異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
進路希望
 ケース1<榊原遥>
 朝月学園、3-A。
 そこで弁当を広げながら、四人の少女たちが雑談している。
 遥や雅たちだった。
「そういえば遥は進路とかどうすんだい?」
 がつがつと唐揚げを頬張りながら雅が尋ねる。
 そんな雅を横では沙耶が羨ましそうに見ているが、誰も気には止めなかった。
「進路……うーん、実はあんまり考えてなかったり」
「それはまずいだろ。あたしら一応受験生なんだし、そろそろ決めないと」
 今は十一月。
 十二月には朝月大学への内部入試があるのだ。
「にゃはは、でも私はあんまし気にしてないのだー!」
「沙耶は内部進学だからな――雅も」
 どこか恨めしそうに呟くのは綾瀬由梨。
 会話から察するに、彼女は朝月大学へは進学しないのだろう。
「由梨ちゃんはどこに?」
「東大だ。東京大学」
「……」
 ほえーっとした表情を浮かべる遥。
 どうやら東大についての知識はまるでないらしい。
「それってやっぱり、難しいの?」
「……普通の大学が偏差値40~50だとすると、東大は70前後」
「へ、偏差値?」
 遥は偏差値についてもよく分かってない。
 横で話を聞いていた雅が苦笑しながら、
「朝月大学は大体100点満点中70点前後。東大は100点取るくらいじゃないと無理ってとこだね」
「うわっ、それ凄いね!?」
「……ああ、まぁ大変なんだ」
 どことなく疲れたように由梨は言った。
 受験勉強のせいかもしれないし、他に原因があるのかもしれなかった。
「で、遥ちゃんはどうすんの? やっぱし倉リンと同じとこ行きたいのかな~?」
 ニヤニヤと親父臭い表情を浮かべながら脇を突いてくる沙耶。
 遥はくすぐったさに身をよじらせながら、
「梢君は調理師免許取るために専門学校行くんでしょ? だったら私は違うかな」
「なんでさ、遥も料理とか好きなんだろ?」
「うーん、好きは好きなんだけど……私の場合は趣味的と言うか、なんというか」
 少なくとも梢のように、生涯を賭してまでその道を行こうとは考えていない。
「とりあえず料理の道を行こう! って決めるには早過ぎると思うんだ」
「ふーん、それじゃどんなことしたいんだい?」
「あー……」
 今まで考えたこともないのだろう。
 遥は険しい表情を浮かべると、むーむー唸りながら首をひねり出した。
「むー」
「……」
「むむー」
「……」
 あまりに長いため雅たちは食事を再開。
 その間も遥は考え続けていたが、やがて、
「洗濯、かなぁ」
「……え?」
 突然出てきた言葉に、雅たちは揃って間抜けな反応を返してしまった。
「お洗濯。私お掃除とかはよく失敗しちゃうんだけど、お洗濯なら得意だし。気持ちいいし」
「遥、それはクリーニング屋になりたいってことかい?」
「多分」
 クリーニング屋に関してもよく分かってないらしい。
 どこか自信なさそうに頷いた。
「でも洗濯で気持ちいいとは、どういうことだ……?」
 分からない、といった風に由梨が疑問を投げかける。
 遥は突然立ち上がって、窓から自分の上着をかけた。
「こうして干してね」
「ああ」
「それを見ながらゆっくり日向ぼっこするの」
「多分クリーニング屋でそれは無理だ」
 間違いは正さねばならないとばかりに、厳格なツッコミを入れる由梨だった。

 ケース2<綾瀬由梨>
「それじゃ由梨ちゃんはなんで東大行こうと思ったの?」
「私は……特に理由はないが」
「斎藤がICUとか慶応狙ってるから、見返そうと思って東大狙ってるんだろ」
 横から雅が茶々入れる。
 由梨は少し不快そうに顔を歪めたが、特に反論はしなかった。
「そういえば前から疑問に思ってたんだけど」
「ん、なんだい遥」
「由梨ちゃんて、なんでそんなに斎藤君を敵視してるの?」
 ピシリと、空間が凍りついた。
 どうやら由梨の前で迂闊に斎藤の名を告げるのは危険らしい。
「……ふふふ、理由は色々あるのだがね」
 めらめらと黒い炎を背後に浮かび上がらせ、由梨は不気味な笑みを浮かべる。
 相当怨念のこもった表情だった。
「た、例えば?」
「まず出会いが最悪だった。なにしろ――――」
 深く低い声で由梨が告げようとした、まさにそのとき。
「――――ビンタ十発、拳三発」
 どこからともなく、斎藤恭一その人が現れた。
「あれは痛かったなぁ。あと蹴りも三回ほど――」
「……斎藤恭一」
 ぎりぎりと歯軋りをしながら、由梨は斎藤を睨む。
 斎藤も負けじと由梨に鋭い眼光を投げかけた。
「この場で決着を着けてやろうか……!」
「いいだろう。そろそろ決着を着けておかねば、受験前の心残りとなる」
「ならばこれから体育館だ。そこでケリをつけてやる」
「はっはっは、君が僕に挑戦するときはいつもそういう。それも聞き飽きたがね」
「……っ!」
「くくく」
 めらめらと、どころではなく教室一帯を覆いかねない炎が浮かび上がるようだった。
 そんな二人のやり取りには誰もが慣れている。
「でも、なんだかんだで仲良さそうだよね?」
「そう言えるあんたは大物だよ」
 にこにこと笑う遥の横で、雅は大きく溜息をつくのであった。

 ケース3<藤田四郎>
「進路ねぇ」
 放課後の教室。
 下校する生徒たちが多い中、遥は藤田と雑談に興じていた。
「もし甲子園まで行けてたら推薦あったんだけどね。それもなかったことになったし」
「推薦?」
「ああ、東京の方の大学からね。特待生として来ないかって話があったんだよ。その条件が甲子園出場」
「……」
 ほえーっとした顔の遥。
 横で話を聞いていた梢が察して、
「甲子園てのは、高校生がやる野球の凄い大会だ」
「凄いの?」
「ああ、凄いぞ。プロ野球よりもある意味凄い」
「そうなんだぁ……」
 分かったような、分かってないような微妙な反応だった。
「点数にするとどれくらい?」
「え?」
「点数にすると」
 遥は昼間の雅の例えを思い出して尋ねた。
 しかし、当然梢にそんなものが分かるはずもない。
「て、点数……? 9-5とか?」
「なんで9-5なんだよ」
 藤田が半眼でツッコミを入れる。
 遥はますます混乱しているのか、目を点にさせていた。
「ちなみに俺たちの引退試合は0-3だったな」
「1点も取れなかったみたいだもんなぁ、お前ら」
「うるせ」
 小突きあう馬鹿二人。
「0点……? 東大が100点で、野球は0点……」
 遥の頭の中で、野球に関する位置づけが決まってしまった。
 後日、梢がこれに気づいて修正を試みるも、どれだけ修正できたのかはっきりしていない。

 ケース4<久坂零次>
 帰宅すると、零次が道場の中から出てきた。
「む。今帰りか」
「うん、ただいま。また瞑想してたの?」
「そんなところだ」
 零次はよく道場内で瞑想を行う。
 日々精神を鍛えねばならぬというのが彼の言い分だった。
 毎日身体を動かし続けて鍛えている梢とは対照的である。
 ふと気になったので、遥は零次にも尋ねてみた。
「そういえば久坂君は、進路って決めた?」
「いや、全く考えていないな」
 きっぱりと言い切った。
 潔すぎるほどに言い切った。
「そもそも俺たちは将来のことを考えられるほど、世間のことを知っているわけではない」
「あ……そっか」
 考えてみれば、遥も零次も一般社会とは程遠い場所で育ってきた。
 いきなり将来なりたいものを考えろと言われても、判断材料すらろくにないのが現状である。
「だから俺はまず大学に入る。そこで世間にまみれながら、少しずつ決めていこうと思う」
「……久坂君って、しっかりしてるんだねぇ」
「お前はもう少し、しっかりした方がいいな」
「久坂君って、たまに意地悪だよね?」
「褒めても何も出んぞ」
 そう言った瞬間、零次の顔面に遥の鞄アタックが放たれた。
 零次は紙一重でそれを回避すると、汗を浮かべながら遥から距離をとる。
「……最近冬塚といい、お前といいツッコミに容赦がなくなってきたような気がする」
「それだけ親しくなってきたってことだね」
「親しき仲にも礼儀あり、だ」
「それは久坂君に言いたいよ」
 反論できなかった。

 ケース5<倉凪梢>
 台所で一緒に夕食を作りながら、遥はちらりと梢の横顔を覗いてみた。
 ――――ここが我の死に場所よ。
 そう言わんばかりに気迫に満ちた表情である。
 真剣そのもの、料理漫画の主人公やってます、といった雰囲気だった。
 そして出来上がる料理は、どれも外れがない。
 十年近くに渡る料理の日々、その証明がそこにある。
「今日もいい仕事したぜぇ……」
 ふぅ、と汗を拭いながらポカリを飲む。
 まるでスポーツ直後の選手みたいだった。
「ねぇねぇ梢君」
「……」
「梢君梢君」
「……」
「梢君梢君梢君っ」
「……ぷはっ。なんだよ遥、人がポカリ飲んでるときに話しかけるな」
「ごめんごめん。で梢君、なんで梢君は料理しようと思ったの?」
 その問いかけに、梢はしばし固まった。
 やがてわなわなと震えだしたかと思うと、今度は涙を流し始めた。
「……っ。そりゃお前、俺以外に誰がやるんだよ。毎日レトルトで済ませっていうのか!?」
「あ、あー……」
 遥も失言に気づいた。
 昔は梢以外に料理できる人間がこの家にいなかったのである。
 榊原は普通に下手だし、美緒はキリングシェフ。
 生き延びて美味い飯を食べるためには、梢が作るより他なかったのだった。
「で、でも梢君料理が本当に好きそうだから。嫌々やってるだけじゃないんだろうし、だったらなんでそんなに一生懸命なのかなーと」
「ああそういう意味か」
 溢れる涙をどうにか抑えながら、梢はテーブルの上に並べた食事に視線を向けた。
「遥。お前あの飯見てどう思う? 率直な感想をくれ」
「え? えーと……」
 色鮮やかなおかずの数々。
 温かそうな湯気をあげる味噌汁にほかほかのご飯。
「――――お腹空いたなぁ」
「率直過ぎだ」
 べし、と脳天にチョップをお見舞いされる。
 遥は涙目になりながら梢を睨んだ。
「梢君馬鹿力なんだからもっと優しくしてよっ」
「へいへい。ま、それはともかくだ」
 梢は再び夕食に目を向ける。
「ああやって美味い飯を作れば、皆の腹も膨れるし、心も膨れるからかな」
「心が膨れる……?」
 破裂しないだろうか。
「……またお前変なこと考えてるだろ」
「か、考えてないよ? うん、破裂するなんて考えてない」
「考えてるじゃねぇか」
 はぁ、と溜息をつく。
「ま、そんな風に誰かの役に立ってることが嬉しいってこった。美味い飯食えば皆良い顔するもんだし」
「そっか……そういえば私も始めて食べたとき、すごく感動したし」
「そう言って貰えれば光栄だ。料理の腕前上げようとしたり、一生懸命やったりすんのはもっと良い顔を見てみたいって欲求だわな」
 梢は人のために行動するときこそ全力をあげる。
 だから、この理由は彼らしいもののように思えた。
「お前はさ」
「ん?」
「そう焦って将来のこととか考えなくてもいいと思うぞ。ゆっくり決めろ、ただし後悔はしないようにな」
「あ……うん」
「もし就職先が見つからなかったら、将来俺が建てる予定の喫茶店で働かしてやるよ」
 ポンポンと遥の頭を叩きながら、梢はからからと笑っていた。

 ケース6<榊原幻>
「なんで俺が刑事になったか?」
「うん。ちょっと気になって」
 風呂上り。
 寝間着姿でリビングに向かうと、丁度仕事から帰ってきた榊原と鉢合わせた。
 折角だから大人の意見も参考にしようと思ったのである。
「俺のときは色々あったからな……ま、刑事になろうと思ったのは性格だ」
「性格?」
「昔からニュースとかで犯罪者とか見てるとムカムカしてな。俺から言わせりゃ『甘ったれてんじゃねぇよ』といったところだ。そういった言葉を直に甘ったれどもに叩きつけてやりたいから刑事になった」
「なんか手厳しかったんだね、昔から」
 ある意味榊原らしいと言えなくもないが。
「で、公務員試験を受けてエリートコースに乗った。そこまでは良かったんだが」
「何かあったの?」
「まずクソ親父……お前からすれば義理の爺さんだな。あのハゲに勘当された」
 名門榊原家唯一の後継者たる幻に、危険な仕事をさせたくなかったらしい。
 しかし榊原はそれに反発し、父親と三日三晩死闘を繰り広げた挙句家から飛び出したのである。
「しばらくは三嶋のとこで厄介になってたんだが、奴とも喧嘩別れした。仕方ないから上京して、紆余曲折を経て本庁勤務となった。しかしそこの連中がまたせこい官僚の集団でな。折り合いが悪く、色々と揉めた挙句に秋風署に転勤だ」
「波乱万丈の人生だね……」
 普通に警察官の道を辿って秋風署勤務になったのだと思っていただけに、遥は驚いた。
「最初に選んだ道が自分に適切なもんとは限らんということだ。人生なんて試行錯誤の繰り返し、本当の意味での答えはありはしない。大事なのは何かをすること、後悔を活かすこと、だな」
「無理な道なら、別の道を探せばいいってこと?」
「そういうことだ。ま、こんなご時世だから好き勝手に出来るわけではないがな」
 遥は感心したように頷いた。
「で、何か希望はあるのか」
「うーん」
 榊原の問いかけに、遥は首を捻った。
 しばらく悩んでいたが、やがて、
「今は朝月大学に行きたい。そこで皆と一緒に色んなものを見ながら決めていきたいな」
「それをはっきり言えられるなら上出来だ」
 満足そうな笑みを浮かべて、榊原はリビングから去っていった。

 ケース7<高坂雅>
「で、結局大学進学にしたんだね」
「うん。朝皆とも相談したけど、それがいいんじゃないかって」
「そうだねぇ。ま、ゆっくりと見極めていけばいいさ」
 親父臭い仕草で牛乳を飲みながら雅は上機嫌そうに笑った。
「雅ちゃんも朝月大学だよね?」
「ああ、あたしと沙耶、それに藤田に久坂が朝月大学進学予定みたいだね」
「割と皆そのまま進むんだね」
「由梨や斎藤は成績がぬきんでてるし、倉凪は成績がアレだから進学厳しいしね。そういった理由がないなら、割合皆このまま進学するんじゃないかな」
「成績か……」
 遥はふと、隣で眠りこけている沙耶を見た。
 察した雅は苦笑する。
「沙耶は普段成績悪いけど、テストではギリギリ赤点は免れてるからね」
「そうだよぉ~。倉リンの9点には敵わないんだよぉ」
「9点……」
 遥の脳内で、梢の位置づけがどうなったのかは不明である。
「でも、大学進学しても皆同じクラスになれるといいね」
「……は?」
 雅は口をあんぐりと開けて遥を見た。
 しばし躊躇した後、恐る恐るといった様子で、
「遥。あんた、もしかして大学についてあんまり知らない?」
「え?」
「……知らないんだね」
 大袈裟に溜息をつく雅。

 ……その日、学部、学科について聞いて回る遥の姿が目撃されたというが、それはまた別の話。