異法人の夜-Foreigners night-

-日常編-
一戸家と山口家の事情(その2)
 真夜中、町中には心許なく光が点在している。
 今、そうした光が一つ増えた。
 天夜の部屋である。
 にわかに点いた灯りに眩しさを感じているのか、梢たちは揃って目を細めていた。
 涼子は遥のすぐ横に移り、じっと一戸の脇を見ている。
 その視線の先には、所在なさげにきょろきょろと首を動かしている女幽霊の姿があった。
 一戸は渋い顔つきでじっと立っている。
「そろそろ、説明してもいいだろうか」
 四人の意識がはっきりしてきた頃を見計らって、一戸が口を開いた。
 遥たちはなぜ一戸がここにいるのか気になっていたらしく、揃って頷く。
「というか、なんでここの鍵持ってるんですか?」
 涼子が訝しげに問いかける。
 それにも一同は頷いた。
 なぜか女幽霊まで一緒になって首を動かしている。
「もしや一戸教諭、以前軍に属していたとか……」
「特殊部隊でそういう技能を身につけた過去がある、とか?」
「遥も久坂も変な想像してんじゃねぇって。ほらあれだよ、神社の生活苦しくて……」
 梢が言いかけたところで、一戸の鉄拳が三人にくだされた。
 頭を押さえて呻く三人に代わり、涼子が一戸に向かった。
「それで、先生はどうしてここに?」
「鍵はここの住人から借りてきた」
「いや、それはいいんですけど……」
「なぜここに来たか、ということか」
 一戸は女幽霊の頭を鷲掴みにして押さえた。
「こいつを除霊するためだ」
「へぇ、そうなんですか……って除霊ッ!?」
 突然出てきた非日常的な単語に、涼子は眉を潜めた。
 遥や零次も同様の反応を見せる。
 梢だけが妙に落ち着いていた。
 そのことに気づいた涼子が鋭い視線を向けると、梢は罰が悪そうに顔を背けた。
「先輩、その様子だと知ってましたね? さっきもなんか変だったし」
「あ、うー、いやあ」
「構わん、倉凪。俺から話そう」
 一戸は夜中であることに気を使ったのか、小さな声で話し始めた。
「信じる信じないはお前たちに任せるが……我が家は代々、霊媒体質の人間を多く出してきた」
「霊媒って……霊視とか霊能力とか?」
「そうだ。種類は様々だが、要するに霊とのコミュニケーション能力を持つ者たちのことだな」
 そういって一戸は女幽霊の頭から手を離した。
 女幽霊はきょとんとして彼を見上げる。
 どことなく、懐いているように見えなくもない。
「倉凪からここでのことを聞かされてな。気になって、こうしてやって来たわけだ」
「餅は餅屋、専門家に相談しておくに越したことはないってな」
 梢が弁解するが、零次や涼子の視線は相変わらず険しかった。
「そういうことは早く言え!」
「全くですよ! 私なんか、さっきホントに恐かったんですよ!?」
「悪かった悪かった……!」
「二人ともそう倉凪を責めないでやってくれ。俺が、出来る限り口外しないでくれと頼んだのだ」
 一戸の咳払いに、涼子たちは口を閉じた。
 代わって遥が疑問の声を上げる。
「それで先生、その人は……」
「ああ、お前たちの意識がはっきりするまでの間に話は聞いた。こいつの名前は吉岡千恵。今から半世紀程前、苛めにあって自殺したそうだ」
「はぁ、やっぱりそうなんですか」
 遥は人の内面を理解するための魔術を持っている。
 その影響か、一戸ほどではないにせよ、ある程度女幽霊――千恵のことを分かっていたらしい。
「で、その自殺した女がなぜここにいる。……いや、それ以前に、そいつは本当に幽霊なのか?」
 まだ幽霊というものを信じられないのか、零次は懐疑的な視線を一戸と千恵に向ける。
「幽霊であることをどう証明すればいいのかは分からん。……が、一応本物だと言っておこう」
 一戸の言葉に合わせてコクコクと頷く千恵。
 見た目は恐ろしげな幽霊なのだが、動作はまるで小動物のようだった。
「こいつがここに現れたのは、協力者を探すためだそうだ」
「協力者……? それとこの部屋と、どういう関係があるんですか?」
「この部屋自体はさして重要ではない」
 一戸は、どことなく学校で授業をするときのような口調になった。
「少し話は逸れるが……幽霊というのはそうそう知覚出来るものではない。だがお前たちは全員こいつの姿を見ている。それは何故か。――――この部屋に幽霊が出るという、噂があったからだ」
 霊媒能力を持たない者が霊を知覚するには、そこに霊がいると認識することが重要だと一戸は言う。
 そのため、幽霊は自分の存在をアピールするため自らの噂を広げることがある。
 千恵の場合、この近辺をうろうろしていたところ、この部屋にたまたま霊感のある住人がいて、彼女と接触した。
 住人はすぐに引っ越してしまったが、部屋に幽霊が出るという噂は若干ながら発生した。
 そこで千恵はこの部屋にターゲットを絞り、あらゆる方法を使って住人たちに自分の存在をアピールし続けた。
 幽霊が出るという噂はますます広がっていく。
 そして、噂が広がっていくに連れて千恵の存在は『いるかいないかも分からないもの』から『部屋に出るらしい幽霊』へと、より確たる形に変わっていった。
「お前たちがこうしてこいつの姿を見られるのは、こいつが自分の存在をアピールし続けた結果でもあるわけだ」
「分かったような、分からないような……」
 涼子が一戸の言ったことを整理している間に、遥が更なる問いかけを発した。
「それで、千恵さんは何で協力者を探してたんですか?」
「人探しに協力して欲しいそうだ。こいつは地縛霊として現世に残っているせいで、あまり広範囲を移動することが出来ないみたいなのでな」
「移動範囲の中には、探したい人はいなかったんですか?」
 遥が尋ねると、千恵はコクコクと頷いた。
「しかし、五十年も前となると……その探し人も生きているかどうか分から、ぐほぁっ!?」
「お前は余計なこと言わなくていいんだよ! 見ろ、泣いてるじゃねえか!」
「む、むぅ……すまなんだ千恵。分かった、ならばこうして知り合ったのも何かの縁、その人探し、協力するとしよう」
「そだね。異存ある人いる?」
「なし、だな」
「うん。このまま放っておくのは可哀想だよ」
 四人の言葉に、千恵は涙を拭ってペコペコと頭を下げた。
 その横では、一戸が感心したように頷いている。
「うむ。困っている者を助けようとする精神をお前たちが持っていること、俺は嬉しく思う。……無論、この件は俺も協力するとしよう」
「旦那も?」
「ああ。日中は学校があるから無理だが、手の空いたときを見計らっていろいろと探ってみる」
 そんな一戸に、千恵が何事かを伝えるかのように口を開く。
 四人には彼女の言葉は聞こえなかったが、ふむふむと頷いているところを見ると、一戸には彼女の言葉が聞こえるらしい。
 やがて話を聞き終えた一戸は、渋面を作って頭を振った。
「……まずいな」
「どうしたんだ、旦那」
 先ほどまでとは一転した一戸の様子に、千恵は不安そうな顔を向ける。
 一戸は眉間にしわを寄せながら、重い声を絞り出した。
「探し人の名は……山口徳子だそうだ」

 翌日。
 天夜に事情を説明した涼子たちは、そのまま居間で昨日のことを話し合っていた。
「どうしたのだろうな、一戸教諭は」
 零次が首を捻りながら呟く。
「山口、徳子ねぇ……」
「知っているのか冬塚」
「うーん、確証はないけど。多分……ゆき姉のお母さんのことじゃないかな」
 現在、精神を病んで入院生活を送っているというゆきねの母・徳子。
 千恵が言った『山口徳子』と同一人物かどうかは分からないが、その可能性は極めて高い。
 もっとも、女性の場合結婚して姓が変わるであろうことを考えると、別人の可能性もある。
「っていうか、徳子さん結婚してんだから違う、かなぁ。離婚して旧姓に戻ってるとかならともかく」
「それに徳子という名前、探せば他にも何人か出てきそうだもんね」
「ええ。でも、徳子さんなら一戸先生が渋い顔してたのも納得いくのよね……」
 ゆきねの母が千恵の探し人だとしたら、あまり会わせない方がいいだろう。
 徳子は今、精神的にとても不安定な状態にある。
 そんな彼女に幽霊である千恵を引き合わせるのは危険だった。
 双方に悪い刺激を与えかねない。
「で、結局どうするんだ?」
 お茶を飲みながら天夜が尋ねる。
 彼からすれば、今回の件は傍迷惑なものでしかない。
 千恵にはさっさと成仏してもらいたい、というのが彼の立場である。
「一戸先生は、自分がなんとかする、って言ってたけど……」
 昨晩、一戸はそれだけを告げて帰ってしまった。
 残された涼子たちとしては、どう動いていいのか分からない。
「……まずはゆきねさんに話を聞いてみるのがいいんじゃないかな」
「ええ、そうね。それとなく『吉岡千恵』の名前に心当たりがないか、聞いてみるわ」
「なら俺は当時の新聞情報を探してみよう。苛めによる自殺なら、記事になっているかもしれない」
「そこから関係者を割り出すわけか。……仕方ない、俺も手伝おう。いつまでも幽霊に居座られたくないしな」
「えーと、じゃあ私は……」
 皆がそれぞれの役割を分担していく中、梢は一人だけ黙りこくっていた。
 何か思い悩むような表情をしており、時々溜息をついている。
「梢君」
「……ん? ああ、何だ」
「梢君はどうする?」
「ああ……俺は留守番してるよ。一戸の旦那から連絡あるかもしれないし」
「そう? 分かった」
 釈然としない様子で引き下がる遥に、梢は申し訳なさそうな視線を送る。
 そんな彼に、涼子は鋭い視線を向けていた。

「ふむ……厄介なことになったのぉ、伝六」
「ああ。これは、どうすべきか……正直、判断に迷う」
「確かにな。やれやれだわ」
 一戸神社の裏手にある、昭和前半期を思わせる一軒家。
 そこにある居間で、一戸は神主である父親と対座していた。
「一か八かで引き合わせる、というのは危険な賭けじゃな」
「だが他にどうする。無理矢理成仏させるのは気の毒じゃろ」
「それはそうだが……むぅ」
 一戸は腕を組んで黙り込む。
 額からは脂汗が滲み出ていた。
 そんな息子を見て、一戸の父は深い溜息をついた。
「ぶっつけ本番というのは危険過ぎる。……そうじゃな、これもいい機会じゃろ」
 一戸の父はぎょろりと両目を見開き、しわがれた声で言った。
「伝六。まずはわしらで出向くとしよう。……ゆきねにもそう伝えておいてくれ」
「……分かった。いつ行く?」
「今日は難しいじゃろうから、明日の夕方頃。予定を空けておけ」
「承知」
 一戸は軽く頷くと、しかしすぐに元の渋面に戻った。
「……気が乗らんな」
「わしゃもっと乗らんわ」
「分かってる。……しかし、大丈夫なのか?」
 珍しく弱気な一戸の言葉に、父親は勢いよく頭を振った。
「さてのぉ。――――神頼みでもするしかあるまいて」