異法人の夜-Foreigners night-

日常の欠片-Fragment-
倉凪梢

 ――――――――――倉凪梢の昼食事情

 四時間目が終わり、今は昼休み。
 昼食時な訳なのだが、今日は弁当を持参していない。
 下手に持ってくるとハイエナども(主に藤田や斎藤)に奪いつくされてしまうのだ。
 榊原家では、弁当はなるたけ自分で用意せよ、という基本ルールがある。
 料理が出来る俺や遥は自作の弁当。
 久坂や亨なんかは学食や購買がメインだ。
 美緒は、例外として俺が弁当を作っている。
 なぜかは今更確認することじゃない。
「さて、どうするかな」
 藤田は野球部の後輩と、斎藤は生徒会のメンバーと食べると言っていた。
 生徒会の方は俺が加わっても問題ないだろう。
 食堂へ行くか、購買へ行くか、生徒会室へ行くか。
 あるいは商店街へ行くのもいいだろう。
 ゆき姉の料理はそりゃもう絶品なのだ。
 豪勢な料理を求めるなら駅前ビル街へ向かうという手もある。
 俺の足なら五時間目までに戻ってくるのも容易い。
 ただ、ビル街付近は総じて値段が高いんだよなぁ……。
「ううむ、やはりゆき姉か」
「ゆ、ゆきねさんがどうしたんですかっ!?」
「……独り言に反応されると返しにくいんだが。えっと、なんか用か志乃」
 振り返ると、そこには志乃が立っていた。
 笹川志乃、俺にとっては良き後輩ってところだ。
 休み時間などに顔を合わせると必ず声をかけてくれる。
 なので、俺の方も志乃を見かけたら必ず声をかけるようにしていた。
「えっと、その……先輩、あのですね」
「ん?」
「お昼ご飯の予定は、ありますか……?」
「いや、これからゆき姉んとこにでも行こうかと思ってたんだけど……」
「あのっ! よろしければ、演劇部の方でいかがでしょうかっ!」
 勢い込んでくる志乃。
 なんかやけに気合入ってますよこの子?
 さては……。
「それ、志乃の自作か?」
「はい。一生懸命作りましたっ!」
「なるほど。……それで俺に審査を頼みたいわけだな?」
「はいっ、そうで……え?」
「分かった。それじゃありがたくご馳走になる。ちなみに評価は甘口・中辛・辛口のどれがいい?」
 冬塚に言わせると、俺の評価はかなり手厳しいらしい。
 なので俺は自分の基準を辛口としている。
 あまり厳しすぎることを言うと料理を楽しく感じなくなってしまう。
 それは料理の上達にも支障をきたすから、あまり良いことではない。
 そう考えると、常に辛口の評価ばっか受けてた冬塚はよく頑張った方なんだろう。
 志乃はなんだか迷っているようだった。
 多分どれぐらいがいいのか分からないのだろう。
 しばらくして、志乃は溜息をつきながら言った。
「初めてなので……優しくお願いします」
「……甘口な。あと表現法には気をつけよう、なんか周囲の視線が痛い」
 ともあれ、こうして俺は演劇部にお邪魔することになった。

 演劇部に到着して驚いたのは、弁当の量だった。
「凄いな、これ。志乃一人で?」
「はい、今朝早く起きてしまったので、ちょっと挑戦してみました」
「まるで遠足の弁当だぞ、これ」
 これだけ作るには、前日からの準備が必要な気がするんだけどな。
 まぁその辺りは深く突っ込まないようにしよう。
 量が多いのはきちんと理由があるみたいだし。
「おー、長ちゃん弁当だっ。お兄ちゃんのより豪華だね」
「いやぁ、志乃さんの料理美味しいですよ。うん、こりゃ志乃さんの旦那さんは幸せ者ですねっ」
 先に来ていたのか、二年コンビはがつがつと志乃の弁当を食っていた。
「……部員全員分用意してきたのか?」
「それと先輩の分もですよ」
「凄いな。見たところ形はしっかりしてるし、弁当の詰め方も上手い。味はまだ確認してないけど、この時点で既に五十点はやれるぞ」
「本当ですか? やったー!」
 無邪気に喜ぶ志乃。
 俺に評価してもらえたのがそんなに嬉しいのだろうか。
 普段のこいつからは想像出来ない喜びっぷりだ。
 っていうか、やったーって何ですか志乃さん。
「へっ。適当なお世辞言ってるんじゃねぇだろうな」
 と、逆に凄く不機嫌そうな坊主発見。
 俺はあんまり面識ないけど、確かこやつは志乃の弟の五樹だ。
「ったく油断ならねぇぜ。こんな手段で姉ちゃんに取り入るつもりかよ」
「いや、そんなつもりは毛頭ないぞ」
 そう言うと、隣で喜んでいた志乃が急に押し黙ってしまった。
 なんだか一気に表情が暗くなったような気が。
「おい、大丈夫か志乃」
「……いいんです。今はこんなのでもいいんです。いつか、いつか……っ!」
 何をはりきってるんだこの子は。
 と、そこで遥がドアを開けてやって来た。
 一緒にいるのは、確か五樹の双子で睦美って子だったはずだ。
「お待たせ、姉さん。遥さん連れてきたよ」
「志乃ちゃん、誘ってくれてありがとね。私もお昼作ってきたから、交換しながら食べよっ」
 元気よく言ってくる遥に対し、志乃は若干虚ろな笑みを返した。
 けどまぁ、なんだか演劇部も上手くいってるようで何より。
 この調子なら、卒業式にはいいもんが見れそうだ。
「さて、それじゃメンバーも揃ったみたいだし……いただきます」
 弁当箱を開き、まずはメインっぽいおにぎりを食べる。
 口の中にほのかな塩の味が広がり、更に海苔の食感もなかなか良し。いいもの使ってるな、さすが笹川。
 で、おにぎりにおいて重要な中身は――――。
「こ、これは……まさか、トロ!?」
 学校に持ってくる弁当のおにぎりにトロ。
 そんな話聞いたことない。
 しかもこれ、俺の舌が確かなら、かなり上質のものだ。
 有名和食屋の特上寿司、一日五個まで限定ってな感じのものに使われてそうな代物。
 よくよく見ると、志乃の弁当はどれも豪華な材料を用いて作られている。
 口にする度に、それらのことばかりに驚いてしまった。
 全部食べ終わった後、志乃が不安そうな顔で評価を尋ねてきた。
「どうでしたでしょうか……?」
「ナイス。正直材料の凄さばっか気になったけど、それはつまり志乃がそれを活かしてるってことだからな。凄いぞ、これ」
「それじゃ……」
「百点満点。まだまだ上は目指せるけど、学校の弁当としちゃ最高級のもんだ」
 俺がそう言うと、志乃は再び輝くような表情を浮かべた。
 こういう顔をしてもらえると、ご馳走になった俺としても嬉しくなるってもんだ。
 しかし、こんな材料が手に入るなんて羨ましいな。
 一ヶ月に一回くらいは、笹川経由で豪華な食材を買ってみたいものである。
 それが後に実現することになるとは夢にも思わず。
 その日も、倉凪梢は平穏な昼休みを過ごすのだった――――。