異法人の夜-Foreigners night-

日常の欠片-Fragment-
久坂零次

 ――――――――――それぞれの正月(久坂零次編)

 と言うか、もう正月なぞとっくに過ぎているのではあるまいかっ。
 そんな感じの一月六日。
 俺は年明け最初のバイト日を迎えていた。
 修羅堂では双六や凧などを取り扱っているのだが、現代っ子には受けが悪いのかさっぱり売れない。
 来るのはお年玉で最新ソフトを購入する子供たちばかりだ。
「お兄さん、なんだか面白くなさそうな顔してますね?」
「うむ。最近の子らは外で遊ぶことを忘れてしまったかのようだ」
「ああ、凧とか全然売れないってことですか? 確かに困りますよね、売れてくれないと」
 沙希と俺では不満の形が若干違うような気がするが、黙っておこう。
「沙希は正月はどうしていた?」
「家族旅行の後は年賀状配達とかしてました。お兄さんのとこにも行きましたよ」
「そうか。新年早々頑張っているようだな……沙希は偉いぞ」
「えへへ、お褒めに預かり光栄です」
 そうだ。
 いつも頑張っているのだ、少しサービスでもしてやるか。
「沙希よ。この店で何か欲しいものはあるか?」
「え?」
「好きなものを選べ。お年玉代わりに一つ買ってやろう」
 幸いバイト代はほとんど使ってないので、資金面ではかなり余裕がある。
 知り合い全員にお年玉をあげても問題ないぐらいだ。
「そ、そんな。悪いですよ」
「なに、妹分がいつも頑張っておるのだ。褒美の一つでもくれてやりたくなるのが、兄心と言うものよ」
 黙っていては、沙希は何も選ぶまい。
 適当に俺が提案してみるか。
「竜探求VIIIはどうだ? VIIは微妙だったが、これはなかなか面白いぞ」
「え、えっと……」
「ならば荒野銃物語アルターコードはどうだ。今度は新規に仲間になるキャラが増えたらしいぞ。リメイク前のをやったことがないなら是非やってみろ、名作だ」
「あの……」
「ふむ。別のがいいか? ならば真・天下無双/猛将伝はどうだ。爽快感あるアクションが魅力だぞ」
「すいません、お兄さん」
 俺の言葉を止めるように、沙希はビシッと挙手した。
「何かね沙希」
「私、ゲーム機持ってないのでやれません!」
「なッ……なにィッ!?」
 まさか、そんな馬鹿な。今どきゲーム機を持ってないだとッ……!?
 いや、しかし己の常識を世間の常識と誤解してはいけない。
 ゲーム機を持ってない方が普通かもしれんではないか。
 ならば、ここは……。
「よし、ゲーム機を買ってやろう」
「電気代が勿体ないのでいりません」
「……沙希よ。それはいくらなんでも」
 と言いかけたが、止めておこう。
 他人の家庭の財政状況を悪戯に突くのは無礼というものだ。
 それに沙希にとって、ゲームというのはある意味不倶戴天の敵。
 欲しくないと思うのも無理はないのかもしれない。
 ならば、何をやろうか。
 なるべく電気代、可能ならば電池代すら不要なものがベストのような気がする。
 しかしそれに該当するものと言えば、ぬいぐるみなどか……?
 そちらの方面は専門外なのでさっぱりだぞ。
「沙希よ、お前は何か趣味とかはないのか」
「あれ、言いませんでしたっけ。私、お散歩大好きなんですよ」
 どこまで金銭と無縁なんだ、我が義妹よ。
 だが参ったな。
 これでは何をやればいいのか分からん。
 沙希の性格上、現金で渡せば確実に断わってくるだろうし……。
 そんなとき、店に誰か入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいましたー」
 ひらひらと手を振ってきたのは冬塚だった。
 冬塚はたまに修羅堂に遊びに来る。
 水島と相性が悪いせいで誤解しそうになるが、彼女も人並には遊ぶのである。
 ふむ、ここは一つ冬塚に尋ねてみるか。
 他に客がいないことを確認し、カウンターから出て冬塚の元に向かう。
 沙希には聞こえないよう、小さな声で聞いてみることにした。
「冬塚。……電気代や電池代がなるべくかからぬ、女子が好みそうなオモチャはないか」
「なんかいやに限定的ね。おかげで何したいかすぐに分かったけど」
 冬塚はちらりと沙希を見た。
 沙希は俺たちのことを不思議そうに見ている。
 話を聞くつもりはないようだ。
「大方、ここにある物を何かあげようとしたんでしょ」
「そうだが、何かまずいか」
「あのねぇ……オモチャじゃなければいけない理由はないでしょ? もっと広い視野で考えてみなさい」
 言われてみれば。
 手近な物で済ませようとは、少々相手に失礼だったか。
 しかし、沙希が好みそうなものか。
 趣味は散歩、確か好物はチョコレートだがこれは味気ない。
 となると……むぅ。
 沙希は無欲過ぎて、贈り物をするときは困るな。
「ま、いいや。私は私で渡しておこっかな」
 と、冬塚は手にしたバッグの中から赤のマフラーを取り出した。
「はい、沙希ちゃん。この前約束してたマフラーね」
「わ、ありがとうございます! でも、本当にいいんですか?」
「他の皆にもあげたんだし、気にしない気にしない。それにこういう場合、素直に受け取っておくのが礼儀ってものよ?」
「そうですか……それじゃ、ありがたくいただきます」
 沙希は嬉しそうにマフラーを受け取った。
 その場で巻きつけたりしているぐらいだから、余程嬉しかったのだろう。
 しかし、意外だ。
「冬塚、お前沙希と仲が良かったのか……?」
「ええ。夢里メンバーは皆仲良いわよ? アットホームな雰囲気のお店ですから、バイト初心者の方でも大丈夫! って自信持って言えるくらい」
 羨ましいものだ。
 ここなんて、俺しかバイトがいないから店長ぐらいしか相手がいない。
「この間も親睦深めようって、閉店後に私の家で鍋パーティ開いたし」
「あれはびっくりしました。まさか……あ、これ秘密でしたっけ」
 ……むぅ。
「俺も、夢里に移ろうかな……」
「零次には難しいと思うわよー」
「なぜだ。理由の説明を求める」
「フロアスタッフには臨機応変さと愛想の良さが求められるもの。零次、営業スマイルやってみて?」
 営業スマイルか。
 修羅堂ではさほど重視されていなかったが、本来客商売では大切なものだ。
 それぐらい、やってみせようではないかッ……!
 ――――と言うわけで、やってみた。
「……」
「……」
 冬塚は物凄く何か言いたそうな表情で、俺の口元と目元をちらちらを見ている。
 沙希に至っては完全に苦笑いだ。
「……零次、はいコレ」
 そう言って冬塚は手鏡を差し出してきた。
 それを覗き込んでみると、まるで獲物を前にした狩人のような笑みが見えた。
 威圧感たっぷり、これなら五月蝿い客も即座に黙るだろう。
「うむ。相手を脅す分には申し分ない」
「どう考えても営業スマイルじゃないけどね」
「……キッチンスタッフはどうだろう」
「零次、あの試験合格する自信あるの?」
「無理だな」
 環境はいいが、俺には向いてないらしい。
 やはり俺はここに落ち着くのが似合いということか。
「そう言えば、なぜマフラーなのだ?」
「沙希ちゃんて、趣味が散歩でしょ? なのにマフラー持ってないって言うんだもの。風邪引いたら大変だって思って」
 なるほど、こういう気配りが出来るのは冬塚らしい。
 となると、俺もそれに近いものをやればいいのだろうか。
 例えば、コートとか。
 沙希のコートは大分古くなってきている。
 色も落ちてきているし、ボタンも外れかかっている。
 それに、あまり厚くないから本格的な冬場では辛いだろう。
 無論、沙希には言わない。
 コートなどと言えば、高そうだと言って遠慮するに違いない。
 渡すとしたら、有無を言わさず渡した方がよさそうだ。
 そのことを冬塚に耳打ちする。
「うん、偉い偉い。よく気づいたわね。零次も気が回るようになって来たじゃない」
「失礼な、俺は昔から気の回る男だったぞ」
「はいはい」
「それで申し訳ないが、明日付き合ってくれないか? どういったものがいいか、俺にはよく分からんのだ」
「いいわよ。それじゃ今日、後で都合の良い時間をメールとかで教えて」
 冬塚は即座に承諾してくれた。
 こうした気前の良さは冬塚ならでは、という感じがする。
 この点では、俺は冬塚には遠く及びそうになかった。

 そんなわけで、七日の午後。
 俺たちは駅前広場で待ち合わせて、付近のデパートを見て回っていた。
「こういう場は慣れんな……」
「零次はあんまり来ないんだっけ?」
「ああ。ファッションにさほどこだわりはないからな」
 美緒や遥には、もう少し気を使ってみろとよく言われる。
 しかしその為にかかる金のことを考えると、あまり乗り気にならないのだった。
 そういうところだけ、俺は倉凪と似ているような気がする。
 冬塚はファッションはあまり気にしないタイプらしい。
 簡素なデザインの服装で、特別目を引くところはない。
 もっとも冬塚の場合、服装に頼らずとも本人が人目を引く容姿をしているのだが。
 目的がはっきりしているときは寄り道をせず。
 俺も冬塚もそういったタイプの人間なので、途中にある本屋やCDショップには立ち寄らない。
 それでも既に、冬塚と待ち合わせてから三時間が経過している。
 冬塚が一つ一つの店をじっくりと見て回っているからだ。
 さらに、店の数が思っていた以上に多い。冬塚が知っているだけで七軒あるらしく、今はようやく五軒目だった。
 沙希に似合いそうなのは、まだ見つからないらしい。
 少し疲れた顔で、冬塚がこちらに戻ってきた。
「ねぇ、零次も探してみない?」
「俺が、か? しかし俺はこういった物の良し悪しは分からんぞ」
「でも私一人であれこれ悩んでるだけだと効率悪いし。何でもいいから、何か思うことがあったら言ってみて」
「ふむ、了解した」
 冬塚ばかりに負担をかけさせるのも悪い。
 ここは俺も、積極的に探してみるべきか。
 六軒目は割と近くにあった。
 とりあえず、最初に目についたコートを見てみる。
 この季節を凌ぐには丁度いいくらいの厚さ。ポケットの数も多く、デザインもそう悪いようには思えない。
 試しに値段を覗き込んでみた。
「……ごふッ!?」
「ちょ、ちょっと零次! 大丈夫!?」
 冬塚が慌てて駆け寄ってきた。
 そして俺が見ていたコートの値札を見る。
「ああ、これ有名どころのブランド物じゃない。それに沙希ちゃんにはちょっと大きいわよ」
「そ、そうか。大きいならいいんだ、うむ」
「沙希ちゃんのサイズはこれね」
「……」
 充分強敵だった。
「でもこの色だと沙希ちゃんに合わないかな。詩巳ちゃんとかなら似合いそうなんだけど」
「……やはり、俺は黙っていた方がいいのではないだろうか」
「なんで? これ、悪いコートじゃないわよ。零次、見る目あるってことじゃない」
「むぅ……」
 そんな調子で六軒目を出る。
 もう陽も暮れた頃、ようやく最後の七軒目に到着した。
「ここで駄目なら、どうする?」
「んー、そのときは出直しかな。また別の日にでも探しに来ればいいわ」
 それは、悪い気がする。
 冬塚は今日という時間を割いて付き合ってくれた。
 また別の日にしよう、などと気軽には言えなかった。
 この店で買おう、と密かに誓う。
 無論いい加減な物を選ぶつもりはない。
 ただ、いくら高かろうが良さそうな物があれば買おう、と決めた。
 そして探し始めて二十分。
 冬塚と協議し、一つ良さそうなコートを選んだ。
 問題なのは値段だが、構うことはない。
 日頃頑張っている沙希への褒美に使うのだ、有意義なことではないか。
「ありがとうございましたー」
 店員の言葉を背に、俺たちは店を後にした。
 お互い疲れたせいか、沈黙が続く。
 寒い中、あちこちに付き合わせてしまって悪いことをした。
 日頃から世話になっているのだから、少しは遠慮するべきだったはずなのだが。
「……あ」
「ん? どうしたの?」
「――――冬塚。すまんが最後にもう一つだけ付き合ってくれないか?」

 そうしてやって来たのは、六軒目の店。
 冬塚は不思議そうに俺の方を見ていた。
「ねぇ、どうかしたの? コートはもう買ったんじゃないの?」
「うむ。沙希のコートは既に買った」
 言いながら、俺は目当てのものを探す。
 それはすぐに見つけることが出来た。
「……零次? それって」
 俺が掴んだのは、先ほど俺が自分で選んだコート。
 あまりの高さに、思わず敬遠してしまった物だ。
 それをすかさずカウンターまで持っていく。
 何事かと冬塚は怪訝そうな表情を浮かべている。
 その間に会計を済ませ、俺たちは外に出た。
「どうしたの、いきなり。それ凄く高いみたいだけど……まさか着るの?」
「これは女物だろう。――――そら」
 コートの入った袋を冬塚に押し付ける。
 突然のことに冬塚はきょとんとしていた。
 が、次第に意味が飲み込めてきたのだろう。
 戸惑ったような表情を浮かべ、
「い、いいわよ。これ凄く高いし……」
「だが悪いものではないのだろう?」
「けど、これ……」
「俺が選んだ物だ。ケチなどつけずに受け取って欲しいものだがな」
 日頃から迷惑ばかりかけている、大切な友人へのお年玉。
 今日一日付き合ってくれた冬塚への、せめてもの感謝の気持ちだった。
「見たところサイズも合っているはずだ。もし違っていたら取り替えてもらおう」
「……本当に、いいの?」
「ああ。もし嫌ならクローゼットの中にでも押し込んでおけ」
「そ、そんなことしない! 明日から毎日着るわよ!?」
「……たまにはクリーニングに出すことをお勧めする」
「――――そういうツッコミは禁止ッ!」
 照れ隠しなのか、いつもより浅いチョップが飛んできた。
 それを素早く避けながら、そそくさとその場を離れる。
 そんな俺を冬塚が追って来た。
 二人揃って、ふざけ合いながら雪積もる町を駆け回る。
 まるで昔に戻ったような感じがした。
 ……今年もよろしく頼む、我が最高の友人よ。