び方は?」
「あ、遥でいいよ」
「ありがとう。私の方も由梨で構わない。友人たちは皆そう呼ぶ」
 由梨は、遥が思っていたよりも柔らかい笑みを浮かべた。
 先ほどまでは静かな水の如き佇まいだったため、あまり笑った顔というものが想像できなかったのだ。
 だが笑ってみせれば存外優しそうである。
「友人には情け容赦しない私だが、よろしく頼む」
 少しだけ前言撤回したくなった。
「おいおい脅すなよ。遥が怯えてるだろ」
「いや、正直な方がいいだろう?」
 ある意味正直すぎるのも罪だなぁ、と遥は思った。
 そんな遥に、背後から沙耶が抱きつく。
「遥ちゃんってスタイル結構いいねぇ~」
「え、ちょっ、きゃっ!?」
 わきわきと手を動かしながら遥に覆いかぶさる。
 が、すぐにその動きは止まった。
「くおら、公衆の面前でなにをしようとしとるんじゃい!」
 見ると、沙耶の頭からシュゥ~と煙が。
 どうやら暴走し始めた沙耶に雅が拳骨をくらわせたらしい。
「いったいなぁ雅ちゃん。ほんの軽い冗談でしょ~」
「時と場所と相手のことを考えんかい!」
「うぅ、最近ツッコミが激しいなぁ」
 二人のノリに取り残された遥の肩をポンと叩く由梨。
「水島沙耶、別名親父女子高生。結構エロスなので気をつけた方がよいぞ」
「……そ、そうなんだ」
「まぁ雅が入ればすぐ止まるから問題ない」
 いなかったらどうなるんだろうとは怖くて聞けない。
 とりあえず単独で沙耶と接触するのは危険と判断。
「だいたい倉凪の彼女に手を出してみろ、お前大変なことになるぞ?」
「おぉ、そうだった! 倉リンを敵に回したらお弁当恵んでもらえなくなるぅ!?」
 どこからツッコミを入れるべきか遥は迷ったが、とりあえず遥はこれだけは言っておかねばなるまいと――   力の限り叫んだ。
「だから、そんなんじゃないんだってばぁぁぁ!」

 梢が十人ほどのクラスメートを連れて戻ってきたとき。
 なぜか遥はとても疲れているようだった。