異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
ゲームセンターに血の雨を(その4)
 長かった秋風市ゲーム大会もいよいよ最後の時を迎えようとしていた。
 会場はそれまでの熱気が嘘のように消え、ただ沈黙をもって舞台を見つめている。
 そこに立つのは四つの影。
 久坂零次と修羅堂の店長。
 そして未だに正体の分からない、謎の二人組。
 零次たちは際どい勝負を続けながらもどうにか勝利し、決勝まで勝ち上がってきた。
 対する謎のチームは、これまで圧倒的な勝利を続けてきている。
 それも、たった一人の手によるものだった。
『これまで謎のチームは、片方だけが全てのゲームをこなして戦ってきました。もう一人の方の実力は未だに未知数……この勝負、どうなるのかまるで見当もつきません』
『修羅堂チームは粘り強さでこれまで勝ちあがってきた。それが、通用するかどうかが問題だな』
 舞台の上に立つ四人は沈黙。
 やがてそこに、ゲーム台が運ばれてきた。
『なお決勝のジャンルは第一回の頃からの伝統ということで、予め決定済みです』
『ジャンルは“ロボットアクション”……この手の代表作の一つであるカスタマイズ=コアというゲームで行う』
 カスタマイズ=コアとは、全部で千種類以上あるパーツを自由に組み合わせることで、自分だけのメカを使えるというゲームである。
 ミッションをクリアしたり、友人たちとサバイバルバトルを繰り広げたり、自分だけのオリジナルストーリーを作り上げたりするモードもあり、なかなか人気のある作品だった。
 基本は人型タイプのメカを使うのだが、中には小型戦闘機や戦車使いなどもおり、マニアの間でも日々白熱したバトルが繰り広げられている。
『今回は大会専用の特殊ミッションを用意しました。先に任務達成したチームの勝利となります』
『なお、特殊ミッションのパッチを帰りに先着百名に配布するとのこと』
 一戸が何気なく呟いた言葉に、観客席から歓声が漏れる。
 その凄まじさに冷や汗をかきながら、涼子は溜息をついた。
「すごい人気ね……そこまで面白いの?」
「カスタマイズ=コアは素人から玄人まで幅広く楽しめる作品だ。だが玄人たちは腕が立つためか普通のミッションでは満足しきれん。飢えているのだ。その点、このイベントの決勝で使われるようなミッションはレベルも高い。連中は、そういったものを求めているのだよ」
 眼鏡をきらりと光らせながら斎藤が解説する。
 どうも斎藤もこのゲームの玄人らしい。
 涼子はというと、遥を応援する形で大会には出ただけで、そこまで熱狂的にはなれそうにもない。
 遥や由梨もあまりこのゲームには詳しくないのか、歓声をあげる客に首を傾げていた。
「ま、私はパズル専門だからこの手のゲームはやらないしな……」
「私もゲームはあんまりやる方じゃないなぁ。沙耶ちゃんはどう?」
 遥が沙耶の方を振り向いた。
 しかし、そこに沙耶の姿は既にない。
「あれ、沙耶ちゃんどこ行ったの?」
「水島ならあそこだ」
 斎藤が示す先には、群がる人の山があった。
 どうやら今のうちから並んでおいて、確実にパッチを入手しようというつもりらしい。
『……ちなみに、決勝が終了するまで並ぶのは禁止だ』
 頬を膨らませ、不機嫌さを全身でアピールしながら沙耶が戻ってきた。
「ちぇー、やっぱそうはいかないかっ」
「全く。……沙耶、決勝くらい大人しく見ていたらどうだ」
「いいもーん。私はくさぴょんたちが勝つと確信してるからねっ!」
 どこに根拠があるのか、沙耶は自信満々にそう答えた。

 会場の中心部。
 そこに零次たちは立っていた。
 既に目の前には『カスタマイズ=コア』の画面が立ち上がっている。
「さて、そろそろ素顔を拝見させてもらいたいな」
 店長がにっこりと笑いながら、謎の二人組に視線を向ける。
「まぁもっとも見当はついてるけどね。あれほどの実力を持っているのは秋風市では……僕の知る限り、一人だけだ」
「……ふふふ」
 マスクの内側から笑い声が漏れる。
 それは女の声だった。
「やっぱバレてるか。ま、それだけ私が凄腕ってことだね」
 それも、零次にも聞き覚えのある声だった。
「……まさか」
「そう、そのまさか。思えばあのとき私が声をかけたから、久坂さんは今こうしてここに立っている……これも、運命なのかもね」
「何を一人でブツブツ言っているんだ美緒。そのけったいな扮装を解け」
「――――うにゃー、人が格好つけてるのに台無しにしないでよっ!」
 そう言って、荒々しくコートとフード、そしてマスクを剥ぎ取ったのは――倉凪美緒だった。
「ったくもう、せっかく格好よく登場とかできると思ってたのに」
「しかし、美緒ちゃんがこの大会に参加するとはね……面倒くさいんじゃなかったのかい?」
「んー、まぁそうなんだけどねー。お兄ちゃんが、たまにはお前も役に立つことしろって言うから。だからちょいと温泉旅行券貰いに来た」
 貰いに来た。
 まるで何でもないことのように言ってのけるが、決勝まで上り詰めるのはそう簡単なことではない。
 おそらく美緒が対戦してきた者たちも、かなりのレベルだったはずだ。
 それを当たり前のように蹴散らし、美緒は今決勝戦の舞台にいる。
「店長、美緒は……」
「美緒ちゃんはね。僕が“弟子にすらできなかった”唯一の人物なんだよ。僕との戦績も五分五分。僕が秋風の東方不敗なら、美緒ちゃんは秋風のニュータイプさ」
 それはつまり、あの難敵だった沙耶をも凌駕する域に達しているということだった。
「……それで、もう一人は誰かな?」
「おそらく美緒と同等の使い手でしょう」
「え? ああいや、全然」
 美緒は手と首を同時に振って、零次たちの評価を全面否定した。
「こっちのはただのオマケ。実際ゲームやったら二秒で死ぬだろうしねー」
「お前な」
 と。
 素性を隠すものを全て剥ぎ取り、現れたのは――――
「く、倉凪!?」
 そう。
 それは、美緒の兄でもあり、零次たちが世話になっている榊原家の支配人代理。
 零次とはなにかと因縁の多い男。
 ……倉凪梢だった。
「あー、ったくもう。こちとらやること沢山あるのに、お前が無理矢理ここに連れてきたんだろうがっ! それでその言い草……言っとくが、俺のせいで負けたー、なんて言うなよ」
「大丈夫大丈夫。最初から期待してないし」
「それはそれでムカツくな……」
 そんな梢を見て、観客席がどよめく。
「あれは……」
「ああ、間違いない。伝説のエプロン大魔王だっ!」
「え、それってしゃもじとおたまを手に、町中で暴れまわってた不良を掃討しちまったって言う!?」
「なんでも『五月蝿くてご近所迷惑だろうがぁぁ!』と叫びながら時速100キロで追いかけてきたとか」
「ひいいぃぃぃっ!」
 大会とまるで関係ない逸話が明らかになった。
「倉凪、お前そんなことしてたのか」
 零次の問いかけに、梢は答えにくそうに顔を背けた。
 どうやら、あまり思い出したくないものらしい。
『――――さぁ、それではそろそろ決勝戦を始めたいと思います』
 会場全体に亨の声が響き渡る。
 ようやく、最後の戦いが始まるときがきた。

 ミッションの内容は、洞窟の奥底に置き捨てられたチップを回収するというもの。
 洞窟内は入り組んでおり、様々な種類の兵器が用意されている。
 さらに場所によっては温度が急激に上がり、オーバーヒートを起こす可能性もある。
 水上を走らねばならない場面もあれば、かなりの高さを上らなければならない場面もあった。
 どんな局面にも対応できるバランス型のセッティングでないと、このステージを突破するのは難しかった。
 なお入り口はそれぞれ別々であり、どこでどのように合流することになるのかは分からない。
 ただ、どんな手段を使ってでも、チップを先に手に入れた方のチームが勝つのである。
「久坂君はこのゲームは?」
「ストーリーモード、それと最初から内蔵されているミッションは一通りクリアしました」
「バトルロイヤルやアリーナ経験は?」
「あります。ただし相手が美緒だったので、これまでに勝利したことはありません」
「……分かった」
 店長は頷いて、
「久坂君はバランス型のセッティングでやってくれ。武器は実弾でもエネルギー弾でもいいけど、実弾を推奨する」
「分かりました」
 なぜ、と問うつもりは零次にはない。
 この場においては店長に任せることが最上の案だと思ったからだ。
 その店長自身はというと、非常に軽量の機体を選んだ。
 機体の軽さ故に敵を翻弄できるが、武装も軽くなってしまうため攻撃力も下がる。
 素人には到底オススメできない組み合わせだった。
 だが店長は迷わない。
 なぜならこれが、対倉凪美緒において考えられる最適のセッティングだからだ。
 しかし。
「――なるほどにゃるほど、やっぱし店長はそう来るわけか」
 店長のセッティングを見て、美緒が心底楽しそうな笑みを浮かべる。
 それは強敵と戦うことを望むものが、最高のライバルを前にしたときのような表情。
「美緒ちゃんは、やはりそれか」
「これが私の、もっとも馴染んだボディだからね」
 美緒の機体。
 それは四脚中量級。
 ただし、その武装が異常だった。
「全て、近距離用……!?」
 零次が信じられない、といった風に美緒を見る。
 美緒の機体はビームサーベルを筆頭に、どれもこれも近距離線使用のものだけで構成されている。
 つまり遠距離戦は中距離戦に対してはほぼ無力。
 このタイプの機体はゲーム内にも何人か存在したが、そのどれもが『コツさえ掴めば簡単に倒せる』というものだった。普通の人間ではとても扱えない、使いにくい機体なのである。
 実際の対戦ともなると、この手の機体はあまりに無謀。
 それを「馴染んだ」と言い切る美緒に、零次は底知れないものを感じた。

『それでは、各選手それぞれコントローラーを手にしてください』
 亨の合図に、零次、店長、美緒、梢が応える。
 それぞれの顔は真剣そのもの。
 しかしそれは、このうえなく今を楽しむが故の真剣さであった。
『……決勝戦。悔いのない戦いをお願いします』
「当たり前だ」
「任せときなさい」
「にゃはは、ヤザキンってば格好つけてるー!」
「ま、やるからにはマジでやらせてもらうぜ」
 それぞれが、今。
『――――ミッション、スタート』
 高鳴る機械音と共に、四つの機神が起動する。

 爆発音。
 破壊音。
 駆動音。
 破壊と暴力に彩られた世界が創造されていく。
 行く手を阻む鉄の群は、命を持たぬ有象無象。
 ならば遠慮することはない。
 破壊して。
 破壊して。
 破壊して、破壊して、破壊して、破壊して、破壊して破壊して破壊して破壊して破壊して破壊し尽くす。
「こりゃいい感じにストレス解消になるねぇっ!」
 突如前方の壁から現れたキャノンを打ち砕き、店長はさらに機体を進める。
 速度重視であるこの機体、必然的に他の三機よりも進んだ距離は大きい。
 だが出入り口が違う以上、ゴールまでへの距離が同じとは限らない。
 一番遠いルートを選んでしまったのかもしれないし、そう考えると油断は出来ない。
 迷宮のようなこの洞窟、大会のためだけに用意されたものなので店長も未体験なのである。
 と。
 そこで、これでの狭い通路とは違う広い空洞へと出た。
「これまでのが廊下だとしたら、ここは客間ってことかなぁ?」
「そうだね。客間に客が訪れる――それは必然なのだ」
 にやりと、店長の対面に座る美緒が笑う。
 同時に、空洞に空いている無数の穴の一つから――四脚の機体が忽然と現れた。
「やっほー店長。楽しいダンスパーティの開幕といこっか!」
「いいねぇ。最悪で最凶で最良で最高のダンスを……踊って踊って踊り狂おう!」
 言葉は装飾に過ぎない。
 そんなものがなくとも、二人の戦いは既に始まっている。
 店長の放つ銃撃はことごとく回避され、その中で美緒の機体が一気に迫り来る。
 美緒は近距離重視。
 故に距離さえ保てれば怖くはない……とも言い切れない。
「てやぁーっ!」
 店長との距離はまだ詰めきっていない。
 そんな位置で、美緒は右腕のブレードを一閃。
 そこから光波が飛び出した。
「くうっ!」
 店長はこれを回避しきれない。
 右半分避けたところで、片足にぶつかってしまう。
 しかし店長とてただではやられない。
 光波が放たれる寸前には、大型ロケット弾を美緒の機体――の肩にお見舞いしている。
 互いに機体の損傷率が上がる。
 だがこんなものは序章に過ぎない。
 最強者たる店長と、それと同一の実力者である美緒。
 二人にとって、これは挨拶に過ぎない。
「挨拶の次は小手調べだね……やらせてもらうよ」
「やらせはせんよー!」
 最強対最強。
 決勝に相応しい戦いが、画面狭しと繰り広げられていく。

 互いに決め手に欠ける戦い。
 それは不毛に続けられているというのに、なぜか人を惹きつける。
「なんだ、この戦いは……」
 最高の機体と至高の機体がぶつかり合う。
 何度も激突し、火花を散らす。
何度も打ち合い、轟音を巻き起こす。
「こんなことなら、俺も出ておくんだったな……」
 その呟きは観客全員の心を代弁している。
 会場にいる誰もが、ゲームにさほど馴染みのないものまでもが――――魅せられている。
 それは破壊と暴力のはずなのに。
 なぜか、芸術を思い起こさせる。
 思わず、包帯を巻いた腕が熱くなる。
「いいものを見せてくれるじゃないか」
 だが、どれだけ崇高な戦いであろうと永遠に続くわけはなく。
 突如、店長たちのいる大空洞に――――漆黒の機体が現れた。

 零次は思考する。
 眼前には死闘を繰り広げている店長と美緒の姿がある。
 梢はまだここまで到達していないのか、あるいは一人だけ全く違うルートなのか。
 ここでどうするか、零次は思考する。
 加勢すれば美緒を倒せる。
 あれだけの使い手ならば時間はかかるだろうが、零次が加勢すれば勝てない話ではない。
 だが。
 零次はちらりと店長と美緒の姿を見やると……一目散に、大空洞を抜けていく。
 店長が零次を見る。
 そしてかすかに頷いた。
 そのまま零次の姿は大空洞から消え去っていく。
 完全に見えなくなった頃、美緒は冷や汗を拭う。
「置いていかれちゃったねぇ、店長。久坂さんが加勢すればまず間違いなく私を倒せたのに」
「折角のガチンコバトルに水を差されたくないんでね。僕は気にしちゃいないよ」
「……どこからどこまでが本音なのかなー」
「さぁて。ただ一応、このミッションの目的は忘れてないけどね」
 あまりに激しすぎる戦いに観客たちでさえ忘れていた、この戦いの勝利条件。
 それは、洞窟の最深部へ辿り着き、チップを先に入手すること。
 それならば、零次が先に向かったのは――間違った判断ではないのである。
「それでも私が店長負かして久坂さん追いかければ、こっちの勝ちは決定だけどね」
「確かに今の久坂君じゃ、君の相手はあまりに荷が重い」
 だがね、と店長は笑い……大型エネルギー銃『フェンリル』を構える。
「ここで僕が君に勝てば、無問題だ」
「……それはこっちも同じこと」
 美緒が、両腕に装着されているブレードを前に突き出す。
「なら、結局僕らがやることは決まってるねぇ」
「小手調べも済んだし、そろそろ本気でいこっか」
「そうだねぇ。長々とやってもお客さんに悪いし……」
 二人はしばし黙考。
 やがて同時に、
「三分てとこかな――――!」
 ……駆け出した。

 駆ける。
 駆ける。
 駆けながら思う。
 今日一日のこと。
 今までにないくらい、充実した一日。
 それは大変でありながら、同時に楽しいと思える……全く未知の感覚だった。
「あと少し」
 あと少しで到達する。
 いくつもの道に分かれているこの洞窟。
 しかし、どの道を選んでも“最深部へ向かうことになる”という。
 ならばそう遠くないうちに。
 今日一日を締めくくる、ゴールが見えてくるはずだった。
 が。
「……っ!」
 零次が突き進む道。
 その先にある壁を突き抜けて、翠玉の機体が飛び込んでくる。
「倉凪っ……!」
「よう久坂。どうやらゴールは近いみたいだなっ!」
 挨拶代わりに梢がマシンガンを撃ち放つ。
 完全に回避することが難しいと判断した零次は、梢の機体へと突っ込んでいく。
 漆黒と翠玉の激突。
「うおっ!?」
 衝撃に少しよろめく翠玉の機体。
 しかし倒れ際に左腕のブレードを放ち、漆黒の機体にもダメージが加わる。
 両者は互いを警戒するように距離をとる。
「……久坂、お前と勝負するのはこれで何度目だっけな」
「初めてだ」
 不意の問いかけに、零次は迷うことなく断言して答える。
「勝ち負けを競う“勝負”はこれが最初だ。“アレ”は勝負とは言わん」
「なるほどねぇ。そいで、もう一つ質問だ」
「何だ?」
「勝負。楽しいか?」
 笑いながら問いかけてくる。
 もう零次の答えなど知っていて、あえて聞いているように見えた。
 だから零次は、ややシニカルに笑って、
「――――お前以上に楽しんでいることは確かだ」
 機体が動き出す。
 狭い通路の中で、鉄の巨人が二体ぶつかり合う。
 それは店長と美緒の戦いに比べれば、レベルは低い。
 しかしこの場においてはレベルなどは……関係ない。
 ここで必要なのは、執念だった。
「たまには俺に勝たせろよ、久坂」
「言ったろう、『勝負はこれが最初になる』と。故にそんな要求は聞けんな」
「そうかい……」
 火花が二機の間に散り続ける。
 破砕音が鳴り響き、これがゲームでなければ洞窟が崩れそうな勢いだった。
 ただ、梢の方が押されている。
 友人たちと一緒のときくらいにしかゲームをやらない梢と零次とでは、戦力差があり過ぎた。
「チッ、正攻法じゃ分が悪いか」
「そういうことだ。悪いがこのまま倒させてもらうぞ」
「そうはいくかよ。やるからには“とことん全力でやらせてもらう”のが俺流なんでなっ!」
 言って――梢は、零次に背を向けた。
 機体の背にあるブースターが発光する。
「っ、しまっ――」
「遅い!」
 零次が止める間もなく、梢は――翠玉の機体は、戦線を離脱した。
 そう。
 あくまでこの勝負の勝利条件は『先にチップを入手すること』なのである。
「今俺が出来ることを全力でやるって言ったら、これぐらいだ」
「ちぃっ、行かせるか!」
 漆黒の機体も同様にして後を追う。
 しかし差はなかなか縮まらない。
 どうも、かすかに梢の機体の方が移動速度が上らしい。
「このままでは、追いつけない……!」
 零次はすがるような気持ちで、自らの武装の照準を梢へと向ける。
 爆音と共に無数の銃弾が放たれ、梢の機体を直撃。
 それでも梢は止まらない。
 ここで止まれば負けるということを理解しているからだ。
 逆に追いつき、梢を撃破すれば零次の勝ち。
 今まさに、決着の時が訪れようとしている。

「これは、どうなるかなぁ」
「さぁねぇ。お兄ちゃんには頑張ってもらいたいとこだけど」
 観客たちと共に決戦を見守る店長、そして美緒。
 二人の戦いは、実に劇的な終幕を迎えている。
 相打ち。
 美緒はかろうじて店長の機体を撃破したが、店長が残した自動追尾ビットによって自身も撃破された。
 つまり二人は、もはや他の観客たちと同様に、勝負を見守るだけの存在となったのである。
「だけどまぁ、もうすぐだね」
「だね。いよいよ終わるよ、この大会も」

 視線の先には翠玉の機体。
 距離は縮みつつあるが、もはや悠長なことは言っていられない。
 なぜなら頭部レーダーに、チップの反応が現れたからだ。
 つまり、もうすぐ。
 残り三十秒とないうちに、最深部へと辿り着く。
 このままでは負ける。
 追いつくことはもはや諦めたほうがいい。
 かと言って撃破するには、梢の機体にダメージが少ない。
(ならば)
 残された道は一つ。
 否、他にもあるのかもしれないが……零次はその一に賭けた。
 ――闇から突きぬけ、先ほどの大空洞にも似た場所へと出る。
 円形に作られた古代遺跡の内部。
 その中央に、チップが置かれている。
「悪いな久坂、あれは俺が貰うぜ」
「そうはいくかっ!」
 二機の疾走は止まらない――むしろ、極限までに速度が上昇している。
 チップ目掛けて、一直線に。
 二人はカウントダウンを始める。
(3)
 梢は勝利へのカウントダウン。
(2)
 零次は、決行へのカウントダウン。
(1)
 集中する。
 ミスは許されない。
 ――――絶対に勝つ。
「……0」
 漏れた声は、どちらのものか。
 その瞬間、梢の機体の腕がチップを掴まんとし――――
 ――――――刹那、爆発が起きた。
「なっ!?」
 このタイミングで攻撃されるとは思っていなかったのだろう。
 梢の機体は右腕を吹き飛ばされ、零次の方へと向き直る。
 そこには、肩にセットした大型ロケットを梢へと向ける漆黒があった。
「勝利を確信した瞬間――――そこが一番の狙いどころだ」
 そのまま零次は止まることなく……
 ――――――。
 決着は終焉を迎えた。

 表彰台の上には二人の人間が立っていた。
 店長と、久坂零次。
 観客たちの視線を受けながら、零次たちは手製の表彰状と優勝カップ、そして賞品を貰った。
 その後が大変だった。
 なにしろ優勝した二人である。
 観客たちが押し寄せるように二人へ群がり、対戦を希望したり、コツを聞いたりしていた。
 それらを切り抜ける頃には、もう夜の八時を回ろうとしていた。
「……すごかったねぇ」
 驚きを口にする遥。
 実際に、零次や店長はゲーマーたちの間で飛躍的に人気を高めたことになる。
「零次さん、対戦申し込まれまくってたもんね」
「くさぴょん、すごい人気だねっ!」
「……正直、疲れた」
 呟く零次は、どこか髪型が崩れていたり、衣服も崩れていたりした。
「でも楽しかったろ」
 店長が零次の肩を叩きながら、確認するように尋ねる。
 零次は困ったように笑って、
「ゲームは面白いですがね」
 とだけ答えた。
「さーて、それじゃ飯でも食いに行くか」
 梢がパンパンと手を叩きながら一同に告げる。
 美緒に引っ張られて梢がここに来てしまったため、家では何も用意されてないのだった。
「お、それじゃ雅ちゃんも呼ばないとねっ!」
「なんだ、まだ続くのか」
「でも、たまにはこういうのもいいじゃねぇの」
「私お寿司ー!」
「僕はピザが食べたいです!」
 口々にはしゃぐ一同。
 そんな彼らを見ながら零次はぽつりと、
「……日常か」
 夜空を見上げる。
 かつて自分が否定したもの。
 その中に、これほどまでに溶け込んでいる自分がいる。
 そのことが少しだけ可笑しくて、少しだけ嬉しかった。
「零次さーん、何やってるのー! 置いてくよー!」
 しばし思考をめぐらせている間に、他の面子は先に進んでいた。
 ずっと先へ。
 それに置いて行かれないように。
「今行く!」
 手を振って、走り出す。
 ――願わくば、こんな日々がまだ続くように。