異法人の夜-Foreigners night-

日常の欠片-Fragment-
倉凪梢

 ――――――――――恐怖のリアルしりとり

 ある日の放課後。
 生徒会の仕事もなく、晩御飯の食材も家にあるので買い物も必要ない。
 つまり、俺にとっては暇な放課後のことだった。
「んー、最近刺激が足りないな」
 突然、藤田がそんなことを言い出した。
「刺激っていうとなんだ? 野球やりたいのか?」
「いや、それも悪くないけど……なんか馬鹿なことやりたくねぇ?」
 割といつもやってるような気がするぞ、俺ら。
「こう、高校生である今だから許されるような馬鹿なことをよ!」
「ふむ。しかし具体的プランがなければどうにもならんぞ」
 斎藤は首を傾げた。
 何か良案でもあるのか、と言いたげである。
「うむ。そこでだ諸君、しりとりなんてのはどうだろうか」
「どうって……しりとりぃ?」
 思わず間抜けな声を出してしまう。
 だって、しりとりはねぇだろしりとりは。
 何かとんでもないことをやらかすみたいな前振りで期待させといて、しりとりってのは冗談きついぞ藤田四郎。
「最後まで聞けよせっかちだな、お前は」
「ということは、ただのしりとりではないのか」
「あたぼうよ。ある制約つきのしりとりだ」
「なんだよ、その制約って」
 俺と斎藤が興味深そうに藤田に視線を送る。
 藤田は大袈裟に頷いて、
「例えばだ。俺が『ノート』と言ったとしよう! その場合、実際にノートを用意しなきゃ駄目なのよ」
 そう言って、藤田は机からノートを取り出してみせた。
 ……うーん、どう反応すればいいんだろう。
 アイディアはまぁ、悪くない気もするが。
 果たして白熱する程のものか、それ?
「物足りないな」
 斎藤も俺と同意見らしい。
 やっぱ盛り上げるなら、後一押し必要だよな。
「発言した物、今の場合はノートだな。それを購入するというのはどうだろう」
 と、斎藤が追加案を出した。
 藤田は首を傾げる。
「わざわざ買うのか?」
「ああ。そして最後に負けた奴が――――それらの代金を全て払わなければならない」
 …………。
「ど、どこのゴチバトルだよ!?」
「ちょい待て、それ下手すると破産するぞ。あんま高いもの言えないじゃねぇか!」
「その方がスリルがあっていいだろう。あえて高い物を言ってみるも良し、堅実に安物ばかりを言うのも良しだ」
 ふふふ、と不気味に笑う斎藤。
 やばい、こいつスイッチ入りやがった。
「うむ。中々スリルがあって良さそうではないか。今度の休日、商店街を舞台に決行するとしよう」
「ま、マジでやるのか?」
「発案者が尻込みしてはいけないな、藤田。なに、商店街限定ならそう酷いことにはなるまい」
「いや、あそこにも高い物は充分あるって」
 藤田は笑みを引きつらせながら反対した。
 俺もちょいと賛成しかねる。
 全部なんて、さすがにきついぞ。
「だったら、自分の前に言った人の物というのはどうだ? それだけなら、まぁ可能だろう」
 つまり、藤田が『ノート』と言ったとする。
 次の俺が、それに続く物を用意出来なければ、俺はノートを買わねばならない。
 一つだけなら、まぁ許容範囲内か。
「それなら、まぁいいけど」
「俺も。それぐらいならセーフだ」
 俺と藤田が頷く。
「うむ。ならば今度の日曜日、学校の正門前に集合だ。ちょうど商店街の真ん中だからな。参加者は多い方が盛り上がるだろうから、誰か誘ってきても良しとしよう」
 そんなわけで、藤田発案、斎藤企画のリアルしりとりが開催されることになってしまうのだった。

 そして日曜日。
 正門前に集まったメンバーは七人。
 俺と藤田、斎藤。そしてうちのクラスの女性陣四人だ。
 俺が遥を誘って、遥が高坂たちを誘った形になる。
「結局いつものメンバーに収まったって感じだね」
 高坂はけらけらと笑っていた。
 こいつ、こういうしょーもないこと好きだしな。
 水島も同じく。綾瀬は言うまでもなく、
「くくく、斎藤恭一……お前は私のすぐ後で異存はないな?」
「魂胆見え見えだぞ、綾瀬女史。順番はじゃんけんで決めるに決まっておろう」
 そんなわけで、じゃんけんタイム。
 数回やって早速順番が決まった。
 トップバッターは遥だ。
「ちなみに時間制限を設けた。一つのものにあまり時間をかけていると、ゲームの意味がなくなってしまうかもしれないからな」
「一つの物につき何分くらい?」
「およそ商店街を端から端まで……うむ、余裕を持って二十分としよう」
 脇目もふらず、真っ直ぐ抜けるならこの商店街は十二、三分ってとこだ。
 商品探しながらなら、妥当なとこだろう。
「で、遥はどうするんだ?」
「んー、それじゃ……牛乳」
 その足で俺たちはスーパー『ヒロシ』へ向かう。
 商店街一の大きさを誇る店で、やるせない声でタイムセールスを告げるのが特徴だ。
 俺や遥、冬塚なんかもよく利用してる。
 そんなわけで、牛乳はあっさり見つかった。
「では、次は僕だな」
 二番手は斎藤。
 う、から始まる物か。なんだろうな。
 手っ取り早くスーパーにあるもので済ませるなら……ウィンナーとかウェハウスとか辺りか?
「ウーロン茶」
 同じ飲み物系だけあって、すぐに発見。
 しかし、次の藤田は浮かない表情をしている。
「や、かぁ……やから始まる物ってなんかあったっけ?」
 や、ねぇ。
 探せばあるだろ、焼きそばとか。
 しかし藤田は思いつかないのか、うんうんと唸っている。
 制限時間は二十分。
 その間に答えを言って、しかも探さなければならない。
 そのプレッシャーが、藤田の思考を空回りさせてるのかもしれん。
「あっ、そうだ……!」
 残り五分。
 藤田は突然走り出した。
 どうやら思いついたのはスーパー内の物じゃないらしい。
 藤田が真っ直ぐ向かったのは、雑貨屋。
 そこにある物を指差し、
「やすりだっ!」
 り、か。
 っていうか、あんだけ悩んでなんで最初に出てくるのがやすりなんだ。
 セーフだから良かったけどさ。
「次は私だな」
 綾瀬が前に出る。
 斎藤の前じゃなくて残念そうだったが、そうでなければ嫌ってわけでもないらしい。
 綾瀬は綾瀬で楽しんでるようだ。
「リストバンド。前々から欲しかったのだ。雅、頼むぞ」
 綾瀬はあっさりとクリア。
 リストバンドを前に、高坂の肩を叩く。
 なんか意外な光景だな。綾瀬ってこんな柔らかなキャラだったのか。
 対する雅はというと、
「ど、ど……? 何かあったっけ」
 割とありそうなドーナッツは、この商店街にはない。
 ここらでドーナッツをお求めの方は、駅前まで出向いてミスドに行かねばならないのだ。
「ドアとか……は無理だよなぁ、さすがに。ドカ○ンだと負けちまうし……えーと」
 いつも余裕を持っている高坂が、珍しく動揺している。
 無理もない。さっきから水島が耳元で「あと○分~○○秒~」とか囁いてるからな。
 綾瀬も止めてやれよ。遥じゃ無理なんだから。
 それがしばらく続き、高坂はようやく良いのを思いついたらしい。
 向かう先は修羅堂である。
「ほら、ドラゴ○クエ○ト○ンス○ーズ! 沙耶、お返しだよ。よろしく~」
「むむ。雅ちゃん、大人気ないんじゃないかなぁ」
 水島はそう言いつつ、店内のゲームを見て回っている。
 気に入ったのがあったらそれを言うつもりだな。
 お前の次俺なんだから、あんま無茶なもん言うんじゃねぇぞ……?
「あ、これなんかいいかも」
 水島はアドベンチャーのところで立ち止まった。
 ん、何を選んだんだ……?
「倉リン知らないの、有名だよT○Heart」
「伏字になってない!」
 あれか。
 某漫画家が後半はっちゃけまくってたあれか。
 それなら名前ぐらいは聞いたことある。
 しかし、しりとりで答えられなかったら俺が買うのか……?
 ふと、周囲の視線が気になった。
 なぜか皆、何かを期待するような視線を向けてきている。
 くっ、俺がこの手のゲームに免疫ないの知ってるからなこいつら。
 ここ一番で俺が滑るのを期待してやがる。
 買うとなると恥ずかしいし、早く決めなければ……って考えてみたら、また『と』かよ!?
「良い感じに焦ってきてるねぇ、倉凪」
「倉リン、私がクリアしたら貸してあげるね。それで遥ちゃん攻略法を学ぶのだっ!」
「あんた、女に興味なさそうなせいで変な噂流れてるからねぇ。そういうの買った方がむしろ健全なんじゃない?」
「だぁ、余計な口出し無用! 俺は今、珍しく必死だ!」
「そうムキになるなよ、倉凪。普通に面白いぞ、それ」
 藤田は既に突破済みの模様。
 まぁ18禁じゃないし問題はないのかもしれないが、俺はそういうのやってるってキャラじゃないし。
 恋愛ごとには縁がない、それが俺……倉凪梢のはずだ。そうだろ俺。
 間違っても複数の異性に好かれるとか、偶然の出会いだとか再会だとか、そんな展開とは一切合財無縁なんですよ。
 ……よーし、落ち着いてきた落ち着いてきた。
「あ、18禁の見っけ。倉リン、こっち買っ」
「やかましい! ちょ、ちょっと待ってろ!」
 素早くゲームコーナーを見て回る。
 なかなかないぞ、『と』で始まる奴。
「残り一分~」
 嬉しそうな声で高坂が告げる。
 くそ、俺をからかって遊んでやがるな!?
 クールだ、クールになれ倉凪梢っ!
「……そうだ。普通にトマトとかでいいじゃん!」
 俺は何を十九分もパニクってたのか。
 そうだよトマトだよ一週間に一度は使ってんじゃねぇか!
 そうと決まれば善は急げ、すぐさまトマトの元へ行かなければ。
 言うだけでは駄目、実物のところに行かなければ俺の負けになってしまう。
「ちっ、残り三十秒……『ヒロシ』は無理か!」
 修羅堂は商店街の外れの方だ。
 ヒロシまでは六分ぐらいかかる。
 俺が全力で走れば話は別だが、高坂たちの前でそれは無理だ。
「この辺りだと……『蛸八』!」
 八百屋なのに主人の名前が海野波吉さんという、ちょっと変わった店だ。
 そこなら、ここの四つ隣だ。間に合う。
 ところが、すぐさま駆け出そうとした俺の前に、ここぞというタイミングで久坂が現れやがった。
「む。なんだ倉凪」
「お前こそなんだ、早くどけ!」
「俺はバイトだ。お前こそ、何を足踏みしている? どいてくれないと店に入れんぞ」
「いいからどけっ! 頼むからどけっ! 今すぐどけっ!」
「……よく分からんが、そこまで言うならどこう」
 俺の鬼気迫る表情に圧されたのか、久坂はようやくどいてくれた。
 しかし、その瞬間無常なるホイッスルが鳴り響く。
「残念だが倉凪。時間切れだ」
 淡々とした斎藤の声。
 それと同時に、俺の身体は一気に崩れ落ちるのだった。

 後日。
 誰が言いふらしたかは知らないが、学校では『倉凪もとうとう正常者に!』という噂が流れたらしい。
 堅物の一戸の旦那に呼び出され、こってり絞られるはめになったのは言うまでもない。
 ぐはぁ。