異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
終わり際のチャレンジ
「はぁ……心まで温まるようだわ……」
「みゃー」
「ネコもそう思うよねー?」
「みぃ」
 雪が降る。
 外は白銀に埋め尽くされた世界。
 そことは隔絶された温暖地帯――生徒会室の中で、涼子はぬくぬくとしていた。
 頭の上には以前拾った猫(名前はネコ)が乗っている。
 今、この部屋には涼子しかいない。
 なぜか用意されているこたつやみかん、お茶などは独占状態というわけだった。
「はぁ……家帰らないでここで泊まりたいなぁ」
「何をだらけたこと言ってんだお前は」
 バタン、とドアを開けて入り込んできたのは倉凪梢。
 生徒会副会長という役職を日々こなしてきた男である。
「もうすぐ俺らもお役御免なんだから、それまではしゃきっとしてようぜ」
「大丈夫ですよぉ、私姉さんと違ってしゃきっとするときはしゃきっとしてますからー」
「涼子ちゃんは私のことそう思ってたんだね……」
「うぐっ!?」
 突如梢の背中から姿を見せた姉の姿に、涼子は飲みかけていたお茶を喉に詰まらせた。
「涼子ちゃんまで私をそんな風に見てたなんて……ショックだよ」
「い、いやいや姉さん? 私が言ったのはそういう意味じゃなくてね!?」
「フォロー出来ないだろ、ああもはっきり言ったら……」
 慌てて弁解しようとする涼子の頭を抑えて、梢は遥を軽く叩いた。
「どうせ大して気にしてないんだろ? ほれ嘘泣き止めろって」
「別に泣いてはないけど、気にしてはいるよっ!」
 余計泥沼化した。
 そこへおずおずと、
「あのー……」
 と、なんとも控えめで小さな声が割り込んだ。
「っと、悪い悪い。冬塚、本題だ。遥、帰りに美島屋のチョコクレープ奢ってやるから元気出せ」
「……むぅ。物でつられるほど私の傷は浅くないよっ」
 とは言いつつ機嫌は直ったらしい。
 涼子の方も既に落ち着きを取り戻し、梢や遥の後ろにいる訪問者へと目を向けていた。
「はい、先輩……本題をどうぞ」
 先ほどまでとは打って変わり、生徒会長としての顔になる。
 この辺りが遥とは違うところだろう。
 それはさて置き、後ろにいた女生徒を前に出して、
「こいつが、お願いがあるんだってよ」
 梢によって前に引っ張り出されたのは、小柄でちんまりとした少女だった。
 セミロングの黒髪が波のように動いている。
 その少女に、涼子は見覚えがあった。
「あれ、確か……」
「えと、お久しぶりです、冬塚さんっ」
 少し緊張気味なのか、少女の動きは硬い。
「……笹川志乃さん、だっけ」
「ああ」
 梢は遥や美緒に対してするように、志乃の頭にポンと手を乗せた。
「――――演劇部部長として、頼みがあるそうだ」

 志乃の頼みとは、単純なことだった。
「卒業式の後にやる演劇で、人数が足りなくなってしまったんです」
 だから人数を貸して欲しいという。
 普通生徒会にこういった頼みごとは舞い込んでこない。
 会長である涼子や副会長の梢が面倒見のいい性格であるため、こうした話がやって来るのである。
 ちなみに朝月学園は卒業式の後、二次会的なものとして演劇会を開いている。
 参加は自由なのだが、毎年盛り上がるためほとんどの人は参加していく。
 ところが今年は演劇部の人数が少ないらしい。
 志乃を含めて三人しかいないというのである。
「それは……確かに劇をするには足りなさ過ぎるわね」
 実際にキャストとして出る人数のほか、本番では照明と音響が必要になる。
 大道具、小道具は助っ人を頼めばなんとかなるだろうが、それでも三人では無理があった。
「図々しいお願いだとは思いますが、卒業する皆さんのためにどうしても成功させたいんです」
「うん。気持ちは分かるわ。私としては是非とも協力したいところよ」
 大船に乗ったつもりでいなさい、と涼子は胸を叩いた。
 卒業式の頃には生徒会の任期も終了しているため、涼子は自由の身だ。
 当日は比較的自由に行動できる。
 もっとも、
「練習にはあんまり参加できないから……キャストはちょっと無理があるけどね?」
「いえ、手伝ってもらえるだけで嬉しいです」
 緊張気味に頷きながらも、志乃はホッとしたように胸を撫で下ろした。
「で、他にアテはあるの?」
「今のところはまだなんです」
「俺も手伝おうって言ってるんだけどな」
 梢が苦笑しながら言うと、志乃は頭を振った。
「私は先輩には大変お世話になりました。先輩たちを送る演劇会なのに、先輩に手伝ってもらうことはできませんっ」
「……てなわけでな」
 やれやれ、と梢は肩を竦める。
 涼子は今の志乃の言葉に、正直驚いていた。
 志乃とは生徒会関係で少し面識がある程度だった。
 第一印象は「大人しそうな子だなぁ……」というもので、その評価は今も変わっていない。
 よほどここに来ることにもためらっていたらしく、現に今も少しオドオドしていた。
 だが、そんな彼女が梢に対してこんな意見を言うとは。
(何かあったのかな)
 涼子の中の好奇心が少しだけ疼いた。
 が、とりあえずは話を聞き続ける。
「とりあえず、他のアテだけど……私には二人心当たりがあるわ」
「誰だ?」
「美緒ちゃんと矢崎君。二人とも帰宅部だし、バイトもしてないでしょ?」
「確かに。あの二人なら問題ないな、決定」
「あの、本人がいないのに決めちゃっていいんですか……?」
「いいんだよ、どうせお気楽極楽生活満喫してんだから」
 美緒は家でぐうたら、亨はあちこちに出かけて暇を潰しているのが現状だ。
 時間を有意義に使わせた方が本人たちのためにもなる。

「あとは、そうだなー。久坂はバイトしてるし、そもそも演技とか出来そうにないよな」
「やらせたら酷い結果になりそうですね」
 良くて棒読み連発、最悪の場合観客に被害が出かねない。
「先輩のクラスの人たちはどうですか? 三年ですけど。ほら、高坂先輩とか」
「んー、保留かな。あいつらもあんまし演技とか得意じゃなさそうだし」
「由井子ちゃんは生徒会と部活のかけもちだから演劇部には回せないし……」
「お前顔広いだろ、誰かいないのか、演劇に興味ありそうな奴」
「んー、見込み薄ってとこです」
 かろうじて脈ありと言えそうなのが三人くらいはいるが、正直難しいだろう。
 演劇部に人がいないのは理由があるのだ。
 志乃や今の部員に非はないのだが、演劇部の評判はあまり良くない。
 人を集めるのも、実はかなり難しい状態にあるのである。
「あの、どうかしましたか?」
 と、横から志乃の控えめな声。
 それは涼子や梢に向けられたものではなかった。
「え、あ、うん」
 志乃に声をかけられて、遥はきょろきょろと視線を動かした。
 何かを言いたいが、どう言えばいいのか分からない、といったところだろう。
「姉さん、演劇に興味あるの?」
「うーん、興味と言うか。私、演劇って見たことなくて。どんなものなのかなあ、と」
 その言葉に、今度は志乃がきょとんとした。
 今の御時世、大抵の人間は学校などで一度は演劇に触れるものだからだ。
 遥はそういう普通の環境にいなかったから演劇を見たことがなくて当然なのだが、志乃はそうした事情を知らないのである。
「姉さんはちょっと特別な事情があるの。あんま気にしないであげて」
「あ、はい。分かりました」
 遥がやや特別な境遇にあることは、学校でも噂になっている。
 榊原家に居候していること、苗字は違うのに涼子と姉妹であるらしいこと。
 そうしたところから様々な推測が生まれては消えているのである。
 幸い、遥自身はそのことをあまり気にしていないようだが。
「あの、では実際に見てみますか?」
「え、出来るの?」
 と言ったのは、遥ではなく涼子だった。
「はい。部室に行けば、昔の公演のビデオがありますから」
「んじゃ見せてもらおうぜ。せっかくなんだしよ」
 かくして、一同は演劇部の部室に向かうことになったのであった。

「おう姉ちゃんお帰――――なんだてめえら」
 部室に入った涼子たちを出迎えたのは、一昔前のヤンキーみたいな少年だった。
 梢に匹敵する目つきの悪さと、斜に構えた態度が特徴的。
「あ、弟の五樹です」
「え、マジ?」
 びくびくしている清楚なお嬢様といった志乃と、目の前のヤンキー少年とではあまりに違いすぎる。
 性別が違うから多少似てないのは分かるが、ここまでいくと別人種なのではないだろうか。
 よくよく見ると、どことなく部分的に似ているところはあるのだが。
「んだよ、いきなり失礼な。あんた、誰」
「冬塚涼子。一応生徒会長よ、よろしく」
「げ」
「……げ、って何よ」
 五樹少年も十分失礼だった。
「で、あっちは私の姉さんと先輩」
「はー。しかしなんでまた、生徒会長がこんなとこに」
「それはね――」
 志乃が簡単に説明をする。
「ふーん。変わった姉ちゃんだな。演劇見たことねーのか。ま、いいけど」
「それより五樹、睦美は?」
「あいつならジュース買いに行ったよ。そろそろ戻ってくると思うけど」
 ちょうどそのとき、部室のドアが勢いよく開いた。
 そこから缶ジュースを三つ手にした少女が入ってくる。
「はーい、お待たせ! あ、姉さん帰って来たんだ。そっちはお客さん?」
 元気に挨拶をしてくる少女。
 おそらく彼女が睦美という子なのだろう。
「……って、姉さん?」
「はい。睦美は私の妹です」
「ちなみに、俺とは双子だ」
 五樹が志乃の説明を補足する。
「ってことは、兄弟三人で演劇部やってたってことかー」
 別に文句はないのだが、演劇部の現状というものを改めて思い知らされた気分だった。

 それから志乃が睦美に事情を説明し、早速ビデオを見ることになった。
 映像そのものは大分古いもので、二十年くらい前のものらしい。
 部室の棚からそれを取り、全員で生徒会室まで戻る。
 演劇部の部室には、ビデオデッキが置いてなかったからだ。
「この頃の朝月演劇部は本当に凄かったんですよ」
 志乃は喜々とした様子でビデオをセットする。
 ふと横眼で見ると、五樹と睦美の顔つきが真剣なものになっていた。
 姉に付き合ってここにいるだけ、というわけではないらしい。
 演劇に対しては真面目に取り組んでいるのだろう。
 遥はやや緊張しているようだった。
 何が始まるのか、期待半分不安半分といったところか。
「そういえば、内容はどんなものなの?」
「シェイクスピアの『ヴェニスの商人』です」
「し、しぇいくすぴあか。本格的じゃねえか」
 冷や汗をたらしながら分かった風に頷く梢。
 絶対よく分かってない。
「えーと、喜劇の方だっけ」
「はい。ただ、また別の見方をすることも出来るんですけど……この公演だと、コミカルに描かれてます」
「そのことで賛否両論になったみたいですけどね」
「ま、皆に受けるもんを作るのは難しいってこった」
 志乃の解説に睦美と五樹が相槌を打つ。
 演劇の影響なのか元からそうなのか、息がぴったりだった。
「私はこういう面白いのの方がいいなぁ。楽しいじゃん?」
「これだから単純馬鹿は……。悲劇は悲劇でまた違った味があるんだよ。『オセロ』にケチつけまくるとか、正気じゃねえ」
「う、うっさいなー! いいじゃん人それぞれに趣味嗜好あるんだから! ロミジュリは私も好きだし!」
「二人とも、ビデオが始まるから、シェイクスピア談義は今度。ね?」
 言い合いを始めた弟と妹を必死に宥める志乃。
 息はぴったりでも、仲良し兄弟というわけではないのかもしれない。
 涼子がビデオに目を戻すと、既に物語は始まっていた。
(おお、これは結構格好良いわね)
 役者の顔とかを言っているのではなく、立ち振る舞いのことである。
 身体の動き一つ一つが登場人物の感情を上手く表現している。
 声もよく通るもので、立ち振る舞いと合わせて、観る者を引きこむ力を感じさせる。
 舞台は中世ヨーロッパのヴェネツィア。
 登場人物の一人、バサーニオはポーシャという女性と結婚するため、友人のアントーニオに金を借りようとする。しかしアントーニオの財産は航海中の船の中。困ったアントーニオは、金貸しシャイロックの元に行き金を借りることにした。
『しかしアントーニオ。期日までに返せなかったら、お前の肉を1ポンドいただくぞ』
 簡単にこれを返せると思ったアントーニオはこれを承諾。借りた金をバサーニオに貸すのだった。
 ところが不幸なことに、アントーニオの財産が積まれていた船は難破してしまう。これでは金は返せない。肉を1ポンド取られてしまう。
『こいつは放っておけないな』
 友人の危機にバサーニオが駆け付ける。彼はポーシャへの求婚に成功し、彼女から結婚指輪を受け取っていた。それを絶対外さないと誓い、彼は金を持ってアントーニオの元に向かう。
 しかしバサーニオが持ってきた金を受け取らず、金貸しシャイロックはアントーニオの肉を切り取ることを主張する。ここに謎の法学者が登場。あくまで肉を要求するシャイロックに法学者は言う。
『ならば切り取りなさい。ただし契約書にあるのは肉だけだから、血や毛などは一切取ってはならない』
 これでは肉などとても取ることは出来ない。
 結果としてアントーニオは助かったのであった。
 さて、この法学者にバサーニオが御礼を申し出る。友人の命を救ってくれた礼をしたい、と。
『ならばその指輪をいただけませんか』
 バサーニオはポーシャとの約束があったので、これにはとても悩んだが、恩には変えられないとして、最後は法学者に指輪を渡すことにする。さて、それで残る問題は一つ。ポーシャをどう説得するかである。
 しかし、ポーシャの元に帰ったバサーニオを待っていたのは、驚きの結末だった。
 自分が法学者にあげたはずの指輪をポーシャが持っているではないか。
『だって、あの法学者は私だったんですもの』
 バサーニオの呆気に取られた顔と、楽しげな笑みを浮かべるポーシャ。
 こりゃ敵わない、とバサーニオも笑い出し、かくして物語は笑い声に包まれて幕を閉じるのであった。
「――――って、おお!?」
 閉幕してから、ようやく涼子は我に返った。
 いつのまにかすっかり見入っていたらしい。
「お、恐るべし演劇。正直ちょっと退屈そうとか思ってたけど、本気になるとこれぐらいになるのね……」
「この頃は朝月演劇部黄金世代と言われてましたから。このときの部員の方々はその後、演劇系の道を歩んだ方が多いんですよ」
 志乃は本当に誇らしげだった。
 案外彼女は、この人たちに憧れてここに入ろうとしたのかもしれない。
 ただ、その表情がかすかに沈む。
「もっとも、今の私たちでは、とてもこんなこと出来ないんですけどね……」
 演劇部三人が揃ってため息をつく。
 確かに、今の状態ではまともな公演など出来はしないだろう。
「ああ、そういやそっちの先輩はどうだったんだ?」
 五樹の言葉で、このビデオを見た理由を思い出す。
 遥の方を見ると、なにやら茫然としていた。
「……姉さん?」
「あ、うん。え、何?」
「しっかりしろ」
 びし、と脳天に梢がチョップを入れる。
「はうあっ!」
 それでようやく目が覚めたらしい。
 遥は頭を押さえながら、周囲を見渡した。
「なんていうか……すごいね」
 ボキャブラリーの少なさを感じさせる感想だった。
 もっとも、涼子も似たようなことしか言えないのだろうけど。
 そして、それきり場は沈黙に包まれた。
 特に理由はないのだが、なんとなく声を出しにくい雰囲気である。
「あの」
 沈黙を破ったのは志乃だった。
 その視線はまっすぐ遥へと向けられている。
「どうでしょう……私たちと一緒に、演劇やっていただけませんか?」
「わ、私?」
「はいっ」
 志乃は痛ましいくらいに真剣な眼差しをしている。
 それを正面から受けて、遥は戸惑い気味だった。
 遥にとっては、こういうものに情熱を傾けている人と会うのも初めてのことなのである。
「でも、私全然やったことないし……」
「いえ、そんな私も人に自慢出来るような役者じゃありませんし……」
「互いに謙遜してたらキリないわよ」
「そ、そうですね」
 涼子の忠告がなければ、二人とも延々と自分を卑下していたかもしれない。
「あの。でも、きっと楽しいと思うんです。さっきのビデオを見て何かを感じていただけたなら、きっと一緒に演劇楽しんでもらえると思うんです。楽しめれば、その、きっと良い演劇が出来ると思うんです……!」
 言葉は上手くまとまらず、何を言いたいのかもはっきりしない。
 しかし志乃が秘めている情熱は、これでもかというくらいに溢れ出ている。
 その懸命さが伝わったのか、遥も戸惑いを抑えてまっすぐ志乃を見つめ返した。
 ただ、その表情は不安げである。
 視線が、こちらに向けられた。
 涼子はそれに対し、かすかに頷き返した。
 次いで遥の視線は梢に向けられる。
 梢は黙ってにやりと笑ってみせた。
「好きにやれ」
 と、目で語っている。
 それが遥にも伝わったのだろう。
 胸に手を当てて、少しばかり黙考。
 やがて、自信なさそうに、だがそれでも確かな頷きを返す。
「わ、私でよければ……」
「――――本当ですかっ」
「う、うん。あんまり自信はないんだけど……」
「いえ、それでも構いません。本当に、本当にありがとうございます!」
 よほど嬉しかったのだろう。
 志乃は遥に抱きつかんばかりの勢いでその手を握り、ぶんぶんと振り回している。
 ふと、涼子は梢の方を見た。
 彼は二人の様子を微笑ましげに見守っている。
 まるで、最初からこうなることが分かっていたかのようだ。
(ああ、だから姉さん連れて来たのか)
 まったくお節介な人だ、と涼子は苦笑を洩らすのだった。


「でも笹川さんには驚かされたわ。あんなに真剣に演劇に取り組んでたなんてね」
 夕暮れの帰り道。
 隣には一緒に帰ることになった志乃がいる。
 梢と遥は買い物、五樹と睦美はそれぞれ商店街で寄り道をしてから帰るとのことだった。
「下手の横好きですけど……。でも榊原先輩が参加してくれたのは、本当に嬉しいです。後は、本当に倉凪先輩の妹さんと矢崎さんが了解してくれるなら、どうにか形にはなりそうです」
「それだけでいいの?」
「なるべく人数を必要としない劇にするつもりですから」
 と、小さくガッツポーズ。
 そんな志乃を見て、涼子はふと思っていたことを口にした。
「それで、先輩のどこが気に入ったのかな?」
「気に入ったなんてそんな、ただ先輩にはいつも助けてもらっていましたし……って何言わせるんですかっ」
 顔を真っ赤にして頭を振る志乃。
 涼子はますます確信する。
「えーと、確認。ズバリ笹川さんは先輩のことがー」
「あわわわ、そんな大きな声で言わないでくださいよっ!」
「……笹川さんて、分かりやすいわねー」
 むしろ驚きの眼差しで志乃を見る涼子。
 この分かりやすさは、ある意味遥とも似ているような気がした。
「な、なんで分かったんですかっ!?」
「そんな涙目で訴えなくても。先輩への態度見てたら、そりゃあねえ」
 あれで分からないなら、相当の天然かニブチンである。
「……うぅ。で、でも好きとかそういうのじゃないんですよ? どちらかというと憧れというか、手の届かない人というか……」
「はいはい。そんな謙遜しなくてもチャンスはあると思うけど。姉さんくらいしかライバル候補いなさそうだし、姉さんは姉さんですごく奥手だし」
 もっとも志乃は二年生。
 梢が年下にライクはあってもラブはない、という噂が本当なら厳しいものになるだろうが。
「でもホント、先輩と何かあったの?」
「……あ、それは」
 言おうか言うまいか迷うような表情。
 そこで志乃の足が止まった。
「すいません、私の家はこっちなので」
「あ、そうなんだ。じゃここでお別れだね」
「はい、それでは冬塚さん。今日はどうもありがとうございました」
「いやいや。それじゃ気をつけてね」
 そう言って志乃と別れる。
 結局梢との関係は聞き出せなかったが、それはそれで別にいい。
 涼子は思考を今日の夕飯に切り替えて家に向かった。

 翌日。
 涼子は用事があって来れなかったが、演劇部の部室はいつにない賑わいを見せていた。
「皆さん、今日はどうもお集まりいただいて、ありがとうございますっ」
 緊張気味にお辞儀をする志乃。
 その両脇には五樹と睦美がいる。
 向かいには、遥と美緒、亨が並んでいる。
「いえいえ、僕たちも暇な身でしたから」
 思ったよりもやる気を出しているのは亨だった。
 最近特にやることがなかったため、部活動というものに誘われたことは純粋に嬉しかったのである。
「ケッ、暇人がこの部活に来るんじゃねーよ」
 と、愛想良く笑う亨を睨みつけながら男子生徒が吐き捨てる。
 その言葉に、亨のこめかみに青筋が浮かび上がった。
「なにかな、君は? 見たところ一年のようだけど」
「あんたなんかに教える名前なんかねーよ、馬鹿」
「こらっ、五樹!」
 と、睦美が五樹の頭をポカリと叩く。
「あんた、せっかく手伝ってくれるって人に喧嘩売るんじゃないの!」
「うるせぇよ。こんな奴いなくても俺らで演劇部は大丈夫だ!」
「あんたのその態度のせいで、この部が滅茶苦茶になったんじゃないの! もっと自覚しなさいよ!?」
「あんだと、やるかぁ!?」
「やってやろうじゃないのよ!」
「……これが、うちの実情です」
 志乃にとっては見慣れた光景だからか、相手にしようともせずに司会を続ける。
「改めて自己紹介しますね。私が演劇部部長、笹川志乃。後ろでスキンシップを取っているのは弟の五樹と妹の睦美です」
「へえ、兄弟だったんだ」
「ええ、私が長女。五樹と睦美は双子なんです」
 その後、遥、亨、美緒がそれぞれ自己紹介をし、五樹と睦美の兄妹喧嘩が収まった。
 部室内がようやく静まった頃、志乃は少し不安げに遥たちを見た。
「うちはこんな調子ですが……それでも、卒業式の演劇は絶対成功させたいんです。それだけは確かです」
 すぅ、と深呼吸して、それでも少しだけためらいながら、
「皆さん、よろしくお願いします……それと先に言わせてください。本当に、ありがとうございました」
 ……こうして、奇妙な取り合わせの部活動が始まったのであった。