異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
ゲームセンターに血の雨を(その2)
 人にも様々なタイプがある。
 なんでもそつなくこなす万能タイプ。
 逆に、何をやってもいまいちなタイプ。
 器用なくせに、何かに集中して打ち込むことが出来ないタイプ。
 興味のあることには異常な才能を発揮し、それ以外のことはからきしのタイプ――――。
 修羅堂の店長を分類するならば、一番最後のものが適切だろう。
 彼は人生を遊ぶことと決め、楽しくおかしく暮らすことを心がけている。
 そして、遊びと対極にある――少なくとも彼自身はそう決めてかかっている――勉学に関しては、まるで駄目だった。
 やって出来ないのではなく、最初からやろうとしないのだ。
「ど、どうしよう」
 魚のように口をパクパクさせながら店長は青ざめている。
 それはどこからどう見ても、追い詰められた者の顔だった。
「どうしようと言われましても」
 零次としても焦燥は募るばかりだった。
 彼は海外の方で暮らした経験から外国語が得意であることも含め、標準以上の学力を備えてはいる(日本史や古文は苦手だったが)。
 だが相手が悪すぎる。
 零次はちらりと、ゲーム台を挟んで向かい側に座っている少女たちを見た。
 一人は遥。
 零次とは榊原家の居候仲間であり、学力は榊原家の中でも一番高い。
 理数系では天才的な数値を叩き出し、文系問題もそれなりに強い。
 そして、もう一人が最悪だった。
 冬塚涼子――零次とは七年前に知り合った少女。
 当時は普通の少女だったのだが、零次と分かれている間の七年で驚異的な学力を身につけている。
 それなりのレベルを誇る朝月学園において学年トップを独走中。
 教科を問わず、様々な知識を有する恐るべき相手だった。
 日常ではその知識を実行に持ち込むことがあまりないため、活かすことはない。
 だがクイズゲームというものにおいては――知識は100%活かされるのである。
 零次の視線に気づいた涼子は、にぱっと微笑んで手を振った。
 さほど不自然なことではないのだが、今の零次にはそれが余裕の現れに思えてしまう。
(いかんいかん)
 勝手に悪意を想像し創造することは相手に対してこのうえなく失礼である。
 ましてや昔馴染みの少女に対してすべきことではない。
「すまん、冬塚――」
「ちょ、ちょっと零次さん……なんで手を合わせてこっちに頭下げるの!?」
「気にするな」
「き、気になるわよっ」
 動揺している涼子は放置して、零次は再び視線を店長へと向ける。
 とりあえず戦力外。
 ならば何か勝利するための手立てを考えなければならない。
 が……。
『さぁ、それではいよいよ本戦第一回戦第一試合を始めたいと思いますっ!』
 無常にも、時間は待ってはくれなかった。

 試合開始。
 それを告げる機械音が会場へと響き渡る。
 このクイズゲームは全国ネットにも繋がっているもので、難易度は中の下程度らしい。
 画面に問題が少しずつ表示されていくので、解答者は四つあつボタンの中から正解のものを選んで押せばいいのだ。
 ちなみに不正解だと一回休みになる。
 そして、先に十問正解した方の勝ちなのである。
『問題です』
 画面には学帽をかぶった眼鏡のキャラが、ノートを片手に現れる。
 コミカルな動きで動き回りながら、問題を読み上げていく。
『米料理として知られるリゾットは、どこ――』
 と、問題がそこまで読み上げられたとき。
 問題の途中で異音が割り込んできた。
 見ると、涼子が自信満々の表情でボタンを押している。
 彼女が押したのは四つの選択肢のうちが一つ『イタリア』。
 ……沈黙する会場。
 やがて。
『正解! リゾットはイタリアで生まれたイタリア料理です!』
 おぉぉ、と観客席から感嘆の声が溢れてくる。
 涼子はそれに合わせて「どーもどーも」などと言っていたりするが、零次としてはたまったものではない。
「中の下でこれか……!?」
 そもそも零次はリゾットなんて名前はろくに聞いたことがない。
 せいぜいどこかで聞いたような気がする程度だ。
 クイズ系では様々なジャンルの問題が出る。
 自分の知らないジャンルはまるで駄目、というのでは通用しないのである。
 クイズで重要なのは学力などではなく、雑学知識の方かもしれない。
 しかもこのゲームはジャンルの選択が出来ず、完全にランダムで問題が出る。
(これは、まずい……!)
 そんな零次の焦燥を他所に、新たな問題が読み上げられようとしていた。
『問題です――――松永久秀らに攻め殺された足利幕府十三代将軍義輝。彼の後を継ぎ、十四代将軍となったのは誰』
「おおおっ!」
と、それまで屍同然だった店長がいきなり復活した。
「これはあれだ、歴史ゲーやってるから知ってるぞっ! 三番、足利義昭だーッ!」
 自信満々に三番のボタンを押す店長。
 しかし、導き出された答えは――
 ブッブー。
『正解は一番、足利義栄でした』
「ちなみに義昭は十五代将軍ですよー」
 敵に解説されてるようではどうにもならない。
 店長は燃え尽きた某ボクサーのように、ゲーム台の前で倒れてしまった。

「斎藤、この調子じゃ涼子ちゃんたちの勝ちかな?」
「ふむ――ま、久坂側が非常に不利なのは確かだな」
 現在ポイントは0-9。
 後一問正解すれば涼子たちの勝利は確実なものとなる。
「さらに言えばメンバーのうえでも不利だ。久坂チームは店長が役に立たないから久坂一人で戦わざるを得ない。対する冬塚チームも答えているのは冬塚だけだが、遥は“温存されている”と見るべきだろうな」
「でも涼子ちゃんの方が頭いいんじゃないのか?」
「いや、それは……」
 確かに遥の得意とする理数系は、こういったクイズではあまり役には立たない。
 だが、だからと言って遥が全くの無力とは考えられない。
「お前も見ただろう、遥の予選試合を」
「あ、ああ」
 ――予選のレーシングゲーム。
 涼子が第一週目を走るとき、遥は横でそれを凝視していた。
 まるで涼子の動き、画面の動きを全て取り込もうとしているかのように。
 そして第二週。
 遥が走者に代わってから、異常な事態が起きた。
 涼子が第一週を走り終えたとき、彼女たちのチームは第三位だった。
 遥に走者が代わると、まず第五位辺りまで転落。
 しかし、第二コーナーを曲がり終える頃に……。
『なるほど、こんな感じかな?』
 ――その後、遥はなんと一気に五人抜き。
 さらに二位との間に恐るべき差をつけて、第二週を終了したのである。
「倉凪が言っていたが、遥は何かを学ぼうとする意思が非常に強い。それゆえかどうかは知らないが……彼女はおそらく、人の数倍は飲み込みが早い」
「だけど、これはクイズゲームだぜ? 遥ちゃんが凄いのは分かったけど、それが――」
 どうしたんだよ、と言いかけたところで、会場に歓声が響き渡った。
「なんだ!?」
 藤田が慌てて視線を両チームに戻す。
 そこには驚くべき数値がたたき出されていた。
 両チームの得点――7-9。

 追い詰められると真の力を発揮する。
 そんな、まるで少年漫画のような事態が会場に発生していた。
 冬塚チームに9点を先制され、早くも追い詰められた久坂チーム。
 しかし、そこから零次は一気に7点までを取り戻したのである。
「どういうことなのかな」
 涼子の隣で遥が不思議そうに首を傾げる。
 見ると、先ほどまでは焦燥感丸出しだった零次が、やけに余裕のある表情になっていた。
 問題を読み、涼子がまさにボタンを押そうとするそのとき。
 なぜか零次が先に正解のボタンを押してしまうのだった。
「さっきまで全然解けてなかったのにいきなり……ちょっと変だね」
「ジャンルは相変わらずランダム、それでも零次さんが私より早くボタンを押す。まぁ理由は簡単よ」
「そうなの?」
「うん。だって零次さん……」
 涼子は全てお見通しだと言わんばかりに、零次に不敵な笑みを浮かべた。
「――――私の視線と身体の動きで、どれが正解のボタンか見てるんだもの」
 それはひどく現実離れした言葉であり、そしてひどく確信めいた言葉でもあった。
 会場はしばし唖然となる。
『そ、そんなことが可能なのでしょうか……解説の一戸さん』
『可能だ。俺ならば――相手が9問くらい正解をたたき出す頃には、その癖を見切っているであろう』
 会場にどよめきが広がっていく。
 だが涼子はそのどよめきを無視して、ただ静かに零次と対峙していた。
「……まるで俺がそうすることを見通していたかのようだな」
「だって普通にクイズやったら私が勝つもの。零次さんは知識が偏ってるし……だから零次さんが何かするなら、こうかなって思ってた」
「確かにそれは否定しない。だがお前の動きは完全に見切った。フェイントも無駄だと言っておこう」
「そうね、だから私は下がるわ」
 ――まるで最初からそうするつもりだったかのように、涼子は両手をあげて降参のポーズを取った。
 それはつまり。
「え、私?」
 周囲の視線を感じて、遥がきょろきょろと辺りを見渡した。
 司会の亨、解説の一戸、周囲の観客、対戦相手の零次――そしてなにより、涼子の視線が「そうだ」と言っている。
「もう姉さんしかいないのよ。さ、頑張って頑張って」
「うぅ、でも私あんまり分かんなかったよ……?」
「それは向こうも同じよ。条件が同じなら後一問正解すればいいだけのこっちが有利だし」
 先ほどから浮かべている不敵な笑みは勝利の自信。
 確かにここから先の条件が同じなら、あと三つ答えなければならない零次は不利だった。
 遥は涼子と違い確実に答えを叩き出す自信はない。
 つまり、零次の作戦も通用しないのである。
「確かに、これはまずいな」
 最後まで涼子一人が相手ならば勝算は充分にあった。
 だが遥に代わられてしまっては、零次の勝率は一気に下がる。
 少し余裕のあった表情が再び暗くなりつつあった。
『では問題です』
 そんな両者の思惑は眼中にないのか、ゲーム台は再び問題を読み上げ始めた。
『これは第何問目でしょう』
 バン、と凄まじい勢いでボタンが叩かれる。
 押したのは意外にも零次だった。
「ふん、この手の問題があると事前に店長から聞かされていたからな……予め計算済みだ」
「要するにずっと数えてたのね……」
 やがて正解の音が鳴り響く。
 これで8-9と、差が残り僅かとなった。
「うぅ、涼子ちゃん……」
「姉さん落ち着いて。こんなところで負けるわけにはいかないでしょ?」
「……」
「だったら頑張ろ。ねっ」
「……うん」
 涼子の励ましが利いたのか、遥は力強く頷いた。
『では問題です』
 零次と遥の間に、緊張が走る。
『白人至上主――――』
 バン、と再び凄まじい勢いで零次がボタンを押す。
 零次の表情は、間違いなく正解を押したという自信を物語っていた。
「この手のジャンルならば俺に分がある」
『――――正解!』
 海外にいたことのない遥にはその手の問題はまるで分からない。
 対する零次は、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、アフガン地方にさえも在住経験がある。
 各国に関する基本的な知識は、一般の日本人よりも兼ね備えていた。
 なんにせよ、これで条件は互角。
 泣いても笑っても、次に正解した方が勝利する。
「――どうやら零次さんを甘く見てたみたい。姉さん、こうなったらアレ使うわよ」
「え、でもいいのかなぁ」
「使っちゃいけないなんてルールはないわ」
 ここまでくると、涼子も余裕はない。
 額に汗が浮かぶのを自覚しながらも、涼子は遥の肩に手を置いた。
「なるほど。手加減は無用というわけか」
 ……遥には、一種の超能力とでも言うべきものがある。
 触れた相手と、思考や感情といった“精神”を共有することができるのである。
 つまり、涼子は遥の肩に手を置くことで自分の思考を遥に送り込んでいるのだ。
 涼子の動きは零次に見切られている。
 だから思考だけを担当し、動作面を遥に任せるという作戦に出た。
 条件は五分。
『――では問題です』
 最後の問題が読み上げられる。
『1936年に起きた、陸軍――――』
 バン、と再びボタンが叩かれる。
 ……叩いたのは、零次だった。
 会場内に沈黙が訪れる。
 これが正解ならば、零次たちの勝利。
 これが外れなら零次たちは一回休みとなり、涼子たちの勝利は揺るぎないものになる。
 果たして、判定は。
 ――――――――。
 ――――――。
 ――――。
 ――。
『――――……正解です』
 決着が、訪れた。

「なんで……」
 試合終了後。
 納得がいかない、という風に零次を見る涼子。
「なんで? まさか適当に押したってわけでもないんでしょ、零次さん」
「ああ。俺はそんなバクチはしない」
「じゃあどうして、私たちより早く押せたの?」
「……遥」
 そこで零次は、視線を涼子から遥に移した。
「お前はなぜ、この大会に出場した?」
「え?」
「いや、お前の性格を考えるとどうにも妙に思えたのだ」
 遥は好奇心旺盛だが、こういった目立つ催し物は苦手なはずだった。
 それなのになぜ出場したのか。
「優勝賞品が欲しかったんだよ」
「賞品……?」
「うん。ほら、あそこ」
 遥が指差した先。
 そこには大きく『団体様温泉ご招待券』と書かれていた。
「なるほど。日頃家事に忙殺されている倉凪にでもプレゼントしよう、といったところだな」
「……なんで皆、私の考えてることすぐ分かるのかなぁ」
 人の心を読むことができる遥。
 しかしその実、分かりやすい性格から彼女の方が考えていることを読まれることが多かったりする。
「道理で真剣になっているわけだ……だが遥よ。だからこそ、お前の動きは分かりやすかったぞ」
「……え、それって」
「お前の動きは一回で見切れた」
 分かりやすいのは内面だけではなかったらしい。
「そ、そっかぁ……ごめん涼子ちゃん、私のせいで負けちゃったよ」
「気にしなくていいよ姉さん。予選は姉さんの力で勝ったんだし。私の作戦負けかな、これは」
「いや、お前たちはよくやった」
 零次は二人の肩を叩き、観客席を示した。
 そこから、二人の健闘を称える拍手が送られてきた。
「頑張ったなー、姉ちゃんたちー!」
「どっちもよくやったぞー!」
 会場全体に広がる拍手の波。
 それに笑顔で答えながら、遥と涼子は退場していった。

 再び喫茶店へやって来た零次たち。
 今度は藤田たちに加え、遥たちもやって来ている。
「しかしジャンルがクイズとなったときはどうしようかと思ったよ。相棒に久坂君を選んで正解だったね」
「それは涼子が相手だったからです。普通はああはいきません」
 ほぼ確実に正解を押す涼子。
 だからこそ、あの脅威の逆転が出来たのだともいえる。
「でも次の相手は誰なんだろうねえ」
「順当にいけば沙耶ちゃんたちだと思うよ」
 ジュースを飲みながら遥が答える。
「水島が参加しているのか」
 水島沙耶。
 遥や藤田たちのクラスメートでもある。
「さ、沙耶ちゃんが参加してるのかい……!?」
 その名を聞いた途端、店長が震えだした。
「どうしました店長。持病の発作ですか」
「違うよ、零次君。こいつぁグレートだよ。まさか沙耶ちゃんが来てるとは」
「水島がどうしたと言うんですか」
「彼女は……」
「――――秋風市のキングオブハートなんだよ」
 店長の言葉を引き継ぐようにして、颯爽と現れた影。
 それは今まさに話題の中心となっていた、水島沙耶だった。
「店長の弟子の中で唯一店長を打ち倒したのが私なんだよ」
「ぐっ……」
 悔しそうに歯噛みする店長と、楽しそうにそれを語る沙耶。
 どうやらそれは事実らしい。
「ま、まさか沙耶ちゃんが参加しているとは……」
「ふふん、公式の場でも店長に勝ちたくなっちゃったのだー!」
 言いながらも沙耶は遥の隣に座る。
「遥ちゃんたちもナイス健闘、見ててハラハラドキドキしちゃったよ」
「ありがと~、沙耶ちゃん」
「うんうん。でもそれ以上に驚いたのは久坂君なんだけどな」
 にやりと、目を細めながら零次に向き合う。
「店長だけをマークしとけばいいと思ったけど、なかなか楽しめそうじゃん……ふっふっふ、次の試合が楽しみだよ」
 挑発的な沙耶の視線。
 それを真っ向から受け止め、零次も同じように笑う。
「それはこちらの台詞と言わせてもらおう。次から次へと強敵が現れる。このような状況は生涯で初めてだ」
 だからこそ。
「だからこそ、俺はここで宣言しよう」
「宣言? 何を?」
 首を傾げる沙耶。
 零次は笑みを浮かべたまま、大胆不敵にもこう言い放った。
「決まっているだろう――――優勝宣言だ」

「……沙耶め、どこに行った」
 会場内にて。
 水島沙耶の友人であり、共に大会に参加した綾瀬由梨は、会場で一回戦第三試合を観戦していた。
「私に視察を任せて……大方遥たちの元へ向かったのだろう。全く、これだからあいつは……」
 愚痴をこぼしながらも、彼女の視線は第三試合のモニタから離れない。
 第三試合は対戦野球ゲーム。
 現在は四回の裏だが……既に勝敗は決しようとしていた。
 4対13。
 残り一点でコールドである。
 さらに攻撃側は未だにノーアウト。
 二、三塁に走者も控えており、守備側のプレイヤーは泣きそうになっていた。
 しかも奇妙なことに、攻撃側のプレイヤーは素顔が見えないのである。
 冬だからあまり違和感はないが、目深に被ったフード。
 そして足元まで覆うようなコート。
 口元にはマスクまでしており、不審者そのものである。
 それが二人。
 圧倒的な実力を持って、今まさに勝利を収めんとしていた。
「沙耶……敵は修羅堂チームだけではないぞ……!」
 由梨がそう呟いた瞬間。
 画面内で、豪快なホームランを告げる実況の声が響き渡った。