異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
バイトの風景
 <修羅堂>
 秋風市内玩具屋、修羅堂。
 この辺りの遊び人たちの間では有名な男が店長をやっている店である。
 客は少ないが、遊び仲間はよくやってくる。
 零次がいつものように店番をしていると、見覚えのある姿が店内に入り込んできた。
「ちわっす! 店長いる?」
「なんだ美緒か。どうした、また勝負か?」
「今日は勝負じゃないよーん。店長とトレカの交換。最近可愛いイラストで流行のやつがあるんだけど、なかなか良く出来ててさ」
「なるほど。了解した……今呼んで来よう」
 零次はレジを離れ、奥の居住エリアへ上がりこむ。
 そこでは店長が、なにやらアニメを見ているようだった。
『そこだっ!』
『なにぃ!? くっ……連邦の飼い犬め、ここまでの強さか』
『あんたたち大人はそうやって! 俺は飼い犬になった覚えなんかないんだっ!』
 画面狭しと暴れまわる白と赤のロボット。
 店長は食い入るようにその戦いを見つめている。
「……」
 それはいつものことだ。
 零次は無言でスタスタとコンセントの元へ移動する。
 そして、これまたいつものようにテレビのコンセントを引っこ抜いた。
「あぁぁぁぁああっ!?」
「こちらの世界に戻ってきましたか店長。美緒が呼んでます」
「くくく、久坂君。なんで君は、あうあう今いいところだったのにぃぃ!」
「ハンカチ噛みながら泣かないで頂きたい――――正直気持ち悪いですぞ」
「ダブルショック!」
 大袈裟に仰け反りながら店長は吼えた。
 その際テーブルに頭を打ち付けたらしいが、とりあえず零次は無視。
 痙攣する店長を引っ張ってレジのところまで連れてきた。
 するとそこには、美緒の他にもう一人の知人がやって来ていた。
「あ、あの……こんにち、は」
 声が途切れ途切れなのは、変な表情のまま固まっている店長を零次が引っ張ってきたせいだろう。
 美緒よりも少しばかり小さい、なんだか色々と苦労してそうな少女。
 店長の娘である岡島沙希だった。
「あの、うちの馬鹿父がまた何か」
「いや、そのような『息子の不祥事を詫びる母』のような顔はしなくてもいい。いつものことだ」
「はぁ……いつもと同じですか」
 気絶している店長を美緒の方にやり、零次はレジにつく。
「それで岡島、今日は何か用か?」
「えーっと、学校帰りに暇だったので寄ってみたんです」
「なるほど、父の様子でも見にきたのか」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」
 そこはスッパリと否定する。
 本心なのか照れ隠しなのか、いまいち判断しにくかったが。
「ああそうだ、岡島」
「はい、なんですか?」
「別に敬語は使わなくてもいい。一戦やりあった仲だ、どちらが目上というわけでもないし、気楽にいこう」
「え、でも」
「俺は君とこれからも沢山話をしたい。それなら、敬語はない方が嬉しい」
 言われて、沙希は表情を赤くした。
 落ち着かないように表情をコロコロと変えながら、どうにか小さく頷く。
 その様子を傍から見ていた美緒はにやにやと笑っている。
「久坂さんて、結構天然スケコマシの才能あるかもねぇ……どう店長。沙希ちゃんが毒牙にかかっちゃうよ」
「ははは、久坂君なら大歓迎だよ!」
 店長はまたもやいつのまにか回復している。
 その後、美緒と店長はトレカの見せ合いをしながら、零次と沙希を生暖かく見守るのだった。

 <一戸神社>
 秋風市の中でも、人があまり来ない寂しい場所。
 住宅街の奥の方にある山の中。
 そこに、町内で唯一の神社があった。
 その名を一戸神社という。
「それじゃ、普段は神社のお掃除とかしてればいいんですね」
「そうそう。でも助かるわ、私あまりこっちに来れないものだから」
 そこにいるのはまだ若い女性二人。
 二人とも巫女装束を身に纏っている。
「でもこちらこそ、すみません。ゆきねさんもお店忙しいのに、付き合ってもらっちゃって」
「いいのよ、涼子ちゃんのお姉ちゃんの頼みだしね。それに、ここの管理してくれる子が見つかって助かったと思ってるのは本当なのよ?」
 ゆきねはにっこりと微笑んで階段に腰をかける。
 隣にいる遥は興味深そうに境内を視線を向けた。
「でもゆきねさん、巫女さんの仕事って珍しいですよね。なにかキッカケがあって始めたんですか?」
「キッカケっていうか、まあ縁なのかなぁ」
「縁……ですか?」
「遥ちゃんが私と友達になって、ここに来たように、ね。私の方はもう少し深い関係なんだけど」
 どこか懐かしむような笑み。
「深い関係、ですか……」
「うん。……ふふ、気になる?」
「え、ええと」
 気にならないと言えば嘘になるが、気になると言ってしまっていいものなのかどうか。
 悩んだ結果、遥はちょっと話を変えてみることにした。
「そういえばゆきねさん。縁と言えば、梢君や涼子ちゃんとはどんなきっかけで知り合ったんですか?」
「あー、遥ちゃんの立場だと、そっちの方が気になるかな」
「ええ、二人に聞いても『ゆき姉に聞け』ってしか言ってくれないんで」
「あらら。二人とも意地悪なんだー。そういうところはそっくりなのよねぇ」
 確かに、梢と涼子は性格の悪い部分は割と似ているところがある。
 本人たちにそれをいうと、多分どちらも苦い顔をするだろうが。
「二人に私が会ったのは、いつだったかなぁ。五年くらい前だったかな」
「五年前っていうと、涼子ちゃんは中学入るちょっと前ですか」
「そうね、もうすぐ入学するって頃ね」
 その頃、まだ涼子は一人暮らしをしておらず、二つ隣の町から朝月へ通っていた。
 それ以外の点では今とあまり変わらない。
 涼子と美緒は既に友達だったし、梢と涼子も面識はあった。
 ただ一つ違うこと。
「梢君と涼子ちゃん、まだ師弟関係じゃなかったの」
「師弟関係……っていうと料理の?」
「そう。梢君、五年前の時点でも下手な大人よりずっと料理上手かったんだけど……少し行き詰ってたみたいでね」
 当時、大学に通う傍らで喫茶『夢里』のバイトをしていたゆきね。
 彼女の料理をたまたま口にした梢は、えらく感動したらしい。
「それで、梢君どうしたと思う?」
「ゆきねさんに、弟子入りしたとか?」
「それがね、違うのよ。梢君はね――」
『俺をここで働かせてくれませんか』
 当時、まだ中学二年になりかけの少年。
 それがいきなり、レジの前で宣言したという。
「それで店内で色々と揉めてね。ほら、まだ中学生だとバイト許可してなかったから」
「ですよね……ていうか、梢君の行動力にびっくりです」
「私も驚いたわ。でも、その日は駄目だってことにしたんだけど……毎日来るようになったのよ。それで店員さんたちに視線投げかけてくるの。『俺を働かせろーっ!』と言わんばかりに」
 そんな日々が続き、店の方はある条件を梢に提示した。
「それが、この前緋河君がやった試験。あの試験、梢君が原因で始まったのよ」
「えぇっ、そ、そうだったんですか?」
「うん。あそこで梢君が試験に落ちてたら今の夢里はなかったでしょうね」
「ってことは……」
「ええ。食べてみると、とても中学生の腕前とは思えない。一流とはまだ言えなかったけど、それでも普通のお店でなら通用するレベル」
 夢里の店長であるゆきねの母は、梢の才能を活かしたいと思ったのだろう。
 朝月学園、榊原に対し許可を求め、特例ということで梢を雇った。
 店ぐるみで梢を鍛え上げたのである。
「で、そのあと涼子ちゃんが梢君を追いかけて店に来るようになったの」
「梢君を追いかけて、ですか?」
「うん……昔は美緒ちゃん共々、梢君にべったりだったから」
「そ、それは意外だなー」
 少なくとも、今の梢に美緒や涼子がべったりしているところは想像もつかない。
 どちらかというと、梢に小言を言われ、ちょっと気まずそうにしている二人の姿が思い浮かぶ。
「まぁすぐに離れちゃったんだけどね。中学生くらいになると、そういうの意識するようになるだろうから」
「そういうものなんですか」
「そういうものなのよ」
 その頃の光景を思い出しているのだろう。
 ゆきねはクスクスと笑っている。
「涼子ちゃんはその頃から一人暮らしをしようって考えはあったみたい。だから梢君に家事全般教わって……梢君も分からないときは、二人で私のところによく聞きにきてたな」
「あ……なんとなく分かりました。ゆきねさんが『ゆき姉』って呼ばれてる理由」
 梢や涼子にとっては昔から頼れる女性だったのだろう。
 それこそ、本当の姉のように。
「ふふ、そうね。そうしているうちに『ゆき姉』って呼んでくれるようになったんだっけ」
「いいなぁ……私はまだまだ未熟ですから、涼子ちゃんの姉として全然駄目です」
「あら、そんなことないわよ? 涼子ちゃん、遥ちゃんのこと嬉しそうに話してくれるもの」
「あはは、でも簡単に自信はつきませんー」
 遥より涼子の方がしっかりしているというのが、特に自信をなくさせる。
「でも、これから頑張って……いいお姉ちゃんになれたらな、と思います」
「遥ちゃんなら大丈夫よ、いろいろ頑張ってるみたいだし」
 家事手伝い、部活動、免許取得、神社のバイト。
「……そういえばこれだけ忙しいのに、なんで巫女のバイトやろうと思ったの?」
「あ、あはは……それはまぁ、色々と思うところありまして」
 まずは形から、と思っていたなどと口に出来ない。
 夕陽が沈みつつある神社で、遥は困った笑みを浮かべるのだった。

 <喫茶店『夢里』>
「はい、1020円になります。……はい、どうもありがとうございましたー」
 ケーキを持って帰る客に頭を下げて、涼子は溜息をついた。
 ここでのバイト歴はそれなりに長いため、今日のようにゆきねが留守のときは涼子がフロアスタッフをまとめているのだった。
 別にチーフというわけではないが、事実上そうなっているようなものだった。
「ようやく閉店時間か……ふぅ、結構疲れたな」
 周囲は既に暗くなっている。
 残っている店員も大分少なくなっていた。
「お疲れ、冬ちゃん。後は俺たちでやるから帰っていいよ」
「はい、すみません唐沢さん。お先に失礼します」
「おうよ。緋河、お前さんももういいぞー」
「……うい」
 どこか憔悴した様子の天夜がのっそりと現れた。
 夢里は客が多い割にキッチンスタッフが少ない。
 そのため慣れないうちは結構疲れたりするのだった。
「お、丁度彼氏も来たみたいだぞ」
「……唐沢さん、その言い方止めてください」
 店の外。
 そこにはバイト帰りの久坂零次が立っていた。
「毎回家まで送ってくれるってんだろ? いい彼氏じゃねえか」
「そんなんじゃないです!」
「んじゃ緋河か? お隣同士だっていうし」
「唐沢さん……男女間の友情を認めない人ですか、貴方は」
「いんや、おっさん臭いだけ」
 自分で言うな。
 そう心の中でツッコミを入れながら、涼子は天夜と共に夢里を出た。
「お待たせ零次さん。いつもごめんね」
「どうも」
「ああ……」
 三人は軽く挨拶を交わす。
 零次と涼子にとっては慣れたものであり、天夜にとっては慣れつつある光景。
「そういえば零次さん、来週卒業だね」
「ああ……短い高校生活だった」
「高校生活か……」
「緋河君は高校行ってないんだっけ?」
「中学卒業してからすぐに家を出たからな」
 涼子はふと、零次と天夜を見比べてみた。
 どちらも普通の人間ではないうえに経歴が少々変わっている。
 どことなく、雰囲気が似ている気がした。
「緋河、か」
 普通ではない力――能力者の血筋にして、同じ能力者を狩る家系。
 零次は以前その手の組織に属していただけに、梢たちと違ってその名は聞き及んでいる。
「一歩間違えば、俺とお前は殺し合いをしていたかもしれんな」
 さらりと物騒なことをいう零次。
 だが、考えてみれば零次は梢とも殺し合いをしている。
 そのことを思うと、人の関係は不思議なものだ。
「……あまり考えたくないな。撲殺されたくはない」
「同感だ。俺も焼き殺されたくはない」
 二人揃って、どこか皮肉げな笑みを浮かべる。
 涼子は呆れたように、
「あんまり一般人の私の前で物騒な話はしないでほしいんだけど?」
「冗談だ。本気にするな冬塚」
 零次は大抵真顔なので冗談に思えない。
 少なくとも、その辺りの判別は涼子にはまだ無理だった。
 そんなこんなで涼子たちのマンションの前。
「あ、そだ零次さん。うちで夕飯食べてく?」
「む……そうだな。久々に冬塚の中華を食すのも悪くない」
「緋河君はどう?」
「俺はそこまで野暮じゃあない。二人で楽しんでくれ」
「だ、だからっ! そんなんじゃなくてっ!?」
 必死に弁解する涼子を月が照らす。
 後日、この声が近所に響き渡ったせいで、かえっていらぬ誤解を受けることになったのだった。