異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
生徒会長と罰ゲーム
 朝月学園高等部生徒会。
 教員たちに匹敵、あるいはそれ以上の発言力を持つ組織。
 実質的に高等部の学園生活を運営しているのは大半が生徒会である。
「今日も平和だわ……」
 生徒会室になぜか用意されているこたつ。
 その中でぬくぬくとしながら涼子は呟いた。
 生徒会は行事などの時期は忙しいのだが、そうでないときは案外暇だったりする。
「そんな会長に朗報ッスよ!」
 と、まるで運動部の先輩に対するような言葉遣いで現れた女子が一人。
 生徒会会計を務める、仲橋由井子だった。
 生徒会と共に女子ソフトボール部にも所属しており、いつもはきはきした性格が周囲から愛されている少女である。
 そんな彼女が手にしているのはトランプだった。
「今生徒会秘密ボックス見てたらこんなものがあったッス!」
「あ、いいわねそれ。暇つぶしにやろっか」
 そう言って涼子は左右に視線を向ける。
 そこでは『月刊カスタマイズ』を読んでいる零次と、ねこと遊んでいる美緒がいた。
 四人ならばトランプをやるにもちょうどいい人数である。
「美緒ちゃんに零次さんもやる?」
「あーやるやる! 賭けポーカーしよ、賭けポーカー!」
「駄~目。一応ここは規律を重んじる生徒会の本拠地なんだから」
 そんなところになぜこたつやらゲーム機やらコーヒーメーカーやら冷蔵庫やら鍋やらがあるのかは疑問だったが、それは誰も口にしなかった。
「零次さんは?」
「勝負事ならば受けて立とう」
 表面上は物静かだが、密かに燃えているらしい。
 どうも最近、勝負事に熱中しているようだと涼子は思っていた。
「で、由井子ちゃん。何やるの?」
「そッスねぇ……大貧民(大富豪)はルールが諸事情でややこしいッスから。ババ抜きとかポーカーが定番じゃないッスか?」
「んじゃババ抜きね。ディーラーいらないし」
「了解。それじゃ罰ゲームを各々三枚ずつ書いてこの箱に入れてください!」
 じゃーん、とどこからともなく箱を取り出す由井子。
 四人はちらちらと他の三人の顔をうかがいつつ、それぞれ罰ゲームを書き込んでいく。
 そのときの微妙な緊張感は、なんとも言えぬ空々しさを漂わせていた。
(ふふーん♪ さぁて、零次さんたちはともかくとして美緒ちゃんが怖いわねー)
(悩んでる会長も凛々しくて格好いいッスねぇ……憧れるッス)
(にゃははははは。さぁて、とびきりトンデモナイやつにするのだー!)
(罰ゲーム……拷問か何かか? しかしそれは彼女らにはキツイだろうしな……ううむ)
 約二名物騒なのがいるが、そんなことはお構いなしにそれぞれ筆が進められる。
 それらの紙は何重にも折りたたまれ、誰にも中身を見られることなく箱の中へ。
「さて、それじゃ始めますよー」
 由井子の呑気な声と共に――――やがて激化する、凄まじい戦いが始まろうとしていた。

「ふっ、勝った」
 最後の一枚を手にして固まる涼子の前で、零次は嬉しそうに唇を吊り上げた。
 他の二人はとっくにあがっていて観戦モードである。
「うう、私が負けるなんて……」
「涼子ちゃん、はい箱♪」
 がっくりとうなだれる間すら与えず、涼子に箱を突き出す美緒。
 親友相手とはいえ容赦はない――というより、美緒は親しければ親しいほど容赦がないのだが。
 涼子は心底嫌そうに箱を見た。
 過去の経験上、少なくとも美緒の書いた三枚は“外れ”確実である。
「うぅっ、美緒ちゃんの書いた罰ゲームが当たりませんように……」
 恐る恐る涼子は箱に手を入れる。
 そのままがさごそと、やけに念入りに紙を選び出そうとしていた。
「紙の折り方には各人の特徴が現れるはずだからそれを元に美緒ちゃんのを引かないように――」
 そして、散々悩んだ挙句に一枚を引き当てた。
 涼子は勢いよく紙を広げる。
 そして見る見るうちに、顔を真っ青にした。
「どうしたッスか会長!?」
「あらら、私のが当たった?」
 残りの三人も紙を覗き込む。
 そこには無慈悲にもこう書かれていた。
『寒さに耐える訓練:上着を着用せずに外で十分耐えるべし』
 一同の視線は外に向けられる。
 ――――ここぞとばかりに雪が大量に降り注いでいた。
「零次さんでしょっ、これっ!?」
「うむ。まぁこの程度なら軽いと思ってな」
「軽くないわよ、今日最高気温が一度なのよ!?」
「俺なら容易い」
 零次と涼子を同じレベルで考えてはいけない。
「でも涼子ちゃん、罰ゲームだし」
「十分くらいなら自分も大丈夫ッス! 会長、頑張るッスよ!」
「うう、私あんまり身体強くないんだけどな……」
 ぼやきながらも、重い足取りで生徒会室から出て行く。
 そのまま玄関へと向かう。
 外はかなりの大雪で、今夜は積もるだろうとニュースでは言われていた。
「寒っ!」
 両腕で身体を抱きこんでも、なお寒い。
 というよりまるで温かくなった感じがしなかった。
 おまけに朝月は制服であるため、女子はスカート。
 短くはないのがせめてもの救いだが、それでも足が異様に冷たい。
「あうあうあうあうあうあうあうあう……」
 ガチガチと歯を鳴らしながらも耐え続ける涼子。
 そこに、ジャージ姿の一戸がやって来た。
 生徒会顧問という縁から、涼子とは知らぬ仲でもない。
 彼は涼子を見つけると、ほう、と感心の声をあげた。
「寒さに耐える訓練か? さすがは冬塚、根性があるな」
「あ、あははははは……そ、そそそそんなところです」
「うむ、やはり若いうちに身体は鍛えておかんとな。よし、俺も付き合おう」
「え!?」
 涼子は嫌な予感がした。
 こうなると一戸はなかなか相手を放さないことで有名なのである。
「よし、これから三十分! それくらいは大丈夫だな!?」
「だ、だだ大丈夫じゃなーい!」
「ん、風のせいでよく聞こえんぞ。まぁいい、はりきっていこう!」
 わざとではなく素で言っている辺り、一戸は性質が悪い。
 ……結局涼子が解放されたのは、三十分後のことだった。

「やるわよ」
 ドスの利いた声で涼子は宣言する。
 その姿は散々なもので、頭や肩にはまだ雪が乗ったままだった。
 生気が感じられないため、雪女のようで怖い。
「え、ええと会長……やるって何を」
「トランプ。あと十一枚残ってるでしょ、罰ゲーム」
 ふふふ、と腹の底から響き渡るような声。
 恐怖の女帝が現れた。
「まさか、全部引くまでやるつもりッスか!?」
「当たり前でしょ。借りは返すわよ私は」
「あわわわ、会長のリミッターが外れたァァ!?」
 ぞくりとするような笑みを浮かべる涼子を前に、由井子が絶叫する。
 美緒ですら少し引いていた。
 が、零次だけはいつもと変わらない表情のままである。
「いいだろう、受けて立つ……返り討ちにしてくれるわ」
 さらに挑発するような発言。
「んじゃ、私がトランプ切るわよ……」
「か、会長。もうちょっと優しく切ってくださいッス」
「ふふふふふ」
 聞いているのかいないのか、涼子は不気味な笑みを浮かべながらトランプを切るのだった。

 ババ抜きを開始してすぐに異変は訪れた。
 由井子の様子がおかしいのである。
 ちらりと涼子の方を見たかと思うと、泣きそうな顔で零次の方を見る。
 だが別に助けを求めているわけではない。
(冬塚め、仲橋を味方につけたな)
 涼子の方を見てアイコンタクトで指示を伺い、標的であろう零次の方を見る。
 泣いているのは、単純に冬塚から発せられるオーラが怖いのだろう。
 ちなみに順番は、美緒→由井子→涼子→零次。
 ジョーカーを引くかどうかは、涼子と零次の一騎打ちにかかっている。
 既に美緒はあがり、零次が残り二枚、涼子が残り三枚、由井子が残り二枚。
 ほとんど終盤になっていた。
「由井子ちゃん、貰うわ」
「は、はい」
 由井子の持つカードのうち、涼子は左側にあるカードに手を伸ばす。
 刹那、由井子はビクッと表情を強張らせた。
 だが涼子は気にせず――むしろ嬉々とした様子でそれを引く。
 捨てない。
(ジョーカーを、わざと引き当てたな)
 零次の手札にはジョーカーがない。
 つまり涼子たちのうちどちらかが持っているということであり……
(昔から冬塚は負けん気が強かった。俺と勝負するためにわざと引くくらいのことはするだろう)
 もっとも負けず嫌いなのは零次も同じ。
 その挑戦を真正面から受けて叩き落してやろう、という腹がある。
 涼子が零次に手札を出してきた。
 四枚。
 ジョーカー以外を引き当てれば、由井子のカードとダブらない限りあがり可能。
(冬塚よ、勝負事は厳しい……それを知るがいい)
 零次は鋭い視線でカードを見据えている。
 彼はあるモノを探していたのだった。
(あのジョーカー、一見なんでもないように見えるが……よくよく注意して見ると、少し角が丸くなっている)
 古いトランプだとこういうことがよくある。
 当然ジョーカーに関しては事前に四人で確認し、問題なしと判断されていた。
 ただし、零次はわずかな差異に気づいた。
 それを言わない辺り、結構せこい。
 零次の視線はやがてそれを捉えた。
 涼子の手にしているカード、その一番左端のカード。
 やや角が丸くなっている……!
「冬塚。悪いがこの勝負貰った」
 口元を歪めて、零次はその隣のカードを引き抜く。
 勝利を確信しながら見たそのカードは……
「なっ!?」
 ――――ジョーカーだった。
「ふっふのふー。私だってそれくらいには気づいてるよ?」
「あー角が丸くなってたってやつ?」
「え、なんですかそれ。先輩?」
 どうやら由井子以外は全員気づいていたらしい。
「零次さんがジョーカーの差異を利用する。それは最初から見抜いてたからいいんだけど、問題はどうやってジョーカーそのものを引かせるか、だったのよ」
「……何か、俺のクセでも見つけたか」
「秘密ー」
 にんまりと笑みを浮かべて、涼子は箱を突き出す。
 恐怖の罰ゲーム箱である。
 零次は涼子ほどの緊張感はないらしく、あっさりと紙を引いた。
 が、その余裕も虚構に過ぎなかったのか。
 零次の顔面には、すぐさま脂汗がびっしりと浮かび上がった。
『異性の服に着替えて、誰かと遭遇するまで校内を歩き回ること』
「こ、これは……」
「女装ッスね」
「零次さーん」
 にっこりと微笑みながら涼子はあるものを取り出してきた。
「去年どこかのクラスが喫茶店で使ったものでね、余ってたのよ」
「……冬塚、さすがにこれは。その、とてもヒラヒラしているのだが」
「だってこれ、メイド服だし」
 言いながらも涼子はずい、と零次に服を突きつける。
 いくら常識知らずの零次でも、この格好が異常だということは分かる。
 だが抵抗虚しく、ついに零次は女子三人に組み伏せられることになってしまった。

「部活、いい感じだね」
「はい。これなら卒業式、いい演劇ができそうですっ」
 廊下を歩くのは二人の少女。
 演劇部部長の笹川志乃と、部員である遥だった。
 二人はまだ部活の熱が冷めないのか、やや興奮気味に会話をしていた。
 ……が。
「それで――――……?」
 何の前触れもなく、それは現れた。
 階段へと曲がる角。
 そこで突然、眼前に零次が現れた。
 しかも、なぜかメイドの格好。
「……」
「……」
 時が止まる。
「……」
「……」
「……さらば」
 零次は「用は済んだ」と言わんばかりの素早さで去っていく。
 残された二人は、しばし無言で立ち尽くしていたが――――。
「はうっ」
 やがて、揃って卒倒した。

「さて次は」
「誰かな?」
 ふふふ、と漏れる笑い声は零次と涼子のもの。
 一旦罰ゲームという地獄を味合わされた者はある意味吹っ切れる。
 さらには悲惨な境遇にあったという連帯感まで働き、未だに罰ゲームを受けてない者を陥れようと連携を組む。
 その恐ろしさを知っているからこそ、美緒はぞくりと震えるような寒気を覚えた。
「くっ……由井っち! 死ぬ気でやるよ!」
「あうううぅぅ。会長には逆らえませんよー!」
 泣きながらもカードを手にする由井子。
 同様に美緒はカードを手にしながら次々と捨てていく。
 もはや美緒の眼には、残されたカードが死神のように見えた。

『教頭のヅラを取る』
『カップル発見し次第二人の中間点を突破せよ』
『雪の中に十分間埋もれる』
『一戸先生に「十円ハゲ」と言う』
 その後も様々な罰ゲームが飛び交い、やがて時間も遅くなった。
 生徒会室には零次と涼子の二人だけ。
 美緒はさすがに疲れたと言って先に帰り、由井子は部活仲間に呼ばれていった。
 二人はぼろぼろになっていた。
「あー……零次さん、生きてるー?」
「……肯定」
「そっかー」
 乾いた声が生徒会室で交わされる。
 お互い余計なことに力を使うだけの余力がない。
「……ところで涼子。最後に引き当てた紙だが」
「あー、あれかぁ。勝者の言うことを一つ聞くってやつ。零次さんが勝ったんだよね」
「ああ。だからまぁ、一つ言わせてもらう」
 相手のことを見ず、天井を見ながら零次が呟く。
「――――その、零次さんというのは止めてもらいたい」
 突然の宣告に涼子は身を起こし、隣で寝ている零次を驚きの眼差しで見た。
「な、なんで?」
「いや、なんとなく思っただけだが」
「……駄目なの?」
「ああ。昔は……なんだったか。もう少し自然な感じの呼ばれ方だったと思うのだが」
 確かに昔、涼子は零次のことを『零次』とか『零次君』と呼んでいた。
 だがそれから数年経って再会したときにはお互い高校生。
 それも先輩後輩の仲であるため、なんとなく昔のような呼び方はしないでいた。
「え、えっとさ。それってすぐじゃなきゃ駄目かな」
「別に今すぐ、とは言わん」
「ん。……それじゃ、零次さんが卒業したら」
「卒業したら?」
「そしたら先輩後輩って仲じゃなくなるし。だから、卒業後だったらいいよ」
「そうか」
 そういうものか、と零次は静かに息を吐く。
 窓の外ではまだ雪が降り続けており、ゲームの熱気はどこかへと消えてしまったようだった。

 生徒会室から出た後。
 誰もいない教室に忘れ物を取りにきた涼子は、一人でぶつぶつと呟いていた。
「あー、零次。零次君、零次、零次君。零次? うん、零次……久々だから、やっぱりちょっと言いにくいな」
「くっふっふ。やってるねぇ、涼子ちゃん」
「うっひゃあ!?」
 突如背後から投げかけられる笑い声。
 それは聞き間違えることのないくらい親しい友人の声だった。
「うんうん、お義姉ちゃんほどじゃないけどやっぱり姉妹っていうか。どっちも初々しいね~」
「な、何のことかな!?」
「またまた。私は全て聞いていたのだよワトソン君」
 どこからともなくカセットを取り出す美緒。
 そこから再生されるのは、先ほどの会話。
『え、えっとさ。それってすぐじゃなきゃ駄目かな』
『別に今すぐ、とは言わん』
 カチリとそこでスイッチを切る。
「しかし涼子ちゃんも素直じゃないねぇ。卒業したら先輩後輩関係ない云々なんて」
「う、うぅ。美緒ちゃん……」
 涙目になる涼子。
 しかし首から上と下は別の生物なのか、身体のほうは素早く美緒からカセットを奪い取っていた。
 即座に中身を取り出し、ポケットの中にしまう。
「これで証拠隠滅だよね」
「ちなみにデータは既に我が家のヤザキンPCの元へ転送済みだよ」
 美緒の方が一枚上手だった。
「な、何が望み……?」
 敗北を認めたのか、涼子は恐る恐る美緒に問う。
 美緒はいつもと同じような笑顔を浮かべて、
「別に望みなんてないよ。私たち親友じゃないデスカ! 脅したりなんかしませんヨ!」
 凄まじく胡散臭かった。

 翌日、学内にて生徒会長に関する噂が流れた。
 一つは彼女と幼馴染の少年に関する噂。
 そしてもう一つは――――それを口にすると、ハリセンを持った影が背後に立つ、というものだった。