異法人の夜-Foreigners night-

日常の欠片-Fragment-
冬塚涼子

 ――――――――――それぞれの正月(冬塚涼子の場合)

 推薦入試をどうにかパスし、受験という難敵を打ち倒した年末年始。
 それまで死にそうだった反動か、最近の私は自分でも心配になるくらいまったりしていた。
 意味もなく散歩に出たり、ねこと戯れたりしている。
 なんていうか、自由というものがこれほど素晴らしいと思える時というのは、こういうのなんだなぁと実感する。
 年が明けてから二日目。
 私は昨日榊原家に来て泊まりだったため、今日もここで過ごしている。
 ぱこん、という小気味良い音と共に、羽子がアーチを描いて飛んでいく。
 それを美緒ちゃんが勢いよく叩き返してきた。
 反応しきれず、羽子は地に突き刺さる。
 むぅ……着物姿乱れてるけどいいのかな。
 先輩はともかく、零次や矢崎君もいるから気をつけた方がいいと思うんだけど。
「甘い。そんなだから涼子ちゃんは私に勝てないのだ!」
 勝ち誇った笑みによって描かれるペケ印。
 ちぇ、これで何個目だっけ。
 着物が乱れてる美緒ちゃんと、落書きだらけの顔を晒してる私。
 果たして、本当にみっともないのはどっちなのか。
 ちなみに零次たちは屠蘇をまったりと飲みながら観戦中。
 異法人の彼らが羽子突きをやったら羽子板が粉砕しそう、という理由で不参加なのである。
 そうなると面子は限られてくる。
 私と美緒ちゃん、それに姉さんの三人だった。
 幻さんも異法人ではないが、用事があるとかで出かけてしまっている。
「でも三人だと半端じゃない?」
 ぱこん。
「そうだねぃ……誰か呼ぶ? 選択肢は結構あるよん」
 美緒ちゃんの提案は悪くない。
 悪くないけど、誰を呼ぶかが問題だ。
「私のクラスでの友達は、受験で忙しいからなぁ……」
「私んとこも同じ。お兄ちゃんたちの方はどう?」
 羽子突きを中断し、美緒ちゃんが先輩に尋ねる。
「んー、藤田は用事あるって言ってたしなぁ。斎藤は例の彼女とデートだし……他も家族旅行とかで留守にしてんのが多い」
「零次は?」
「俺の方も同じだ。店長は家族で箱根に行ったらしいし、水島は綾瀬らと出かけているはずだ」
「そうなんだ。姉さんは?」
「志乃ちゃんたちはどうかな」
 志乃か。
 どうだろうなぁ、あの笹川だし。
 年末年始は家族で豪華に海外旅行とかしてないだろうか。
 試しに携帯電話にかけてみる。
『はい、笹川です』
「あ、もしもし志乃?」
『あ、涼子さん。あけましておめでとうございます』
 少し眠そうな声。
 もしかして、寝てたのを起こしちゃったか。
「ごめん、寝てた?」
『あ、えーと……あはは』
 あはは、は志乃が何かをごまかすときの癖だ。
 つまりこの場合、あははという返答は肯定を意味する。
 それはさておき。
「志乃、今日は時間空いてるかしら?」
『はい、大丈夫ですよ。昨日は大変でしたけど、今日とか明日はゆっくり出来そうです』
「そうなんだ。それなら、もし良かったらこっち遊びに来ない?」
『涼子さんの御宅にですか? 迷惑でないなら、喜んで――――』
「いや、榊原屋敷の方なんだけど」
『今すぐ参ります!』
 十分後、榊原邸の前に物凄い速度で黒塗りのリムジンが突っ込んできた。
 そこから、リムジンの荒々しさを全く感じさせない優雅さで志乃が出てくる。
 きっちり振袖姿だった。あくまで控え目な雰囲気を醸し出してるのは、志乃の性格故か。
 でも、えーと……ツッコミさせて頂くと、着付け移動その他諸々含めて十分って、どうなってんのさ。
「皆様、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
「おめでとうございま~す!」
「あー、おめっとさん」
 当然のように五樹君と睦美ちゃんも一緒のご様子。
 車の運転席には、いつもの執事さんが座っていた。
「涼子さん、本日はお招き頂き、誠にありがとうございます」
「いやいや、堅苦しい挨拶はいいわ。それよりさ、羽子突きやらない?」
「羽子突きですか? いいですよ、私これでも結構得意なんです」
 えっへん、と胸を張る。
 控え目な性格の志乃がこう言うのだから、本当に自信があるに違いない。
 相手にとって不足なし。
「それじゃ、試しにトーナメント式でやってみますか!」

 第一回戦第一試合は、姉さんと五樹君。
 五樹君も相当手馴れてるようなので、普通に考えれば彼が有利だろう。
 事実、五樹君は早速先制点を取る。
「うぅ……さっき顔洗ったばっかりなのに」
 肩を落とす姉さんの前に、五樹君が筆を持って立つ。
 ところが、五樹君はいつまで経っても筆を走らせなかった。
「あれ、どうしたのかな」
「……ははぁん」
 美緒ちゃんが邪悪な笑みを浮かべる。
「どうしたの、美緒ちゃん」
「いやいや。いっちーはまだまだ青いにゃー」
「……ああ、なるほど」
 なんとなく言いたいことは分かった。
 要するに五樹君、女性に免疫なくて照れてるのか。
 志乃たちで慣れてると思ってたけど、やっぱ家族は別なのかな。
 よく見ると、確かに五樹君は顔を赤くしている。
 筆で落書きするには、相手と顔を近づける必要が出てきてしまう。
 それが彼の羞恥心に拍車をかけてるようだ。
 おまけに姉さんは、墨が入らないように両目を閉じている。
 あれ、見方によってはキスする前みたいに見えなくもない。
「五樹君……? えっと、早くして?」
 そう言いながら、姉さんは催促のつもりなのか、顔をより一層五樹君に近づける。
 ……天然って恐いなぁ。
「……ぐ」
 笹川五樹、リミットゲージマックス。
 顔真っ赤、血管浮き出てきそうな状態だった。
「ちょ、調子が悪いから俺棄権するわ……」
 五樹君敗退宣言。
 うむ、修行して出直さないと、これは到底無理だね。
 そんなわけで、一回戦第一試合は姉さんの勝ちとなったのであった。

 第二試合は私と睦美ちゃんで、かろうじて私の勝ち。
 そして第三試合は――――驚くべきことに、美緒ちゃん相手に志乃が圧勝した。
「長ちゃん……ナイスファイト! ガクッ」
 わざとらしく燃え尽きて、美緒ちゃんは倒れこんだ。
 その顔は○と×の落書きだらけで、なんだか○×ゲームみたいになっていた。
「でも志乃、なんでこんなに上手いの?」
「えっと、龍子おばさんが羽子突きの達人でして、正月が来るたびに羽子突き大会開いて私らに嫌がらせしてたんですよ」
「負けたときの罰ゲームが『自分に勝った相手の言うことを聞く』だったんだよ。弱肉強食ここにありって感じでな。……そうそう。特に龍子のババアと双馬のバカがねちっこいのな。だから俺ら、身を守るために羽子突き鍛えまくったんだよ」
 うわ、聞かなきゃ良かった。
 ちなみに龍子というのは志乃たちの義母で、双馬というのは義兄だったはずだ。
 血の繋がりがないのが関係してるのか、笹川家の内実は結構ドロドロしてるらしい。
 しかし、元旦からそんなことやってるとは思わなかったなぁ。
「ふふふ……涼子さん、遥さん。私、負けませんよ!」
 しかも珍しく志乃が燃えている。
 これは、厄介な相手になりそうね。

 とりあえず私がシード権を獲得し、姉さんが志乃にコテンパンにされた。
 環境のせいもあるのか、志乃は案外勝負事になると容赦がないようである。
「うぅ、涼子ちゃーん……負けちゃったよぅ」
 姉さんの顔も○×ゲームだった。
 変な落書きしないのが志乃らしい。
「さぁ涼子さん、決着を着けましょう!」
「まるでスポ根漫画のライバルみたいな台詞ね……」
 志乃は既にエンジンかかってるようで、ノリノリだった。
 対策を練らないとまず勝ち目がないなぁ、どうしよう。
 私もやるからには負けたくないものだけど……。
 ちらりと先輩を見る。
 何をする訳でもなく、ただ試合を黙ってみていた。
 志乃に対して策を練るなら、やっぱ先輩絡みのものにするべきだろうか。
 と言っても、すぐさま有効な策が思い浮かぶわけでもなく。
 試合が始まり、私はあっさりと二本先取されてしまった。
 あと一回落とせば私の負けとなってしまう。
 このままではまずい。なんとかしなければ……!
「……あれ?」
 そんなとき、不意に気づいた。
 志乃は燃えまくっている。
 そのため、動きも普段とは比べ物にならない。
 しかし、今日の志乃は振袖姿。
「……志乃。着物、かなり乱れてるわよ?」
「――――え?」
 言われるまで気づかなかったのだろう。
 志乃の胸元はかなり際どいところまで露出してるし、足も結構大胆に出していた。
「あ、あ……!?」
 慌てて志乃は着物の乱れを直す。
 やけに必死だが、それは当然だろう。
 この場には先輩がいるのだから。
「え、えっと! 涼子さん、ちょっと、ちょっと待ってください……!」
 真っ赤になってリムジンの方へ駆けて行く。
 なんか、そのつもりはないけど……結果的に見れば、これ、有効な手になったのかな。
 ちなみに男性陣はというと。
 零次、寝てる。
 先輩、意識してないのか、さほど気にせずぼーっとしてる。
 矢崎君、執事さんに目潰しされて悶えてる。
 まぁ、その。
 ……良かったね、と言うべきなんだろうか。
 ちなみに、試合は私が棄権で志乃の勝ち。
 なんというか、まぁ悪い気がしたし……ね?