異法人の夜-Foreigners night-

日常の欠片-Fragment-
榊原遥

 ――――――――――矢崎さん家の刃君亨君

「ただいまー」
 がらがらと音を立てる扉を閉める。
 靴を見る限り、梢君はまだ帰ってきてないみたいだった。
 今家にいるのは亨君と美緒ちゃん、それに久坂君。
 靴を見て誰がいるか判断するのは最近気づいたんだけど、便利だと思う。
 それなのにお義父さんや梢君にそのことを話したら笑われた。なんでだろう。
 すぐに部屋には向かわず、私は居間でちょっと休憩することにした。
 部屋は部屋で、一人になりたいときなんかは便利。
 でも、私はどちらかというと居間の方が好きなのだ。
 ここにいれば誰かがやって来てお喋りが出来るかもしれないし、テレビも見れる。
 なにより、差し込む陽射しが程よく暖かい。
 現に私がお茶を飲んで休んでいると、亨君が何かを抱えてやってきた。
「あ、おかえりなさい遥さん。煎餅でも食べません?」
「うん、この前空山さんから貰ったのがあるからそれ出すね」
 お菓子をまとめて収納してある場所に向かう。
 中にはポテチや煎餅、ばかうけなどが入っていた。チョコなどは冷蔵庫の中にある。
 私がお菓子を出している間、亨君は手にしたものをテーブルに広げていた。
「それ、アルバム?」
「ええ、さっきギャンドゥで買ってきたんですよ」
 ギャンドゥとは、商店街にある百円ショップの名前である。
 割とあちこちで店を出しているらしく、東京にもあるそうだ。
 亨君はポケットから数枚の写真を取り出し、アルバムにペタペタと貼っていく。
「以前緋河君が届けてくれた兄さんの手紙に、昔の写真もついてたんです。割と枚数あるからアルバムに入れようと思ってたんですけど、なんか忘れちゃってました」
「そうなんだ。……ちょっと見てみてもいい?」
「いいですよ。さして面白いものでもありませんが」
 亨君はそう言うけど、過去の写真を持ってない私としては結構気になるのです。
 梢君たちの写真は何度か見せてもらったことあるけど、久坂君や亨君のは見たことないし。
「えっと、これ誰?」
「僕ですね。赤ん坊の頃の写真みたいです」
 やや疲れたような表情の女性と、抱かれたままきょとんとしている赤ん坊。
「可愛いなぁ……」
「僕としては複雑ですねぇ間近で言われると」
「なんで?」
「いや、昔のとは言え自分ですし。せっかく言ってもらえるならカッコイイとか言われたいなぁとか、ちょっと気恥ずかしいっていうか。まぁ可愛いって言われること自体は悪くないかな」
「あ、三輪車乗ってる」
「当たり前のようにシカトですかっ!?」
 だって、どう反応すればいいか分からないんだもん。
 会話においては、自己完結するようなことばかり言ってちゃ駄目なのです。
「でも亨君、ずっと一人だね」
 何枚かの写真を見てて気づいた。
 刃さんが写っているものが、一枚もないのだ。
 亨君と、そのお兄さんである刃さんはとても仲良しだ。
 だから、一枚も一緒に写ってる写真がないのが奇妙に思えた。
「ああ、それは仕方ありませんよ。なにせ兄さんはもっぱら撮る側だったみたいですから」
「カメラ好きだったの?」
「ですね。ああいう性格なんで誤解してる人多いですけど、兄さんは兄さんでアレですよ。カメラ好きもそうですけど、子供好きだったり微妙に天然だったり大食漢だったり。……意外と遥さんと属性似てますね?」
「私そんなに大食いじゃないよ」
「……」
「な、なんで半笑いしながらこっち見るの!?」
 おかわり三杯ぐらい、なんてことないよっ。
 梢君だって「じゃんじゃん食え」って言ってるしっ。
 ま、まぁ何かこう諦めたような表情だった気もするけどっ。
「すみませんからかい過ぎました涙目で首絞めないでください……」
「……はっ」
 暴走してたらしい。
 亨君から手を離し、深呼吸。
「……ごめんなさい」
「いや、僕もちょっと調子乗りましたし、いいですよ」
「うん、そうだね」
「そこで同意されるとちょっと……」
 なんて言いつつ、亨君は写真を貼るのを再開した。
 ペタペタと貼っていくうちに、ようやく二人の子供が写っている写真を見つける。
 ――――ただ、それにはちょっと問題があった。
「……亨君、この二人は?」
「僕と兄さんですよ」
 写真の中の二人は、なんていうか凄く似ていた。
 兄弟だから別に不思議じゃないって思うべきかもしれない。
 でも今の刃さんと亨君は似ても似つかない。
 片や戦場を駆け抜ける屈強の武士。
 方や宮廷でまったりしている貴族。
 今の二人は、それぐらい違いがある。
 写真の刃さんは、今の亨君と同じような外見をしていた。
 無駄な筋肉も贅肉もなさそうなスタイルである。
 険しい表情で口元をきつく結んでるから、なんとなく刃さんだと分かる。
「今の亨君とほとんど同じだね」
「ですね。これが確か六年くらい前のやつです」
「……これ本当に刃さんかなぁ。亨君が最近撮った写真ってことない?」
「残念ながら。写真に日付表示されてますよ」
 う、確かに。
 っていうことは、この爽やかそうなのが昔の刃さんなんだ。
「で、これが五年前のです」
 そこに写っているのは、私が知る刃さんだった。
 まるで子猫が猛虎に化けたかのような成長っぷり。
 十八歳から十九歳の間に何があったのか。
 恐るべきクラスチェンジだなぁ。
「はっ……ってことは、亨君も来年辺りにクラスチェンジ?」
「ははは、面白いことを言うんですね遥さん」
 亨君は笑ってた。
 けど、笑顔が若干引きつってた。
「兄さんがこの一年で変わったのは訓練のしすぎですよ。この時期一回任務に失敗しまして。兄さんあれで負けず嫌いだから、この一年は毎日訓練漬けでしたし」
「亨君はしないの?」
「僕はそもそも兄さんとは戦い方が違いますから。僕はここで勝負するんです」
 と、自分の頭を指した。
 そっか、久坂君が以前言ってたっけ。
 刃さんは亨君の盾となり、亨君は変幻自在の武器として刃さんに勝利をもたらす。
 それが矢崎兄弟なのだと。
「そっか。じゃ、刃さんは自分の役割を果たすためにたくさん鍛えたんだ」
「そうなりますね。今は僕と別れ、兄さんの役割も変わったはずですけど……それでもきっと、兄さんが頑張ったことは無駄じゃないんでしょう」
 そう語る亨君はどこか誇らしげ。
 ちょっとだけ、羨ましかった。