異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
ようこそ笹川邸へ
「そうだ、今度皆さんで家に来ませんか?」
 いつもの部活動。
 演劇部での練習が終わってから、志乃が提案した。
 卒業式は近い。
 練習は今のところ順調に行われており、少数ながらもしっかりとした演劇が出来そうだった。
「でも舞台練習の経験がないですから。家で練習してみてはいかがでしょうか」
「あ、いいねー。部室だけで練習してると、本番になったとき大変かもしれないし」
「でもいいの? 私らがお邪魔しても」
「はい。大丈夫ですよ」
 遥や美緒を前にして嬉しそうに頷く。
「それに私、家にお友達を招待するのって久々なんです。普段はあまり出来ませんから……」
「親の管理が厳しいとか?」
「ええ、そうなんです」
 残念そうに項垂れる。
 志乃は案外感情が行動に出やすい性質なのだろう。
 そのときの気分がとても分かりやすい。
「それでは、今度の土日。泊り込みで練習などいかがでしょうかっ」
「うん、長ちゃんの家がオッケーなら私たちは問題ないよね」
「そうだね。家はその辺寛容だから」
 というか保護者であるはずの榊原があまり家にいないせいだが。
「楽しみです……」
 志乃はにこにこと笑っていた。

 土曜、朝十時。
 秋風市の外れに遥たちはやって来ていた。
「……」
「……」
 それは豪邸だった。
 百人の人間に見せれば百人が豪邸としか言わないような、豪華にして広大な屋敷。
 榊原屋敷でさえこの家を前にしたら霞んで見えるだろう。
「こ、ここ……だよね」
「そうだと、思うけど」
 遥や涼子、美緒までもが絶句している。
 確かに志乃は世間知らずのお嬢様、といった雰囲気がないわけではない。
 だが、何の前触れもなくこの城のような屋敷を見せつけられては、言葉が出ない。
 しかも屋敷は遠い。
 遥たちは今門のところに立っているのだが、そこから屋敷まで結構ありそうだった。
「いるとこにはいるんですねー、金持ちって」
 亨は関心の眼差しで屋敷を見る。
 すると、屋敷の方から土煙が接近してきた。
「え?」
 土煙を巻き上げているのは一人の男だった。
 白髪をオールバックにし、ダンディな髭を生やしている。
 初老の男性に見えるのだが――――やけに筋骨隆々とした体躯の持ち主だった。
「ぬおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
 着ている服から察するに執事というやつなのだろう。
 と、そこまで判断した瞬間、亨はいきなり蹴り飛ばされた。
「うわあぁぁっ!?」
 何度も地面を転がりながらどうにか起き上がろうとする。
 が、その隙も与えずに初老の執事は亨の上に圧し掛かった。
 マウントポジションというやつである。
「貴様が、倉凪梢であるかッ!」
「は!? いや、僕は違いま……」
「言い訳するとは何事かッ! それでも貴様男かァァァッ!」
 周囲の空気を震わせるような大喝。
 おまけに目がギラギラと光っている。
 迂闊なことを言えばその場で即殺されそうだった。
「志乃お嬢様に色目を使うこの外道めがっ! この小摩木源五郎が成敗してくれるわっ!」
「な、なんでいきなりそうなるんですかぁぁッ!?」
「クアッ! 知らぬとは言わせぬぞ貴様、志乃お嬢様の弱味につけこみおってからに!」
「誤解ですよっ!?」
 必死に抵抗する亨。
 しかしどういう鍛え方をしているのか、小摩木源五郎という男はびくともしなかった。
 が。
「な、なにしてるの源五郎さんっ!?」
 突如割り込んできた声に、源五郎が反応した。
「志乃お嬢様。ただいま私が諸悪の根源を撲滅するところですぞ」
「諸悪の根源て何ですかっ!? 早く亨さんを解放してくださいっ!」
「……亨?」
 志乃の言葉に源五郎は顔をしかめた。
 自分の下に組み伏せられている亨を凝視する。
「お主、名は」
「や、矢崎亨ですけど」
「……」
 源五郎は視線を遥たちに向ける。
 全員揃って一斉に引いた。
「おかしい。五樹様は『今日来る客人の中で一人だけ男がいる。それが倉凪梢だから、やっつけろ』と……」
「五樹の嘘です。お願いですから早く亨さんを放してくださいっ!」
「む……すまなんだ客人」
 ようやく源五郎は亨を解放し、頭を下げた。
 志乃が慌てて亨に駆け寄り、心配そうに身体を見る。
「もう、五樹ったら……本当にごめんなさい、亨さん。大丈夫ですか?」
「あ、あはは。いやぁ、大丈夫ですよ。ええ」
 本当は痛かったが、とりあえず我慢。
 というかそれ以上に、志乃に腕などを触られてドギマギしているのだが。
 その辺り、梢や零次と違って亨は鈍くない。
「……客人」
 そんな亨の様子を源五郎は見逃さない。
「先ほど粗相をした手前、こんなことを言うのは気が引けるのだが」
「な、なんですか?」
「――――お嬢様に妙な気を起こすなよ……何かあったらお主を殺す」
「ひいっ!?」
 限りなく本気の眼だった。

「ここが志乃ちゃんの部屋かー」
 門から歩いてしばらく。
 遥たちは今、志乃の部屋へやって来ていた。
「へぇ、部屋もかなり大きいと思ってたんだけど……結構普通の広さね」
「ええ。あまり広いと落ち着かないので……お爺様に頼んで、この部屋を」
「あはは、そういうものなんだ」
 涼子は志乃と談笑している。
 遥は興味深そうに部屋を眺め回しており――美緒は睦美の部屋へと向かっていた。
 亨はというと、
「五樹君を探してきます。ちょっとぶちのめし……いえいえ。色々と教えてあげなければなりませんから」
 とりあえず源五郎が一緒に向かったので、五樹が嬲り殺しにあうことはないだろう。
 下手をすると今頃亨の方がやられているかもしれない。
「でも驚いたわ。まさか志乃があの笹川グループの、会長の孫娘だったなんてね」
「あ、あはは。すみません、黙ってて……あまり言うようなことでもないと思っていたんですが」
 笹川グループ。
 様々な事業に手を出し、成功を収めてきたグループである。
 日本でも五指に入るほどの名家だとされている。
「それに、私たちお爺様と血の繋がりはないんです」
「え、そうなの?」
 ニュースなどを見ていてもそんな話は聞いたことがない。
 何気なく、とんでもなく重要なことを言われた気がした。
「お爺様には一人だけ子がいて、それが私たちのお父様なんですけど……お父様は子に恵まれず。やむなく養子を」
「それが志乃たち……?」
「ええ。上には三人の兄がいます。睦美が一番下で、六人兄妹ですね」
 そのうち、志乃と五樹、睦美だけは血の繋がりがあるらしい。
 もともとは孤児院に預けられており、その中で志乃だけが引き取られるところだった。
「そこをわがまま言って、五樹と睦美も引き取らせた……らしいです。私も小さかったのでよく覚えてないんですけど」
「意外と根性あるのね、志乃も」
「そ、そうですか……?」
 志乃は、はにかんだ笑みを浮かべる。
「でもようやく納得いったわ。最初志乃の家で舞台練習って聞いてなんで? って思ったんだけど。この家なら納得ね」
「地下にお婆様が使っていた劇場がありますから。そこを使わせていただくことになりました」
「なるほど。それじゃ、準備してから練習に――――姉さん、どうしたの?」
 先ほどから会話に参加せず部屋を見ていた遥が、あるものを見ていた。
 その視線の先を追うと――
「あ、先輩の写真」
「は、はわわ!?」
 それを回収しようとしたのだろう。
 志乃は慌てて駆け出し……何もないところでこけた。
 ちょっと気まずい空気が流れる。
 倒れている志乃。
 どう言葉をかけるべきか悩む遥。
 関係ないと言わんばかりに部屋の隅に移動する涼子。
「え、えーと」
「あううう」
「志乃ちゃん。大丈夫だよ!」
 何が大丈夫なのか、さっぱり分からなかった。

 練習と終えた後、遥たちは広い食堂に案内された。
 今日は志乃たちしか家にいないのか、他の家族の姿はない。
 梢の料理で舌が肥えきっている面々でも美味しいと思える夕食を頂きながら……美緒が含みのある笑みを浮かべた。
「ねぇねぇ、さっきむっちーと話したんだけど、ご飯食べた後ゲームでもしない?」
「ゲーム?」
「そうそう。折角泊まりに来たんだから、部活動だけってのも寂しい気がするし」
「で、何かやろうって話になったんです」
 美緒と睦美はやけににこやかな笑みを浮かべている。
(何かあるなぁ……?)
 誰もがそう思った。
 美緒は何かあればトラブルを意図的に引き起こすし、睦美は面白いことがあればどんどん便乗するタイプだった。
 この二人が組めば、厄介さ加減が二乗されてえらいことになる。
「美緒ちゃん、変なこと考えてない?」
「やだなぁ、涼子ちゃん。考えてない考えてない」
「……どうする志乃。志乃に任せるよ」
「えぇっ、私ですか?」
 明らかに困っているようだった。
 下手をすれば全員を災厄に巻き込みかねない。
 その選択肢を任されたら誰だって困る――というか嫌だ。
 が。
「姉さん、やらないの?」
「う……」
「私、折角いろいろと考えたのに……」
「ううっ」
 妹の涙により、志乃の精神に多大なるダメージ。
 志乃はがっくりと項垂れて、
「や、やりましょう……責任は私が持ちます」
「ありがと、姉さん!」
 がしっと志乃の手を握る睦美。
 それを見ながら美緒は満足げに頷いた。
「うんうん、美しき姉妹愛だね」
「……そうか?」
 半眼でその光景を眺める五樹。
 どう考えても美しいとは思えない。
「で、何をやるんだよ」
「鬼ごっこ」
「ガキかオメーは!」
「ぶぅ、なにさ。五樹だってガキのくせにぃ」
「やかましい! なんでこの年になって鬼ごっこなんざやらなきゃいけねぇんだよ!」
 五樹と睦美の間で火花が散る。
 いつもだったらここで喧嘩に突入するのだが、今回は美緒が仲裁した。
「まぁまぁ、いっちー。これはただの鬼ごっこじゃないんだよ、油断してると死ぬよ」
「死ぬのか!?」
「まーそれは冗談になるかもしんないけど」
「なんだよその自信なさげな言い方は!」
 かえって怖い。
「源五郎~」
「はっ、睦美お嬢様に頼まれたもの、準備しておきました」
 どこからともなく風呂敷を背負って現れる小摩木源五郎。
 風呂敷の中身をテーブルの上に並べると、再びどこかへと姿を消す。
 並べられているのは黒い小箱が人数分。
 それと小さな紙切れ。
「これ、どうするんだよ」
「ふふん、この紙切れが地獄を見せるんだよいっちー……」
「なんだそりゃ……? どうやったらこんなもんで」
「――――その紙に、一番好きな異性の名前を書く」
 ピシリと場が凍った。
「そして、この小箱に入れて死守する。取られたらその人は鬼になると同時に……ゲーム終了時に、紙の中身を公開っ!」
「ま、マジかよ……!?」
 戦慄する一同。
 確かに負けた場合、恥ずかしさで死ぬかもしれない。
「ちなみに家族の名前書くっていうのはアリだけど、その場合ファザコンとかシスコンとかの汚名を着せられるのは覚悟した方がいいよ」
「み、美緒ちゃんに質問」
「はい、なんでしょう涼子ちゃん」
「紙に書いた名前の人に、そのこと教える、とかはしないよね」
「つまり涼子ちゃんが久坂零次と名前を書いて負けた場合、そのことを久坂さんに教えるか否かってことね」
「……あの、いや、ちょっと」
「そういうのは特になし。と言いたいところだけど」
 ニヤリと、不吉な笑みを浮かべる。
「鬼になってから一番捕まえた数が少ない人には告白……してもらいましょうか」
「拒否権なしっ!?」
「うん。でも、鬼になってから一番多く捕まえた人のは、公開しなくていいよ」
 この言葉が決定打となった。
 今からやるゲームは遊びではすまない。
 誇りを賭けた戦いなのだ……!

 ジャンケンの結果、最初の鬼は美緒になった。
 一番多くの人数を捕まえなければ、紙切れの中身を公開しなければならない。
 そう考えると危険性は高いが、その相手に告白しなければならない危険性は一番低い。
「ま、私の場合見られて困るようなもんでもないし」
 言いながら準備を整える。
 この屋敷は広いため、鬼ごっこは志乃たちの部屋がある西館限定にした。
「さて、んじゃ始めますかっ!」
 気合を入れて歩き出そうとした瞬間……美緒の前に、小箱が一個差し出された。
「あれ、涼子ちゃん」
「……我ながらせこいとは思うけど。はい、あげる」
 涼子は自分の小箱を美緒に手渡す。
 美緒は受け取りつつ、にやりと笑った。
「やっぱ頭いいねぇ、涼子ちゃん。このゲーム、最後の方に残るほど危なくなるわけだし」
「一番最後に捕まった人は、下手すればそのまま告白コースに一直線だからね。それなら早めに鬼になって、一人でも捕まえとけば告白コースへの道は消えるでしょ」
 ふふ、と笑い会う二人。
 まるで越後屋とお代官のような雰囲気だった。
「それじゃ、協力してやりますか」
「ふふふ、美緒ちゃんも悪だねえ」
「涼子ちゃんほどでは……うっしっし」
 久々の親友タッグが、嫌な形で現れた。

 美緒たちは真っ先に志乃の部屋へとやって来た。
「やっぱり、長ちゃんはこの部屋に隠れてると思う?」
「多分ね。志乃はあまり勝負事が得意じゃないから、なるべく安心できるところに行こうとすると思うわ」
「んじゃまずは呼んでみよう。長ちゃーん」
 美緒の呼びかけに答える声はない。
 部屋の中は静まっており、もしかしたらいないのではないかという疑問もわきあがる。
 そこで美緒は、先ほど遥が見ていた梢の写真を発見した。
「あ、お兄ちゃんの写真」
 この言葉にも反応はない。
 もしこの部屋のどこかに志乃がいたら、まず間違いなく真っ赤になっているに違いない。
 だが美緒はまだ攻撃の手を緩めない。
「おお、これはお兄ちゃんが高校入学した頃の写真ですな~」
 ――――。
「この頃のお兄ちゃんは今ほど爺臭くなかったなぁ」
 ――。
「……もっと昔の頃の、お兄ちゃんの写真とかあげよっか?」
 ガタッ。
「……」
「……」
 クローゼットの中から、真っ赤になった志乃の顔が少し見えた。
「長ちゃん、結構正直だね……」
「べ、別に欲しくなんかないですもん!」
「涙目で言われても説得力ないわよ、志乃……」
 ――――笹川志乃、確保。

 二時間後。
 志乃が睦美を見つけ、睦美が五樹を見つけて現在に至る。
 残る二人――遥と亨がなかなか発見できないため、五人は一旦食堂へと戻ってきた。
「お義姉ちゃんは放置ってのはどうかな」
 美緒が切り出す。
「どうせお義姉ちゃんの好きな人なんてわざわざ確認しなくても分かるわけだし。それよりはヤザキンの秘密を暴露した方が面白そうじゃん?」
「へっ、悪くねぇな。ヤザキン先輩には日頃の借りもある」
 五樹は迷うことなく賛成した。
 日頃亨には喧嘩で負かされているため、その鬱憤をここで晴らすつもりらしい。
 こういった話が好きな涼子や睦美も賛成。
 他の皆がそう言うなら、と志乃も賛同した。
「でもどうすんの美緒ちゃん。ヤザキン運動神経洒落にならないわよ」
 なにしろ人類の規格外たる異法人。
 身体的には普通の人間と変わらないこの五人ではどうしようもない。
「ふっふっふ。手はあるんだな、これが。ね、長ちゃん」
「え?」
「あの執事さん呼んで♪」
「源五郎さんですか? でもいいんですか、そんなことして」
「いいのいいの。元々ハンデがあるんだから、こっちは考えられる手段は迷うことなく使うべきなのよ!」
「はぁ……えーと、源五郎さーん」
「お呼びでしょうか志乃お嬢様」
 まるで忍者のように、天井から降ってくる謎の執事こと小摩木源五郎。
 そのことにツッコミを入れる者が誰もいないのは、ある種異常かもしれない。
「えっと、お願いがあるんですけど」
「お嬢様の願いとあらば、なんなりと」
「……美緒さん?」
「あ、はいはい。実はねー……」

 その頃、亨は屋敷の天井裏に隠れていた。
 一応西館内ではあるし、ルール違反ではない。
「ま、ここにいれば見つかることもないだろ」
 手にした小箱を力強く握り締める。
 この中身は、絶対に見られてはいけない。
「まぁ多分遥さんが見つかって終わりだろうな」
 自分は見つからないだろうという気分が亨にはあった。
 しかし、彼は忘れていた。
 敵勢力に、倉凪美緒という猛毒がいることを……!
「ん?」
 下の方で足音が止まった。
 どうやら真下に誰かいるらしい。
(ちょうど真下で止まってる……だ、大丈夫だよなぁ?)
 梢ほどではないが、亨も気配を消す心得くらいはある。
 今の自分を発見するには、それこそ梢や零次を呼んでこなければならないだろう。
 そう思っていたのだが。
 ――突如、真下から槍が突き上げられた。
「……いっ!?」
 ドス、ドス、ドス、と次々に刺さってくる。
 幸いまだ命中はしていないが、ここに亨がいることは完全にばれているようだった。
「くくく……矢崎亨とやら。気配の消し方がまだ甘い」
「その声、あの執事かっ!?」
 慌てて亨はその場から退散する。
 細かい理屈は抜きにして、あの執事は相手にすると危険な気がした。
(まともに戦う必要はない。足はこっちが速いんだから、逃げてれば……!)
 天井裏を駆け抜ける。
 ところが、しばらく進むと何かにぶつかった。
「うわっと!? な、なんですか?」
「なんだはねぇだろヤザキン先輩よぉ」
「そ、その声……五樹っ!?」
 亨が叫ぶと同時に、天井裏の床――つまりは天井なのだが――が開いた。
「うわあっ!?」
 突然の浮遊感。
 そして着地の衝撃。
 あまりに唐突な事態に亨は言葉も出ない。
 というかそんな余裕はなかった。
 前方からは美緒と涼子が、機動隊が使うようなシールドを構えて前身してくる。
 後方からは小摩木源五郎が怒涛の勢いで迫ってくる。
「くっ、万事休すか!?」
 慌てて左右を見る。
 左は壁。右は――
「窓!」
 咄嗟に窓を開けて、亨は外へと躍り出た。
 が。
「矢崎君、西館の外へ逃げるのは駄目ですよっ」
「駄目なんですよー」
 窓には網が設置されていた。
 すぐ側にはにこやかに微笑む笹川姉妹。
 亨はというと、網の中に囚われの身。
「ま、負けました……」
 がっくりと項垂れる亨。
 こうして、鬼ごっこの決着はついたのだった。

「唯一誰も捕まえてない鬼となったヤザキン! 果たして彼の運命はどうなってしまうのかっ!」
「ま、待て倉凪。慈悲をくれ、慈悲を!」
「聞こえんなぁ~! ということで、紙切れ回収~」
「ああぁぁぁ!」
 絶叫する亨。
 ちなみに他のメンバーは、全員一人は捕まえたということになっており、公開は免れている。
「ふむふむ。にゃるほど~」
 にやにやと笑う美緒。
 その視線だけで亨は死にそうな気がした。
「や、やめろ。僕をその目で見るなっ!」
「ねえねえ涼子ちゃん、これこれ」
「どれどれ? あー、結構意外かも」
「だあぁっ、あまり見せびらかさないでっ! 頼むからっ!」
 必死に嘆願する亨。
 その手が美緒の手中にあった紙切れにあたり、はらりと落ちた。
「む」
 落ちた紙切れを拾ったのは小摩木源五郎だった。
 彼は紙を拾い上げ――――
「き、貴様っ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ああっ、一番見られたくない人に見られた!?」
「……この場で成敗してくれる」
 源五郎はどこからともなく日本刀を取り出す。
 鞘から抜き、瞬く間に紙切れを粉微塵にしてしまった。
「くくく、この妖刀『源平丸』の餌食となるがよいわっ!」
「ひ、ひいいぃぃぃぃっ!?」
 亨は凄まじい速度で逃げ出す。
 それと全く同じ速度で源五郎は後を追っていった。
「でも、結局亨さんの紙に書かれてたのは誰だったんでしょうか」
「姉さん、源五郎の反応見て予想つかない?」
「?」
「止めとけ睦美。姉ちゃんお前と同じで鈍いんだからよ」
「それってどういう意味よー!」
「言葉のまんまだ馬鹿たれ!」
「け、喧嘩は止めなさいっ」
 いつも通りの光景。
 それはある意味、平和ということなのだろう。
 ……亨以外にとっては、だが。

「そういえば姉さんはどこ行ったのかしら」
「うーん、意外なところにいる気がするんだけど」
「例えば?」
「スタート地点のこことか」
 言いながら美緒は、食堂のテーブルクロスをめくる。
 そこには、すやすやと寝息を立てている遥がいた。
「……本当にいたよ」
「果報は寝て待て、ってこういうことを言うのかしら」
 涼子の呟きに答える者はいなかった。