異法人の夜-Foreigners night-

日常の欠片-Fragment-
倉凪梢

 ――――――――――それぞれの正月(倉凪梢の場合)

「これで準備はよし、と」
 大晦日の夜。
 俺は紅白歌合戦をBGMにしながら、雑煮の下ごしらえをしていた。
 おせちのついでだ。
 明日、さっさと雑煮を食べれるようにするために材料を切っておいたのである。
 これであとは、煮込むだけ。
 材料を冷蔵庫にしまって、俺は居間に戻った。
 そこでは、こたつに入りながら紅白を見ているのが三人。
 美緒、久坂、師匠だ。
 亨は「紅白なんてつまらないですよ」と言って、自室のテレビで別のチャンネルを見ると言っていた。
 遥は一戸神社に行ったらしい。年明けは神社のバイトでもっとも重要な時期だろうからな。
 俺も空いた一角に入り、冷えた足を暖める。
 ぬくぬくしてて気持ちいいんだ、これが。
「今年も一年が終わるねぇ~」
 だらけきった声を美緒が上げる。
 こいつ、朝月大学への進学が決まったからまったりしてるなぁ。
 それは亨にも言えることなんだけど。
「今年は色々あったな。春の花見、夏の肝試し、海、秋の焼き芋大会」
 久坂が感慨深げに頷く。
 今年は去年より平和だったが、それでも色々あった。
 俺たちの卒業式もあったし、遥たちの大学生活も始まった。
 俺も調理師免許をとるために専門学校に通い始めたし、いわば新たな始まりの年だったわけだ。
 そんな感じでしばらくだべっていると、不意に美緒が立ち上がった。
「そうだ、そろそろ神社行こうよ」
「神社? なんだ、初詣にでも行くのか?」
 年明けを目前にして神社に向かう人はいる。
 しかし、我が家は今までそんなことはしていなかった。
 大体の場合、翌朝に飯を食った後で出かけるのがセオリーなのだ。
 美緒はぷうっと頬を膨らませて、俺の鼻先に指を突きつけてきた。
「お義姉ちゃんが神社にいるでしょ」
「ああ、遥はバイトだからな」
 それがどうしたと言うんだ。
「かぁ~、この馬鹿兄貴は相変わらず良い感じに馬鹿な馬鹿だね」
「……なんでそこまで言われなきゃいけねぇんだ?」
 俺の呟きに、久坂と師匠が嘆息を漏らす。
 だが、三人が言いたいことは分かった。
 要するに、年明けは遥と一緒に過ごそうということなのだろう。
「分かった分かった、それなら行こう」
 ここで下手に意地を張って「行かない」なんて言っても仕方がない。
 それに、年明けを遥と一緒に過ごそうという考えは悪いもんじゃないしな。

 一戸神社は朝月町で唯一の神社だ。
 それほど大きいわけでもなく、また小さいわけでもない。要するに並。
 普段は滅多に人が訪れない場所だが、年末年始だけは人が集まる。
 そりゃそうだ、この町に一つしかないんだから。
 現在午後十一時半。
 いつも初詣に来るのは八時過ぎで、その時間に比べると人の数は少ない。
 それでも平時よりは大分賑わっているようだ。
 知っている顔は……いたいた。
「む、倉凪か。クリスマス以来だな」
 厚着でひょこひょこと歩いてきたのは斎藤だった。
 こいつは東京の大学に進学したが、大学が休みになった途端こっちに戻ってきた。
 クリスマスと正月はこちらで過ごすが、三日の午前中には東京に戻るそうだ。
 東京の方にも新しい友人たちが出来たらしいので、まぁ仕方ないだろう。色々と忙しいようだし。
「お前、普段は初詣で全然見かけないと思ったら……こんな時間に来てたのか」
「どうせカウントダウンまで起きているのだ。初詣も一緒に済ませた方が無駄がない」
 こいつの中では、家で新年を迎えるのは時間の無駄らしい。
 相変わらずよく分からない考え方の奴だ。
「他に誰か知り合いはいるかね」
「僕はまだ見ていないな。藤田たちは朝になってから来るだろう。それより倉凪こそ、なぜこんな時間に?」
「美緒が遥と一緒に年明け迎えたいって言うんでな」
「なるほど。失敬、それなら足止めをしてしまったな」
「別にそんなの気にしなくていいぞ。まだまだ時間あるし、お前も一緒に来るか?」
「いや、僕は遠慮しておこう。久坂たちはどちらに?」
「鳥居の方かな。適当にうろついてると思うけど」
「ならばそちらにも顔を出しておくとしよう」
 そう言って、斎藤はゆるりと去っていく。
 どんなときでもマイペースと言うか何と言うか。
 またしばらく歩くと、今度は一戸の旦那がいた。
 側にはゆき姉もいる。
 俺が声をかけるよりも早く気づいたらしく、ゆき姉が手を振ってきた。
「梢君、どうも今晩は」
「今晩はゆき姉、それと一戸の旦那」
「うむ。久しぶりだな、倉凪」
 ゆき姉とは割とよく会うが、高校卒業した現在、一戸の旦那とはあまり顔を合わせる機会がない。
 前に会ったのは、もう一ヶ月近く前だった。
 あんまり見た目変わってないからか、久しぶりって気がしないけど。
「調理師学校の方はどうだ、順調か?」
「ぼちぼち。来年は専修科で学んで、その後は就職になりそうっす」
「就職か……そういえばお前、進路希望に『喫茶店のマスター』と書いてたな」
「そのうち自分で店建てたいって考えてますけど、まぁ先は長そうですね」
 親父の遺産が全部残っていたら話は違ったんだろうけど。
 大半親戚の人たちに持っていかれたので、俺や美緒にはほとんど残されてないのである。
 まぁ残ってたとしても、それはあんまり使いたくないが。
「ひとまず適当なところに就職せねばな。近頃は就職難が続いているから、贅沢は言っていられんぞ」
「だったらうちに来ればいいわ」
 ポンと両手を合わせ、ゆき姉がにこやかに提案した。
 夢里で就職か。悪くないな、あそこは環境もいいし。
 しかし、ゆき姉が提案した途端渋い顔つきになった旦那が気にかかる。
 旦那は俺とゆき姉を交互に見て、やがて嘆息しながら頷いた。
「まぁ……倉凪なら大丈夫だろう」
「過保護っすねぇ」
 公にはされていない二人の関係。
 それを知っている俺としては、旦那の過保護っぷりに苦笑してしまう。
 分からなくもないんだが、さてはて。
「そうそう、遥の奴知りませんか?」
 俺が尋ねると、ゆき姉はいやににこやかな、そして旦那は意外そうな表情を見せた。
「あらあら」
「おやおや」
「揃って珍妙な反応するとは失礼な」
 特に旦那。
 遺跡から古代の史料が発見されたときのような表情はなんだ。
 侮辱罪で訴えますよ?
「ごめんごめん、遥ちゃんならおみくじ売り場にいるわよ」
「……どこ、それ?」
「あの人だかりが出来てるところね」
 ゆき姉が指差した先には、確かに何人かが集まっている建物があった。
 あまり大きな建物ではない。
 中には人が一人か二人詰めれる程度だろう。
「遥ちゃん、人気者みたいね」
「うんうん、いいことだな」
「……たまに私、梢君のそういうとこ凄く不安になるの」
「なぜ泣く」
 わざとらしく嘘泣きするゆき姉。
 面倒臭いので放置し、遥の元へ向かう。
 と言っても割り込む訳にはいかん。
 きちんと順番を守って、と。
 人が集まるといっても、こんな時間。
 そう待つこともなく、すぐに俺の番が回ってきた。
 中から見える遥は巫女服姿だった。
 いつも思うが、冬場はこの格好寒そうだよなぁ……。
「あ、梢君。いらっしゃいませー」
 遥はぱーっと笑顔を向けてきた。
 営業スマイルか、本当の笑顔か。
 後者だとしたら足を運んだ甲斐があったもんだ。
「でも、どうしたの?」
「美緒が来たいって言うんで……あ痛っ」
 なんか後頭部に微妙な痛みが。
 気配の網を伸ばして探ると、美緒が斜め後方から輪ゴムを発射してきた模様。
 おのれ貴様、俺に何の恨みがある。
「ど、どうかした?」
「いや……だから美緒が、あ痛っ!?」
 今度は別々の方向から三発。
 えーと、左後方から斎藤が石、右斜め正面から久坂がパチンコ玉、そして美緒。
 ええい、微妙に距離離れてるから制止しにくいな。
 ここ離れるとまた並びなおさなきゃいけないし。
「……とりあえず後ろ並んでるし、おみくじ一枚」
「うん、了解だよ」
 じゃらじゃらと、達磨が沢山入った木箱を差し出される。
 お一人様一個限定、お一つ百円の代物なり。
「んー……それじゃ、これ」
 適当に一個を取ろうとする。
 それとほぼ同時に、周囲がにわかに騒がしくなった。
「あ」
「どうした?」
「新年になったみたい」
 遥が中に置かれた時計を、こちらにも見えるよう角度を変える。
 そのデジタル時計は、確かに零時と表示されていた。
 なるほど、騒がしくなったのは新年を迎えたからか。
 それなら、言うことは一つだな。
「あけましておめでとう、遥。今年もよろしくな」
「あけましておめでとう、梢君。今年もよろしくね」
 達磨を受け取りながら握手を交わす。
 む、冷たくなってるな。
「遥、ちょいちょい」
「?」
 手招きすると、中から遥がトコトコと出てきた。
 何だろう、といった表情を浮かべる遥に、俺が着ていたコートを着せる。
「あ、梢君……?」
「着とけ、随分冷え込んでるようじゃねぇか。俺はともかく、お前は特別身体丈夫なわけじゃないんだから」
「でも梢君だって、風邪引いちゃうよ」
「俺は記憶にある限り風邪引いたことないからな。大丈夫だろ」
 それを人に言うと、決まって『ナントカは風邪引かないしな』って返答が来るのだが。
 鍛えられたせいだと信じたい。
 氷点下で一日中滝に打たれてたこともあったからな……。
「でも気をつけないと。それじゃ寒いだろうし……あ、それじゃ私のコート着て帰って。一戸先生のお家に置いてあるから」
 む……そういや遥だって、コート持ってきてるんだよな。
 だったらそれを持ってきて着せれば良かったか。
 でも今更そうしても遅いだろうし……。
「分かった分かった、それじゃ借りて帰る」
「うん、そうして。風邪引いたら大変だもんね」
「だな。……んじゃ、頑張れよ!」
「うん! 来てくれて、ありがとねっ!」
 遥は元気よく手を振っていた。
 うむ、あの調子なら大丈夫だろう。
 そうして、終わりが終わって始まりが始まったとさ。
 ……ちなみに、遥のコートを着て帰るとき、散々からかわれたのは言うまでもない。