異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
3-Aカラオケ大会――2
 駅前広場から歩いて数分。
 駅の裏側にある、少々穴場チックな場所にそれはあった。
 看板にはでかでかと『白木の湯』と書かれている。
「……え?」
 看板を見て遥は首を傾げる。
 目を擦ってもう一度見上げるが、看板に書かれていることは同じだった。
「ここなの?」
「ああ、白木のおじさんが経営してる銭湯だよ。でもカラオケも置いてあるのさ」
 遥の疑問に雅が答える。
 考えてみれば別段不思議なことではないのだが、遥はいまいち分からなかった。
 だが一つ納得したことがある。
「そっか、お風呂セット持ってきておけって言われたのはそういうことだったんだ」
 出かける前、梢に言われたのである。
 そのときはなにがなんだか分からなかったが、ようやく納得できた。
「今日は徹夜で歌うからね。途中で息抜きに湯につかることもできるってことなんだよ」
「そっか……なんだか楽しみだなぁ」
「でも気をつけときなよ。男連中、隙さえあれば覗こうとしてくるからね」
 言いながら雅は男子の方を見渡した。
 何人かの男子が、雅の視線の意味に気づいて顔を逸らす。
「ったく、万年発情期な連中はこれだから」
「雅、親父臭いぞ」
 由梨のツッコミに雅は顔をしかめる。
 どうやら自覚はあるようだったが、あまり認めたくないらしい。
「他にも卓球やらゲーセンやらがあるから、カラオケに飽きたらそっちに行ってもいいんだよ~」
 上機嫌な様子で言うのは沙耶だった。
 先ほどから鼻歌を口ずさんでいる。
 この三人組の中では彼女が一番楽しそうだった。
「だから皆すごく楽しそうだったんだ。でもこんなに押しかけてお店の方は迷惑じゃないかな」
「とんでもないっ!」
「きゃっ!?」
 いきなり背後から聞こえてきた大声に、遥は飛び上がってしまった。
 雅の後ろに隠れながら、声の発生源を見る。
 いい感じに禿げ上がった頭を光らせた、六十代半ばの老人がいた。
「こいつらはいい感じに遊んでってくれるから、こっちとしてはむしろ助かっとる。それに今から明日の昼頃までは貸切だから他の客にも迷惑なんぞかけんしな」
「あ、あの失礼ですがどちら様でしょうか……?」
「ん、お嬢ちゃんは初めてかの。わしはここの経営者、白木徹郎じゃ」
「ど、どうも……榊原遥です」
 おずおずと頭を下げながら自己紹介をする。
 すると、徹郎老人は目をカッと見開いてカカ、と笑い出した。
「なんじゃ、榊原の小僧んとこの養女さんかい」
「え、お義父さんを知ってるんですか?」
「まーな。わしとあいつの親父が酒飲み仲間でな。あいつが寝小便垂れてた頃から知っとるぞ」
 随分と遠慮のない物言いである。
 が、それは逆に二人の関係を思わせるものでもあった。
 榊原を小僧呼ばわりできるあたり、本当に小さい頃から知っていたのだろう。
「ま、ここで立ち話もなんだからそろそろ入んなさい。倉凪の小僧っ子も既に入っておる」
「はい、それじゃ失礼します」
 当初徹郎老人に向けていた警戒心を解いて、遥は建物の中へと入っていった。
 そこはまるで小さな旅館である。
 泊まる部屋こそないが、旅館の一階あたりにありそうなものがずらずらと並んでいた。
「わー」
「色々あるだろ? あの爺さん道楽でいろんな要素を店につぎ込んでるからね」
「うん、すごいね」
 目を輝かせながらあちこちを見る。
 その間に、どこからともなく梢が現れた。
「よう、待たせたな。部屋割りは完了済み、まぁ移動は自由だから暫定的なもんだけどな」
「あたしらはいつもと同じ面子だね?」
「ああ、俺に藤田、斎藤にお前。水島に綾瀬……そんで、遥な」
「オッケオッケ、それじゃ行こうか」
 慣れたやり取りをする二人の傍らで。
 遥は期待半分不安半分で、胸の高鳴りを抑えていた。

 既に部屋の中では藤田と斎藤が準備をしていた。
 七つ置かれたコップに、マイクが二つ、リモコン一つ。
 藤田がマイクテストをし、それに合わせて斎藤がボリュームをいじっていた。
 遥たちが部屋に入った瞬間、斎藤と由梨の視線がぶつかりあう。
(そう言えば二人はライバルだったんだっけ)
 まるで両者の間に火花が飛び散っているようだった。
 そしてどちらともなく視線を逸らす。
 当たり前のように不適な笑みを浮かべながら。
「斎藤恭一、今日こそお前を引きずりおろしてくれよう」
「フッ、笑止。格の違いというものを教えて差し上げよう」
「……」
「……」
 再度ぶつかり合う視線。
 その間に割って入ったのは、水島沙耶だった。
「もー、お二人さんてば。そんなとこでラブってないで、早く席につこうよ」
「沙耶。誰がこの陰湿眼鏡と恋を語り合っていたというのだ」
「そうだな、それに僕は既に彼女持ちだ。綾瀬女史などに気をとられるほど愚かではない」
 ふん、と鼻を鳴らしてお互い距離をとる。
 その光景を冷や汗混じりに眺めていたのは遥だけだった。
 どうやら他の面子はこの光景を見慣れているようだった。
 仲裁係は大概沙耶なのだろう。
「はいはーい、初っ端からアホなことしてんじゃねぇぞー、遥ちゃんがちょっと引いてるじゃねーかっ!」
 椅子の上に片足を乗せ、マイクで叫ぶのは藤田。
 相変わらず、というかマイク分プラスされていていつもよりうるさかった。
「はいはい、とりあえず皆座るぞー」
 パンパンと手を叩いて指示をする梢。
 言いながらも藤田を引きずりおろし、軽くチョップをお見舞いしていた。
「あっ」
 皆が流れに乗って席につく。
 その中で遥は梢の隣に移動しようとした。
 が、彼の両脇は藤田と雅によって固められてしまった。
 遥は雅と沙耶に挟まれる形になる。
 少しがっかりしながらも、彼女は気を取り直して周囲を見た。
 なにをすればいいのかさっぱり分からないのである。
 そんな遥に気づいたのか、雅が助け舟を出す。
「このリモコンで歌いたい曲を選ぶんだよ。この本で探せるから、載ってある番号を押すんだ」
「あ、うんうん」
「んでほら。この送信ボタンをあっちの機械にこうやって押す、と」
 雅の手が素早くキーを叩き、テレビに彼女が選曲した歌が表示された。
 程なくして、静かな音楽が流れ始める。
「『君のいないholiday』か、出だしにしては大人しめの曲選んだな」
「こんぐらいのが遥も歌いやすいだろ? ってわけでほらっ」
「えっ、う、歌うの?」
「当然!」
 雅と共に立ち、雅に合わせてどうにか歌う。
「~~~」
「~……」
「~~~~~♪」
「~~~~~♪」
 多少ぎこちないところはあったが、遥は意外にも歌が上手かった。
 テレビに表示される歌詞と曲のリズム、そして雅のサポートをうまく活用し歌っている。
 とても初めてとは思えないその歌声に、周囲の誰もが聞き惚れた。
 やがて歌い終えた二人には、大きな拍手が贈られた。
 歌い終えた雅自身も、遥に向けて大きな拍手を贈る。
 全員から拍手を贈られた遥は、ぽけっと立ち尽くしていた。
「え?」
「え、じゃないって!」
 バシンと背中を雅に叩かれ、遥は更に混乱した。
 目が点になっている。
「これで良かったの?」
「そうだね、ちょっとぎこちなかったり緊張してたりってのはあったけど、だいたいはあれで大丈夫! それどころかあんた歌上手いじゃん!」
 はっきりとそう言われて、遥はようやく事態を飲み込んだのだろう。
 顔を真っ赤にしながら頭を振った。
「そ、そんなことないよっ。私初めてだったし、雅ちゃんの足引っ張っちゃったかも……」
「それはないな」
 と、梢がテレビの上にある機械を指差した。
そこには『94点』という点数が映し出されている。
「雅の今までの最高得点ってのが95だからな。少なくともお前が下手だっつーなら雅も下手ってことになるぞ」
「え、あうぅ……雅ちゃんは上手いよ、でも私はまだまだなのっ!」
「つまり次回では更に高得点を狙うんだねっ」
 うぉー、と場を盛り上げるように言う沙耶。
 確かに遥の発言は取りようによってはそういうことになる。
 そのことに気づいた遥はさらにあたふたと弁明しようとしたが、そのときには次の曲が流れ始めていた。
「んじゃ、ここはメジャーな曲でいかせてもらうぜ! 藤田、やるぞ!」
「OK倉凪、俺の歌を聞け~っ!」
 軽快な曲に合わせて立ち上がる梢と藤田。
 既にマイクの準備は万端だった。
「~~~~~♪」
 曲に合わせて観客たちは手を叩く。
 曲名は『天体観測』。
 あまり音楽などを聴いている暇のない梢でも知っているものだった。
 狭い個室の中の空気はますますヒートアップしつつあった。
「~~~~~~~♪ オーイェェ、アァー!」
 最後まで歌い切った二人は、揃って点数を見た。
 映し出される数字は『86点』。
 悔しそうに頭を掻きながらも、場の空気が冷めることはない。
 熱くなる心を止めようともせず、遥は笑顔でいた。