異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
久坂零次と困った親子(前編)
「これはなんというのだ?」
 十二月に入り、少し肌寒くなってきた頃。
 零次はいつものように、放課後のバイトに励んでいた。
「これ? アドヴァンスSPだよ、知らないの?」
「うむ、デストロイボーイに似ている気はするのだが」
「同じだよ、シンテンドーのゲーム機種。その同系列の一番新しいやつさ!」
「そうか……で、それを買うのだな。9800円だ」
 嬉しそうに一万円を出す子どもに商品を渡す。
 子どもが出て行くと、ちょうど店の中は誰もいなくなった。
「店長。ここはあまり客が来ませんな」
「あー、そりゃあ仕方ないよ。みんな駅前のデパートとかに行っちゃうからね」
「店長。これで生活保つのですか」
「実際のところ、結構厳しいね」
「その割には店長。先ほどから余裕そうなのですが」
 零次はカウンターの奥を見た。
 そこではこのおもちゃ屋『修羅堂』の店長が、なにやらおもちゃをいじって遊んでいる。
「あー、余裕はないよ? ここが結構難しいんだから」
「店長。貴方は何を言っているのですか」
「何ってこのプラモ……よし、出来たああぁぁぁっ!」
 会心の笑みを浮かべ、店長は一人で万歳をした。
 その光景を無表情に眺める零次。
 見知らぬ第三者がこの光景を見たら、何事かと思うであろう。
「こ、これこそが往年の名脇役と言われた○ール……! ようやくキット化されたから、真っ先に注文したけど……ああ、いいなぁ。うん、最高!」
「店長。控えめな意見を申し上げたいのですが」
「うんうん、なんだい?」
「――――気持ち悪いです」
「な、それはちょっと酷いんじゃないかなぁっ!?」
 泣きながら零次の胸倉を掴む店長。
 零次の顔に○ールと呼ばれたプラモデルを突き出して、
「これは男のロマンなんだよ。ロマン! 人生全てを投げ出しても手に入れるべきロマンなのだな」
「お言葉ですが店長。作って飾るだけのものでは楽しめないと思うのですが」
「うわっ、その発言いかんぞっ!? 君は今プラモと盆栽とええとそれから……いろんなものを否定したっ!」
「……いや、まぁそう興奮なさらずに」
 どうどう、と店長をなだめる零次。
 そこに、客がやって来た。
「――――」
「――――」
 客が見たのは、半ば店長に押し倒されている零次。
 しかも店長は興奮していたせいか、鼻息が荒い。
「こ……」
 客は女の子だった。
 零次よりも一つか二つ下、と言ったところだろう。
「この、馬鹿親父ぃぃぃぃぃぃっ!」
 言葉とともに、何かが零次の頭上をかすめた。
 視線で追うと、店長の頭がバッグによって陥没していた。
「――なんというバッグだっ……!」
 驚くべき場所が間違っていた。

「はじめまして、岡島沙希です」
「どうも、バイトの久坂零次です」
 カウンターを挟んで、まるでお見合いのような堅苦しい挨拶を交わす二人。
 その横では、形容しがたい顔になった店長が縛られていた。
「すみません、うちの父が変なことして」
「いえ。それよりも驚きでしたな」
 零次は店長を見て、
「――――店長。貴方血を分けた人がいたんですか」
「そ、それなんか酷くないかなぁ……奥さんいたんですか、とか子どもいたんですか? とかならまだしもっ!」
「うっさい変態親父」
 と、まるで別人のように険しい言葉をぶつける沙希。
 店長は「怖いなぁ」と言いながら悶えていた。
 見苦しいので零次は店長から視線を外す。
「君は普通の人のようだな」
「え、そりゃそうですよ。こんな親父と一緒にしないでください」
(……あのバッグの破壊力、もしや能力者かと思ったのだが)
 零次の視線は沙希のバッグに釘付けだった。
 凝視していると言ってもいいくらいである。
 その視線に気づいた沙希は、バッグを引き寄せながらぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、あの。なにか?」
「……いや、失敬」
 むっつりとした表情で視線を逸らす。
 物凄く気にはなるのだが、これ以上バッグを睨み続けても仕方がない。
「ところで沙希は何か用があって来たのかな」
「たまには顔出しとこうかと思って。そしたらなんか鼻息荒くしてるし……」
「ははは、僕は夢のためならいくらでも鼻息荒くするさ!」
 ふごぉ、と実際に鼻息を荒くする店長。
「……ええい、うざい!」
 言葉とともに、沙希の神速無音の拳が店長の顎を直撃。
 そのまま店長は泡を吹いて倒れた。
「悪は滅されたな」
「……失礼します」
 これ以上この場にいることに耐え切れなくなったのか、沙希はすごすごと帰っていった。
 それを見送りながら零次は一言、
「なるほど……父親を成敗しにきたのか」
 やったことだけを見れば、確かにその通りだった。

 夜も更けて店を閉めるという頃、涼子が修羅堂にやって来た。
 買い物帰りなのか、手には買い物袋を下げている。
 ちょうど零次が店のシャッターを下ろそうとしているときだった。
「やっほ。零次さん、お疲れ様」
「冬塚か。これから帰りか?」
「うん、これから家に帰って夕飯にするの。零次さんもこれから帰り?」
「ああ、少し待っていてくれ。冬塚の家まで送っていこう」
 言いながら零次は室内から荷物を持って出てきた。
 その隣には、やけにへこんでいる店長がいた。
「……どうしたの店長さん、なんか精神的にも物理的にもへこんでるよ」
「何も言わないでやってくれ冬塚。戦場とはいえ、肉親が敵となったのだ……辛かろう」
「いや、意味がさっぱり分からないんだけど」
 零次に聞いたのが間違いだった。
 涼子が店長の方に視線を向けると、店長も涼子に気づいたらしい。
「おや、久坂君の友達かい」
「あ、はい。冬塚です」
「そうかそうか……」
 どうも調子がよくないのか、上の空のようだった。
 が、ふとなにかに気づいたように涼子に問いかけた。
「参考までにちょっと聞いていいかな」
「なんですか?」
「おもちゃやプラモデルで遊んだりする親って、まずいかなぁ?」
「……」
 何をいきなり言い出すのだろうか。
 涼子は首をかしげながら、今はもういない両親のことを思い浮かべる。
 両者ともに真面目だけが取り得のような人たちだった。
 家にいるときの趣味はコーヒー。
 近所の人を呼んでお茶会などをしたものだった。
 彼らがもし、おもちゃやプラモデルで遊んでいたらどうだろうか。
 それを想像して、涼子は素直な感想を述べた。
「ちょっと幻滅するかな……」
「や、やっぱり!?」
「かなり嫌です」
「い、嫌ですかぁ」
 店長はかなりショックを受けているようだったが、涼子は気にしない。
 分かってて気にしないあたり、ちょっと性格が悪い。
「やっぱり子どもの立場としては、親には立派でいてもらいたいです」
「ゲームとかする親は立派じゃない?」
「一概にそうとは言いませんけど。そればっかりって言うのはちょっと」
 なんだか段々楽しくなってきた。
 そして状況も飲み込めてきた。
 どうやらこの店長は、おもちゃやゲームで遊んでばかりいる人らしい。
 それが原因で子どもに毛嫌いされているのだろう。
「遊んでばかりの人って、社会に貢献してないってことですし」
「ぐっ」
「子どもは親の背中見て育つと言いますから、自分一人のことにも出来ませんよねぇ」
「うわあぁぁぁんっ!」
 大人気なくもとうとう泣き出した。
 さすがにそれを見て涼子は気の毒になり、慌てて駆け寄った。
「あ、あの。でも大丈夫ですよ、趣味は人それぞれですから。度を過ぎなければ問題ないです!」
「……度を過ぎるってどれぐらいが限度かな」
「仕事に差し支えない程度なら……」
「仕事がそれ専門ってのはどうでしょうかっ!?」
「……まぁ店長、落ち着かれよ」
 零次は何故か、威圧をかけるような言い方で店長に迫る。
 その無意味な迫力に圧されたのか、店長は涙目になりながらも平常心を取り戻した。
「ここは一つ、俺が面倒を引き受けましょう」
「え?」
「要するに、娘さんに人間として認めてもらいたいと。ならば俺が仲介役を務めましょう」
「なんか加速的に僕の尊厳が奪われてる気がするんだけど」
「些細なことです」
 一人得心したように頷く零次。
 涼子はなにやら嫌な予感がした。
「ま、まぁ君の言ったことはあながち間違ってはいないんだけど……沙希、いつもあの調子だからなぁ」
「問題ありません。任務遂行能力にはいささか自信があります」
「零次さんの言う任務とは明らかに質が違うと思う」
「何を言うか冬塚。異邦隊時代も、仲介役は経験したことがあるぞ」
 言って、再び店長の方へ向き直る。
「ともかく、吉報をお待ち下さい。必ずや二人の仲を修復してみせます」
 見ている側からすると、逆に不安になるほど自信満々であった。

「で、今日はバイト休みなの?」
 翌日の放課後。
 生徒会の仕事を少し早めに切り上げて、涼子は零次と一緒に帰っていた。
 もっとも真っ直ぐ帰るわけではなく、寄り道をする。
「ああ。これから沙希という少女のところへ向かう」
「居場所分かるの?」
「今朝店長から得た情報だと、秋風市南東側にあるアパートに母親と住んでいるらしい」
「それって……」
「逃げられたということだな。正確には追い出されたという方が正しいが」
 元々は店長もその家に住んでいたのだが、ある日奥さんと口論になった挙句、半ば追い出されるような形で飛び出てしまったらしい。
 それ以降店長はずっと修羅堂のスタッフルームで生活しているのだという。
 食事はコンビニ調達、風呂は白木湯ご利用だそうだ。
「改めて聞くと結構キツイわね」
「半引きこもりといったところだ。さすがに店長も修正した方がいいかもしれん」
「確かに。私が子供だったら嫌だなぁ。友達には絶対言いたくないというか」
 そんなことを言い合っているうちに、そのアパートの前にやって来た。
 見るからにおんぼろそうで、建築三十年は過ぎていそうである。
「ここかぁ」
「今は母親がパートで生計を立てているらしいな」
「店長は何も援助してあげないの?」
「する余裕がない。修羅堂はお世辞にも繁栄しているとは言えないからな」
 聞けば聞くほど、店長の駄目人間ぶりが明らかになっていく。
 今までは「お店のおじさん」という印象しかなかったのだが、ここまで駄目だとは。
「さて、行くぞ」
 階段を昇り、目的の部屋の前までやって来た。
 そこの表札には『牟田口』と書かれている。
「……おかしいな。彼女は“岡島”沙希と名乗っていたが」
「店長さんの姓なんじゃない? 牟田口は母方の姓とか。や、本名知らないけど」
「俺も知らん。だがそう考えるのが妥当だろうな」
 ならば少しは希望が持てるかもしれない。
 彼女の心が、完全に父親を切り捨てようとしているわけではないからだ。
 そんな期待を込めて、インターホンを押す。
「はい」
 静かに出てきたのは、中年の男だった。
「牟田口ですが」
「こちらに沙希さんという方がいらっしゃると思うのですが」
「沙希さん、ですか?」
 男は困った風に首をかしげた。
「俺、先日ここに引越ししてきたばかりなんで。前にいた人のことじゃないですか?」
 希望が急降下した。

 さすがに店長にも報告しにくい事態となった。
 まさか、新たに転居したことを知らされていないような有様だったとは。
 これは零次も予想していなかった。
「報告したら店長さん、泣きそうだよね……」
「冗談抜きで言わせてもらおう。似たようなケースで、自殺しようとした知人がいた」
「……ごめん、冗談で言ってもらえた方がありがたいんだけど」
「訂正は不可能だ。事実だからな」
 そういうところで頑固にならなくてもいいような気がする。
 しかも、その人の顛末までは言わないあたりが恐ろしい。
 いた、という過去形が嫌な想像をかきたてる。
 思考を切り替え、涼子は零次に問いかけた。
「でも娘さん見つからなかったし、これからどうするの?」
「情報は途絶えたか。こうなれば強硬手段に出るしかあるまい」
「強硬手段?」
 更に問う涼子を無視して、零次は携帯を素早く押した。
 数秒して繋がったらしい。
 零次は眉間にしわを寄せながら、
「こちらメギド6、標的の行方が分からなくなった。是非捜索に協力して欲しい。標的は岡島沙希。修羅堂店長の娘、年の頃は14か15くらいだろう。特徴はツインテールの髪、それから殺人バッグを持っている」
 口早に説明する零次。
 そんな彼を見ながら、刑事ドラマでもこういうのあったなぁ、などと思ってしまった。
「意味が分からん? 言葉の通りだ。ああ、肯定だ。そうだ、メギド4にも連絡してくれ。以上だ」
「……何の話してたの?」
「うむ、仲間を使って捜索をすることにした。皆優秀だから数日もすれば見つかるだろう」
「い、いつのまにそんなコミュニティがっ……!?」
 つくづく零次という男は読めない。
 いつのまにそんなグループを作り出していたのだろうか。
「さて、俺も捜索を続けるとしよう。君はどうする」
「私は、今日は帰ろうかなぁ」
 元々好奇心兼零次の監視(馬鹿なことをしないかどうか)のために来ただけである。
 今日はこれ以上の進展はなさそうだし、そろそろ夕飯の支度もしなければならない。
「それじゃ、また明日ね」
「ああ。気をつけて帰れ」
 そう言って、その日は別れた。

 翌日、涼子は生徒会室で遥や梢と談笑していた。
 隣には零次もいるが、なにやら難しげな図面を開いてみているだけで会話には参加してこない。
 と、そこへ突如美緒が飛び込んできた。
 いつになく緊張した表情である。
「何やってんだ、お前」
「――メギド6。標的が見つかったよっ!」
 兄の言葉を無視して零次に報告する美緒。
 それを聞いて、零次もサッと図面から顔を上げた。
「なにっ……! さすがに仕事が速いな、メギド5!」
「って、あんたも一員だったんかい!」
 何者だろうとちょっと気になっていたメギドシリーズの一人は、こともあろうに自分の親友だった。
 咄嗟に出たツッコミに照れて硬直する涼子を放置して、美緒は町内の地図を広げて見せた。
「メギド4がたまたま見かけたんだって言ってたのがこの辺」
 美緒は地図の一点を指差す。
 そのまま指でなぞり、駅裏の住宅街を指す。
「で、ここの家に入っていくのを見かけたんだって。表札が岡島ってのまで確認したらしいよ。やっぱヤザキンはストーカーの素質あると思うなっ」
 メギド4は亨だった!
 要するにメギドシリーズとは、やることもなくて暇な連中の集まりらしい。
 1~3の正体はまだ不明だが、なんとなく身近にいるような気がする。
 少し驚いてる反応を見る限り、遥と梢は違うらしい。
 そのことに少し安堵していると、零次は涼子の手を取った。
「冬塚、君も来てくれないか。これから彼女と対面する」
「べ、別にいいけど……なんで?」
「俺は会話が下手だ。だから君にも手伝って欲しい」
「あ、うん。分かった」
 言い終わらないうちに、零次は颯爽と涼子を連れて生徒会室を飛び出した。